突如、ギザルムを取り囲んでいた星雲が霧散し消えた。
そしてその霧の中から、『隠遁者』で姿を消していたステラが現れる。
(気配と姿を消す魔術で隠れていた? 結局逃げ隠れていたのか、この餓鬼は)
「どうした? 今度こそ鬼ごっこはお終いか?」
「……そうだね。もう終わったし」
「おいおい、弱気になるなよ。俺の計画を潰してくれたお前には、まだまだ俺を楽しませる義務がある」
今までの戦いを、それなりに楽しんでいたギザルムは嗤う。
初めは不愉快でしかなかった目の前のガキも、今では配下の雑魚より遥かに評価していた。気兼ねなく戦い、自身を高揚させるに足る者は、魔界にもいなかった。
「第七王女、そもそもお前は何故こうまでして戦うんだ? ジェイドの記憶にお前の姿は無い。一方的に情でも向けていたのか? そんな事の為だけに……」
「ねぇ、
初めて、ステラがギザルムの名を呼び、その存在を正面から見据えた。
その瞳は、全てを見透かしたようでいて、何か大きな存在に睨まれているかのような気がして。
ギザルムにとっては、途方もなく不快だった。
「君は言うなれば、ただの大きい星。別に特別輝いてる訳でもないし、特別熱を持ってる訳でもない。……ただ見かけだけ大きくて、他の星は圧倒されるけど……見てるこっちからすると、特に面白みの無いつまらない星」
「人はね、星なんだよ。皆輝き方が違って、大きさが違って、力が違って……遠くて、無限で、美しくて、面白い。だから私は、そんな星に焦がれる事を止められない」
「君なんて比じゃない……強さだけじゃない輝きを持った
「だから、最初に言ったように、今から君に見せてあげる」
「
「長々と講釈ご苦労だったが……もぅいい───死ね」
ギザルムは影狼より転移し、ステラの背後を取った。
そのまま、細首を掻き切ろうとして──────
「ガッ!!??ハア゙ア゙ァァ!!?」
土手っ腹を撃ち抜かれ、痛みと苦しさと一緒に肺の中の空気を吐き出すギザルム。
それを先程から変わらない、冷ややかな目で見下ろしながら、ステラは告げる。
「なんだ。ジェイドの体を使ってるんだから、『気』の使い方くらいは影狼みたいに使えるもんだと思ったのに。その様子じゃ、痛みの抑え方どころか存在すら知らないみたいだね」
(『気』!? 何だそれは……いやそんな事より! このガキ、今俺の転移よりも……)
「まあ私も、タオに会うまでは自覚してなかったんだけどさ。……まぁ、それなら昔みたいに教えてあげようかな」
「───さ、急いで立ってよ。早く終わらせたいんだからさ」
ギザルムはまだ痛み続ける腹を抑えながら立ち上がる。
痛みからか、見下されているからか、今宵一番の不快感と怒りが沸々と沸き上がる。
魔界の貴族が、淘汰されるしか選択肢の無いはずだった下等種族に見下ろされるだけで、本来は虫唾が走る事なのに……急げ? 早く終わらせる?
頂点者としての誇りが、強者としてのプライドが、本能としてギザルムに叫ぶ。
今すぐ、目の前の
「く……くく……ふざけるなよ、ゴミが。人間の、下等種族の分際で……魔族の俺に……」
「そこまで一貫してると逆に好感が持ててきたよ。別に文句を言うのは勝手にすればいいけど……口より回復に集中しないと、死ぬよ?」
「っっっ……!! ……やってみ───」
「グガッ!?」
『餓狼』、それはただの蹴り。特別な体質や技術は必要無く、強いて言うなら気術さえ使えれば誰だって使える。
しかし、その威力は絶大。人間に放てば処刑に等しい威力であり、その瞬間的に真空となった軌跡には空気の『輪』を残す。
この『ただ事ではないただの蹴り』を放つには、肺が張り裂けるほどの気を一息で練らなければならない。
気術を使う拳法、百華拳の門下生であろうと、これを真似できるのは今は当代当主くらいであろう。
そんなイカれた技が、ジェイドの代名詞。
馬鹿げた量の気を必要とするのに、本人はそれを自覚していなかった。ただ運動神経が良いという話では済まない、まさに戦神に愛された才能が為せる技だ。
ロードストの貴族に畏怖され、『
いつだったか、餓狼を食らって悶絶して寝込んだバビロンに、ジェイドが話した。
『え、そうなのか?』
『うん、実際特技は蹴りっていうか脚力だからね。それに気付いたのも、この蹴りを教えてくれたのも、僕じゃないんだ』
『それって……』
『うん、僕の姉さん。昔、『脚力あるんだし、試しにやってみたら?』って言われて教えてもらったんだ。いや〜、アレは今でも忘れられないよ。トラウマ的な意味で』
『弟がバケモンなら姉もバケモンか……』
『失礼な! 姉さんの蹴りの方が痛かったよ! バビロンも今日見たし、いつか使えるようになるよ!』
『無理だわ、バカ』
……実際、どちらの『餓狼』の方が強かったのかは分からないが。
ただ、現時点で確実に言えることはある。
『気』の概念を学び、より効率的なエネルギーの練り方を学んだステラの『餓狼』は……
今や、
蹴りで吹っ飛んだギザルムに『飛翔』で追いつき、追撃の蹴りを再度放つ。それを三度。
前蹴り、回し蹴り、サマーソルト。全てクリーンヒットし、痛みと速度で後手に回ったギザルムは、取り敢えず退避の転移を選択する。
吹き飛ぶ射線から転移する。
が、その目の前には既にステラの踵が迫っていた。
「クッソが……!!」
一度かかと落としで地面に叩きつけてから、有無を言わせぬ連続蹴りを放つ。
単発の時よりも一撃一撃の威力は落ちるものの、篭める気は据え置き。もちろん一撃の痛みも変わらないので、シンプルにクソ痛い。
(イッ……このガキ俺を足蹴に……! いや待て、落ち着け……。ダメージは問題無イッテ……痛みは強烈だが、再生が追いつイッ、追いつかない程では…………
『もう終わったし───』
(馬鹿な、ありえん。……なのに、何故このガキは……!)
何とか蹴りの隙を捉え、影狼でまた退避する。
今度は目の前には居なかった。ギザルムの疑問はただの思い違いかに見えた。
しかし、それも束の間。視界の先に、土塊に向けて脚を振りかぶったステラが映る。
生物の本能として、ギザルムはここで初めて腕で防御する。
幸運にも、それを自覚して屈辱に震えるよりも早く、それは振るわれた。
『強度増加』魔術を施した土塊を、『餓狼』の脚力で思い切り蹴り飛ばす。
『子どもが道端の石を蹴り転がすヤツでしょ? アレを思いっきりやるの』と、ジェイドは姉に教わったという技だ。因みにジェイドはできないと言いつつ、やってみたらできたそう。
その威力は児戯の延長らしからぬ凶悪なもの。軌道にある全てをぶち抜く、悪夢のような爆裂シュートだ。
無論、それをモロに食らったギザルムは、背後にあった壁や領主邸だった瓦礫を貫き、上空へと放り出された。
「グッ……オォ……」
「今の君には、何を言っても解らないと思うけどさ」
ギザルムは強い。
ステラが今まで出会った者の中で、殿堂入りした彼を除けば一番強い。それは疑いようも無い事だ。
しかし、それだけだ。
ただ強いだけ、大きいだけの空っぽな星。
影狼を求めて魔界から遥々来た事は評価できるが……手に入れてコレなら、やっぱり駄目。
「満足して求めることを止めたら、星の輝きは鈍るの。勝ちしか知らない貴方よりも、世間から爪弾きにされた彼らや、求めても求めても手に入らなかった彼の方が何倍も輝いてたのもそういう事」
「だから、一旦負けてみよっか。そうすれば、君でも何か見えてくるかもだよ?」
そう言って、優しく諭すように笑うステラ。
自身を見つめる、その初めての表情にギザルムは……言い知れぬ怒り、憎悪、屈辱感を覚える。
「……もう勝ったつもりでいる気か? なら、その勘違いを正してやろう……!」
ギザルムは手を掲げ、魔槍と影狼以外で初めて技らしい技を展開する。
魔族と魔人の違いは、魔力量や戦闘センス、再生力など多岐に渡る。
中でも最も大きな違いは、魔族のみが扱える特殊技能にある。
魔族は自身の体内魔力以外にも、自らの周囲の大気に存在する魔力を自在に操れることが出来る。
今、ステラを含む大気が揺れているように。
「『これ』は周囲の魔力を押し固めた結晶……星だか障壁だか知らんが、あらゆる全てを亜空間へ放り込む」
掲げた左手を中心に、大気の魔力が集まってゆく。
本来性質変化しなければ目には見えないはずの魔力だが、凝縮し押し固め、濃度を限界まで上げれば、その結果真っ黒の塊となる。
光も通さない、純粋なエネルギーの結晶。
「これぞ魔族の極意。万物万象を無に帰す技……」
「…………?」
「…………あーあ、ここまでか」
ギザルムがステラに放り投げた『黒死玉』は、気の抜けた音と共に消えた。
さっきまでの空気の震えが嘘のように。ギザルムも目の前の光景を処理できずに困惑で頭が埋め尽くされていた。
「……?????? は? え……ぽすっ? 何処行った俺の黒死玉!! 章分けの間で何か飛ばした!?」
困惑も無理は無い。黒死玉を撃つには大気の魔力と、ギザルム自身の魔力を使えるだけ全て使う必要がある。現に今ギザルムは魔力がすっからかんで、脂汗をかいて肩で息をしていた。
それに対してステラは、特に変わった様子は無い。というかポッケに手を突っ込んだまま動いていない。
それはそうだ。黒死玉を消し飛ばしたのは、ステラではないのだから。
「───『虚空』って魔術だよ。その『黒死玉』ってのと同じ技だ。効果を聞いて思ったけど、やっぱり違うのは名前だけだったな……」
「っ!!? 誰だ!?」
「ただの王子だ、第七のな」
ギザルムの更に上から、少年の声がした。
ステラと瓜二つの顔を持つ彼は、スィーっと下降してステラの前へとやって来た。
少年は暫しステラを見た後、その頬をグ二ーっと引っ張った。
「いひゃい」
「ステラお前〜、またコソコソ俺に黙って色々やってたろ〜」
「だって、時間無かったし。ジェイドを早く助けないと、ロイドに会わせられないし。ていうか何その服、いかがわしい」
「そう! 何でお前ジェイドのこと知ってたんだ? 会ったことあるのか?」
「……秘密」
「む〜〜」
「いひゃいいひゃい」
サルーム王国第七王子、ロイド・ディ・サルーム。ステラの双子の兄である。
実はだいぶ前からステラとギザルムの戦いを観戦していたのだが、それは今はどうでもいい。そんなことよりも今は、自分の妹が
「アルベルト兄さん達も来るの早いし。アレもお前の仕業だろ? レン達置いてきちゃったんだからな」
「そう、狙い通り。後のこと考えればそれが良いでしょ。魔人の残党も残らず始末してくれるだろうしね」
「……おい……」
「後のことねぇ……。とにかくっ、ちゃんと洗いざらい話してもらうからな!」
「喜んで。皆で話そ。それよりロイド、グリモ連れてきてる? やけに静かだけど」
ステラが聞くと、ロイドは黙って右手を見せてきた。
そこには、涙と鼻水でグチャグチャになったグリモの顔があった。
「うわ汚っ」
「す、ステラしゃま……俺、涙凄い出てて……」
「ステラの戦い方が危なっかし過ぎてずっとこの調子だ。普通戦ってる最中に説教なんて始めるか?」
「おい……貴様ら……!」
「ロイドも戦ってれば、きっとつまらな過ぎてそうしてた。それじゃロイド、グリモ貸して。最後にやらなくちゃいけないことがあるから」
「ホイっ。それで? 堪らず出てきちゃったけど、アレどうするんだ?」
「おい、いい加減……!!」
「うるさいなぁ、ちょっと黙っててくれないか?」
「ふざけるなぁああああ!!!」
いきなり現れたもう一人のガキ。特に説明なく消された黒死玉。急に始まった仲睦まじい兄妹のやり取り。その間ずっと無視され続けるギザルム。
そしてトドメに放たれた「うるさいなぁ」。
プライドの塊であるギザルムでなくても、これはキレても仕方がない事だ。
「魔族の極意たる技を人間ごときが真似るだとぉお!? 挙句無視して、魔族たる俺に黙れだとぉお!!?? 馬鹿を言うな巫山戯るな! 多少魔力が多い塵虫の分際で!」
(うるさいなぁ……)
「ならば小娘の前にお前からだクソガキが!! その粗末な魔力を、俺の糧にしてや───」
そう叫び、ギザルムはロイドの頭を掴んだ。
そして…………見た。
「っっっ───!!??」
それは、第七王子の魔力であるはずのもの。
夜よりも暗い、闇よりも黒い、全てを塗り潰す真っ暗闇の深淵に、ギザルムは触れた。
恐怖と戦慄で動けずにいるギザルムの首に、ステラは後ろから腕を絡ませる。
「ようやく見えた?」
(こんな……こんな出鱈目なものが……)
「…………そう、これが私の星だよ」
黒点が現れる。
頭くらいの大きさしかない、空間に開いた小さな穴。
しかしその穴は、渦巻く中心に全てを引きずり呑み込む、極小のブラックホール。
それは『虚空』とは呑み込む順番が違う。
まずその黒渦は、形の無い魔力から優先して呑み込もうとする。
もちろん、魔力で構成された魔力体であるギザルムも、その例外ではなく……
「ガッ……!グッ、ガアアアア!!!」
(わ〜、久しぶりに見たな〜ステラのこの魔術。キレ〜)
(何故だ!? 魔力体だけが引きずり出された!? どういう理屈だ!? とにかく早く逃げねば……!!)
ギザルムはジェイドの肉体から強制的に引きずり出され、必死に抵抗するもあえなく無駄となる。
ジェイドの肉体でなければ、ギザルムは影狼を使えない。魔術も使えないので逃げることもできない。
あらゆる手段を試行錯誤しようとも、全ては無に帰す。
やがて意識も遠のいていき……最後にギザルムの耳に聞こえたのは……
「──────起きたら、また遊ぼっか」
黒点はギザルムを呑みこみ、跡形も無く消え去った。