色は隠れど、見逃さない 作:チアイロ普及推奨委員会の平委員
チアキは趣味で雑誌を作っている、イロハは家具モーションで雑誌を読む…つまり何を意味する?
集中する時に! パッケージに大きく書かれた文字に私は嘘つきと悪態を吐きたくなった。個包装された大粒のラムネの一つを放り込んで口の中で転がしている。飴玉のように口に入れて溶けるわけでもなく、表面がざらざらした大粒のラムネは転がしてても何か引っかかりを覚えて意識がそっちに引っ張られている。
「お邪魔しますよ……はぁ。またこんな時間まで編集作業って、飽きないんですか?」
部屋の外につながる扉が開く音と共に呆れ切ったイロハちゃんの声が聴こえた。ゆっくり舐め溶すのが焦ったく思ったので歯を立てて大粒のラムネを噛み切って半分に割る。断面からシュワシュワと泡立つ温い炭酸の刺激が舌の上で踊っている。
部屋に入ってきたイロハちゃんは既にパジャマを着ている。表面がモコモコしているクリーム色の長袖、上下セットで売ってるパジャマだ。首を少しだけイロハちゃんの方に向ける、さっきお風呂に入ったばっかなのだろうか顔がほんのり紅い。
作業机の上に置いたキーボードの打鍵音が部屋によく響いている。早くなったり遅くなったり、不規則にカタカタと音をしばらく鳴らし続けて、やっとイロハちゃんの言葉に対する返事が用意できた。
「飽きないために休刊日は設けてるんだよね〜」
「2ヶ月に1回とか私なら投げ出す頻度ですけど」
「キャパシティは人それぞれだよ!」
「あなたに正論向けられると納得いきませんね」
「ひっどーい!」
ジッと画面に集中しているのも少しだけ嫌になって私はわざとらしく両手をあげて背も倒れに倒れる。軋み音を1度鳴らすだけで椅子は私を受け止めた。
目が痛い。ずーっと青白い光を発している画面ばっかと睨めっこしたせいで目が疲れちゃっているようだ。パソコンの隣に置いていた目薬を指す。冷たい液体が目に染み込むと顔の筋肉全体が緩まっていくのが分かる。私は大きくあくびをした。
「進捗悪そうですね」
「悪いよ?実際。なんかお腹空いて力が出ないんだよね〜」
そう。私は今、猛烈にお腹が減っている。もちろん朝からしっかり3食食べたし、今日の午後にはマコト先輩が出張帰りに買ってきた美味しいスイーツも食べた。でもなぜかお腹が減っている。私はそこまで食べるタイプじゃないがそう言う日だってある、空っぽなお腹じゃあまり物事に集中できない。
「ふぅん……」
私の後ろに立って画面を見つめていたイロハちゃんが興味深そうにも、どうでもよさそうにも捉えられる相槌を打った。私は作業に集中するフリをしながら、もしかしてイロハちゃん手作りの夜食が食べられるのではないかと期待している。
肘置きに置いていた手を離して黙ったままイロハちゃんは部屋から台所のある廊下へと向かっていく。私はさらに胸をドキドキさせてキャスターを転がして廊下を確認する。
電気もついてない廊下で冷蔵庫内部の白い光が目立っていた。
私は口元を上げながらわざとらしく声を掛ける。自分の中に響く声はずっと嬉しそうだ。
「お?もしかして作ってくれるの〜!?」
「ええ、まあ。頑張る同僚への、私なりのご褒美です」
「いやった〜〜!」
背もたれを倒した状態からさらに体重をかけると、地面についたキャスターがゆっくりと地面を離れて傾いていく。
「あ?あああああ!?」
すごくゆっくり傾いてからバランスを崩して一気に背もたれと一緒に地面に打ち付けられた。その衝撃が背中を襲う。
「いったい!?」
「アホですね」
「ねえひどくない!?心配する心をどこに忘れちゃったのイロハちゃん!?」
大きな音を立てて倒れたのにあまりにも冷淡なイロハちゃんに思わず声を荒げてツッコミをいれた。
「別にその程度じゃ大した怪我はしませんよね」
「それと痛みは別じゃん!」
右の横腹にずんと重い痛みが響いている。脚を不恰好に曲げたまま私は天井を見上げた。部屋の明かりは白色で、カバーが少し透けて中身が見えた。足先に一番の痛みが走った。見ると側面の皮が少しだけ剥がれて血が出ている。
私はそれを見て見ぬふりをして椅子を持ちあげて元の位置まで戻す。電気が付いた台所まで行くとイロハちゃんがまな板と包丁を出してウインナーに切れ込みを入れている途中だった。邪魔にならない勢いで後ろから抱きついてイロハちゃんの頭に顎を乗せる。
ゴムまな板の上に転がってるウインナーは豪華に5本、茶色の卵もひとつ冷蔵庫から出されている。二口しかないコンロの上には油が引かれた小さな丸いフライパンがひとつ熱せられて置かれている。私のお腹は私自身の意思と関係なく期待を込めてお腹がなってしまう。
「ウインナーに目玉焼き!いいねえ〜こういうシンプルなのがやっぱ一番!」
「散らかってた机の上空けといてください」
「え〜もうちょいこのままで〜」
「あと絆創膏、洗面台の棚に置いてありますから」
「あ、気付くんだ」
驚いて、思ったことをそのまま声に出した。イロハちゃんは作業をする手は止めずにまたため息をついた。イロハちゃんは平坦でいつもと変わらない声で当然ですよ、と私に言った。どうしてか身体が熱くなった私は絆創膏を貼るために洗面台に向かった。
絆創膏を足の側面に貼って扉を開けると白い蒸気とじゅわ〜っと焼ける音、そしてウインナーの香ばしい匂いが一気に流れ込んできた。サッと蓋をしたイロハちゃんは棚から白いお皿と箸を取り出して、冷凍庫から一口よりは大きめに小分けされたおにぎりを電子レンジで温め出した。
「もうすぐ完成ですからさっさと片付けてきてください」
「はいは〜い」
作業机とは別にある、丸いカーベットの上に設置された背の低いテーブルの上にはカメラと帽子とメイク道具やら、普段使いするものが乱雑に散らばっていた。一旦それらをひとまとめにして部屋の端によけてクッション二つを向かい合うように置き直す。
電子レンジが温めを知らせる音を鳴らす。私のお腹はさっきよりも大きくなっている。イロハちゃんが皿を1つ持って私に近づく。
「お待たせしましたパパッと食べちゃってください」
テーブルの上に置かれたのは白いおにぎり二つ、艶々の焼き目と切れ目がついた5本のソーセージが重なり合って、目玉焼きは蒸し焼きにしたからか白い膜が張っている、そんな豪華な夜食であった。口の中で涎がどんどん分泌される。私はまずウインナーを食べようと箸を伸ばした。
「チアキ待って」
伸ばしたところでイロハちゃんが待ったをかけた。
「どうしたの?あ、いただきます忘れてたや」
「いえ、ソーセージの内一本は私も食べたくて焼いたヤツなので先にください」
「そうなんだ。じゃ、あ〜ん!」
「あ〜ん……」
湯気を出しながら艶々と部屋の明かりを反射させるウインナーを箸で摘んでイロハちゃんの口の中に入れる。イロハちゃんが口を動かし始めるとすぐにぱりっ、ぱりっ、口に包まれてなお聞こえてくる噛み砕かれる音にお腹が刺激される。
「我慢できないや!いただきます!」
イロハちゃんに味の感想を聞くのも忘れて私はすぐに4本になったウインナーの内の1本を摘んで口に放り込む。舌の上に放り込まれた熱いウインナーをすぐに歯で噛み砕く。心地いい音と共に肉汁がドバッと溢れて口の中が幸せに包まれる。切れ込みを入れているからかほろほろと口の中で崩れていく。
「ん〜!!すごっ!すっごく肉汁が溢れてる!イロハちゃんってプロ?」
「別に、焼くときに水を差して蓋をすれば誰でもできますよ」
「イロハちゃんすっごい!」
「話聞いてませんね」
「次におにぎり!あつ!?あちちち……!」
「チンしたばっかなんで当たり前でしょう?」
ラップに包まれた白米に触れると想像していた以上の熱を持っていて手のひらの上で踊らすように転がす。転がしながら器用にラップを剥がして熱々のところを口入れた。
解凍した米特有のねばつきや匂いが最初に来て、そこからゆっくりと白米本来の旨みが流れてくる。しかしお腹の減った私はそんな味わいを気にすることなく2本目のソーセージを半分ほどの位置で噛み切って米と一緒に咀嚼する。
ベタついた米に肉汁が流れ込んで滑りが落とされていくようだ。噛むたびに米と溶け合っていく。さらに噛み続けると米から甘味を感じてこれがソーセージの塩味をちょうど良いところに収めてくれる。
「やっぱソーセージにはお米!ホットドックもいいけどね!」
「お茶注いできますけど」
私の返事を聞くことなく、暇そうにしてるイロハちゃんは立ち上がって冷蔵庫の方に向かっていった。それを見送った私は再び白い皿に向き合って、目玉焼きと目が合った。
「お次は目玉焼き……そうだ!黄身を先に割ってソーセージに絡めれば美味しいんじゃ……?」
思いついたが吉日。私はすぐに箸で白い膜の張った黄身を割る。白い皿にゆっくりととろみを感じさせる広がり方で広がる。半分噛み切ったソーセージに絡め合わせて食べると米の甘味との合わせよりより濃厚な味わいが口の中で弾けている。
「そんなに急がなくても無くなりませんから。はいお茶」
「ありがと!」
イロハちゃんの注意をスルーしながら麦茶の入ったコップの淵を唇の隙間に差し込んで呷る。塩っけや甘味やぬめりの混ざった口内を優しいお茶の味わいが洗いさっていく。冷たいのが喉を通りすぎて胃の中に収まった。少しお腹が膨れても、私はまだまだ食べれそうだ。掴んだままの端はもう一度ウインナーに向かっている。
「ごちそうさまでした〜!おいしかったよもう最高!」
「お粗末さまでした。気に入っていただけたなら結構です」
すっかり満足して私は一息つく。お腹いっぱいになった今はなんだか気分がスッキリしていて物事がシンプルに捉えれそうだ。ラップが2つ置かれてる以外は空っぽになった白い皿をイロハちゃんが洗い場に持って行った。私は立ち上がってもう一度作業机に座ってパソコンと向き合う。
水に流れる音が耳に届く。ありがとうって言ったかな? 心配になった私は近所迷惑にならないくらいの声量を出した。
「イロハちゃんありがとね!」
流水の音が止まって、イロハちゃんがこっちに戻ってきた。
「気にしないでください。お気に入りの雑誌の作り手に向けて毎週楽しませてもらってる読み手なりの恩返しですから」
「おおっと!そう言われちゃ記者兼、編集長兼、発行人魂がグツグツに燃え盛るよ!」
「肩書き長いですし燃え盛るならメラメラですよ」
「まあ細かいことはいいじゃん!」
私は画面に向き直り編集作業を再開した。キーボードを叩く指はさっきよりも断然軽い。