アラン・リザードンと巡るポケモン世界記 作:エイト
「わ、わぁ……髪、どうなってるの……?」
鏡の前で絶句するアランの髪は、見事な“くの字”に跳ね上がっていた。
「……ふふっ、それは見事だね」
ミナトが笑いながら髪を整える横で、ユウマは無言で霧吹きを差し出した。
「……ありがとう」
受け取ったアランは、自分の頭を撫でながら、ちらりとヒトカゲの方を見た。
窓辺で尾の炎を揺らしていた彼が、ほんの一瞬だけ視線をアランに向けたような気がした。
(……ちょっとだけ、こっちを見た)
それだけのことが、アランの胸を少しだけ温かくした。
ニャオハはユウマの布団の隅でまだ眠そうに丸まり、アシマリはミナトの足元で元気にぴょんぴょんと跳ねている。
それぞれの“朝”が、静かに動き出していた。
朝食の時間。
木の香りが漂う食卓に、焼きたてのパン、煮込まれた野菜、ふわふわの卵焼きが並んでいた。
ポケモンたちの器にも、それぞれ専用フードがきちんと用意されている。
「いただきます!」
三人と三匹の声が揃う。
そのとき、奥の部屋からどしんと音がして、キノガッサが姿を現した。
「ガッサー」
陽の光に照らされながら、どっかりと座り、もぐもぐと特製フードを食べ始める。
続いて、青白い炎を揺らしながら、ミヨのパートナー・シャンデラがふわりと浮かんできた。
「この子たちも、今日の学びの仲間みたいなもんさ」
ミヨが笑い、ハクオはコーヒーを啜りながら一言。
「キノガッサ、きみは三人前までじゃぞ。昨日も四人分食ったじゃろ」
「ガッサ……」
(もぐもぐ)
自然で、穏やかな朝の光景だった。
講義部屋に戻ると、ミヨがすでにホワイトボードの前に立っていた。
今日の授業は、「タイプ相性」だ。
「タイプ相性って、感覚じゃなくて、理由があるんだよ」
ミヨの声は穏やかだが、言葉には芯がある。
「“みず”が“ほのお”に強いのは、熱を冷ますから。“でんき”が“じめん”に届かないのは、電気が地面に吸い込まれてしまうから」
黒板に書かれた図はシンプルで分かりやすく、でも本質を突いていた。
「大事なのは、“どうして強いのか”を知ること。そして、それをどう使うか。……君たちが生きていく世界で、それはすごく大事になるからね」
そう言って、ミヨはシャンデラを手招きする。
炎を浮かべたシャンデラに向けて、アシマリが水を噴きかける。しゅっと一瞬で火が消えた。
「これが、“体で覚える”ってことさ。君たちはまだ5歳。頭より、身体のほうが覚えが早い」
その言葉に、三人は小さくうなずいた。
昼食は、きのこと野菜のリゾット。
シンプルだけれど、優しい味が口いっぱいに広がる。
「相性、けっこうむずかしいね……」
「でも、“でんき”と“じめん”の関係、おもしろかった」
「ニャオハは“くさ”だよね。アシマリは“みず”……ヒトカゲは“ほのお”」
アランはそっとヒトカゲを見やった。
彼は少し離れた場所で食べていたが、目だけはアランの方を見ていた。
(……さっきより近い)
それだけのことが、ほんの少し、嬉しかった。
午後は、村長・ハクオによる「ポケモンの歴史」の授業だ。
部屋の照明が落とされ、プロジェクターの光が壁に映し出された。
「ポケモンの歴史というのは、人と共に歩んできた歴史でもある」
古代、人々がポケモンを“神”として祀っていた時代。
その後、戦争の道具として使われた暗い時代。
やがてポケモンリーグとトレーナー制度が生まれ、今の“共に生きる”世界に繋がっていった。
“神と呼ばれたポケモンの時代”
“レジ系統の封印伝承”
“文明と戦争”
“リーグの成立と規範の誕生”
「この知識は、“過去の話”ではない。いま君たちがポケモンと共に生きていくうえで、大切な“道標”なんじゃ」
ハクオの声は静かだったが、その奥に強い信念があった。
「さて、ここでクイズじゃ」
場の空気がぱっと和らぐ。
「“最初のポケモンリーグ”が始まった地方はどこだったかな?」
「えっ!? えーっと……」
「正解者には、キノガッサの“きのこのほうし”を受ける権利があるぞ」
「い、いらない!!」
笑いが起きる。学びの中にある“遊び”が、自然と子どもたちの表情をほぐしていった。
(……楽しい。学ぶって、こういうことかも)
夕食は、ミヨが煮込んだシチューと香草入りのパン。
ほんのり湯気が立ちのぼる皿の向こう側で、ポケモンたちも静かに食事をしていた。
ヒトカゲはやはり少し距離を取っていたが、その位置は昨日よりも、すこしだけ近くなっていた。
夜の風呂。男女別に分かれた湯気の中で、それぞれの時間が流れる。
アランの問いかけに、ヒトカゲは何も言わず、湯船の端に手を添えて座った。
お湯には入らない。でも、今日はそこに“いる”ことを選んだ。
「……すこしだけ、近づいたね」
ユウマは静かにニャオハの毛を整えながら、ちらりと笑う。
ミナトの側では、アシマリが浴槽の中でぴょんと跳ね、水しぶきがきらめいた。
「昨日より元気になったね」
「ぷしゅっ!」
就寝の時間。布団が三枚、並べられている。
ニャオハはユウマの布団の端に、アシマリはミナトの膝元にまるまっていた。
ヒトカゲは今日も少し離れた位置――けれど、布団の端にそっと尾を寄せていた。
アランは言葉少なに、その尾の先を見つめてから、優しくつぶやく。
「……焦らなくていいよ。俺も……最初は誰にも頼れなかったから」
炎が、ふっと小さく揺れた。
それは、ことばのない返事のように――確かに、そこにあった。
次回「ともに戦った、その時から」
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