色は隠れど、見逃さない   作:チアイロ普及推奨委員会の平委員

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猫とか、嫉妬とか

 畳の匂い、紙の匂い、ポテチの匂い、そしてイロハちゃんの匂い。車庫に備え付けられた小さな部屋にはそんな匂いが巡っている。扇風機の眼前に座った私に冷たい風が肌をなでつける。

 今日は予定していた取材が思いのほか早く済んで、編集作業に移るにも余裕があったので久しぶりにイロハちゃんの車庫にあるサボリ部屋を訪れた。虎丸を整備する車庫の備品室というのだろうか、細かな名称はさておいて6畳間の小さな部屋があるのだがそこには本や漫画ゲームにお菓子、寝転べるマットやフカフカの座布団まであるイロハちゃんお手製の楽園なのだ。

 

「あ゛つ゛い゛よ゛〜」

 

 扇風機に語りかけるように声を飛ばすと重なったような自分の声が聞こえた。子供の時以来の、懐かしい感覚が蘇ってくるようだ。私は声を伸ばしたまま、あ〜、と 息が切れるまで声を振るわせ続けた。

 

「いちいち言わないでくださいよこっちまで暑くなるじゃないですか」

 

 声が完全に途切れたと同時に私の後ろからイロハちゃんが気だるげに文句をつけた。まるで見計らったようなタイミングだった。私は口を尖らせて重なった声のままで不満げに言う

 

「でも暑いんだもん……」

 

 外の酷暑を思い出しながら風に涼んでいると、ふと前来た時に途中まで読んでいた本があったのを思い出した。イロハちゃんが集めている漫画で結構面白かったので折角だし読みたくなったが、暑さにまいってしまった私は扇風機の前を陣取って一向に動きたくなかった。それこそ身を捻れば本棚まではほんの数歩で辿り着けるがそれさえしたくないほど体が重い。

 

「イロハちゃん前読んでた漫画取って〜……私動きたくな〜い……」

 

「面倒くさいんでチアキが取ってください」

 

 後ろで寝転んでるだろうイロハちゃんに頼んだが一蹴された。思考の時間さえないまさに即答に、少し傷ついた。まあ仕方ないことだと一度切って立ち上がらせて体を本棚の方に向けた時、部屋に入った時にはいなかったもう1人のお客さんに気づいた。

 

「イロハちゃん髪が寝床にされてるけど」

 

「そういえばチアキは最近来てなかったので知りませんよね。どっからか迷い込んでくるんですよ」

 

 寝転んだイロハちゃんの髪の真ん中に座って優雅に寝ている猫をじっと見つめる。猫は一瞬こちらを向いたような気がしたがすぐに興味はないと言わんばかりに瞳を閉じた。何回か触れ合ったがこの灰色の猫はいっつも私に対してこの対応だ。

 対してイロハちゃんにはベタ甘で嫉妬してしまう。どっちにとは言わない。言いたくない。

 

「ライオンマル私にガン飛ばした」

 

「そうですか」

 

 エンペラー・ライオンマル・ジュニア3世と、随分大袈裟な名前がつけられた猫はすらっと細く綺麗な毛並みで大事にお世話されていることがわかる。元々マコト先輩が世話をしていたのだが当の本人が重度の猫アレルギーで泣く泣く別の部員に世話を任せたらしい。それでもやっぱり可愛がっているようで前イロハちゃんがライオンマルの世話代に予算を使いすぎだと愚痴っていた。

 愚痴ってはいたがライオンマル自信に悪感情は向けてないようで、というかむしろイブキちゃんの次くらいには対応が甘い気がする。

 現に今だって乗っかられているのに一切気にしていない。私が同じことをやったら「邪魔です」とか「めんどくさい」とか色々言ってくるのに猫になった途端これだ。

 

「ほらーライオンマル、チアキちゃんだぞ〜」

 

 なんだかよく分からないがムカムカする。こういう時は猫と触れ合って癒されるに限る。人差し指をツンと立たせて寝ているライオンマルに近づける。すると首が指が迫る方と逆向いた。嫌いなものを食べるように迫られる子供が拒絶の意を表すのとおんなじ動きをされた。

 甘やかされているせいかライオンマルは贅沢で横柄な態度、特に私に相手にだ。イブキちゃんやサツキ先輩は撫でれてるのにいまだに私だけ撫でれてないし、その癖イロハちゃんにばっかベタベタと……

 ほんのイタズラ心だった。こんなに小生意気だからつい意地悪したくなったのだろう思わず指がライオンマルのほっぺたをつっついた。ライオンマルの頬に指が触れた瞬間動物特有の反射速度で振り向いたライオンマルはそのまま口大きく開けて私の指先を食べた。

 

「痛あ!?」

 

「……何してるんですかチアキ」

 

 つんざく痛みで指がヒリヒリと赤くなり始めてる。イロハちゃんが体を少し揺らしながら呆れた声を放った。ライオンマルはフイと視線を逸らして知らんぷりだ。目尻に涙が溜まりながら悠々とした態度の猫を睨みつけた。

 

「突いたら噛まれたんだけど」

 

「呆れて言葉も出ませんね」

 

「どうすれば懐いてもらえるのかな」

 

「チアキは騒がしくて落ち着きないですから厳しいと思います」

 

 イロハちゃんはいつものように淡々と言葉を返すだけ、不意にイロハちゃんの雰囲気とライオンマルの雰囲気が似ていると思ったが口にしたら何故か怒られそうな気がした。でも、どこか気ままなところとか、冷たい雰囲気なんてそっくりだ。ライオンマルと波長が合ってるからこんなに懐いてるのだろう。

 そこまで考察して、電流が走ったような思いつきが頭をよぎった。イロハちゃんと同じ行動をすれば猫も寄ってくるんじゃないのか、と。そして寄ってきたところを撮影して週刊万魔殿のネタにする! さすがは私、完璧な計画だ。

 自信満々に鼻を鳴らしながらイロハちゃんの隣に同じ態勢で寝転んだ。彼女の顔が私の真横にあったその視線は両手で持ったゲーム機に向けられている。

 

「今度はなんですか」

 

視線はゲーム機に向けたまま私に言葉を投げかける。カーテンからの漏れ日に照らされたその小さな横顔を眺めながらイロハちゃんと同じことをしたらライオンマルも懐いてくれるかな? と訊く。イロハちゃんはつまんなそうにそんなわけないと言う。ボタンを押す強さがわずかに強くなったのか音が変わった。

 集中してるのか目を細めて画面を睨みつけているようだった。視界の端ではライオンマルが優雅に寝ている。横顔をじっと見ているのも暇で、近くに置いてあった適当な本を開いて中途半端なところから読み始めた。

 

 紙面に連ねられた言葉を見ていると紙を捲る音や、ボタンを押し込む音、それに息遣いが鋭く聞こえてくる。サボリ部屋は会話なく静かだったがそれを気まずいとは微塵も思わない。それどころか気分が良い。

 そんな中で何かが畳に脚をつける音がした。ライオンマルだ。ゆっくりとこちらに近づいてきてるのが音でわかる、しかし騒ぎ立てずに静かに本を読み耽るふりをする。 

 私の頭の近くまでくると、ライオンマルが構って欲しそうにイロハちゃんに鳴いた。

 

「どうしました?おもちゃですか、おやつですか」

 

 するとゲームを中断して身体を起こし本棚の一番下の棚に置いてあった段ボール箱を取り出し、その中から猫に使うおもちゃを引き抜いた。猫じゃらしを模したおもちゃの先端がぷらぷらと揺れていて、ライオンマルはジッと凝視する。

 イロハちゃんはおもちゃを右に持っていくとライオンマルの首はそっちを向く。上の方向に持っていくと見上げる。そしてゆっくりと近づけるとライオンマルは飛びついてイロハちゃんの手からおもちゃを奪い取ろうとするもそれをひらりと躱す。

 ライオンマルは躍起になっておもちゃに向かって飛びかかり続けてる。

 

「慣れてるね」

 

「ええ」

 

「…………」

 

 おもちゃに振り回されてるライオンマルを見ているイロハちゃんの顔は僅かに微笑みがある。どこか楽しそうなその顔を見てると胸が詰まった、少し呼吸がしづらい。私も猫アレルギーなのか疑う、私は次にどんな声をかけるべきなのかまるで分からなかった。

 

「やってみます?」

 

 こちらの心境に気づいたのか珍しく気遣うような言葉を発した。私は自然にイロハちゃんから目線を逸らしてライオンマルの方を見て静かに頷いた。

 先端に羽がついている猫じゃらしを模したおもちゃを受け取るとライオンマルはすぐにこちらに興味を示す。顔の正面におもちゃを据えると至近距離までライオンマルが近づいてきた。おもちゃを右に左に、ブランコのようにゆったりと揺らすとライオンマルの身体もつられて左右に揺れ始める。なんだか時計の振り子に似ている。

 

「ね」

 

「はい」

 

「こうなると可愛い」

 

「……そうですか、よかったですね」

 

 愛らしくライオンマルが鳴いている。おもちゃしか見てない灰色の猫といつまでも戯れる気がしたが、イロハちゃんがそんな事はないと言いたげにおもちゃを私の手から奪い取った。これまた珍しく強引であった。

 取ったおもちゃはぽいと部屋の遠くに投げられ、ライオンマルはゆったりとおもちゃの方に向かっていった。それを見送るとポカンとした私がイロハちゃんを怒るよりも早く、彼女は私の背中に倒れ込んだ。

 

「イロハちゃん?」

 

「ちょっと寝ます。30分後ぐらいに起こしてください」

 

「え?ライオンマルは?」

 

「勝手に帰ってるんで問題ないでしょ」

 

「ちょっとイロハちゃん?ねえ」

 

 あっという間に私の髪を枕に眠りについたイロハちゃんに向ける声は困惑しているが、心のどこかで詰まっていた何かがすっきりと剥がれ落ちた気がする。全て納得できてるわけじゃないが、私もイロハちゃんも互いに猫に嫉妬していたのかもしれない。

 

「私も同じだよ?」

 

「うるさいです」

 

 そう思うとなんだかおかしくって、笑えた。

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