獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
「馬鹿野郎!お前のドジのせいでバーンシュタインの小僧にやり込められたではないか!!」
ドゴォ!!
殴られた。
殴った人物はしかしそれで満足することなく、ズカズカと近寄ってきて倒れた僕の頭を何度も踏みつける。
「虐められていた!お前を助けてやったのは!誰だと思っている!この恩知らず!半端物の!忌々しい!長耳族が!」
痛い。
しかし、僕の好きな女の子が、目の前の男に罵倒されて負った心の傷はこんなものではないと思いただ耐えた。
もっとも、惚れた女のことを考えながら歩いていて、その彼女を窮地へ追いやったことは嘲笑すら許さない程の無様だが。
やがて無抵抗の僕の顔に足跡をつけるのに飽きたのか、僕の顔に唾を吐きかけて背を向けると、ブルクハルト・ゴーテングラム、今まで僕を踏みつけていた見苦しい老け顔の男、は学院から彼に特別に与えられた部屋の出入口をくぐる。
「明日までにそのデータ解析をやっておけ!お前のような愚図に仕事を与えてやってるんだから感謝しろ!」
そう吐き捨ててドアを音を立てて乱暴に閉める。
残ったのは床に倒れた僕だけだった。
「……惨めだ」
本棚が立ち並ぶ、誰もいない書類が散乱した部屋で、僕はハンカチで唾をぬぐい自身に回復魔術をかけながらそう呟く。
だが、心が誰よりも醜い僕にはお似合いな処遇なのかもしれない。
僕、エーミール・シェンデルは、自身の人生を振り返った。
長耳族。
長身と豊かな金髪。高い確率で発現する魔術適性。先端がとがった細長い耳。
エウロパ大陸に点在する僕たちは、しかし総じて天におわすとされている1柱の神を信奉している。
その高い身長と魔術適性、その信仰ゆえに、僕の祖先は自身を神に選ばれた賢者と見なし、人間種を欠陥品と軽蔑した。
このナラカ世界でもっとも狡猾で残忍な種族を。
自身が軽蔑されたことに憎悪した彼らは、あるときは長耳族の使う井戸に毒を流し込み、集落ごと皆殺しにした。
またあるときは、長耳族の住む森ごと焼き払い、炎の中から逃げ出して来た同胞を凶刃の餌食にした。
僕の祖先はそうして人間種に駆逐されていって、歴史の中で次第にその数を絶滅寸前にまで減らしていった。
僕はその長耳族とスリャーグ人とのハーフとして、大戦以後にミッテルラントに編入された新連邦州のうちのランベルク州(スリャーグ人風に呼べばリヴィア州)の、州都ランベルクという都市に生まれた。
魔術が使えたことから尊敬の視線を向けられて有頂天になった僕は、祖先と同じように他の人間種の子どもを見下していた。
幼いころの僕はそれを神から与えられた当然の権利だと考え享受した。
ベランデンブルク魔術学院に入学したときもそれが通じると考えた。
自分より成績の悪い人間を蔑む鼻持ちならない奴だと看破された僕は、入学してすぐに孤立した。
教科書を破り捨てられたり、放課後に上級生から呼び出されて直接的な暴力を受けたりするようになった。
新連邦州からやってきたミッテルラント連邦共和国の新参者。
敵性人種とのハーフ。
人間種を軽蔑する癪に障る長耳族。
今度は、僕が侮られる番だった。
そんな僕に救いの手を差し伸べる人間がいた。ブルクハルト・ゴーテングラム先輩だ。
彼は優しかった。僕を攻撃する生徒たちを逆に糾弾して、僕を守ってくれた。
ゴーテングラム派閥に属すると、いじめや嫌がらせはすぐに無くなった。
僕は自分が偉くなったと勘違いして、また鼻を伸ばした言動をするようになった。
ゴーテングラム先輩は、自分の権勢を笠に着て他人をいびるとは生意気だ、と僕を殴るようになった。
派閥の人間たちは、それを見て誰もやりたがらないような雑用を僕に押し付けるようになった。
当然の結末だった。
派閥に最下層の下っ端としてこき使われる毎日を送っている中、彼女は突如、学期の途中に転校生として現れた。
セリカ・アーレンハイム。
英雄の子孫マクシミリアンの、獣耳と尻尾を生やした変わり者の付き人。
バーンシュタイン家の傘の下でのみ生きることを赦されている、アルバ語も満足に扱えない出来損ない。
容姿しか取り柄の無い、劣等種族の女の子。
そんな彼女を見て僕は安心したんだ。
「ああ、自分よりもまだ下がいた」って。
僕はマクシミリアンのいない時を見計らって、軽蔑の念を隠して、親切な顔で彼女に近づいた。
図書室で魔術教本を前に困っていたセリカに、読めばわかるようなことを尋ねられもしないのに教えて
授業についていけなかった彼女に、後ろの席から今教師が読んでる文章を優しく指差して
彼女は僕を物知りな男の子と敬慕してくれて、それは僕の歪んだ自尊心を大いに満たした。
僕はそのとき、このナラカ世界で1番醜悪な生き物だったと思う。
でも、セリカはそんな僕の醜さを、日光が影を作るように厳しく顕現させるのではなく、月の光のように優しく包み込む女の子だった。
マクシミリアンが生徒会に呼ばれることが多くなったころ、生徒がお昼ご飯を食べようとごった返す中、セリカは食堂の勝手がわからず途方に暮れていた。
食堂の中を歩く生徒にぶつかって、文句を言われて一方的な非が無いのに謝る。
僕はいつも通り彼女の愚鈍さを内心嘲笑いながら、さも自分は思いやりのある人間であると言わんばかりに、販売機で食券を買うこととメニューごとに並ぶ列が違うことを教え、さらにやっとの思いで昼食を手にした彼女を食堂の空いているテーブルに案内した。
食事の席で、自慢話を要所要所で頷きながら傾聴してくれるセリカに気を良くした僕は、さらに彼女の尊敬を強奪するために思い付きで嘘をついた。
「魔導技術を使って、手足を失くした人たちのために自分の意思で動かせる義手義足を造りたいんだ。それが僕の夢さ」
それを聴いたセリカは、
「すごい!このナラカ世界に生まれてからはじめて聞いた、1番素敵で綺麗な夢だよ!きっとシェンデルくんの心もナラカで1番綺麗なんだろうね!」
恋に墜ちた。
僕の嘘が、真実に変わった瞬間だった。
立ち上がった僕は、ハンカチを折り返して血を拭き取りながら決意する。
自分のせいで危機に陥ったセリカのために、自分ができることをしよう。
彼女の1番になれなくても、下劣な僕の心を綺麗だと言ってくれた獣人の彼女のために何でもしよう。
しかし、この後に僕が出来たのは、ブルクハルト・ゴーテングラムの言う通りに新しい義装翼のデータを解析することだけだった。
僕はマクシミリアンと違って無力だった。