アラン・リザードンと巡るポケモン世界記   作:エイト

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第15話「封印の扉、その先へ」

 封印の洞窟の最奥、螺旋の果てに口を開く小さな通路。その前で、子どもたちは静かに息を整えていた。

 

 入口は岩の裂け目のように狭く、ぎりぎり膝をついて進める程度の高さ。周囲には補助灯が設置されているが、その先に何があるのかは、誰にもわからない。

 

「本当に……君たちでしか通れないんだな」

 

 ナナマカド博士の言葉に、セキリュウがスケッチを差し出す。

 

「この幅では、僕も無理。体格的に通れるのは、シロナと子どもたちくらい」

 

「……なら、任せるしかないか」

 

 博士が頷き、装備の最終確認を行う。

 

「中では無理に進まないように。今回は“入口付近の観察”が目的だ。戻れる状態を常に意識してくれ」

 

「はい」

 

 四人の声が重なり、小さく響く。

 

 セキリュウは一歩、シロナの前に出る。

 

「……シロナ、覚えてるな。集中しすぎると、他の音が消える癖。無理しないで、少しでも不安を感じたら戻ってこい」

 

 彼の声は淡々としていたが、目は真剣だった。

 

「……わかってる。でも……大丈夫。あなたが外にいるなら、ちゃんと帰ってこられるから」

 

 シロナは小さく笑い、リオルがその隣で頷いた。

 

「行ってきます」

 

 アランを先頭に、ユウマ、ミナト、シロナの順で通路に身を滑らせる。

 

 

 

 通路の中は、想像以上に静かだった。

 

 乾いた岩肌。ごつごつとした壁面に身体を擦らないよう、慎重に進んでいく。時折、ヒトカゲの火が前方を照らし、かすかな湿気が浮かび上がる。

 

 空気はひんやりと冷たく、背中をなでる風が“どこかへ繋がっている”ことを示していた。

 

「……聞こえる?」

 

 ユウマがささやくように言う。

 確かに、どこかで“水の滴る音”がする。ポツ……ポツ……と、一定のリズムで岩を打つ音。

 

「この通路、自然にできたんじゃないね」

 

 アランが壁を指でなぞる。

 

 斜めに削られたようなライン。工具か、あるいはポケモンの能力による彫削痕のようにも見える。

 

「でも、いまは崩れてる部分も多い。通れるの、ほんとにぎりぎり」

 

 ミナトが後ろを振り返る。身体をひねらなければすれ違えないほどの狭さだった。

 

 やがて、前方に“広がり”が見えてきた。

 

「……ここ、少し広い」

 

 アランが照明を翳すと、半径一メートルほどの空間が現れる。

 子ども一人が膝をつける程度の待機スペース。

 

 壁面には、模様のようなものが刻まれていた。

 

「……点字じゃない?」

 

 シロナが顔を近づけて、触れずに観察する。

 

「いや、これは……もっと古い、“原型”かもしれない」

 

 ユウマが静かに呟いた。

 

「点字の“音”を記録する前段階。“概念”を描いた印象がある」

 

「たとえば?」

 

「“火”や“水”という単語じゃなく、“熱い”“流れる”“あふれる”といった感覚……それを抽象的な記号で記したものかも」

 

「……“概念記憶”の封印……」

 

 シロナの声がわずかに震える。

 

 リオルが、ひくりと耳を動かした。

 

「リオルが波導で感じてる。“誰かの意識”……痕跡みたいなものが、ここに残ってる」

 

「“誰かの意識”?」

 

 ミナトが問い返すと、ユウマが頷いた。

 

「思念の残響……完全には消えていない。“この場所にいた誰かの記憶”が、石に染みついてるんだ」

 

「……戻ろう。今日はもう、これ以上は進まない方がいい」

 

 アランが言い、皆が頷いた。

 

 進めることと、進むべきかは違う。

 それを理解していたからこそ、子どもたちは冷静だった。

 

 

 

 洞窟の入口で待っていたセキリュウが、通路から這い出てきたシロナを見て、そっと額に手を添えた。

 

「大丈夫か?」

 

「うん……少しだけ、胸がざわついたけど……リオルが抑えてくれた」

 

「そっか。……ありがとう、リオル」

 

 セキリュウが微笑むと、リオルは照れたように視線をそらした。

 

 

 

 正午過ぎ、調査隊は全員村長の家に集まり、即席の報告会が開かれた。

 

 壁には洞窟内で写し取った模様のスケッチが貼られ、点の配列や間隔が検討されていた。

 

「この配置、たぶん“意味の順序”がある。“火”から始まり、“水”に続くような流れがある」

 

「時間軸の示唆か、それとも“進行のストーリー”か」

 

 プラターヌがメモを取りながら問うと、ユウマが頷く。

 

「後者の可能性が高い。“過去の再現”を見せる設計かもしれない」

 

「……それにしても、記憶の痕跡が波導に影響を与えるほど強く残っているとは」

 

 ナナマカド博士は、深く腕を組んだ。

 

「情報としての記録と、心に残る記憶は違う。これは、後者を意図的に構成した封印構造だろう」

 

 エイトが補足する。

 

「だからこそ危険でもある。“感情誘導”が行われているなら、認識の変容も起こり得る」

 

「感情の記憶って、どれくらい残るの?」

 

 ミナトの問いに、アヤネが答える。

 

「強い感情は、時間を越えて波導に染みこむわ。“恨み”“希望”“後悔”……それが“空間を縛る鍵”になることもあるの」

 

 

 

 会議の最後に、博士が次回の方針を示した。

 

「次は“点と点を結ぶ順序”を調べる。読み取るだけでなく、順に“踏む”ことで反応する装置の可能性もある。記号を“記憶の道筋”として辿る計画だ」

 

「慎重に進もう。“記憶を読む”ことは、“心を揺らされる”ことと同じ意味だからな」

 

 ハクオの言葉に、子どもたちは真剣な顔で頷いた。

 

 

 

 洞窟の奥に眠る“記録された記憶”――

 それは文字や音ではなく、“感じるもの”だった。

 

 そしてその感覚を、正しく受け取れるのは――

 “今を生きる子どもたち”しかいないのかもしれない。

 

 




次回「村に流れる時間、記憶に触れる準備」

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