貞操逆転世界に転生した俺、魔性の男ムーブで天才の脳を焼いて、理想の野球チームを作る。   作:井出崎

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誕生、野球マシーン!

 

 目を奪われた。

 スタンドで応援している人達は、様々な感情を抱きながら懸命に声を出す。

 野球が好きで好きでたまらない観客の熱気が球場を包み込み、異様な雰囲気を醸し出す。

 そして、甲子園でプレーしている選手達は今までに見た、どのヒーローよりもカッコよかった。

 たった一校しか掴めない栄冠。

 それを求めて、全身全霊をかけて試合に臨む姿が美しくて、俺の心を掴んで離さない。

 日本国民を魅了する風物詩。

 数多の高校生の人生と夢をかけた大舞台。

 全国高校野球選手権大会。

 この大会に出たい。

 ……いや、絶対に出場する。

 当時、6歳だった俺はそう心に誓った。

 

「ごっ、ごめん、一色。僕のせいで……」

 

「…………泣くなよ。全力を出し切って負けたんだ。しょーがないって奴さ」

 

 どれだけ絶望していても口は回る。

 泣き崩れる投手を慰めるために、本心とは真逆の言葉を淡々と吐き出す。

 

 ……あああああああああああああ!!!

 

 負けた、負けた、負けた。

 負けた負けた負けた負けた負けた!!!

 アウト一つ取れれば勝ちだったのに。

 あいつの球がボール一個分下に来ていれば、絶対に抑えれたのに。

 幼い頃からずっと夢見ていた甲子園が目の前にあったのに……。

 

「確かに甲子園には届かなかった。だが、お前らの努力は無駄じゃない。この三年間はこれから……」

 

 何言ってんだ、この馬鹿監督は。

 無駄に決まってるだろ。

 野球で飯を食えるほどの才能がない俺みたいな雑魚は、甲子園に出ることが全てなんだよ。

 大学の推薦だとか、就活の面接で有利になるとか、そんなのに価値なんてない。

 高校三年、最後の夏は本当に呆気なかった。

 地区大会決勝で敗退。

 結局、甲子園に出ることは出来ず、俺の幼い頃からの夢はあっさりと破れた。

 

 ……俺の何がいけなかったんだ?

 小学校の時はリトル、中学校の時はシニアに入って、地道に鍛錬を積み重ねて自力をつけた。

 炭酸は飲まず、お菓子も食わない。

 もちろん、同年代の子供と遊んだりはせず、休みの日はずっと野球の勉強に費やして。

 厳しい練習も文句一つ言わずにこなして、野球の名門にスカウトしてもらって。

 高校三年の時にようやく正捕手の座を勝ち取って、彼女も作らず、あらゆる娯楽に触れず……野球に全てを捧げてきたのに、こんなんで終わりかよ。

 

 クソがクソがクソがクソがクソがクソがッ!

 今までの努力と結果が全く見合わない。

 こんな結果、納得できない。

 俺は報われるべき人間の筈なのに……そんな醜い感情が心を絶え間なく蝕んでいく。

 だがしかし、納得するしかない。

 時間を巻き戻すことも、生まれ変わることも、決して出来ないのだから。

 

「先輩、私と付き合ってください」

 

「うん、いいよ」

 

「ふふふ、嬉しいです。もう絶対に離しません。これからは何があってもずっと一緒ですよ」

 

 野球部を引退してすぐ、一つ下の昔馴染みのマネージャーに告白された。

 俺も恋愛的な好意を抱いていたから、OKした。

 

「すごいわねぇ。野球ばっかしてたのに、国立大学に受かるなんて」

 

「流石ですね、先輩。私もすぐに追いつきますから……他の女に目移りしないで下さいね」

 

 地元の国公立大学にもストレートで受かったが、野球部には入らない。

 高校時代の球歴に目をつけた先輩に勧誘されたりもしたが、即座に断った。

 甲子園が全てだった俺は、大学野球に価値を見出せなかったから。

 後輩との関係も良好で、キャンパスライフはそこそこ楽しかった。

 気の合う友達も出来たし、ゲームも旅行も飲み会も、多種多様な娯楽を楽しんだ。

 野球に全てを捧げていた10代の頃に得られなかった物を数え切れないほど手に入れた。

 それなのに。

 ……心が満たされることは一度もなかった。

 

 寝ても覚めても甲子園が頭から離れない。

 現役の高校球児に対する嫉妬。

 もう一度人生をやり直せたら……なんて、荒唐無稽な妄想。

 目的もなく甲子園球場に足を運ぶ愚行。

 俺は6歳の頃から何も変わっていない。

 甲子園の魔力に取り憑かれて、頭がおかしくなっているのだ。

 だから、妄想だと思った。

 

「ねぇ、そこのキミ。もう一度、甲子園を目指したいって思わない?」

 

 初めて、あいつに話しかけられた時は。

 頭上の輪っかに背中に生えた白い羽。

 課題を終えて、寝ようとした瞬間に現れたそいつは、如何にも「天使」って見た目をしていた。

 俺は同じベットで眠る後輩を起こす。

 

「真昼ちゃん。起きてくれ」

 

「んぅ……どうしたんです? もしかして、発情しちゃいました?」

 

「いや、そうじゃなくて。天使っぽい人が、部屋にいるんだよ。ふよふよと浮いているんだよ」

 

 目を覚ました後輩は、きょろきょろと部屋を見渡した後に、小首を傾げた。

 

「……誰も居ませんが。叩き起こして、揶揄うなんて酷いです。明日も早いので、もう寝ますね」

 

 そう告げた後輩は布団を被り、瞬く間に寝入ってしまった。

 俺は天使っぽい少女を二度見する。

 すると、彼女は退屈そうに欠伸をしていた。

 やはり、見間違いでは断じてない。

 

「ふふん、残念だったね。キミ以外に私は見えないよん」

 

「……先に言ってくれよ。親愛なる彼女に、幻覚を見てるヤバい奴だと思われたら、どうするんだ」

 

「あはは、ごめんね。でもさ、キミは……いつまで経っても甲子園に縛られてるし、ヤバい奴のお仲間ではあるんじゃない?」

 

 ドキリと心臓が跳ねる。

 心が、読まれているのか。

 それならば、腹の探り合いは無意味。

 こいつが何者なのかとか、気になる点はあるが、それよりも優先して尋ねるべき事がある。

 

「もしかして、俺にチャンスをくれるのか? ……もう一度、甲子園を目指すチャンスをっ!」

 

「うん、あげるよ。私たち天使は、人間さんの望みを叶えるのがお仕事だからね。でも、一つだけ条件があるんだ」

 

「どんな条件でも飲む。とにかく、チャンスをくれ……いや、下さい、お願いします!」

 

「がっつくねぇ。お隣の彼女さんや貴方の家族に、二度と会えなくなるんだよ。それでも良いの?」

 

「本当にもう一度、甲子園を目指せるのなら、会えなくなってもいい。俺には、甲子園より……大事な物なんて無ぇんだよ!!!」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったよう。

 この時の天使の様子を形容するには、この表現が相応しい。

 俺は本心を口にしている。

 これまでの人生と甲子園。

 上記の二つのうち、どちらか一方を選べと問われたら、迷う事なく甲子園を選択する。

 そんな俺の心を読んだために、彼女は目を丸くしているのだろう。

 

「面白いね、キミ。コンタクトを取って正解だったよ……それじゃ、始めよっか」

 

「はい。早く始めてください」

 

「そうそう。言い忘れてたけど、条件は、甲子園優勝。……もしも、達成できなかった時は、キミの命と魂を頂くからね」

 

 その言葉を聞いたのが、最後。

 全てが深い闇の中へ沈んでいく。

 そして、薄れゆく意識の中で心に決める。

 俺は、甲子園に出る。

 甲子園に出て、絶対に優勝する。

 命や魂だとか、そんなのは関係ない。

 甲子園で野球ができるなら、俺は何でもする。

 打てる手は打ち、利用できる物は利用する、と。

 

 ◇

 

 そうして、俺は転生を果たした。

 別世界の住人として、人生をリスタートする運びになったのだ。

 赤子として一からやり直すものの、俺の肉体自体は変わらない。

 名前は、前世と同じ『虹ヶ原(にじがはら)一色(いっしき)』で、容姿も前世の俺と全く一緒。

 どうやら、頭脳や身体能力なども、全く変化していないようだ。

 個人的には、基礎スペックが上がっていた方が好都合だったのだが、多くは望むまい。

 それよりも、望み通りに新たな人生を始められた幸運を祝すべきだろう。

 天使とやらには感謝しかない。

 

 俺が生まれ落ちた世界は、前世と極めて似ている現代の日本。

 文明レベルも、野球が存在するところも……春と夏の甲子園が開催されることも変わらない。

 だがしかし、致命的な差異が存在する。

 それは、この世界において女子の出生率が高く、反対に男子の出生率が低い点だった。

 更に付け加えると、男子と比較して、女子の身体能力が極めて高い。

 筋肉量こそ前世の女子と相違ないものの、潜在的な肉体強度は段違い。

 この世界のプロ野球の平均球速は157キロで、打者のスイングスピードも相応に早くなっている。

 要するに、俺の前世よりも野球の技術レベルが高い世界なのだ。

 

 当然ながら、高校野球のレベルも高く。

 至極平凡な身体能力の俺では、通用しない事が容易に予想できる。

 そのため、正攻法では甲子園にいけない。

 前世に倣って強豪校に入ったとしても、ベンチ入りすら出来ないと断言できる。

 そうなれば、方法は一つしかない。

 

 男性の価値が極めて高いため、何もせずとも女性にモテてしまう。

 この世界の歪んだ特色を上手く利用して、野球の才能に恵まれた女子を言葉巧みに勧誘し、最強の野球チームを作る。

 俺レベルでもレギュラーになれる弱小校に天才達を放り込んで、甲子園に連れてってもらう。

 人呼んで、他力本願計画。

 これが、さして賢くない俺が捻り出した中で、最良のプランであった。

 

 まずは、野球の主役とも呼べる投手。

 甲子園で活躍できるエースピッチャーになり得る女子と交友を持ち、つきっきりで育成する。

 なんといっても、前世からずっと、俺のポジションはキャッチャー。

 甲子園優勝という理想を共有できるくらい、無条件に信頼できる人間。

 謂わば、己の運命を預けられる投手とバッテリーを組むのは、何よりも優先すべき事項であった。

 

 俺が求めるのは、三つの条件を満たす人間。

 一つ目の条件は、身体能力が高いこと。

 地肩が強いのは大前提として、他者を圧倒する上背の高さと、怪我をしにくい強靭さは必須である。

 二つ目の条件は、メンタルが強いこと。

 ガラスのハートでは、投手は務まらない。

 少し打ち込まれたくらいではへこたれず、ピンチにも悠然と立ち向かえる精神性が求められる。

 三つ目の条件は、目的意識が強いこと。

 甲子園に出場するためには、生半可な覚悟では出来ない過酷なトレーニングを積む必要がある。

 一般的な学生としての青春を捧げ、野球の練習に取り組む意識が欠かせないのだ。

 

 そうと決まれば、早速行動を開始する。

 これらの条件と合致する人間は、そう易々と見つからないだろう。

 あくまで、長い目で。

 それこそ、小学生の期間を全て費やす覚悟で、俺は捜索を始めた。

 まずは、同じ学校から探す。

 いくつかの条件を満たす人間は居たものの、理想的な人材は見つからない。

 次に、付近の野球チームから探す。

 案の定、こちらもダメ。

 惜しい子はいるけれど、妥協はしたくない。

 とにかく探して探して探しまくるが、中々に上手くいかない。

 俺がバッテリーを組みたいのは、比類なき野球の才能の持ち主。

 ボールを投げた姿を見た瞬間に、コイツだ、と思えるような絶対的な存在。

 そうやって、厳選に厳選を重ね、あっという間に三年が経過した時。

 俺は、運命と出逢った。

 

 とある日の夕方。

 リトルリーグのチームに参加できる年齢になった俺が、気になるチームの見学を終えた帰り道。

 気分転換のつもりで、普段は立ち寄らない河川敷の高架下に足を踏み入れると。

 

「…………」

 

 何も言わずに黙々と、壁に向かってゴムボールを投げる少女がいた。

 フォームはめちゃくちゃで、投げる度にコロコロ変わってしまう。

 着ている服はボロボロで見窄らしく、伸びっぱなしの黒髪はボサボサ。

 瞳は虚で、生気が宿っていない。

 だけど、投げられるボールの速度は、幼い少女のモノとは思えないほどに早かった。

 その姿を見た瞬間に、この子だと確信した。

 事前に設定した条件は、頭から吹き飛ぶ。

 細かい問題なんて些事に思えるくらい、彼女の才能は眩い輝きを放っていた。

 俺は凄まじい速度で駆け寄る。

 次いで、心の中の声をそのまま告げた。

 

「君には投手としての才能がある。俺とバッテリーを組んで、甲子園に行こう!」

 

「……?」

 

 見慣れない少年の、突飛な発言。

 困惑を隠せない少女は、こてんと首を傾げる。

 これが、彼女との出会い。

 俺とバッテリーを組むピッチャー『黒峰(くろみね)夜子(やこ)』との初邂逅だった。

 

「……でも、私、野球知らないよ」

 

「野球を知らない? ふふ、案ずるな。野球マイスターである俺が野球の魅力を伝授しよう!」

 

 夜子の才能に惚れた俺は、とにかく付き纏う。

 毎日のように高架下を訪れて、野球に興味を持ってもらうために出来る事は何でもした。

 野球にまつわる遊びをしたり、バッティングセンターに連れて行ったり、野球観戦をしてみたり。

 野球を楽しいと思ってもらうのと同時に、俺との心理的な距離を縮める作戦を決行したのだ。

 

「投げる……ふぉーむ。……こんな感じ?」

 

「か、完璧だ……本当に素晴らしい! 夜子っ、君は野球の神に愛されし天才。ダイヤの原石だ!」

 

「……言い過ぎ」

 

 幸いにも、野球に関心を寄せてくれた夜子を、とにかく褒め千切る。

 間違いなく、彼女は天才だ。

 俺と同い年。

 まだ体が出来ていない年頃だと言うのに、フォームを改善しただけで球速が速くなる。

 実際、夜子自身も、自らの成長を喜ばしく思っているようで、積極的な態度で練習に臨む。

 言うなれば、好循環が形成されていた。

 

「夜子ぉ〜。君は細いな。棒のように細い。うーん、良くないな、野球的観点から見て、実によろしくない。ちゃんと、ご飯を食べているのかい?」

 

「食べてない。お母さんが、出してくれない」

 

「そんなぁ! 君にご飯を食べさせないなんて、君の母上は才能を潰す気か!? ……解せない。全くもって理解できないな。君が痩せ細るのは、野球界にとって大きな損失になるというのに!」

 

「でも……」

 

「……よし、決めた! 落ち着いて聞いてくれ、夜子。俺と君は、今日からファミリーだ! 君の母上にはキチンと連絡するから、俺のお家に住みなさい。そして、俺と未来永劫バッテリーを組みなさい。異論は認めません。これは、決定事項です」

 

「え?」

 

 家庭環境が劣悪っぽかった夜子を、可及的速やかに保護する。

 色々と弊害はあったが、希少な男の権限をフルに活用して、同居を認めさせた。

 夜子自身、己の境遇に思うところがあったのか、俺の暴挙に反対する事は無い。

 こうして、俺と彼女はファミリーになった。

 

 同居を始めた夜子は、俺と同じ学校に通う。

 最初こそ戸惑っていた彼女であったが、新生活に適応するのは早かった。

 

「おいおい、夜子。少しはみんなに歩み寄る態度を見せないと、ご学友ができないぞ?」

 

「いらない。一色がいれば、それでいい」

 

「おいおいおいっ! ……あまり、ゾクゾクさせないでくれ。嬉しさのあまり、歓喜に打ち震えてしまったよ。まったく、君は困ったちゃんだね……」

 

「……やっぱり、撤回していい?」

 

 しかし、如何なる時も、俺にべったり。

 友達を作ろうともせず、俺以外の人間と喋ろうともしない。

 世間一般的な視点から見ると異常かもしれないが、俺にとっては好都合極まりない。

 夜子が俺に依存すればするほど、俺が熱を注ぐ野球にのめり込んでくれる。

 甲子園への道が、近づくのだから。

 

「いいかい、夜子ぉ……。決して、遠慮なんかするなよ。全力で球を放ってくれ。君に出せるフルパワーで白球を、俺のミットに向かって!」

 

「……言い方がキモい」

 

 ついに、俺達は本腰を入れて、野球の練習に取り組み始めた。

 リトルのチームには入らずに、二人きりで。

 ある程度、体が出来ている俺と違って、夜子はまだまだ発展途上。

 彼女の素質を磨くのに専念するためにも、チームに所属するのは時期尚早だと判断した。

 後は、他者との関わりを避けることによって、彼女が有する俺への執着心をより一層強めたい、といった後ろ暗い企みもあったりする。

 

 ともかく、俺達二人は甲子園優勝のために出来ることを積み重ねていく。

 朝起きたら、即朝練。

 まだ親が起きてない時間に起きて、ランニングや軽い筋トレなどを行う。

 朝練が終わったら、即登校。

 シャワーやら朝食やらを手早く済ませて学校に向かい、ほどほどに授業を受けて家に帰る。

 学校から帰れば即練習。

 成長期の体に配慮したトレーニングメニューを淡々とこなし、終わったらストレッチをする。

 練習が終われば、即勉強。

 分かりにくいルールや細かいケースに応じた戦略を、俺が夜子に教える形で詰め込む。

 勉強が終われば、即食事。

 ジュースやデザートは一切口にせず、アスリートの食事を参考にした料理のみを食べる。

 食事が終われば、即休息。

 学校の宿題を手早く終わらせて、比較的早い時間に就寝する。

 このような日々を、ひたすら繰り返す。

 それでも、夜子は文句を言わなかった。

 野球の醍醐味である試合が出来ていないにも関わらず、表情一つ変えずに練習に臨む。

 その姿は、野球という競技に魂を売ったマシーンのようで……俺は、猛烈に感動していた。

 

「ああ、夜子……夜子っ! 真新しい制服に身を包む君は、こんなにも美しいんだね。野球の神のみならず、美の化身にも愛されているとは……君という人間の魅力は、底知れないね……!」

 

「……大袈裟」

 

 運命の出逢いから、三年。

 小学校を卒業し、中学校へ進学する時。

 痩せ細っていた少女の姿は見る影も無い。

 俺の全てを注ぎ込んで、生まれ変わった夜子の出で立ちは、これ以上ないほどに美しかった。

 170cmを越える長身、世人よりも遥かに長い手足、一切の無駄なく、筋肉がついた体。

 MAX140キロの直球を投げられる豪腕、それを支える強靭な足腰、ホームランを量産する打撃技術。

 彼女の魅力を、上げ始めれば暇が無い。

 黒峰(くろみね)夜子(やこ)は、俺の理想を具現化した存在。

 野球の才能がない無力な俺を、甲子園へと導いてくれる女神と化したのだ。

 

「覚悟はいいかい、夜子。密かに磨き続けたダイヤをお披露目する時だ。その輝きで俗人の目を焼き切らないよう、十分に注意してくれよ?」

 

「……反応に困る」

 

 その果てに、俺と彼女は近隣にある、シニアのチームに加入して。

 ……ようやく、準備が整った。

 甲子園に出場するために必要な人材を収集する計画は、第二段階へと移行しようとしていた。

 

 ◇

 

 私の幼馴染、虹ヶ原(にじがはら)一色(いっしき)は変わった人間である。

 なんというか、男らしくない男なのだ。

 細身だけど筋肉質な肉体、剽軽で明るい性格。

 何よりも、女性と相違ない野球の上手さ。

 まさしく、普通の男性とは正反対。

 

 この世界において、男子は弱い。

 運動量が多いスポーツすら出来ないほど体が弱く、筋肉もつきにくくて。

 故に、女性に混じって野球をプレーできる男なんて、きっと一色以外には居ない。

 

 そうだ。

 ずっと昔から、一色は凄いのだ。

 運動神経が良くて、女子に対しても物怖じせずに会話出来て、いつだって凛としている。

 どんな時も笑顔で、優しくて……誰にも見向きすらされなかった私に手を差し伸べてくれた。

 ホストに夢中になって私に見向きもせず、碌に食事も与えてくれない母親から、救い上げてくれた。

 そして、二人で誰にも負けないバッテリーを組んで、甲子園優勝するという夢も与えてくれた。

 私のことを野球の才能があるって褒めてくれて、未来永劫一緒にいるって約束してくれた。

 それなのに。

 

「ねぇ、一色くん。私達と居残り練習しようよ」

 

「手取り足取り、色んな事を教えてあげるっ!」

 

「手取り足取り、ですか? いやー、困っちゃうな、あはははっ!」

 

 最近、ちょっと距離が遠くなった気がする。

 いや、実際に遠くなっているのだろう。

 小学校の頃はずっと一緒にいれたのに、中学校に進学して野球のチームに入ってからは、側に居ることが出来なくなってしまった。

 家に帰ったら同じ時間を共有できるし、自主練の時は独り占め出来るけれど。

 それでも、足りなかった。

 

「俺も夜子と一緒に居たい。けど、俺から溢れ出るフェロモンに惹かれた人達に嫉妬され……夜子が56されたら、俺は生きていけない! だから、我慢してくれ。家に帰ったら、十分に甘えていいからな」

 

「……別に、甘えないよ」

 

 チームに所属したばかりの頃は、甘えないなんて、言ったけど。

 正直、今はめちゃくちゃ甘えたい。

 ぎゅっと抱きしめて、数時間ホールドしたい。

 猫吸いならぬ、一色吸いで成分補給したい。

 けど、絶対に出来ない。

 もしも、欲望のままに一色を好き放題にして……万が一にも、嫌われてしまったら。

 私はきっと、生きていけない。

 一色と一緒に居られない人生に価値なんてない。

 

「ここに居たんだね。帰ろう、夜子」

 

「先輩達は、いいの?」

 

「ふふふ、愚問だねぇ。俺にとっては夜子が一番大事。寂しい思いをさせたくないんだ」

 

「……そう」

 

 だから、我慢しないと。

 寂しい気持ちに蓋をして、普段通りに振る舞わないと。

 そうすれば、私達は変わらずに居られる。

 甲子園優勝を目指す、ピッチャーとキャッチャーのままで居られるから。

 

「久しぶりに、河川敷の高架下でキャッチボールをしよう」

 

「……いいけど、どうして?」

 

「特に理由はないけど、強いて言うなら、気分かな。夜子と出逢った場所で、ノスタルジーに浸りたいんだ」

 

 断る理由など無かった。

 こくりと頷いた私を見て、一色は微笑む。

 ……私は、彼が笑う顔が好きだ。

 今は純粋に楽しいから、野球をやっている。

 でも、幼い頃に野球を始めたきっかけは、一色が笑っている顔を見たいと思ったから。

 私が野球の練習をすると、彼が良く笑顔を見せてくれたからだった。

 恥ずかしいので、本人には言わないけれど。

 

「とりゃっ!」

 

「…………」

 

「うおりゃっ!」

 

「…………」

 

 私達が出会った場所で、淡々とキャッチボールをする。

 邪魔が入らない二人だけの空間。

 それが、ただただ心地よい。

 学校でも、チーム内でも、一色は人気者だ。

 物珍しい男子だからっていうのもあるが、それ以上に人を集める魅力のようなものが彼にはあった。

 男子女子関係なく、対等に接してくれて、気安く話しかけてくれて、頼り甲斐だってある。

 だから、みんなは一色の事が好きだと思う。

 好意の大きさに違いはあれど、きっとそうだ。

 

「……夜子?」

 

「…………」

 

 グローブに収まった白球を手に取り、力強く握りしめる。

 いつか、一色も誰かに恋をするかもしれない。

 一色は魅力的な人だから、相手の人も一色の事を好きになるだろう。

 そうなったら、私は蚊帳の外だ。

 一緒に住んでる、邪魔な同居人。

 ピッチャーとキャッチャーのまま、終わる。

 その未来を想像すると、泣きそうになった。

 

 一色はクールで素敵だと言ってくれるけど、本当の私はクールでも何でもない。

 無愛想だし、照れ隠しで嫌なことばかり言っちゃうし、無口なのは言葉が出ないだけ。

 私の取り柄は、野球しかない。

 人より速い球が投げられて、人より球を打つのが上手いだけの野球マシーン。

 こんな人間の何処に好きになる要素がある?

 人間もどきに過ぎない私が選ばれる訳が……。

 

「……っ!」

 

 全身を包み込むように抱擁される。

 いつの間にか、すぐ近くまで迫っていた一色の腕が背中に回され、全身を押し当てられた。

 どくんどくんと、脈動する心臓の音が聞こえる。

 これは、一色の音。

 

「ごめんな。不安だったよな」

 

 優しく、甘い声が投げかけられる。

 普段の剽軽でおちゃらけた声色とは違う、至って真面目な口調と真剣な声色。

 何もかも、初めてだった。

 一色に抱き締められるのも、一色がおふざけ無しに話す声を聞くのも。

 困惑する気持ちと、嬉しく思う気持ちがないまぜになって、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

「蔑ろにしてたつもりは無かった。でも、結果的にはそうなっちまった。情けないけど、浮かれてたんだ。シニアのチームに入って、ずっとやりたかった野球ができてさ」

 

 謝らないで。

 一色は何も悪くない。

 悪いのは、私だ。

 中学生になっても自立できないで、いつまでも一色に甘えてばかりいる私。

 私は、彼が居ないと何も出来ない。

 朝はいつも起こしてもらっているし、勉強も教えてもらっているし、髪だって乾かしてもらっているし、私一人では電車にだって乗れない。

 学校生活が送れてるのも、チームに馴染めているのも、一色が手を回してくれているから。

 常に、私のサポートをしてくれているから。

 

 それなのに、私は自分のことばかり。

 もっと一緒に居たいとか、甘えられなくて寂しいとか、他の人を好きにならないで欲しいとか。

 一色を慮る事なんて無かった。

 今日、私をキャッチボールに誘ってくれたのは、きっと気を遣ってくれたから。

 今、こうやって抱き締めてくれるのも、私を不安にさせたくないから。

 彼は、こんなにも私の事を考えて行動しているのに、最初から最後まで私は……。

 

「俺は、夜子が一番大事だ」

 

「………っ!?」

 

「親父もお袋も、チームメイトのみんなだって、俺が甲子園に行けるって本気で思ってない。……この世界で、夜子だけなんだよ。本気で、真剣に俺と夢を追いかけてくれるのは、お前だけなんだ……!」

 

 一色の言葉に、感情が篭る。

 私の体を抱きしめる力が強くなっていく。

 ……彼も、私と一緒なんだ。

 悩みを抱え込んで、今この瞬間まで誰にも吐き出せなかった。

 根明で剽軽なだけじゃない。

 この歪な世界で生きている男性として、葛藤することもあるんだ。

 でも、私には教えてくれた。

 他の誰かではなく、私だけに。

 そう思うと、胸の中に黒い感情が湧き上がる。

 

 一色も同じなんだ。

 私も一色が全てなように。

 一色も私が全てなんだ。

 不純物なんて、存在していない。

 私達の世界は、二人で完結しているんだ。

 その事実が、どんな事よりも嬉しい。

 

「甲子園、優勝しような。……絶対に」

 

「……うん。絶対に、優勝しよう」

 

 私は、口元に笑みを浮かべる。

 そんな私を見て、一色も笑う。

 二人の気持ちは、同じに違いない。

 

 私には野球しかない。

 ちょっと前まで、それが嫌だった。

 でも、今は違う。

 寧ろ、野球の才能がある事が誇らしい。

 何故なら、一色を甲子園に導けるのは……この世界で、私だけだから。

 幼い頃からずーっと、彼の事と野球の事だけを考えて生きている。

 人生の時間の殆どを野球に捧げて、他の物事全てを捨ててきた。

 そんな人間は、たった一人だけ。

 私以外には、存在しない。

 

 だから、叩き潰そう。

 私と一色の前に立ち塞がる敵は、全て。

 敵を排除して、排除して、排除し続けて。

 ……何が何でも、甲子園で優勝する。

 そのためなら、人間らしい感情を排した、野球をするだけの機械にもなれる。

 だって、私は……誰よりも大切な人の願いを叶えるために、生きているのだから。

 





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