獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~   作:お肉大好き

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14歳、魔術学院の杖要らず
幸福


 ここは、ベランデンブルク中心部からやや離れた、郊外にあるバーンシュタイン邸。

 

 朝、念のためとタイマーをセットしたアナログ式の目覚まし時計が鳴る前に目が覚める。

 最低限の家具が置かれた簡素な部屋だ。通常は使用人が使う部屋が、僕に割り当てられている。

 自分が考えられる限り効率よく身支度をした後、バーンシュタイン家に属する使用人は身だしなみで家に恥をかかせるなと言うのだろう、部屋の壁に取り付けられた大きな鏡を見る。

 

 身長は160センチメートルほどの、頭に大きな2つの三角形と、フサフサの尻尾を生やした女の姿がそこにいた。

 髪は切ろうとしたがマックスに止められたため、腰まで届く黄色の混じったサラサラの銀髪を腰まで伸ばし、それを後ろで2つに分けて、肩のあたりに大きな青いリボンをしてまとめている。

 

 形の良い細い眉の下に、爛々と金色に輝く瞳。

 右目の横には泣きぼくろがあり、若干垂れ目気味なのと相まって鏡を睨みつけてみても迫力がまったく無い。

 形の良い鼻、唇、あご。

 

 両手足はすらりと長く、しかし胸の周りと腰から尻にかけてが、鏡で見てもわかるくらいに大きく育ってしまっている(下着を作るときに測ったらFカップだった)。

 その体に上は白のブラウスに首に鮮やかな赤のネクタイを締めて、下半身は黒のシックな印象を与える黒のフレアスカートをまとっている。

 

 特注で作られたスカートの後ろにある穴から伸びた尻尾がゆらゆら揺れている。

 左の獣耳には、マックスから貰った、空よりも鮮やかな青色をしたイヤーカフ(クリップ型のアクセサリー)が耳の外側から垂直に差してあり、それが僕の銀髪をより際立たせていた。

 

 僕は身支度を終えたのを確認すると、自室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、ヘルムフリートお坊ちゃま。おはようございます、マクシミリアンお坊ちゃま」

「……おはよう」

「おはよう、セリカ」

 

 大食堂のドアを開けると、僕は入口で2人に腰を曲げてあいさつをした。

 僕のアルバ語はマックスが勉強を見てくれたおかげで、同年代の子たちと遜色ないレベルにまで熟達している。

 

 大食堂は華美ではないが重厚な造りだ。

 

 マックスの席の隣にある、1番入口に近い下座の丸椅子に座る。

 

 本来この大き過ぎるテーブルの誕生日席に座るはずの、この屋敷の主人であるリュディガー様は、今キューニッヒスベルクで、ブルト三国と共同で対ヴォストクニスリャーグ共和国連邦を想定した軍事演習のため、屋敷を留守にしている。

 

 僕の斜め向かいに座っているのがバーンシュタイン家の長兄、ヘルムフリート様だ。

 

 今日の朝食はバターの包み紙が添えられた白いバケットに、豚肉の腸詰をオーブンでグリルしたものが3本、サラダにコンソメスープだった。中身を取り出したバナナとオレンジ、それと切り分けたリンゴを載せた皿も添えられている。

 

「やべぇ!遅れた!」

 

 朝食に舌鼓を打っていると、乱暴に大食堂のドアを開ける音とともに、今いる2人と同様に背の高い男性が慌ただしく入ってくる。

 

「おはようございます、テオドールお坊ちゃま」

「おはよう。今日も相変わらず綺麗だね」

「……テオドールお坊ちゃまにお褒めいただき光栄にございます」

 

 朝食の手を止めて立ち上がり、腰を曲げてあいさつすると軽い調子であいさつを返してくれた。

 バーンシュタイン家では珍しく華やかな雰囲気を醸し出す、次兄のテオドールお坊ちゃまが僕の獣耳の頂点からつま先まで視線を流す。

 

「なあマックス。これ(セリカ)、ちょっと俺に貸してくんね?友達に自慢したいんだ」

「……兄さん、セリカは物ではありません。それに、彼女は俺の付き人です」

「ええー、いいだろ。兄貴の頼みだぜ。なあ、セリカもいいだろ?変な事しないからさ」

 

 僕を貸せというテオドールお坊ちゃまにマックスは憮然とした様子ではっきりと否と答える。

 矛先を僕に変えてなおも食い下がるテオドールお坊ちゃまへの対応に僕が困っていると、リュディガー様と同じく迫力のある雰囲気を放つ、長兄のヘルムフリートお坊ちゃまが助け舟を出してくれた。

 

「しつこい。もう朝食の時間が過ぎてるぞ、テオドール。いつまでセリカに絡んでいるんだ。さっさと朝食の席に座れ」

「何だよ良識ぶりやがって。兄さんだってセリカに興味津々なくせに」

「っ!いいから座れ!」

「へいへい」

 

 肩をすくめながらテオドールお坊ちゃまは自分の席に座る。

 

 僕は兄弟の仲を裂く不和の種なんじゃないか。

 丸椅子に座り直した僕は疑念を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 4階建てのしっかりとしたレンガ造りの大規模なバーンシュタイン邸を出立すると、10分ほど歩いてギンガー通りに出る。

 

 僕とマックスは魔術学院に通うことの証明である、黒の膝ほども丈のあるローブを着ている(ローブの下の服装は常識を逸脱しない程度なら自由だ)。

 このローブは空調魔術がかけられていて、マナを扱う才能さえあれば、着けている人間の周りを快適な温度に保ってくれる。

 

 左右にアパートの立ち並ぶ、住宅地区のギンガー通りを僕たちが歩いていると、途中に初等刑務所がある。

 

「そこの可愛い獣人のお嬢ちゃん!こっち来て俺らといいことしようぜ!」

「ヒュー!今日もおっぱい大きいねぇ!またデカくなったんじゃねえの?」

 

 そこを通ると、毎朝の自由時間に運動場に出ているらしい少年囚たちに、好色で野卑な視線を送られながら、柵越しに下品な言葉ではやし立てられるのだ。

 マックスが睨みつけると、「おお、怖い怖い」と静まるが、翌日にはもう懲りている様子もない。

 

「あまり気にしない方がいいよ。さ、早く歩こう」

「うん、ありがとう」

 

 マックスの気遣いに礼を言い、授業のわからないことを尋ねながら歩いていると、大通りの、商業ビルやオフィスビルが連なるシューリング通りに出る。

 その建築物群は、古い歴史的な建造物と並べても違和感が無いように低く重々しく造られていた。

 

 右に曲がり、雑踏をマックスが僕の手を引いて護衛するように歩く。

 突き当りがシューリングストラス駅だ。

 

 地下のホームへと続く階段を下る。

 ICチップが埋め込まれた魔術学院の学生証を改札の読み取り口に当てて、自動柵を通る。

 魔術学院の生徒はベランデンブルクの鉄道網を無料で使用できるのだ。

 

 赤い柱と天井の梁が特徴のシューリングストラス駅の地下ホームに着くと、地下鉄(ウーバーン)の電車がちょうど停まるところだった。

 

「ほら、はぐれないようにして」

 

 マックスが前を歩いて僕を誘導しながら、電車の乗降時に出来る人混みを上手くすり抜けて車両に乗り込む。

 

 ジロジロと物珍しそうな物を見る視線を感じながら、窓から映る鉄道の地下部分の壁が地上部分の景色にとってかわるのを眺め、吊革につかまりながら車両に揺られること6分間。

 ランデン駅に到着だ。

 ホームに降り改札を出ると、きらびやかな明るい照明に照らされて、左右の壁に埋め込まれた店舗に、ショーウィンドウに映えるように飾られた最新の服や、おいしそうにガラスのショーケースに並べられたガリア菓子、ミッテルラントを含めた様々な国の食べ物が並んでいるのが視界に映る。

 

 さらに多くなった雑踏を縫うように歩きながら、ランデン駅を出ると都市の景観を損ねないようにデザインされた高層ビルが並ぶ、『フリードリヒ大通り』に出る。

 そこを右に歩いて5分、左手の石畳のバーバル広場の上に重く鎮座した、左右に緩く前方に湾曲した両翼が特徴の、石造りの巨大な建造物が現れる。

 その歴史を感じさせる威厳のある建物が、ベランデンブルク魔術学院。

 14歳になった僕が通っている学校だ。

 

 

 

 

 

 魔術学院の座学教室は扇を広げたような形状をしており、その巨大な扇の要の部分に巨大な電子モニターを備えた教壇がある。

 その教壇から、2人用の反った学生が使う机が、雫が落ちた水面を描く波紋のように通路を挟んで配置されている。

 

 最前列から3番目の、右側の席が僕とマックスの席だ。

 

「では、魔術を扱う素質について、アーレンハイムくん。あらためて説明したまえ」

「はい。マナを扱う才能は先天的に決まっており、一部の例外を除いて努力でそれを獲得することは不可能です」

「まあ、及第点だ。しかしこれは初等部で学ぶことを、これからする講義のために確認したに過ぎないから、何の評価にも値しないことをわきまえておくように」

 

 教師からの名指しに立って答える。

 

 何とかやり過ごせたようだ。

 内心ほっとしながら座ると、横から僕の机に丸めた紙片が投げられてくる。

 

 手に取って開いてみると、『一緒にランチはいかが?可愛い獣のお嬢さん(フロイライン)』と少し下手な文字で書かれていた。

 

 紙が投げられた左の方向を見てみると、同級生の男子がこちらを向いて微笑んでいた。

 非難を込めた視線を送るが、どこ吹く風。しかし、一瞬の後こわばった表情になり、途端に前を向く。

 

 反対側を向くと、マックスがその男子を睨みつけていた。

 ただでさえつり目がちの美丈夫が睨みつけてきたら怖いよね。

 その気持ちはわかる。僕も一緒に暮らすうちに何度かその表情をされたし。

 

「いいか、生徒諸君。魔法は大きく魔術と魔導に分けられる。先天的な才能を必要とする魔術に対して魔導とは……」

 

 

 

 

 

 昼休みは僕にとっては至福の時間だ。

 

 ベルノルトおばさんが作ってくれた、バケットで挟まれた具沢山のサンドイッチをほおばった後、学校の中庭に寝ころびうたた寝をする。

 昼寝中はマックスがそばに座って、手を握ってくれている。

 ときおり他の生徒たちがこちらを指さしながら何か言ってるのを横目で見かけるけど、それが気にならないくらいマックスの手の感触に安心できてしまっていた。

 

「最近生徒会の仕事が忙しいんでしょ。無理して私に付き合わなくていいよ。なんだったらお仕事手伝うよ?」

「問題ないよ。セリカは寝てな」

 

 最近は()()()()があるから、ただでさえ忙しい生徒会の仕事がさらに煩雑になってしまっている。

 でも、マックスはどんなに仕事が立て込んでいる日でも、必ず時間を作って僕の昼寝に付き添ってくれていた。

 

 これじゃ付き人失格だなぁ。

 そんな自己反省も眠気の前には消えてなくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

「副会長、この申請書の承認の可否の判断お願いします」

「わかった。そこに置いておいてくれ」

「運送業者から連絡がありました。新しい寮への荷運びが、配送トラブルのため1週間遅れるそうです」

「業者の尻を叩け!ここで失点を稼ぐと紛い物(Fake)どもに舐められるぞ!」

 

 生徒会室、そこで役職持ちの人たちが大きな作業机の上に積み重なっている書類と格闘していた。

 放課後に僕は生徒会の仕事の手伝い……ではなくお茶くみをしている。

 

「会長。紅茶とコーヒー、どちらにされますか?」

「今日は紅茶の気分だわ。いつものようにお願いね」

 

 僕は最も大きな机を占有する、ウェーブを描いたあでやかな黒髪をしている、容姿端麗な顔をしている先輩に尋ねた。

 

 紅茶を淹れるために台所に行き、ケトルに水を注いで魔術コンロの上に載せる。

 ポットに沸騰したお湯を1度入れて温めた後、お湯を捨てて高級茶葉を入れる。

 そして、ヴァイスさんに教えられたように、できるだけ茶葉が茶器の中で循環するように中央から少し外してお湯を入れる

 

 待っている間に、カップにも残ったお湯を入れて温める。

 

 3分たったのを壁に掛けられた時計で確認した後、カップのお湯を捨てて、茶こしを通して紅茶を淹れる。

 

「いただくわ、セリカ。……今日も上手く淹れられているわね」

「お褒めに預かり恐縮です、フェルザー生徒会長。さ、これはマクシミリアンお坊ちゃまの分です」

「ありがとう、セリカ」

 

 さっき言ったとおり、マックスは14歳なのに書記として生徒会に入って仕事をしている。

 おそらくバーンシュタイン派閥を抱き込みたいのだろう、軍事産業の財閥令嬢であるフェルザー会長の鶴の一声でマックスの生徒会入りが決まった。

 

 余談だが、ベランデンブルク魔術学院にはフェルザー派閥、マックスを首領に掲げるバーンシュタイン派閥とゴーテングラム派閥がある。

 ゴーテングラム派閥が生徒会に浸食していたら僕の学校生活はもっと暗いものだっただろう。

 

 いつまで経っても終わらない仕事に、そろそろ休憩にしよう、という話になる。

 

 質の悪い方のソファに座って、2番目に淹れた紅茶を同じく下っ端の執行委員の人たちと一緒に囲んでいると、フェルザー生徒会長が後ろから抱きついてくる。

 勝手に獣耳と尻尾も撫でまわされる。

 

「セリカは本当に可愛いわね。抱き心地がいいし、耳と尻尾の感触も最高。人気投票が2位なのが不思議なくらいだわ」

「そんな。容姿、成績、3属性を操る魔術の才能。私などフェルザー生徒会長とは比較対象にもなりません。……1位の人が言うと嫌味にしか聞こえませんよ」

「あら、ごめんなさい。でも、さすがに謙遜が過ぎない?成績と才能はともかく、貴女だってマクシミリアンくんと釣り合うくらい可愛い女の子なんじゃないかしら」

「……?釣り合うのはご令嬢であるフェルザー会長では?」

「……マクシミリアンくんも苦労しそうね」

 

 ふとマックスの方を見ると少し項垂れていた。なぜに?

 

 

 

 

 

 

 夜、バーンシュタイン邸にて夕食をいただいてシャワーなどの用事を済ました後、なんだかすぐには眠りたくはない気分だったから、屋敷の中庭へ向かう。

 気持ち良い夜風を満喫しながら歩いていると、中庭の中央でマックスが月を眺めて佇んでいるのが見えた。

 

「眠れないのですか?マクシミリアンお坊ちゃま」

「セリカか。2人のときはその呼び方やめろって言ってるだろ」

「だって誰が見てるかわからないし……」

 

 僕たちは目立たない壁際に移動し、改めてお互いの顔を見る。

 マックスは少しだけ険しい表情をしていた。

 

「統合計画のこと、そんなに大変なの?……生徒会辞めてもいいんじゃないかな?マックスはまだ14歳なんだしさ」

「今更辞めるわけにはいかないよ。心配してくれてありがとう、セリカ」

「無理しないでね。しんどかったら、せめて私に相談してね」

 

 僕はマックスを抱きしめる。この頑張り屋な親友の事を。

 マックスは背中に手を回してくれた。

 しばらく抱き合った後、名残惜しくも離れる。

 

 別れ際に振り返り、僕はマックスに言った。

 

「ありがとう。マックスのおかげで、私、今考えられないくらい幸せだよ」

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