『極黒渦牙』と共にギザルムがいなくなり、ジェイドの体は生気を失った姿へと戻った。
東を見れば、日がつむじを見せ始めていた。
「ヤバいロイド。早く治癒系統魔法かけて。じゃないとジェイド死んじゃう」
「うぉっ、いきなり老けたな。ちょっと待ってろ」
ロイドが治癒系統魔術を展開すると、顔は血色を取り戻し、カサついた唇も健康的になった。流石に極度のストレスで白くなった黒髪を戻すのには時間がかかりそうだ。
まあ、普通はこんな劇的な変化は起こらない。毎度の事ながらロイドがおかしいのだ。
暫くして呼吸も安定していき、ステラは先程までとは段違いに穏やかに眠るジェイドを、優しく抱えた。
「ふぅ……良かった」
「ステラ様がそんな顔見せんの、ロイド様だけじゃないんすね」
「グリモは私に人の心が無いと思ってるの?」
「はい、ロイド様よりも」
「……■■■■■」
「待ってちょっと待ってさっきの二重詠唱でもう頭割れそあ゙あ゙あぁ!!」
「漫才は後にしてくれ。そろそろ兄さん達が来る。言い訳は考えてあるんだよな? ステラ」
「うん、任せて」
程なくして門からやって来た暗殺者ギルドとアルベルト達を見た後、ステラは腕の中で眠るジェイドに囁いた。
「……ね? 大丈夫だったでしょ?」
森の中での戦闘は、最初の方はやはり色々あった。
主にガリレアのせいで。
ロイドはアジトで暗殺者ギルドと戦い、その時にガリレアのせいでロイドの服がダメになった。
それを証拠品として、色々勘違いが起きていた。
「違う! それは俺の粘液で汚れてたから洗って干してただけで……」
「「粘液……?」」
「あ、これ何言っても駄目なヤツだ!」
ネチョネチョになったロイドのパンツで正常な判断力を失っている
暗殺者ギルドの仲間も加勢しようにも、一応彼らはお尋ね者であるので下手に口を出せない。
だが目の前に明らかに様子のおかしい魔人がいたため、そいつらをどうにかした後に沙汰を決める運びとなった。
「うわあああこうなりゃヤケだ!! なるべく強そうな人間を殺してギザルム様に献上するぞ!」
「どうせ戻ってもギザルム様に殺されるしなクソがぁ!!」
「こいつらは……臭いからして魔人でしょうか。あのクッサイのよりは弱いようですが、数が多いですね」
「ということは、ステラの置き手紙の通りか。魔剣部隊、前へ! ひとまず暗殺者ギルドは後回しだ!」
「ど、どういうこと?」
「とりあえず、このヤバそうな奴らをどうにかしよう。で、ドサクサに紛れてガリレアの信頼を少しでも回復させるぞ」
「あれはもう無理じゃないかしら」
「ガリレア、後は任せて」
「お前らは見捨ててんじゃねえ! さっさとコイツら倒して、ロイド様に弁明してもらうぞ!」
こうして、魔人集団 vs. アルベルト率いる魔剣部隊&暗殺者ギルドの戦いが始まった。
のだが、決着は思いのほか早く着いた。
最初にステラがロードスト城にぶち当てた『天墜銀牙』により、ギザルム配下の10級~9級の魔人の半分は蒸発していた。
残るは唯一の8級魔人と、運良く生き残った木っ端の魔人。
ロイドが刻印した『火球』が出る魔剣を持った精鋭と、おかしな威力の『炎烈火球』が出る魔剣《ディロード》を持つディアン、レッサーフェンリルを従えるアリーゼ、順当に強いアルベルトや暗殺者ギルド。あとトドメにおかしい強さのシルファ。
戦力差は歴然であり、掃討にもそう時間はかからなかった。
「こちらからロイド様の臭いがします」
「ワンワン!(ボクもそう思うワン!)」
「ロイドは本当に無事なんだろうなぁ!? あ゛ぁ!!?」
「アル兄、帰ったら一旦寝ような?」
「大丈夫よ! リルがこの人達は食なかったし、悪い人達じゃないわよ!」
「ロイド様あぁ! 早くこのお兄様説得してぇ!」
シルファとシロの鼻を頼りに、一向はロードスト城(半壊)に到着した。
先程まで大魔術が飛び交っていたと思しき破壊跡とは裏腹に、辺りには静寂が満ちていた。
ジェイドの身に危機が迫っている事を知っている暗殺者ギルドの5人は、不安に身を包まれるが……それもすぐに解けていった。
昇る朝日と重なるように、3人の陰が見えた。
レンは同時に、ある昔の事を思い出した。
『サルームの第七双子都市伝説?』
『あぁ! 皆は知ってる?』
『何それ、七不思議的な?』
『第七王子と第七王女の事だろ? それがどうかしたんだ? どっちも名前も知らねえぞ』
食事中、帰ってきたジェイドが話してきた。
なんでも、第七王子の誕生の際に城で起こった事故は、産まれたばかりの第七王子が放った魔術だとか。
なんでも、ここ数年でサルーム王国で流れ星がありえない数増えたのは、第七王女による魔術だとか。
『んなアホな』
『んで、その都市伝説が何だって?』
『別に何ってことは無いんだ!』
『無ぇのかよ』
失われたと思っていた日常。
穴倉の中にいても、間違いなく尊いと思えた……ジェイドが行ってしまってからは、色が減ってしまった日々の光景。
『でもさ……夢があるだろ! そんな魔術の申し子みたいな、星空にだって手が届くような人がいたらさ!
僕達の呪いも、こんな暗い穴倉なんかも全部吹っ飛ばして、皆で陽の下に連れ出してくれるかもしれない!!』
穴倉の中が、別に嫌だった訳じゃない。皆と一緒にさえいられれば、それだけで幸せだったんだから。
でももし……その噂が本当だったなら、皆でお日様の下を堂々と歩けるなら……どんなに良かっただろうって。
『うるせえぇ! んな与太話聞いてくんなら、もっとマトモな依頼仕入れてこいやぁ!』
『言ったなぁ! 本当かもしれないだろ! いたら凄いぞ! 姉さんより凄いかもしれないんだぞ!』
『一々姉を引き合いに出すなシスコン』
『おうよいいぜ! もし本当なら、一生その第七さんらにお仕えしてやらぁ!!』
『! あぁいいねそれ! そうなったらお仕えしよう!』
本当だったね、ジェイド。
ねぇ、ボクね。もう毒撒かなくなったんだよ。
ジェイドが昔持ってきてくれた、リボンの似合う可愛い服も着れちゃうんだ。
抱きしめられても、大丈夫なんだ。
だから、帰ろう。お日様の下に。
『皆で一緒に!!』
「ロイド様ー!!!」
「わーん(ご主人さまー)!!!」
「ロイドー! ジェイドー!」
ロイドに向かってシルファとシロが、ジェイドを抱えたステラに向かってレンを始め暗殺者ギルドの面々が飛びついていく。
シロにギュムギュムされているロイドは、ひとまずアルベルトに気になっていたことを聞いた。
「えっと、アルベルト兄さん。どうしてここが分かったんです? ……どうせステラが何か……」
「ああ、ステラの部屋に置き手紙があったんだ」
「置き手紙?」
ロイドがステラに目を向けると、ステラはなんて事無いように話し始めた。
「うん、アルベルト兄さん。今回のこと、整理して説明するね」
そこから始まったのは、ロイドが「お前マジか」とドン引くレベルの嘘。ただし、重ねに重ねて並べた嘘とは言っても、綺麗に整頓された嘘だ。
まず、暗殺者ギルドがロイドと一緒にいたのは、ロードストで蜂起しようとしたジェイドへの助力を求めるため。第七王子は魔術に精通しているという噂の通りなら、同じく魔術師であるジェイドを助けてくれると思ったから。
しかし、そこで問題が起きた。ロードストが魔人の巣窟となっていたのだ。先にロードストに行っていたジェイドは魔人に敗北。一時的に体を乗っ取られていた。
さらには、更に良い
ジェイドの瞬間転移の異能によりステラは拉致されたが、魔術により王城に手紙を残すことに成功。それを見たアルベルト達が到着。
アルベルト達には大体納得のいく、暗殺者ギルドからすれば「何それ知らん」という内容だった。
が、アルベルトには一つ気になることがあった。
「……まあ、大方の事情は分かった。けどステラ、君が抱えているその人は……恐らくジェイドだろう。ジェイドの体は、魔人が乗っ取っていたんだろう? 一体どうやって……」
「私は城に監禁されていたので詳しい事は何とも。ロイドが言うには、通りすがりの冒険者がボコしてったとか何とか。ね、ロイド?」
「え!? あーうん! そうですアルベルト兄さん!」
「そうなのか……! いやでも、ありえるのか? こんな破壊跡は、天災でも起きない限りは……」
「あぁ、それは本当の天災ですよ。たまたま隕石が落ちちゃったらしくて」
「「「隕石」」」
「ちょうど城の魔人がいた場所にぶち当たったみたいで」
「「「ちょうど」」」
「因果応報って本当にあるんだね。ね、ロイド」
「ソウダナー」
実際は天災じゃなくて
結局その場は、魔人に乗っ取られ死亡したロードスト領民の墓作りが先となり、ステラの思惑通りになあなあに終わった。
残ったのは、起きないジェイドに抱きつきながら大泣きするレンと、静かに涙を流す他のギルドの者達。
あと、ステラに本当の話を聞きたいロイドだ。
「え、っと……アンタが、いやあなたが、ジェイドを助けてくださったんですかい?」
「ま、そうだね。ついでに、貴方達とロイドを引き合わせたのも私。そうすればノロワレの力も手に入るし、何やかんやでロイドと一緒にロードストに来てくれると思ったから」
「そうそれだ。何でお前コイツらの場所分かったんだ? あとジェイドのことも」
「暗殺者ギルドの事は元から知ってた。コソコソ人殺してる怪しいやつらがいるって」
「人聞き!」
「まあ、事実なんだけども」
「多分ジェイドがいなくなってからかな。そこの毒の子の仕事が精細さを欠いてきた。頑張れば探知もできるくらいにね」
「!」
事実、ジェイドがロードストに行ってから、レンはジェイドの影を追うように仕事をしていた。ほかの何も見えなくなるくらい、得意な隠密も疎かになるほど。
と言っても、それはロイドでさえ最初は手こずる隠密技法。ゼロから探知してアジトまで突き止めたステラは何なんだと、ギルドの面々は戦慄していた。
「それは分かった。じゃあ、ジェイドの事を知ってたのは?」
「……ふふ、秘密。でも、ジェイド本人に聞いてみたらいいんじゃないかな」
「む〜、それ絶対言わないやつだろ〜」
「あ、ロイド。ジェイドの瞬間転移の異能、術式として手に入ったけど、いる?」
「いるぅ!!!」
「ん、じゃあそれでチャラね」
「オッケオッケ〜もぅ全部どうでもいい!」
「良くないですぜロイド様!?」
「ジェイドは貴方達に任せるね。あそこの丘、ジェイド好きだったから、寝かせとけば直に起きるよ」
ジェイドをガリレアに投げ渡し、ロイドに影狼の術式をまとめて渡したステラは、そう言って踵を返した。
アルベルトらにしたのとは正反対な適当な誤魔化しに、ロイド以外は唖然とするしかない。
けど、安らかな息を立てながら眠るジェイドを見れば、今日は一旦どうでもよくなった。
「第七王女さんはどこ行くんだ?
「ロイドが呼べばそっち行くから大丈夫だよ、軟体の子」
「バビロンです。……アンタは謎なままか。ジェイドが起きたら、呼びますよ。んで、結局どこへ?」
「んー……下準備と念押しと……忠告かな」
ロードスト城から離れた森の中。
黒い外套に身を包んだ男と、スーツを着て目隠しを着けた女が早足で歩いていた。
「いやはや、まさか第二王子君が来るとは。やっぱり迷子なんてするもんじゃないですね」
「ですが、あの魔城の主を討ったのはそのアルベルトではないようでした。それに、あの突如現れた巨大隕石についても……まさか」
「───『神』、ではありませんよ、アナスタシア。魔族が人間界に踏み入って多少人を殺した程度では動きませんし……何より、あんなマネをしなくても、
「そう、ですか……」
目隠しの女、アナスタシアはまだ先程の異次元の戦闘を見て、気が動転しているようだった。
離れていても解った、ロードスト城にいた魔族の威圧感。
外套の男はそれに相性的には有利。と言っても苦戦は必至であろう、生物的な絶対強者であった化け物。
それが、突如として現れた星により、粉々に打ち砕かれていた。
アルベルトが来たことにより、ギザルムの結末までは見ていないが、それでも解った。
あの場には少なくとももう一人、『
「心配は要りませんよ、アナスタシア」
「っ……ギタン様?」
「策は抜かりません。たとえあの魔族を滅ぼせる者がいようと、我らの目的の為にあらゆる手を尽くせばよいだけです。魔族の置いていった
「どうするの? それ」
「「!!!」」
二人の頭上から、場違いな幼い声が降ってきた。
「……今日は色んなものが降ってきますね。隕石に……子どもですか」
「ただの子どもじゃなくて、第七王女だけどね」
少し、お話しよっか。