色は隠れど、見逃さない 作:チアイロ普及推奨委員会の平委員
チアキは167、イロハは151、その身長差は16cmである。
私は普段どうサボるかを考えて過ごしているが、こう見えて2年生でありながらゲヘナの生徒会万魔殿の所有する大規模な戦車隊を統括する戦車長を任されている、意外と偉くて重要な立場にいたりする。
そしてそんな私が駆る戦車こそが『超無敵徹甲虎丸』私はあまりこの名前を気に入ってはいないが、名付けられてしばらく経ってしまいもうすっかり愛着というかなんというか、言葉にするのが難しいが、虎丸は虎丸になってしまったのだ。
「は〜い!イロハちゃん目線こっち向けて!」
チアキの声のする方に目線を向ければデジタルカメラのフラッシュが光り、灰色のツナギに結んだ髪を帽子におしこんだ、整備作業をするために着替えた私を捉える。思わず目を瞑ると黒い瞼の裏に丸い残光がチカチカと光っている。厚手の手袋をつけた手で目を擦って瞼を上げた。カメラに視線を釘付けてるチアキはサムズアップを私に向けている。
「うわ〜!作業着姿のイロハちゃんも可愛いよ〜!これは週刊万魔殿の表紙にすべき!間違いないね!」
「勘弁してください」
「まあまあ!早速だけど我が万魔殿の戦車長が駆る超無敵鉄甲虎丸の特集取材を始めよっか!」
「ホントに疑問なんですけどなんで虎丸が特集組めるまで人気なんですか?」
「そりゃもう…………なんでだろうね?アンケートでして欲しいって声が結構あったからなんだけど、なんで人気なのかさっぱりわからないや……」
「最高責任者のあなたがそんなんだと誰もわからない未解決問題じゃないですか……。いいですよもう好きに撮ってください。ただし!絶対に余計なことしないでくださいよ怪我しますから」
「わかってるって〜!」
ヘラヘラと笑いながらまたシャッターを落とす。その態度は心配ではあるが、まあ思いつきで行動するタイプだがマコト先輩よりかはアホではないし、大丈夫だろう。虎丸に向き直り神経を集中させる。これでも戦車長として整備の担当もしている、メンテナンスはお手のもの。以前は装備の老化を見落としたりしてA評価だったが今回はS評価を取るつもりだ。一度深呼吸をして作業に取り掛かり始めた。
作業を開始しておおよそ30分はたったがチアキは黙ってカメラを構えてこちらを見ている。カメラを構えているので写真も撮っているがそのペースもいつも見たいな高頻度ではなく2、3度撮ったきりだ。特集を組むにはいささか写真の量が少ないのではと思うが、今は点検項目を進めることが大事だ。戦車はそのサイズから故障の兆候を見極めるのが大変で、面倒臭い。兆候は音やニオイ、排気煙の変化など、そういったほんの些細なことから察知する必要があるのだ。
例えば今は手に持っているハンマーで虎丸の履帯を叩いて状態を確認している。この場合は音、耳で判断している。
転輪を取り外して、転輪緩衝ゴムの摩耗状態をこれで確認して交換をするか決める。この一つの作業でも取り外しや部品を持ってきたりなんやらで時間と体力をかなり食う。やっぱり面倒くさいがサボるべき仕事ではないため頑張らなければ。
「いい顔してるね」
藪から棒にチアキが言った。作業にかかりっきりの私の耳に久々に声が届いたような気がする。額から湧いて流れる汗を袖で拭いとる。すでに手袋は油汚れでギトギトしているため拭うのには使えない。
「そう見えます?これでも結構体力使ってるんですけど」
「やってて楽しいそうって感じかな。イロハちゃんがここまで集中してる姿は初めて見るかも」
「それぐらいですか」
「それぐらいだよ〜」
虎丸の整備を始めた時はまだ空は明るかったが、車庫の外に見える景色は、今はすっかり暗くなっていた。あのあとも時々チアキと会話しながら黙々と作業を進めていたが特別これといった故障の前兆や整備不足が気になるところはなかった。前回の反省点である装備の交換も済ませたし、一旦一区切りだ。気が緩んだそのタイミングで首筋によく冷えた何かが当たった。
「ひゃ!?」
長時間の作業が終わって完全に気が抜けていた時の不意打ちなのでそんな声を思わず漏らしてしまった。咄嗟に後ろを振り返るとチアキが笑いを堪えようと必死な顔をしていてプルプルと震えている。手にはペットボトル容器のスポーツドリンクを持っている、その表面には水滴が垂れて、濡れている。
「ひゃっ、って……ふふっ……」
チアキのその言葉で私の顔に火がついて、ヒノム火山にも負けないレベルで熱くなるの感じた。ついつい掻き消したくなっていつもなら絶対に出せない声量が喉から出た。
「……っ忘れてください!!!」
「あはははっ!イロハちゃんかわい〜い〜な〜!あはは!」
私の怒号でチアキは一瞬だけびっくりしたような顔をしたが、すぐに我慢が決壊し大笑いをし始めた。かと思えば、次に私に抱きついて髪をわしゃわしゃと揉み始めた。
その行為自体はチアキが普段からしているため平時なら別に咎めたりはしない。そう、平時ならだ。作業が終わったばかりで油や煤まみれ、汗の臭いも染み込んでいる今、チアキに抱きつかれるのはとても恥ずかしいことだった。
「チアキっ!今臭いですから……っやめてください!」
「私は気にしないから!」
「私が気にするんですよ!」
いいじゃん、いいじゃんと私を拘束するチアキ。その拘束を解く体力は作業終わりの今は無く。体はじっとりと全身にかいた汗でツナギが肌にピッタリとくっついて冷たくなっている。特に冷えているのは首筋で、そこを覆う髪に顔を埋めているチアキの息がかかり、その度にこしょばさで体が震える。少し荒れていた気分を落ち着かせてもう一度嫌がる。
「本当にやめてください」
「そうは言っても抵抗しないんだね」
抱きつく力を苦しくならない程度に強めてチアキの息が更に近くなった。肌に染み込んでいくように彼女の声が近くで響いている。
「抵抗できないほど疲れてるんです。汗臭い私を嗅いで何になるんですか」
「いい写真撮れたからね、それのお礼的な?」
「ことさらに意味がわからないですよ犬ですかあなたは」
「しばらくこのままで〜」
「はぁ……シャワー浴びさせてくれたら好きなだけ嗅いでもいいですけど」
私が一言告げるとチアキは私の髪に埋めていた顔を持ち上げ直し、肩を回して私を正面に捉えた。赤い瞳が反射する先に汚れた私が写っている。今すぐにでも布団で眠りたいのが分かる顔をしている。チアキが瞬きすると私は彼女の方に視線を戻した。
「いいの?」
普段は騒がしいくせにこう言う時だけ静かに一言だけで確認を取るところは相手にしにくいと思う。面倒くさくなって勢いだけで放った言葉なのに真に受けて、記者としてどうなんだろうか。私はいつものようにため息を吐いて、……目線を逸らし頷く。
チアキは私の反応を面白がるように、ズルいくらい静かに笑みを向けていた。
整備云々はイロハの絆ストーリー3話目参考