アラン・リザードンと巡るポケモン世界記   作:エイト

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第2話:森へと続く道

 朝の空気は、昨日よりも少しだけ冷たかった。

 湿り気を含んだ風が、森から吹き下ろしてくる。

 

 朝食を終え、ヒナにリュックを背負わされると、身体がふっと軽くなる。

 前世では得られなかった“家族の安心感”が、少しずつこの心にも根を張っているのを感じた。

 

 家の前で靴を履くと、すでに二人の姿があった。

 

「おはよう、アラン。……今日は寝坊しなかったね」

 

 明るく手を振ってきたのはミナト。陽光にきらめく白いカチューシャがよく似合っている。

 きちんと整った服に、小さなポシェットを抱えて、今日も“しっかり者”な佇まい。

 

「おはよう……」

 

 隣に立つのはユウマ。銀白の髪に透けるような肌。彼の存在は静かで、それでいて、どこか目を離せない強さを纏っている。

 言葉の出るまでにわずかな“間”があるけれど、その目だけは常にまっすぐだった。

 

「……よかった。ちゃんと来たんだ」

 

「……約束、したから」

 

「じゃあ、行こっか。今日はお父さんに聞いた“森の泉”までなら行っていいって言われたし!」

 

 ミナトがはずんだ声で言うと、三人は村の北側、小さな小道へと足を向けた。

 

 道は舗装されておらず、土と草、そして木の根がむき出しの“自然道”。

 ときおりキャモメの鳴き声が頭上をかすめ、森の奥から木々のざわめきが聞こえる。

 

 アランはふと、自分の手を見つめる。

 小さくなった指。子どもらしい掌。けれど、足元から伝わってくる土の感触、風の温度、音の響き――それらすべてが、生きている実感をくれる。

 

「アランって、最近変わったよね」

 

 ミナトが突然言った。

 

「前はもっと、ボーッとしてたし、すぐ泣いてたのに。昨日も、自分でちゃんと起きてたし」

 

「……そう?」

 

「……でも、前より話しやすくなった」

 

 そう言って笑うミナトの横顔は、なんだか少し眩しく見えた。

 アランはそっとユウマの方を見る。

 

「……俺、変じゃない?」

 

 ユウマは一瞬だけ立ち止まり、アランの目をまっすぐ見返した。

 

「……変、じゃない。むしろ……いいと思う」

 

 ゆっくりとしたその言葉には、不思議と力があった。

 否定でも肯定でもなく、“受け入れる”強さがそこにあった。

 

 ――この二人がいてくれて、よかった。

 

 森の入口が近づくにつれ、音が変わる。

 鳥のさえずりとともに、葉が擦れる音、どこからか水の流れる音も混じってきた。

 

 ザザ……ザザッ……。

 

 足元で、コロボーシが跳ねていく。丸い体が土を弾き、すぐに草の中へ消えていった。

 

「森って、やっぱり広いんだね」

 

「……ここ、初めて来た」

 

「ミナトは? 来たことあるの?」

 

「何回かあるよ。お父さんと荷物運びで。でも、泉のとこまでは行ったことない」

 

 ミナトは興味津々といった顔で先頭を歩いていく。

 アランとユウマが、その後ろに続いた。

 

 しばらくすると、小さな木橋が現れた。手すりはなく、川は浅い。底に転がる小石が、陽の光で揺れている。

 

 そのとき、ユウマがふと足を止めた。

 

「……あれ」

 

 指差す先。草むらの向こうに、まるい影がふらふらと揺れていた。

 

 濃い緑色の身体に、葉っぱのような髪――ナゾノクサだ。

 

「……逃げないね」

 

「きっと、このあたりの空気に慣れてるんだよ。人が来ても、びっくりしないのかも」

 

 ミナトの言葉にアランが頷いたとき、さらに奥――木陰から、もう一体の影が現れた。

 

 鼻が高く、背筋を伸ばして立つ――コノハナ。

 

「……こっち、見てる」

 

「……道、ふさいでる、みたい」

 

 確かに。三人の進行方向の中央に、まるで“門番”のように立ちはだかっている。

 だが、その目に敵意はなかった。むしろ、観察するような視線。

 

「……試してるのかも」

 

「なにを?」

 

「“ここを通る覚悟があるか”……みたいな」

 

 ユウマの低い声に、アランは思わず小さく笑ってしまう。

 5歳の子どもが言うには大げさな言葉――でも、不思議と納得できた。

 

 三人は自然と、コノハナに向かって軽く頭を下げた。

 そのまま静かに横を通り抜ける。敵意も、拒絶も感じなかった。

 

 そして――風が吹いた。

 

 森の奥から届いた、澄んだ香り。水の匂い。

 

「あ、泉の匂いがする……!」

 

 ミナトが顔を上げる。

 

「あとちょっと、だね」

 

「……うん」

 

 しゃり、と足元の落ち葉が音を立てた。

 アランはふと、胸の奥が小さく弾けるような感覚に包まれた。

 

 風。匂い。音。手の感触。空の色。

 すべてが、この世界のもの――そして、すべてが“これからの自分の人生”になっていく。

 

 まだ馴染みきらない世界。けれど、確かに“歩いている”と感じられた。

 

 




次回「森の泉にて」

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