獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
「皆様おはようございます。……マクシミリアンお坊ちゃま、おはようございます」
「おはよう、セリカ」
「おはよう!なんかまた一段となまめかしくなったね」
「……」
朝のバーンシュタイン家の食堂。
僕は扉を閉めてから、屋敷の住民に向き直り、腰を曲げてあいさつする。
ご当主のリュディガー様は今日も不在だ。
ヘルムフリートお坊ちゃまとテオドールお坊ちゃまは優しくあいさつを返してくれた。
マックス、いやマクシミリアンお坊ちゃまは、ここ数日間と同様に僕を無視した。
「おい、マックス!いい加減にしろよ!セリカちゃんが可哀そうだろ!」
「……」
マクシミリアンお坊ちゃまは、兄のテオドールお坊ちゃまを無視して、食事を手早く済ませると、そのまま席を立ち食堂を後にしてしまう。
僕はその後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。
「何だよ、何があったか知……、でもあの態度を続けるのはどうかと思うぜ」
「……セリカ。相談には乗るから、何でも話しなさい。できる限りサポートはするから」
途中何があったか察してしまって、しかしそれでも僕を責めないテオドールお坊ちゃまと、優しく僕に語りかけてくれる長兄のヘルムフリートお坊ちゃま。
僕みたいな最低最下な存在には本当にもったいない人たちだと思う。
「お気遣いありがとうございます、ヘルムフリートお坊ちゃま、テオドールお坊ちゃま。でも、これは私が全面的に悪いことですので、どうか私とマクシミリアンお坊ちゃまとの間のことには構わないでくださいませ」
「……」
「……」
そう、悪いのは全部僕だった。
マクシミリアンお坊ちゃまは憐れみから、僕みたいな薄汚い畜生女に情けをかけてくださっていたのに、その憐憫の情を裏切った僕が悪いのだ。
「それらのことから、魔導技術の発展に伴い航空魔導師は増えたもののそれを支える人材が不足しており……」
「……」
今は座学教室で、魔導の歴史についての授業を受けている。
隣に座るマクシミリアンお坊ちゃまは授業に集中しており、僕の存在を完全に意識から外している。
つらかった。
マクシミリアンお坊ちゃまから、完全にいない者として扱われるのがこんなに苦しいとは思ってなかった。
心がひび割れたかのようにジクジクと痛む。
ときおり隣の席の様子を盗み見ながら、彼のことだけを考えていると授業終了の鐘が鳴る。
「……これにて授業を終了する。各自、復習を忘れないように」
「……」
教師が教室を去ると同時に、マクシミリアンお坊ちゃまは立ち上がり、教室を去ってしまう。
多分これから、生徒会室で持参したサンドイッチを召し上がるのだろう。
「なあ、これから一緒に飯食わねぇ?今日も1人だろ?」
「ごめん、アル。……私やることがあるから」
アルが僕を昼食に誘いながら、僕の肩に手を触れてくる。
僕はその手を払いのけると、教室を出て廊下を走った。
「お待ちください!マクシミリアンお坊ちゃま!」
僕は廊下を走りながら、自分が忠誠を誓うべき主人に向かって叫ぶ。
廊下を歩く生徒たちが何事かとこちらを振り向く。
だけど、そんなことに構っている場合ではなかった。
「……」
マクシミリアンお坊ちゃまは僕を無視して速足で歩き去ろうとする。
僕はそんな彼の前に回り込み、行く道を遮るようにその場に両膝をつくと、彼を見上げて必死に自分の心情を訴えた。
「申し訳ありません!マクシミリアンお坊ちゃま!私の軽はずみな行動が、貴方様のお心をそこまで傷つけるとは思っていなかったのです!私は考えもしなかった!私がどんなに頭と股の緩い愚か者で、貴方様をどんなに苦しめてしまったか!」
「何あれ、アーレンハイムさんが浮気をしていたってこと?」
「うわー、最低」
「アーレンハイムさんって好き者だったんだな」
「二股とか、ビッチじゃん」
僕たちの周囲に人だかりが形成され、それぞれが思い浮かんだ言葉を口にする。
最低、好き者、ビッチ。
……その通りだった。
浅ましい僕にはお似合いの言葉だった。
「どうか私をお赦しください!たった今見下されている下賤な畜生女のことを、可哀そうな奴だと憐れんでください!私に過ちを償うチャンスを恵んでください!マクシミリアン様のおっしゃることなら私は何でも従います!」
「……」
僕は人だかりの前で、マクシミリアン様に向かって土下座をした。
おでこと手のひらに床の冷たい感触が伝わってくる。
ざわざわと群衆の騒ぐ声が大きくなった。
やがて、しばらく間を置いてから、マクシミリアン様が膝をついて私の肩に手をやったかと思うと、ゆっくりと僕に問いかけた。
「本当になんでも俺の言うことに従うんだな?」
「はい!」
僕はマクシミリアン様に久々に声をかけていただいたことが嬉しくて、顔を上げると飼い主に応える忠犬のようにすぐに返事をした。
しかし、僕にとっての絶対者が次に発した言葉は冷たい響きをともなっていた。
「俺はまだお前を赦したわけじゃない。あと3日間待て」
……そんな。
僕は、マクシミリアン様には赦してはいただけなかった。
彼の遠ざかる足音を聞きながら、僕は顔を床に伏して涙を流した。
それから3日間は世界が灰色になったようだった。
心が壊れたようだった。手足が冷たく感じる。
すべての日常動作を機械的に済ませた。
「実はすごい人だと思ったのに。私、アーレンハイムさんのこと買い被りすぎてたみたい」
「複数の男に股を開くなんて、見下げた女だな。アーレンハイムさんには失望したよ」
「浮気相手はやっぱりメルゲンくんかな」
「そういえば、この前一緒に出て行ったっきり帰ってこなかったもんな」
周囲から聞こえる声に心が痛む。
だけど、彼らの言葉は正しかった。正しいから僕の胸にまっすぐ突き刺さる。
「なあ、元気出せよ。今日また一緒に遊ぶか?」
「……」
「マクシミリアンのことはもう忘れようぜ。必死に謝ったセリカに、あんな態度取り続けるなんて酷過ぎるだろ」
「やめて。私に触らないで」
アル……アルベルト・メルゲンが僕の腕に触れるが、僕はそれを払いのける。
邪魔だ。うざったい。
僕は、もうマクシミリアン様の憐憫を裏切りたくはなかった。
アルはいつもはパッチリと開かれた目を珍しく細めて、じっと僕を見つめていた。
3日目の朝。
僕は通路の左にある食堂に続くドアに向かって歩いている途中、向こうからマクシミリアン様が歩いてくるのが見えた。
僕たちはそのまま近づいて向かい合う。
僕はマクシミリアン様のお顔を見上げることはできなかった。
怖かった。絶対者から見放されるのが。
「セリカ」
「マクシミリアン様……」
優しい口調で語りかけてくださったことに、少し安堵した。
我ながら現金なものだ。少し優しくされるだけですぐに喜んでしまう。
「セリカ、こっち向いて」
「はい、マクシミリアン様」
僕はご主人の言葉に従順に従った。
ご主人は僕に向かって優し気に微笑んでいた。
「セリカ、今日はお前の誕生日だろ。どうかこれを受け取ってほしい」
そう言うと、彼は右手に持っていたものを僕の首にやり、両手でそれを留めた。
真っ赤な色をした、革製の首輪だった。
「留め具の金属はミスリルで作ってある。前にあげたイヤーカフよりも探知範囲は広いから、安心してね。セリカがまた間違いを起こしそうになったら、俺が止めてあげるよ」
頬に涙が流れる。
マクシミリアン様が、僕にプレゼントを与えてくださった。
マクシミリアン様が、僕の誕生日を覚えていてくださった。
マクシミリアン様が、僕を赦してくださった!
僕……いや私は、歓喜のあまり愛おしいご主人様に抱きついた。
「マクシミリアン様!ありがとうございます!マクシミリアン様!マクシミリアン様!」
私はご主人様の名前を繰り返し呼びながら、ただ泣きじゃくった。
ご主人様はそんな私を抱きしめ返してくれて、優しく頭を撫でてくださる。
もう2度とご主人様のことを裏切らない。私はそう決意した。
「えへへ~」
その日は授業中も廊下を歩いているときも、頬がにやけるのを止められなかった。
愛おしい気持ちでいっぱいになりながら、首に着けた首輪をそっと指で撫でる。
「何で首輪なんてしてるの……?」
「癒しの獣姫が……。そんな……」
「女の恥よ。アーレンハイムさんにはがっかりだわ」
周囲から雑音が聞こえるけど、それも気にならない。
これはご主人様が、私を想って手ずから作ってくださったものだ。
誇らしい気持ちこそあれ、恥ずかしさなど微塵も感じなかった。
隣で廊下を一緒に歩いているご主人様を見る。彼は私の視線に気づくと、こちらに優しく微笑んでくれる。
私はそれだけで幸せな気持ちに包まれた。
ふと、視線を感じて後ろを見る。
私の体を弄んだアルベルト・メルゲンが、憎しみがこもったような、それでいて痛ましいものを見るような視線で私を見ていた。
視線をご主人様に戻す。あんな奴よりもご主人様の方が大事だった。
「マクシミリアン様!マクシミリアン様!」
「セリカ!セリカ!」
放課後の空き教室
ご主人様は私の体を楽しんでくださっている。
私はご主人様を喜ばせるために、必死に彼に奉仕した。
「セリカ……」
「マクシミリアン様……」
私とご主人様は見つめ合う。
なんと彼は私の唇に、そっとキスをしてくださった。
彼のご立派なモノを咥えこんだこの口に!
床に飛び散った彼の液体を必死に舐めとった、このけがわらしい口に!
私とご主人様は互いに首に腕を回し、抱きしめ合いながらより深い口づけを交わす。
私はこの時、幸福の絶頂にいた。