アラン・リザードンと巡るポケモン世界記 作:エイト
森の木々がふっと途切れ、ぱっと視界が開けた。
その先に広がっていたのは、静かで澄んだ泉だった。
水は透き通り、底の白い砂まで見える。丸く並べられた石たちが、水辺を穏やかに囲い、風に揺れる背の低い花が彩りを添えていた。
木漏れ日が水面に反射し、きらきらと葉の影が揺れて踊っている。
「……すごい」
先に声をもらしたのはミナトだった。思わず息を呑んで立ち尽くす。
その声に呼応するように――
泉の真ん中で、小さな青い頭がぴょこりと現れた。
「ミズゴロウ……?」
オレンジ色のほっぺ。つぶらな瞳。どこかで見た、懐かしい姿。
ミズゴロウは静かにこちらを見つめたあと、小さく頭を振り、水中にすっと戻っていった。
「……逃げないね」
ユウマがつぶやく。
「ここって、ポケモンたちの“お休み場所”なのかもね」
ミナトはそっと腰を下ろし、辺りを見渡す。
石の上には、小さなキノココが丸まってうたた寝していた。
反対側の幹には、ツチニンが影と一体になって静かに張りついている。
そして、アランが見上げたその先――
木のてっぺんで、ナマケロがぶら下がるようにして枝に寝そべっていた。
「……なんか、全部ゆっくりしてる」
「だね。戦うってより、暮らしてるって感じ」
アランの胸に、ふと浮かんだのは前の世界で見てきた“ポケモン”の姿だった。
対戦、バトル、育成――そういう言葉ばかりが先に浮かんでいた。
でも、今――この泉で見ている彼らはただ、静かに“生きている”。
(……そうだ。戦うだけが、すべてじゃない)
風がそよぎ、草が揺れる。
遠くから、小さな鳥ポケモンの鳴き声が聞こえた。
三人は並んで泉の縁に腰を下ろした。
ミズゴロウの背びれが、時おり水面をすべっていく。
しばらくの静けさのあと、ミナトがぽつりと口を開いた。
「ねぇ……お父さんとかお母さんって、どんな人?」
アランとユウマが、同時に顔を上げた。
「突然どうしたの?」
「いや……せっかくこうして一緒に来たから、話してみるのもいいかなって思って」
そう言って、ミナトは自分のことから話し始めた。
「うちのお母さん、明るくて優しいけど、ほんとにおしゃべりでさ。朝から晩まで村の噂とか話してて、たまにうるさいなって思う」
「……わかる気がする」
「お父さんも、店のことばっかり。私が話しかけても、在庫とか取引とか数字の話ばっかりだし」
ミナトは笑った。けれど、その目には少しだけ寂しさもにじんでいた。
ユウマが続けるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……うちの父さん、強い人。でも、話が難しい」
「難しい?」
「“波導とは自己との対話”とか、“情報は信じるものじゃなく、見抜くもの”って。……僕、まだ5歳なんだけどな」
「わかるけど、分かんない!」
ミナトが吹き出して笑い、アランもつられて笑った。
「母さんもね……“チルタリスの羽の流れを読むのよ”って言う。でも、意味わかんない時ある」
「それ、ますます分かんない!」
「……でも、好きだよ。ふたりとも。優しいし、ちゃんと見てくれてる」
そう言って、ユウマは泉の水面を見つめた。
アランは言葉に詰まった。
前の世界の両親の記憶も残っている。でも、今の“ヒナ”と“ナオヤ”のことは――?
昨日の夜に見た写真。
優しく笑う“今の自分”と、彼ら二人の姿。
ヒナは、少し抜けてるけど、笑ってくれるし、手も握ってくれる。
ナオヤは無口だけど、目を見て、行動で示してくれる。
「……俺のお母さんは、ちょっと抜けてる」
「抜けてる?」
「パンを焦がすし、お茶こぼすし……クッション踏んで転んで転ぶし」
「やば……!」
ミナトが笑う。アランも、ふっと笑った。
「でも、俺が熱出したとき、ずっと手を握っててくれた」
「……優しいね」
「お父さんはあんまり喋らない。でも、落ち葉集めてくれたり、転んだらすぐ来てくれる」
ぽつりぽつりと紡がれる言葉の中で、“家族”という輪郭がゆっくりと形をなしていく。
気づけば、三人とも黙って、ただ泉を見つめていた。
水面にまた、ミズゴロウがふわっと姿を見せた。
さざ波が広がり、三人の影を柔らかく揺らす。
「……ねえ」
ミナトが静かに言った。
「家族ってさ、うるさかったり、変だったりするけど……でも、いいよね」
「……うん」
「わかる」
三人の言葉が、ゆっくりと重なった。
その時――頭上の枝から、ナマケロが「ぐぅ」と眠たそうに鳴いた。
その間の抜けた声に、三人は思わず吹き出した。
風がそよぎ、葉が揺れ、水がきらめく。
子どもたちの笑い声が、森の静けさにそっと溶けていった。
次回「森の中で出会った“危険”」
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