色は隠れど、見逃さない 作:チアイロ普及推奨委員会の平委員
にぎゆき6話でイブキを泣かされてキレたイロハに対してツッコミを入れて止めようとするチアキが好き
茜差す窓枠の黒いゴム縁にはじっくりと長方形の光が染み渡っている。
なんてことないノッペリした住宅街の、すぐに過ぎていく隙間をあてもなく眺めている。突っ切って早々と変わる景色はパノラマみたいだ。電車の走行音と共に振動が伝わって僅かに揺れる。体が揺れたことは側から見ればわからないが、私の髪の毛は揺れるたびに木が風に吹かれるみたいにブワリと靡くので他の乗客から少し視線を集めている。
「う……う〜ん……」
見つめる視線を意識していると朝からの取材でへとへとに疲れているチアキが横で呻いた。弱冷房の車内はムッと暑く、私の視界の中には乗客を4人ほどとらえている。顔をチアキの方に向けると電車の揺れに合わせて頭を振っていた。自分の意思ではなく、意識が飛んで力が抜けた状態だから揺れに合わせて揺蕩うように頭を振っているのだ。その証拠に振った頭の位置が下までいくと、電撃が走ったようにビクリと体を震わせて手放しかけている意識を取り戻して呻く。
「寝るならちゃんと背もたれ使ってくださいよ」
「うん……でもほら……降りる駅まで……あと少し……だから……」
チアキに声をかけると今にも白目を剥いてしまいそうなほど上向いた瞳を擦って、覇気のない声で返答した。したはいいがすぐに舟を漕ぎ始めて頭を揺らしている。私はため息を1つ吐くが、それで夢と現実の境界が曖昧になりかけているチアキを起こせる訳ではない。
ポーンと、独特な音が車内のスピーカーから鳴り、アナウンスが流れる。次の駅の名前を何度か言うとアナウンスが切れた。
アナウンスが切れると電車はすぐに駅のホームに侵入し次第にスピードが下がっていく、車内では慣性の法則が働いて電車の進行方向と一緒の方向に引っ張られ、やがて完全に停車した。
扉が蒸気音と共に開くと視界に映っていた乗客達は次の駅がゲヘナの自治区内にあるからだろうか、皆一様に汗を浮かばせ、焦った様子で電車から降りた。車内には私とチアキ以外の乗客は見当たらず、ポツンと寂しい。
「チアキ、チアキ」
「んん……」
車内の空気よりもさらに蒸れた風が入り込んで、脚にまとわりつく。チアキの名前を呼びながら肩を揺らして彼女を起こそうとするが随分深いところまで眠りがいってるようで寝ぼけた目は焦点が合っていない。もう一度蒸気音が鳴ると扉は閉まり、電車はゆっくりと走り出した。
その動きに合わせてチアキは横に大きく揺れて私の肩に倒れ込んだ。右肩に頭ひとつ分の重さとがもたれかかり、視界の端にとんがった角の先端がかかる。
駅を出た電車は少しずつ速度を速めて、ガタンゴトンと言う音を大きくさせていく。街の明かりはまだらについており茜に照らされて一日が終わることを私に教える。
車窓から見える風景の一瞬に夕焼けと似た色をした爆発と黒い煙が上がっているのが見えた。どうやらゲヘナの自治区に入ったようだ。視界のあちこちで大なり小なり爆発が起きていて自分の住んでいる地域の治安の悪さに溜息が出る。
窓を貫通して微かに聴こえる爆発音、ガタガタと衝撃で震えている車窓、そんな音を気にせずスウスウと穏やかに寝息を立てて私の肩を枕にするチアキ。電車の中は呆れ返るほど静かで、石一つ投げれば蜘蛛の子を散らしそうな程だ。
「あなたって人は本当に人の気持ちも知らずに好き勝手しますよね」
眠りについてきっと耳に届かないだろう悪態をつきながら視界の端にかかった彼女の角の先端を見つめる。暫く見ていると私の心にちょっとした悪戯心が生まれて、思わず触れてみた。とても分厚い爪に触っているような硬さでじめっとした車内の空気に反してひんやりと涼しい温度だ。彼女が私の肩に頭を揺すって擦り付けるような動きをした。
角に触れている人差し指を角の起伏に合わせてなぞる。肩に頭を擦り付ける動きがさっきよりも大きくなっている。肩に意識を集中させながら、チアキの角と頭の動きは連動していることに気がつくと口角が上がるのが実感できた。
「まあ、まあ。まあ普段振り回されている訳ですし、寝ている間にイタズラしてもバレっこありませんよね?チアキ?」
返答をするわけがないチアキに問いかけて、そのまま撫でていた指を曲げて角をくすぐる。この前読んだ本の描写ではこうされると脳に振動が響いて力が入らなくなるそうだ。創作特有の誇張表現か試してみる。
「ん……ぁ……んへぇ……」
帽子の鍔に遮られてわからないがチアキの寝息がとてもリラックスした間抜けな声に変わっていく。指を絡めて手を握ると弱々しい力で彼女の指がかすかに動いただけだった。どうやら、本当に力は抜けているようだ。
小学生の自由研究のような好奇心はまだまだ収まらない。例えばここで角に息を吹きかけたらどんな反応をするのだろう? 耳に息を吹きかけたときのように身体は飛び跳ねたりする反応だろうか。
首を少しだけ上に向けて、口先をとんがらせて弱く息を吹きかける。
「ふーっ……」
「ふうぁ……っ……ぁん……」
肩にチアキの頭が震えた振動が伝わる。電車はゲヘナの自治区に入ってからノンストップで動き続けているが、降りる予定の駅まではまだ遠いようだ。だんだんと夕焼けが水平線に沈んでいくのが見える。黒い角が光を反射している部分がオレンジ色になっている。
1度落ち着くと、やはり車内は驚くほど静かだ。走行音が耳によく馴染んでじっと聴いていると私まで眠ってしまいそうだ。チアキは変わらず寝息を立てて……
「まさか起きてます?」
まさかと思い声をかけると今まで以上に体を驚かせた。
「ぐぅ〜……ぐぅ〜……」
「そんなわざとらしいイビキじゃ誤魔化せませんよ」
そう言うとチアキは観念したのか肩に頭を預けたまま少し震えた声を出した。
「……そりゃあ、ねえ?その……つ、角触られたら誰でも起きるよ……」
少し動きが怪しいと言うか、頭は落ち着きなく肩をゆするし握ったチアキの手はずっとそわそわしながら私の指に絡んでいる。髪の隙間から飛び出る耳の先は夕暮れと変わらない色をしている。
「いつから起きてました?」
「『好き勝手しますよね』の辺りから……」
「角触る前から起きてるじゃないですか」
「あはは〜……い、いやでもまさか角触られるとはおもわなかったな〜……!」
「おや、それはすみません。少し好奇心に押されまして」
「えっと……好奇心だけ?」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
チアキが恐る恐ると言ったら声調で質問した。質問の意図が読めない私は頭にクエスチョンマークを浮かばせてどう言う意味か聞く。しかしチアキはやっぱりなんでもない。とだけ言うと黙り込んでしまった。
電車のアナウンスが流れ始めて、私達が降りる予定の駅の名前を繰り返し始めた。