色は隠れど、見逃さない 作:チアイロ普及推奨委員会の平委員
赤系統のヘイローと青系統の髪と、青系統のヘイローと赤系統の髪
分厚い装甲に囲まれた虎の腹から私は抜け出す。赤い靴底でアスファルトを踏み締めると眼前に見えた石階段の備わった芝生の坂へと走り出し、16歳に似合う軽快さでニ段飛ばしに駆け上がる。
駆け上ってその先にあったのは河を跨いでの対岸で、手前の1段低い位置に芝生が広がるだけの河川敷、少し横を向けば野球場や橋もあるが目の前には芝生しかない。私は駆け上がった勢いのままコンクリートを超えて緑へと飛び込んだ。
受け身を取ると土手になってるのでそのまま坂を体が横になったまま転がっていく。
ぐるぐると視界が回り、カサカサと春が来て喜んでる雑草を転がる体で悪意なく踏み潰していく。
勢いも落ちて端よりはやや少し中央寄りの位置で宙を仰いだ。オレンジ色、夕焼けが広がる。
宙の真ん中ではサンクトゥムタワーからの光輪がカーブしているのだがそれを境目に青空と夕焼けが割れている。
雲一つもなく、空の一番深いところが見える状況だ。草のついた制服からカメラを取り出してレンズを自分の方に向けて腕を伸ばす。何も自撮りをするわけじゃない。(まあそれもキライじゃないけど)
ご存知の通り私のカメラの色はオレンジ色。そう、夕焼けと同じ色。それを重ねて少しの間ふけるように眺めていた。
そうしてほんの少し、数えてないから正確には分からないがほんの少し経った時、雲みたいな髪質の赤い毛が私を見下すために視界に入ってきた。私は声を掛ける。
「元気?イロハちゃん」
「何してるんですか」
「ん〜寝っ転がってる!」
「見れば分かりますよ。私を置き去りにして何してるんですかって、聞いてるんです」
「いやさ、階段みると駆け上がりたくならない?」
「それでさ、えー。坂って転がりたくなるでしょ?」
そこまで言うとイロハちゃんはいつものように気だるげな溜息をコチラに飛ばしてきた。別に気にしない、だってそれが一番イロハちゃんらしくて安心するから。何も言わずに差し出した手を私も何も言わずで取る。引っ張り上げられると引っ付いた草がポロポロとれる。
さらに掛けていたコートを外してバサバサとはたくとそれはもう面白いぐらいどんでいく。
全部の草が飛んで行った後の黒いコートには草の匂いと袖口の赤色にまるでマルゲリータピザのバジルソースみたいな草ジミが出来ていた。
「うわあ草ジミ、洗わないとじゃん」
「後先考えずでするからでしょう」
「うぅ……」
そして自分の行動にすぐに忘れる反省をしているとまとまった足音が聞こえてきてそちらを向く。横の方には草野球の球場があり風が吹いて砂が舞っている。
その中に揃いのユニフォームを着た集団が足並みも揃えてやってきたのだ。地域の方だろうか、獣人の人たちで構成されている
「野球かぁ」
一言呟くとイロハちゃんがため息をもらす。これでも長い付き合いだからきっと私がする行動は読めてるはずだろう。でも一応声に出して質問をしてきた。
「ネタの匂いなんて言いませんよね」
「いっていい?」
「はあ……どっちの意味でも好きにしたらいいですよ」
「ネタの匂い!すみませ〜ん!」
イロハちゃんの許可を得て、気兼ねなく声を出してチームの人たちに駆け寄る。メモ帳を開いて色々聞くとどうやら2日後に試合があるらしくそこで取材を取り付けることに成功した。
私はお礼を言うとそそくさとイロハちゃんのところに戻り彼女の手を引っ張る。少し驚いた顔をするので「練習見てもいいってさ」振り返って伝えると彼女の顔はいつもの面倒臭そうな表情に戻った。
三塁側に屋根も何もない、ただ木の長い腰掛けが置かれていた。土手が一塁とネットスタンド裏になっている立地からここで試合をすると三塁側は陽に灼かれることになる。いまはもう日が沈みかけているからマシだが、日中なら熱中症まっしぐらだろうな〜、なんて結構呑気しながらベンチに座る。
イロハちゃんも私の隣に座る。沢山の人が座る事を想定したベンチには今2人しか座っていないけれど、それを私たちは気にせず練習の風景を見ている。
私は時々カメラで選手達を撮る。その表情は皆一様に楽しそうだ。ふと、この人たちはいつまで野球をするのか考える。練習時間とかの話じゃなくて人生での話だ。
そんな解決する気のない疑問が湧いて、次に解決する気のある疑問が湧いた。
「そういやさ」
「はい」
「私たち次って3年じゃん」
「どうしてるだろうねー」
それを口にして隣の彼女に聞いてみる、気になったから。返事はなかったのでイロハちゃんの方を見た。私より小さくて見下ろす形、帽子のツバが邪魔で顔は見えなかった。
私は返事が欲しくて自分の考えを言ってみる。
カキーンと音が鳴ってボールが放物線を描く、そして打ち上がったボールは残念ながらフライ。バッターは少し悔しそうな顔をして、どんまいと声があがる。
「だって、サツキ先輩もマコト先輩も卒業しちゃうでしょ。もしかしたら私たち2人が議長の座を巡って争う!なんてことがあったりしてね」
「そんな面倒臭いものに興味はありませんよ」
「私も〜。議長なんてなったら気軽に取材ができなくなっちゃうもん」
私は自分の本音を言った。だってゲヘナは知名度だってあるしそこのトップは思っている以上に偉い立場なのだ。かかる重圧も責任もマコト先輩は気にしてないが凄まじいものだと思う。
そんな中で趣味で週刊誌を作ることは難しいだろうなと思ったから私は議長を進んではやりたくない。自分のやりたいことが出来なくなるのが嫌、イロハちゃんだってそんな所だろう。お互い出世だとか地位だとかへの欲が薄いのは分かり合ってるつもりだ。
「じゃあ次の議長どうするの?」
そうして浮かび上がった問題を突くとイロハちゃんは呆れた声をだした。
「そもそも選挙制ですよゲヘナは。マコト先輩みたいな物好きがするでしょうね」
「そんな子2年にいたかな〜」
「ゲヘナの生徒数忘れてませんか?いるでしょうきっと」
「居なかったら?」
その一言で会話が詰まる。イロハちゃんはマコト先輩の行動を心配するときのような声色で捻り出すように言った。
「前年度役員から引き継ぎです」
「あー。先ジャンケンで決めとく?」
「軽いですねアナタほんとに」
さっきよりよほど呆れた声のツッコミに私は笑った。それはそうだ。三大校だと言われる学園のトップが決まったのは河川敷のじゃんけんだった!?なんて記事にしたら大売れか凄まじく叩かれるかの二択になりそうなほどあまりにもお気楽。
だけど自由と混沌を謳うゲヘナには案外収まりがよさそうな気もする、まあもしもの話だけど。
私は構えてたグーを解く。
「そもそも新議長には役員を決める権利もありますし来年は平かもしれませんよ」
「ま、流石に後進育成するでしょキット」
「それぐらいまともな人だといいんですけどね……」
「マコト先輩みたいに役員総入れ替えして放置って子の方が多そうだよね〜」
「でもイロハちゃん的にはそっちの方がいいでしょ〜?楽にサボれて」
「あなたの場合週刊誌発行の予算降りないかもですから死活問題で大変ですね」
「そうなったらもう自腹を切るしか…!」
ぐぬぬぬと唸り声を震わすなかで、思い立ったかのようにイロハちゃんが口を開く。
「チアキって」
「真っ直ぐですよね」
ストライク!バッターアウト!審判係のよく通った声は三塁側までよく聞こえる。チームで分かれて練習でもしてるのか熱い熱気がこっちにまで届いたようだ。
「え?なになに!どうしたのイロハちゃんいきなり褒めるなんて!?写真撮る?撮っていい?」
「書類仕事はそれなりにしか使えませんけど」
「怖い怖いよ!?何なのイロハちゃん!?」
人を上げて、落として、そして話を聞かないイロハちゃんが目線をこっちに向けた。
その顔はさっきと何ら変わりない。花の匂いに紛れて僅かに鉄の匂いもする。虎丸の装甲の匂いだろうか。
「でもまあ」
イロハちゃんは次に笑った。イタズラな笑みというか、見たら発言が冗談半分に聞こえる軽い笑みを浮かべる。でもとっても頼り甲斐のある笑い方だった。
「アナタが議長になったら私が手伝いますよ。もちろん適度にサボらせてもらうつもりですけど」
「イロハちゃん……!」
「そうやって煽てて議長の座を押し付けようたって騙されないからね?」
「チッ!バレてましたか」
でもそれが仮面をつけていることなんて直ぐに分かった。ジトリと目を細めて見つめながら看破するとすぐに固まった笑顔を崩して舌打ちをした。分かりやすく傷ついたような動きを見せてもイロハちゃんの顔は冷たかった。
「ああ!舌打ちした!イロハちゃんひっど〜い!」
まるで道をどうぞと譲ってもらった気分だ。負けじと私も譲るように声を張り上げ得る。ガタリと立ち上がり胸に手を当ててコートをたなびかせればそこには威風堂々な姿が浮かび上がってるはずだ。
「それにそれならイロハちゃんが議長になって私が書記兼、記者兼、編集長兼、発行人兼、副議長としてガンガンサポートするよ!」
「ならふざけた肩書きを整理するところからお願いします」
「ひどい!カッコ良くないのコレ!?」
しかしその堂々たるは飛ぶ鳥を落とすイロハちゃんによりあっけなく撃ち落とされた。私は沈んでベンチに戻る。
「あとアナタには人望があるじゃないですか。私にはないですし」
「それ培った週刊万魔殿が続けられなくなりそうだからイヤ!副議長がいい!」
駄々を捏ねるような発言にクスリとイロハちゃんが笑う。小さな笑いだが、笑ってくれるのは嬉しかった。笑みを浮かべたまま、おかしい状況だとイロハちゃんは言う「二人とも右腕ならやる気十分ってのも変な話ですね」と。私は笑ってそれを肯定して、瞬間妙案が浮かぶ。
「そうだ!イブキちゃんを議長にして私たちが両腕になるってのは……!」
ギロリとイロハちゃんは私を睨んだ。まあそうだろうね。思いついた側でアレだけどイブキちゃんは賢い。でも流石にちょっと早すぎる気もする。まあイロハちゃんの場合は可愛いから過保護なだけなんだろうけど。笑ってひらひらと手を振る
「流石に冗談だよ〜……」
「帰りましょうか、チアキ」
冗談も程々にしてくださいと伝える目で私を見つめた後イロハちゃんはベンチから立ち上がり、また私に手を差し出した。1回目とおんなじで私は何も言わんで手をとってベンチから離れる。ブーツが砂を擦る音を鳴らし始めて空を見ると空は全然明るい。時間はそんなに経ってはいない。
「明るいね〜」
「暑いですしもう夏の気分ですよ」
「……写真撮らない?」
「唐突ですね。まあいいですけど」
飛び込むようにイロハちゃんの肩を組み、顔の近くで指を2本立てる。もう片方の腕はカメラを掴んで斜めを向けて伸ばす。写真を撮るときお決まりのセリフと共に人差し指を乗せたシャッターボタンを押した。
「じゃイロハちゃん!ピース!」
「ん」
フラッシュが目の前を照らす。チカチカとする目を擦って私はとれたての写真を見た。イロハちゃんの顔は変わらない、ピースだって普通。特に大きな騒ぎは起きてない今日に合った変わらないものだった。私はそれに満足して元気よくスキップを踏み出す。
「いい写真でしたか?」
「あとでモモトークで送っとくね!」
金属バットの音がまた鳴る。見ればナイター照明の光を浴びるグラウンドでは練習はまだまだ続く様子。一言も言わず去るのは失礼だと話に応じてくれた人に感謝の言葉を伝え、停めていた虎丸に乗り込むとガタガタと揺れながら川沿いを走る。
「2日後暇?」
「試合は興味ありませんよ」
「えー残念」
取材に同行させるのは失敗。それはまあ次の機会に。切り替えるようにハッチから頭を飛び出させる。生ぬるい風は当たるが何も普通で、特筆することにない気候は覚えられないだろう今日とよく似合っている。満月を過ぎた空の月は段々と欠け始めていた。