獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~   作:お肉大好き

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敵対

「大気を巡る水泡よ!刀葉林(とうようりん)となりて逆謗(ぎゃくほう)を穿ち貫け!」

 

 1人の魔術学校のローブを着た生徒が詠唱し僕の背丈ほどの杖を向けると、10メートル先に設置された長方形の木の板を、地面から生えた何本もの氷柱が串刺しにする。

 

 ベランデンブルク魔術学院の校庭にて、実技試験が行われていた。

 

「合格だ。よくできたじゃないか」

「ありがとうございます!」

 

 老齢の教師がしゃがれ声でその女生徒を褒める。

 僕の前の番だった彼女は、試験を終了した人たちの輪に走っていき談笑をはじめる。

 

「次、セリカ・アーレンハイムくん」

「……」

 

 僕は新しく設置された前方の木板を前にして立ち尽くすばかりだった。

 やがて10秒ほど時間が過ぎたころ、その教師は本当に悪意無く、忘れていたように言う。

 

「ああ、アーレンハイムくんは回復魔術しか使えなかったね。君は終了者のところに行って、待機していなさい」

 

「……はい」

 

 僕は力なく返事をすると、終了者の輪から少し離れた場所に向かう。

 

……杖要らず

 

 誰かの囁き声とともに、クスクスと失笑が広がる。

 

 手にした身の丈ほどの翠の魔水晶が施されている、バーンシュタイン家から買い与えられた魔法杖は何の意味も持っていなかった。

 

 隠密魔法が使えないから集団実技(ハイドアンドシーク)でもすぐに見つかってしまう。

 探知魔法も攻撃魔法も使えないから、僕がいる分だけ班が得点を獲得できない。

 チームに加わると眉を顰められる足手まとい。むしろいない方が良いお荷物。一緒に配属されるマックスにおんぶ抱っこ。

 

 杖要らず(役立たず)のセリカ

 

 それが、マックスの厚意とバーンシュタイン家の慈悲によってのみ生かされている、僕に対する正当な二つ名だった。

 

「すみません!生徒会の仕事で遅れました!」

 

 マックスが校庭を駆けてくる。肩を落として歩く僕を見て何が起こったか察したのだろう、少し眉を下げて僕を見た。

 

「ヴェッペルマン先生、突然ですが次は俺に試験をやらせてくれないでしょうか」

「構わないよ。でも急でなんて、精神集中は大丈夫かい?」

「はい、問題ありません」

 

 マックスは20メートルほど的から離れた地点で足を止めると、的に持っている杖を向けて意識を集中させた。

 

「大気を巡る水泡よ!刀葉林となりて逆謗を穿ち貫け!」

 

 先ほどの魔術よりも多数の大きい氷柱が、地面から上級生によって取り換えられた木板を粉々にした。

 

「さすがだ!バーンシュタイン家に魔術師が生まれたのは天の采配かもしれないね」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 マックスは賛辞に対する礼もそこそこに、走って僕に向かってくる。

 

「セリカ、あまり気にするなよ」

「……うん」

 

 僕を慰めるように肩をさすってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、セリカ。君に嫌な思いをさせてしまった」

「え、なんでマックスが謝るの?私が魔術を使えないのが悪いんだよ」

 

 午前の授業の合間の休み時間。

 幅に広く造られた廊下を、マックスと2人並んで歩く。

 

「でも、俺は君を守ると」

「しつこいよマックス。もう終わった話だよ。それにしても、さっきの氷結魔術はすごかったね。また腕を上げたんじゃない?さすがでございますね、マクシミリアンお坊ちゃま?」

「だから2人のときやめろと……。ってお前、俺のことからかっているだろう!?」

 

 僕は重くなった場の空気を変えようと、おどけてマックスをからかってみせる。

 そして、怒ったマックスから逃げるように足を速めた。

 

 それがいけなかった。

 

 ドンッ。

 

「あ、ごめんなさい!」

「ああっと!」

 

 視界の遮られる曲がり角で、その人物は僕にぶつかった衝撃で両手に持っていた書類をバラバラに落としてしまった。

 僕がぶつかった同じクラスのエーミール・シェンデルくん、細身の体をしている瓶底眼鏡をかけたナラカ世界では希少な長耳族、と僕は、慌てて床に散らばった書類を集める。

 

「ごめんね、シェンデルくん」

「こちらこそごめんね、アーレンハイムさん。考えごとをしながら歩いていたから、ぶつかってしまったよ」

「そう言ってくれると助か「はぁっ!」

 

 僕が感謝の言葉を言う途中で、頭上からわざとらしい大きな溜め息が響く。

 上を見上げると、ゴーテングラム派閥の長、ブルクハルト・ゴーテングラム先輩が侮蔑するような視線でこちらを見下ろしていた。

 

「貴重な書類が汚れてしまった……。いったいこの落とし前はどうつけてくれるのだね?セリカ・アーレンハイム?」

「……申し訳ありません。ゴーテングラム先輩」

 

 僕は集めた紙類をシェンデルくんの傍らに置くと、立ち上がって腰を曲げてゴーテングラム先輩に謝罪する。

 

「この栄誉あるベランデンブルク魔術学院に薄汚い畜生が住み着くとは……嘆かわしい!実に嘆かわしい!」

「……本当に申し訳ありません」

 

 ぶつかったのは僕だ。非はこちらにある。逆切れなんてもってのほかだ。ひたすら謝り続けるしかない。

 廊下には僕らを遠巻きに見る人だかりができていた。

 

「それにしても、劣等種族を使用人に雇うとは……。バーンシュタイン家の家格も墜ちたものよ。ご当主のリュディガー殿は暗愚なのか?」

「っな!」

 

 旦那様とバーンシュタイン家は関係ないじゃないか!

 

 思わず言い返そうとした僕の肩を誰かが掴んだ。

 振り返るとそれはマックスだった。

 

「私の付き人が失礼なことをしたようで申し訳ありません、ゴーテングラム先輩。ところで、ゴーテングラム財閥の秘書が横領で逮捕されましたが、そのことはどうお考えでしょうか」

「それが何の関係がある!?だいたいあれは秘書が独断でやったことだ。ゴーテングラム家には何の非もない!」

「部下が犯した過ちに主人が関係ないというならば、それはこの場にも適用されますよね?セリカがぶつかったのはシェンデルくんで、彼は彼女を許している。主人が口を出すいわれは無いはずだ」

「……バーンシュタイン家も随分口が上手くなったものだ。お前たちはただ人殺しをしていればいいというのに。……エーミール!書類を拾うのにいつまで時間がかかるんだ!さっさと来い!」

 

 憤懣(ふんまん)に耐えたような表情でゴーテングラム先輩が答えると、彼は歩き出した。

 

「チッ!!」

 

 去り際に僕の獣耳に向けて、大きな舌打ちを放って。

 

「待ってください、ゴーテングラム先輩!セリカに吐いた暴言を謝罪してください!」

「調子に乗るなよ小僧!!お前など統合計画が果たされれば俺が手ずからこの学院から追い出してくれるわ!!」

 

 ゴーテングラム先輩が振り返って廊下中に響き渡る声で吠える。

 

人だかりが恰幅の良いゴーテングラム先輩を避けるように割れて、そこをずかずかという音が聞こえるような足取りで去っていく

 シェンデルくんがっこちらに向かって大きく頭を下げた後、慌てた様子で追いかけていった。

 

「……ごめん、本当にごめんなさい、マックス。私のせいで……」

「セリカは悪くないよ。気にしないで」

 

 でも、これでバーンシュタイン派閥とゴーテングラム派閥の敵対は決定的なものになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの中庭。

 

 僕は座るマックスに手を繋がれながら、中庭に寝転がっていた。

 いつも昼寝のときに感じている幸福を味わう気にはなれずに、しかし眠気に襲われた勢いでずっと封印していた禁忌の言葉を口にした。

 

「ねえ、マックス。私っていなくなった方がマックスにとってプラスになるのかなぁ」

 

 言ってしまった。

 マックスは心底悲しそうな顔をした。

 

「……そんなこと言うな。お前がいてくれるだけで、俺は助かっている」

 

 嘘だ。明らかに僕を慰めるために作りだした言葉だ。

 僕は、親友に無理やり自分を気遣わせる言葉を言うよう強要してしまったという惨めさから、目に涙が浮かぶのを感じた。

 

 明日に予定されている、魔術学院と国立魔導教校の統合計画。

 

 ゴーテングラム家は魔導技術を練り上げて台頭してきた新興財閥だ。

 彼らの魔導技術は航空魔導師を生み出すために使われ、それが先の大戦でミッテルラントが勝利した要因となっている。

 

 2つの学校が統合されたら魔導教校の生徒はゴーテングラム家の下につき、彼らの派閥は勢いを増す。

 ゴーテングラム派閥と敵対してしまった今、バーンシュタイン派閥の長であるマックスの立場は厳しいものになるだろう。

 本当に先輩が言ったように学校を追い出されるかもしれない。

 

「ごめんね……マックス。私がいるせいで」

 

 しかし、そんな暗い未来予想図も眠気の前には消散していく。

 

 親友の危機よりも自身の睡眠欲を優先させるのか。本当に畜生だな。

 

 浮かんだ自虐も、繋がれた手の安心感の前には霧のように散っていき、僕は意識を手放した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 手を繋いだ少女が涙を浮かべながら眠りに就くのを、マクシミリアンは胸が張り裂けそうな思いで眺めていた。

 

「貴方のためには、自分はいない方が良い」

 

 そんなことを自分の想い人が言うのは悲しかった。

 そんなことを言わせてしまった自分が惨めだった。

 

 しかし不思議なものだ。静かに眠る彼女を見ていると、そんなジクジクと痛む心も少し穏やかになっていく。

 

「君は、俺が守るから」

 

 4年前に立てた誓いを新たに思い出し、マクシミリアンは丸めた指の背で、愛しい少女のまぶたに浮かぶ涙を優しくぬぐい取った。

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