アラン・リザードンと巡るポケモン世界記 作:エイト
朝の空気は、昨日よりも少しだけ冷たかった。
湿り気を含んだ風が、森から吹き下ろしてくる。
朝食を終え、ヒナにリュックを背負わされると、身体がふっと軽くなる。
前世では得られなかった“家族の安心感”が、少しずつこの心にも根を張っているのを感じた。
家の前で靴を履くと、すでに二人の姿があった。
「おはよう、アラン。……今日は寝坊しなかったね」
明るく手を振ってきたのはミナト。陽光にきらめく白いカチューシャがよく似合っている。
きちんと整った服に、小さなポシェットを抱えて、今日も“しっかり者”な佇まい。
「おはよう……」
隣に立つのはユウマ。銀白の髪に透けるような肌。彼の存在は静かで、それでいて、どこか目を離せない強さを纏っている。
言葉の出るまでにわずかな“間”があるけれど、その目だけは常にまっすぐだった。
「……よかった。ちゃんと来たんだ」
「……約束、したから」
「じゃあ、行こっか。今日はお父さんに聞いた“森の泉”までなら行っていいって言われたし!」
ミナトがはずんだ声で言うと、三人は村の北側、小さな小道へと足を向けた。
道は舗装されておらず、土と草、そして木の根がむき出しの“自然道”。
ときおりキャモメの鳴き声が頭上をかすめ、森の奥から木々のざわめきが聞こえる。
アランはふと、自分の手を見つめる。
小さくなった指。子どもらしい掌。けれど、足元から伝わってくる土の感触、風の温度、音の響き――それらすべてが、生きている実感をくれる。
「アランって、最近変わったよね」
ミナトが突然言った。
「前はもっと、ボーッとしてたし、すぐ泣いてたのに。昨日も、自分でちゃんと起きてたし」
「……そう?」
「……でも、前より話しやすくなった」
そう言って笑うミナトの横顔は、なんだか少し眩しく見えた。
アランはそっとユウマの方を見る。
「……俺、変じゃない?」
ユウマは一瞬だけ立ち止まり、アランの目をまっすぐ見返した。
「……変、じゃない。むしろ……いいと思う」
ゆっくりとしたその言葉には、不思議と力があった。
否定でも肯定でもなく、“受け入れる”強さがそこにあった。
――この二人がいてくれて、よかった。
森の入口が近づくにつれ、音が変わる。
鳥のさえずりとともに、葉が擦れる音、どこからか水の流れる音も混じってきた。
ザザ……ザザッ……。
足元で、コロボーシが跳ねていく。丸い体が土を弾き、すぐに草の中へ消えていった。
「森って、やっぱり広いんだね」
「……ここ、初めて来た」
「ミナトは? 来たことあるの?」
「何回かあるよ。お父さんと荷物運びで。でも、泉のとこまでは行ったことない」
ミナトは興味津々といった顔で先頭を歩いていく。
アランとユウマが、その後ろに続いた。
しばらくすると、小さな木橋が現れた。手すりはなく、川は浅い。底に転がる小石が、陽の光で揺れている。
そのとき、ユウマがふと足を止めた。
「……あれ」
指差す先。草むらの向こうに、まるい影がふらふらと揺れていた。
濃い緑色の身体に、葉っぱのような髪――ナゾノクサだ。
「……逃げないね」
「きっと、このあたりの空気に慣れてるんだよ。人が来ても、びっくりしないのかも」
ミナトの言葉にアランが頷いたとき、さらに奥――木陰から、もう一体の影が現れた。
鼻が高く、背筋を伸ばして立つ――コノハナ。
「……こっち、見てる」
「……道、ふさいでる、みたい」
確かに。三人の進行方向の中央に、まるで“門番”のように立ちはだかっている。
だが、その目に敵意はなかった。むしろ、観察するような視線。
「……試してるのかも」
「なにを?」
「“ここを通る覚悟があるか”……みたいな」
ユウマの低い声に、アランは思わず小さく笑ってしまう。
5歳の子どもが言うには大げさな言葉――でも、不思議と納得できた。
三人は自然と、コノハナに向かって軽く頭を下げた。
そのまま静かに横を通り抜ける。敵意も、拒絶も感じなかった。
そして――風が吹いた。
森の奥から届いた、澄んだ香り。水の匂い。
「あ、泉の匂いがする……!」
ミナトが顔を上げる。
「あとちょっと、だね」
「……うん」
しゃり、と足元の落ち葉が音を立てた。
アランはふと、胸の奥が小さく弾けるような感覚に包まれた。
風。匂い。音。手の感触。空の色。
すべてが、この世界のもの――そして、すべてが“これからの自分の人生”になっていく。
まだ馴染みきらない世界。けれど、確かに“歩いている”と感じられた。
次回「森の泉にて」
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