獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
再誕
僕は死んだ。
どうやら後ろから刺されたらしい。
背中に突然湧き出た”熱さ”に振り向いたら必死の形相を浮かべた男の姿があった。
その男は、明らかに自尊心が満たされないままで暮らしていたとわかるような、荒涼とした雰囲気をまとっていた。
おそらく通り魔だろう。
その男は僕を刺した勢いのまま、彼方に向かって走り去っていく。
前に倒れる。
背中から、生命が外に流れ出ていくのを感じる。
遅れてやってきた激痛の中、僕は意識を手放した。
そうして僕は生まれた世界とさようならしたのだった。
おぼろげながら目が視えるようになってきた。
白い天井らしきものが見える。
どうやら屋根の下で暮らせる生物に生まれ変わったらしい。
お尻から広がる不快感に、今までそうしてきたように、衝動のまま喉から泣き声を上げると誰かが駆け寄る足音が聞こえる。
視界いっぱいに僕に向かって優しい表情で語りかける女性の顔が映る。
とても整った顔立ちだ。
「遺伝子ガチャ成功かな?」と、前世あまり容姿に恵まれなかった僕は、暢気にもそう思ってしまった。
ただ、僕の母親らしい人物の髪の色が前世の世界では見られなかった黄色がかった銀髪なのと、彼女の頭に三角形の動物の耳のようなものがついているのが気になった。
10歳になった。
母の作ってくれた朝食を終えた後に身支度のため自室に戻る。
ドアを開けて部屋に設置された姿見を見ると、そこには白のワンピースを着た1人の女の子が立っていた。
整った造形の顔立ちに筋の通った鼻、唇は形の良い桜色をしている。
大きな両眼の目元は父に似たのか垂れ気味で、右目の脇に涙ぼくろがある。瞳の色は金色に輝いている。
両親にされるがまま伸ばした髪は何のケアをしなくても指を絡ませればほどける程の手触りで、母譲りの黄色がかった銀髪だ。
その銀髪を後ろに左右に垂らして、肩のあたりで青の大きなリボンで結んでいる
そして……頭の上には三角形の大きな耳が生えており、尾てい骨からもふさふさとした狐のような尻尾が生えている。
僕が新しく生まれたこの世界は【ナラカ】と呼ばれている。
父はこのナラカ世界の、ミッテルラントという国の主要民族である純血のアルバ人。
母は獣人と呼ばれる種族のうちの、中央エイジア地方に遊牧民として生息するコルサック族。
僕はその間に生まれた人間種と獣人とのハーフらしい(種族形質は両親のうちどちらか1つしか受け継がないので、僕の容姿は獣人のものだけど)。
そしてこれはのちに詳しく知ったことなんだけど、両親のラブストーリーは最悪の部類に入る。
誘拐婚。
父が旅行中に遊牧民のコルサック族のキャンプにいた母を見初めて、魔法で眠らせスーツケースの中に押し込んで、ミッテルラントに連れて来てしまったらしい。
この誘拐婚は父のキャリアに破滅を招いた。
父は元々バイネルン州の州議会議員で、若き新進気鋭の政治家としてゆくゆくは首相か大統領か、と将来を嘱望されていた。
しかし、母を誘拐してきたことがスキャンダルとしてあらゆるメディアに取り上げられると、全方位、特に女性団体からバッシングを受けた。
国際的な大問題にもなり、コルサック族の生息域があるカザロフ共和国との外交問題にまで発展した。
擁護したのは旧世代の芸術家と芸能関係者だけで、倫理的要素を何1つ伴わない彼らの擁護は何の意味も持たなかった。
結果として父はフラッシュの焚かれるなか謝罪会見を開くまで追い込まれ、所属する党に促されるまま辞任する羽目になった。
外国のメディアもアルバ人の傲岸さを示すエピソードとしてこぞってこの誘拐事件を取り上げた。
特にミッテルラントの最大の仮想敵国であるヤシマのワイドショーは、連日露悪的に面白おかしく報道したという。
つまり僕という存在は、ミッテルラントの恥の結実というわけだ。
以上が僕の生まれた顛末だ。
『セリカ、何してるの?学ぶところに遅れるわよ』
『……今、行く』
母、ナジカ・アーレンハイムが、僕の部屋にやってきてコルサック語で呼びかけた。
僕は憂鬱な気分を押し殺して、けれども尻尾が垂れ下がってるのを自覚しながら返事をして、カバンを手に取る。
部屋を出ると父が仕事に一区切りつけたらしく、書斎から廊下に出てきた。
父、ゲラルド・アーレンハイムは政治家を失職した後、この国に不慣れな母を支えるために、できるだけ自宅にいられるライターなどの仕事を細々としているようだ。
「セリカ、これから学校かい?行ってらっしゃい。車に気を付けて行くんだよ」
「……行って、きます」
父の優しい声音のアルバ語に、同年代の子供たちに比べて明らかに
顔色から内心を悟られないために、今日も顔を下に向けながらアパートのドアを開けた。
「ミッテルラント連邦共和国の前身である大アルバ帝国は、元々は単なる領邦国家の緩やかな連合体に過ぎなかった。しかしヴォストクニスリャーグ帝国の脅威とガリア帝国の領土的野心に対し、プロージア王国の当時の王国宰相だったビスメルクは……」
クラスの子が立ったまますらすらと歴史の教科書を朗読する。
今は初等学校の歴史の授業だ。
ふと後頭部に軽い衝撃を覚える。
振り向くと2つ後ろの席の男子がこちらを見てニタニタと笑っていた。
床を見ると消しゴムの破片が落ちていて、それをどうやら僕の頭に投げつけたようだ。
「セリカ・アーレンハイムさん!どこを見ているの!今は授業中よ!!」
「は、はい!すみ、ません!」
クラスの部屋中からクスクスと笑い声が沸き起こる。
後ろの男子をわき見するとしてやったりといった表情を浮かべていた。
「まったく……。はい、次はアーレンハイムさんが続きを読みなさい」
「はい……。北アルバ連邦……及びバイネルン王っ国……連合軍はまたったく間に……ガリア帝っ国の首都ルテ
僕のたどたどしい朗読を遮って教師が待ったをかける。
「まずルテチアではなくル・テ・
「せんせーい!獣人にアルバ語は難しすぎると思いまーす」
「違えないぜ!多分喉の構造がアルバ語を話すのに適していないんだ」
1人の男子が囃し立て、周囲の男子たちが何が面白いのか連鎖的にバカ騒ぎする。
僕は頭が熱くなるのを感じながら立っているのが精いっぱいだった。
僕の母は家でアルバ語を使わずにコルサック語で僕に話しかける。
結果として僕のアルバ語は遅れてしまっていた。
かたくなにアルバ語でなくコルサック語を教えようとする母をこのとき恨んでしまった。
「これにてホームルームを終わりにする。みな寄り道などせずにまっすぐ帰るように」
最低限の義理を果たしたとばかりにスタスタと担当の教師がクラスから退室する。
僕が席を立つ間もなく、教師の不在を確認した男子たち5人のグループが僕を取り囲んだ。
「お前、今日もアルバ語間違えたよなぁ」
一番前にいる男子が僕をなじる。
下を向く。
言葉がうまく扱えないから思考もまとまらず、何も言い返せないのだ。
黙って言い返さない僕に気をよくしたのだろうか、男子たちはさらに追撃する。
「アルバ語も話せないお前には学校じゃなくて家畜小屋がお似合いだ!!」
「お前なんかアルバの恥だ!!ミッテルラントから出ていけえぇぇぇ!!」
「お前んち毎月仏道教会に通ってるらしいな!仏教は人間に向かって説かれた教えだぜ。半畜生のお前には何の意味もなさないんじゃないの(笑)」
「死ねええぇ!!劣等種族はこのナラカ世界からいなくなれええぇぇぇぇ!!」
言葉の刃に胸を抉られる感覚を覚える。
僕は沈黙する。
反応したら駄目だ。そうしたら余計に相手を喜ばすだけだ。
しかし男子たちのはやし声は止む気配が全く起きなかった。
そのうち1人の男子の腕がすっとこちらに伸びる。
「ついて来いよ。覚えの悪いお前のために俺たちがアルバ語を教えてやるぜ」
「い、いや……」
怖い!
「やめろ!お前たち!!」
「アル!」
教室のドアを勢いよく開けると1人の男子が飛び出してきて、僕を囲んでいた1人を殴り飛ばした。
「てめぇいきなり何すんだ!」
「出たなぁ!裏切者!!」
「今日こそとっちめてやる!!」
そのまま喧嘩になる。
アルは喧嘩が強い。1対1ではかなう男子はいないだろう。
でも今は1対5。
いずれアルが一方的に嬲り者にされるだろう。
それを見て僕は……逃げた。
「おい!!待てよ!!」
僕をいじめていた男子の声を無視して教室を出て駆ける。
僕がそこにいると人質にされてアルがさらに不利になってしまうからだ。
これが人生2週目のやることか。
無力感に苛まれながら廊下を駆けるのだった。
ニューゲンブルク市の公園。
遊具や広場があるエリアから離れ、低木が鬱蒼と生い茂った、多分物好きでも来ないすみっこ。
そこが僕とアル、アルベルト・メルゲンとのいつもの約束の場所だった。
「痛てててて……遅れちまった」
「アル!!」
フラフラと現れたアルを抱き支えながら低木の裏に座らせる。
「ひどい……」
アルの怪我は外から見ただけでも普段にも増して重傷だった。
半袖半ズボンで剝き出しの両腕両脚は擦り傷だらけ。
形が整っていながらも冷たさではなく明るさを感じさせる顔は、右まぶたと左ほおに青あざができており、はれ物になって台無しになっている。
唇も切っているのだろう、ハンサムなあごに血が細く滴り落ちていた。
憧れる女の子もたくさんいるであろう、人懐っこくて明るい性格で、カッコいい容姿のアルがボロボロになっていた。
僕の……せいで……。
いや、今はそんな自己嫌悪に浸ってるときじゃない!
「待ってて……今治す……」
唇に人差し指と中指に空気から取り込んだマナを集中させ、できるだけゆっくりと優しく撫でる。
次に右手……左手……右足……左足……。
痛がらないようにやせ我慢しているであろうアルの傷が塞がっていく。
腫れあがった顔の青あざにも手のひらを優しく当ててマナを集中する。
青く変色した肌は変わらないまでも、はれが引いていく。
「……お腹も見せて……」
シャツをまくり上げると、何度も殴られたのだろう(膝蹴りも食らったのかもしれない)、お腹がところどころ青く変色していた。
手のひらを当てて治療していく。
痛みが引いたのか、いつもの笑顔を浮かべると僕の頭に手を伸ばして、優しく撫でてきた。
「悪りぃな。いつも治してくれてありがとう」
「……!!なんで、謝るの!?アルが、傷ついたのは、私のせい!」
自分の不甲斐なさに涙が出てくる。
なぜ精神年齢が大人の僕が、年端もいかない子供に守られているのか。
こんなに傷だらけにさせて……。
「……やっぱり、先生に言「駄目だ!!!」
「!」
アルの突然の、先ほど僕を助けるための大声よりもさらに大きくて鋭利な声に、体が硬直してしまう。
怖い。
……え、なんで僕はアルに恐怖の感情を抱いてしまっているんだろう。
自分を犠牲にして助けてくれたのに。
僕を無視すれば手に入っただろう楽しい少年時代を、僕のために放棄した男の子に。
そんな僕を見たアルは心底「しまった」といった表情を浮かべた後、再び僕の頭に指を這わせ後ろ髪を手でとかしながら優しく語りかける。
「先生に言ったって無駄だよ。奴らはどうせあいつらの味方をするに決まっている」
「でも……」
「セリカは心配しないで俺に守られていればいいんだよ。それに、傷ついてもセリカが治してくれるだろ?」
僕の反論を遮り、最後の方はおどけた表情で言葉を紡ぐアル。
自身に振りかかるわざわいの原因である僕を心配させまいと……。
僕は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになり、アルを強く抱きしめた。
「ごめん……、私の、せいで……ごめん」
アルは何も言わず僕の背中を優しく撫でる。
そのまま日が暮れるまでお互いを抱きしめ合った。
これが、僕の日常。
1人の子供の人生を食い潰している、最低最悪な異世界生活。
コメントはすべて読ませていただきます。
コメント返しは多分できませんが反応を貰えると泣いて喜びます。
~2025年7月5日追記~
これから文体の大規模変更を随時行っていきます。
~2025年7月12日追記~
文体の大幅変更を完了いたしました。