アラン・リザードンと巡るポケモン世界記 作:エイト
焼きたてのパンとベーコン入りの野菜スープの香りが、部屋いっぱいに広がっていた。
アランは昨夜の疲れが少しだけ残った体を引きずりながら、キッチンに足を運んだ。
食卓では、エプロン姿のヒナが食器を丁寧に並べている。
その隣では、ナオヤが既にコーヒーを啜っていた。朝の静けさと共に、いつも通りの朝が始まるはずだった。
「おはよう、アラン。よく眠れた?」
「……うん」
ヒナは少し間を置いて、スプーンを静かにテーブルに置く。
「昨日のこと、ちゃんと話してくれる?」
アランは、ほんのわずかに目を伏せた。
そして、泉で感じた違和感。キノココがいなかったこと。ユウマが調査を始めたこと。小屋での発見と逃走、そしてエイトに助けられたこと――順を追い、言葉を選びながら丁寧に語っていった。
話し終えると、ヒナは深く息を吐き出した。
「……無事だったのは、本当に良かった。でも、勝手にそんな危ないことをして……!」
声がわずかに震えていた。怒っているわけではない。ただ、心配で仕方なかったのだ。
「……ごめん。でも、放っておけなかった」
アランの返答に、ヒナの目がかすかに潤んだ。
ナオヤは無言のまま、パンをひとつちぎると、それをアランの皿にそっと置いた。
「…………」
それが、彼なりの“理解と称賛”の仕草だった。
やがてヒナも、少しだけ表情を緩めて微笑む。
「危ないことをしたのはダメ。でも……自分で考えて動いたことは、ちゃんと認めてあげる。えらかったね」
「……うん」
朝食を終えて、アランは外に出た。柔らかな朝の風に吹かれながら、通りの角でミナトと合流する。
「おはよう。……ちょっと寝坊した?」
「ちょっとだけ」
「ふふ、じゃあ同じくらいね」
ふたりは並んで、エイトの家へと向かって歩き出した。
通りにはもう数人の村人たちが顔を出していた。誰もが見知った顔で、彼らに声をかけてくる。
「アランくん、昨日の話聞いたよ……無事でよかったねぇ」
「ミナトちゃんも……本当にえらかった。お母さん、誇りに思ってたわよ」
少し恥ずかしそうにしながらも、ふたりは丁寧に頭を下げる。
「ありがとう……」
「……うん。大丈夫だったよ」
“ただの子ども”ではない。そんな風に思われているような、不思議な重さが胸の奥に残っていた。
エイトの家に到着すると、木造のシンプルな家の中でエイトが低く声をかける。
「来たな」
三人が並んで座ると、エイトは手元の資料を取り出して、簡潔に告げた。
「昨夜の件……ポケモンたちはすでに保護施設に連絡済みだ。元いた場所が分かった個体は、今日中に帰される」
「……じゃあ、全員は……?」
エイトは頷いた。
「三体。記録がなく、地域データにも一致しなかった。ヒトカゲ、アシマリ、ニャオハ。いずれも、ホウエンでは本来見かけない種で、過去の保護記録にも存在しない」
「外来種……」
「簡単に言えば、他の地方から勝手に持ち込まれたポケモンだ。生態系への影響もあるから、野生には戻せない」
ユウマが静かに問いかけた。
「……じゃあ、その子たちはどうなるんですか」
「選択肢は二つ。保護施設に引き渡すか――」
エイトは一瞬だけ三人の目を見た。
「――お前たちが、引き取るかだ」
張り詰めた空気が、部屋の中に流れた。
「もちろん、親の許可が必要だ。今日は一度帰って聞いてこい。夜に決めるといい」
アランたちは、小さく頷いた。
夕食時、それぞれの家庭で、“覚悟”を問う会話が交わされた。
アランの家では、温かなシチューとパンがテーブルに並んでいた。
ヒナがスプーンを握ったまま、正面から問う。
「アラン……その子を、本当に引き取りたいの?」
アランは少しの間だけ黙り、ゆっくりと頷いた。
「助けたいと思った。あの子……檻の中で、震えてたんだ。ほっとけなかった。もう、見捨てたくない」
ヒナは静かに微笑んだ。
「……じゃあ、覚悟を持って育ててあげてね」
ナオヤは何も言わず、ただ静かにシチューをすくい口に運ぶ。それが彼なりの“承認”だった。
ミナトの家では、ミユリが少し呆れ顔で、わざとらしく言ってみせた。
「本気で言ってるの? あの子、水ポケモンよ? お風呂場、いつもびしゃびしゃになるわよ?」
「それでもいい。私がやる」
一瞬だけ黙ったミユリは、すぐに笑顔を見せる。
「じゃあ……“お店の手伝い、毎日ちゃんとしてね”。それが条件!」
「えっ!? ずるい!」
「ちゃっかりしとかなきゃね♪」
ユウマの家では、静かな時間が流れていた。
エイトが真っ直ぐにユウマの目を見つめ、アヤネが背後で微笑んでいる。
「ニャオハを……引き取る?」
ユウマは少しだけ息を吸い、はっきりと答えた。
「……助けるべきだった。だから助けた。それだけです」
エイトはわずかに笑みを浮かべた。
「それだけ、で十分だ。責任と向き合え」
「はい」
翌朝、再び三人はエイトの家に揃っていた。
アランの顔にはやや緊張の色が浮かんでいたが、それでも胸には確かな意志があった。
エイトは、三人を見渡して静かに問いかける。
「……決めたんだな?」
三人は同時に、真っ直ぐ頷いた。
「はい!」
次回「ともだち、にはまだ少し遠くて」
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