アラン・リザードンと巡るポケモン世界記 作:エイト
第1話 目覚めたら、知らない景色の中で
――目の奥に、柔らかな光が差し込んだ。
意識が浮かび、遠くで木の葉が揺れる音がしていた。
静かだった。
風が窓をくぐり、草の匂いを運んでくる。機械の音も、人の喧騒もない。代わりに、小鳥のさえずりと、優しい木々のざわめきだけが耳をくすぐった。
(……どこだ、ここ)
ゆっくりとまぶたを持ち上げると、そこにあったのは見知らぬ天井だった。
木造の梁。白い塗り壁。暖色のランプに照らされた室内は、まるで絵本の中に出てきそうな温もりに満ちていた。
(ホテル……じゃない。これは……)
起き上がろうとしたとき、自分の体に妙な違和感を覚えた。
腕が短い。手のひらが小さい。
服もパジャマではなく、ふわっとした柔らかい布地の寝間着。
何より――視界が低い。
(え……子ども……?)
鏡はなかったが、自分が5歳前後の幼児の体に変わっていると、肌感覚ではっきり分かった。
指はぷっくりとしていて、力の入れ方も拙い。足元もなんだか心許ない。
何より、自分自身の存在が、まるで“借り物”のように感じられた。
そのとき、部屋の扉が開いた。
「アラン……! よかった、起きたのね。気分はどう?」
現れたのは、一人の女性。年の頃は二十代後半だろうか。優しげな顔立ちに、ラベンダー色のワンピース。
その柔らかな笑みは、不思議なくらい“安心できる”雰囲気を持っていた。
だが、それ以上に衝撃的だったのは――
彼女の後ろに、静かに立っていた影だ。
黒く、端正なシルエット。独特のリボンのような装飾を纏いながら、まばたきをしている。
その姿に、見覚えがあった。
(……ゴチルゼル!?)
それは、ゲームやアニメでしか見たことのなかったポケモン。だが、目の前で生きて動いている。
これは、夢なんかじゃない。
(現実……?)
頭が混乱する。けれど、目の前の女性――ヒナと呼ばれた彼女は、そっとベッドの脇に座ると、柔らかく抱きしめてきた。
温かくて、柔らかくて、心臓の鼓動がじんわりと伝わってくる。
(この人……“本当の母親”みたいだ)
どこかで「これは現実だ」と確信する自分がいた。
(……俺、転生したのか)
断片的な記憶が、意識の底から浮かび上がってくる。
前の世界、普通の学生生活。通学路、友達、家。
そして、あの光――すべてが崩れたあとの、真っ白な空間。
そして、彼女が呼んだ名前。
(アラン……)
その名前に、記憶がざわめく。
『ポケットモンスターXY&Z』。サトシのライバルとして登場した、あのアラン。
黒髪、鋭い目つき、メガリザードンXを使いこなす実力者。
(いやいや……俺が、アラン? 5歳の?)
受け入れがたい現実。けれど、次の瞬間、それを裏付ける証拠が目に飛び込んできた。
壁に飾られた、いくつもの家族写真。
まだ幼い“自分”と、ヒナ、そしてもう一人――肩に手を置いている大柄な男。無表情だけれど、どこか優しげだった。
一枚だけじゃない。年齢を少しずつ重ねた写真が、何枚も並んでいる。
どれも“このアラン”として生きてきた記録。
(……作り物じゃない)
枕元に置かれていたタブレットを手に取ると、ロックもなく中が見られた。
そこには、日常の記録が山のように保存されていた。
遠足、買い物、家での食事、風邪をひいた日。どれも、ごく当たり前の生活。
(もう……戻れないんだな)
窓の外を見れば、キャモメが空を旋回していた。
青い羽先、リズムのある飛び方。まぎれもなく、ポケモン世界の空だった。
けれど――
(……悪くない)
そのことに対する恐怖は、思ったよりも早く薄れていった。
「ねえ、アラン? 朝ごはん、作ってあるの。ナオヤも下で待ってるから、食べましょう?」
「……うん」
自然と返事が出た。
幼い声だったけれど、それももう“自分の声”なのだと思えた。
ヒナの手を取り、立ち上がる。
(転生なんて信じられないけど……でも、ここでまた生きていくんだ)
この世界のアランとして、5歳からの人生を。
(ポケモンの世界なら――悪くないかもな)
次回「森へと続く道」
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