獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
「……」
バーンシュタイン家の当主の書斎。
リュディガー・フォン・バーンシュタインは天井を仰いだ。
頭痛の種は末息子であるマクシミリアンだった。様々な場所で付き人のセリカ・アーレンハイムとの淫行に及んでいると、有能な執事の1人であるダニエル・ヴァイスや、学院関係者から報告が来ている。
果ては彼女に首輪まで着けるとは、明らかにやり過ぎだった。
マクシミリアンに言い聞かせようとしても、母親譲りのつり目をさらに縦につり上げては怒り狂うばかりだ。
特に彼はセリカのことになると聞き分けが無くなり、視界も狭くなる。
「……見合いの時期か」
マクシミリアンももう15歳だ。
そろそろ結婚を視野にお見合いをさせてもいいだろう。
セリカ・アーレンハイムについては、正直心配する気にもなれなかった。
何せあの美貌だ。息子の「お手付き」になっていたとしても男の方が放っておかないだろう。
動けなくなった息子を立ち直らせたという恩もあるが、ベランデンブルク魔法学院への通学に対する援助で、それもすでに支払っている。
リュディガー・フォン・バーンシュタインは伝手を頼るべく、携帯電話に手を伸ばした。
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それは、生徒会の仕事が忙しいマックスが不在の、学院からの帰り道で起きた。
私はランデン駅に向かうため、フリードリヒ大通りを歩いていた。
目の前で男の子が転び、擦りむいた膝を抱えて大きな声で泣き始めた。
その男の子は12歳くらいに見えた。
銀色の大きな獣耳と尻尾を生やし、髪の色は黄色の混じった銀髪をしている。
同じコルサック族だ。母以外で見たのは初めてだ。
私は放っておく気になれず、その男の子のところに駆け寄った。
「大丈夫だよー。痛いの痛いの飛んでけー」
膝に手をかざし、回復魔術をかける。
擦り傷は、見る見るうちに塞がった。
『ありがとう、同族のお姉さん!お礼をしたいからこっちについてきてくれないかな?』
長らく使っていなかったコルサック語で話され、一瞬あっけに取られる。
言葉が出てこずに沈黙したのを肯定の意味に捉えたのか、少年は私の手を引いてどこかに案内するのだった。
連れてこられたのは、ランデン駅から歩いて10分にある、雑多な石造りの建物が並んだ旧市街だった。
少年はその中の1つの建造物の前で足を止めると、地下階への階段を私の手を引いて下りていく。
少年は地階にたどり着くと、
「バーデンおじさん!連れてきたよ!」
同族の少年が、泣いていたときとは全く違った明るい声で叫ぶ。
薄暗い、バーと思われる店内の半ばまで連れてこられると、190センチはありそうなくらい身長の高い、がっちりとした体格の男性に店の入り口を塞がれた。
その男性の肌には赤褐色が混じっており、茶色い獣耳と尻尾を生やしていた。
しまった!罠だったか!
私は急いで店内を見回す。入って来たところ以外には出入り口は無さそうだった。
「そう警戒するな。首輪付きのお嬢ちゃん」
薄暗い奥から少しかすれた、男性にしては少し高い声が聞こえる。
コルサック族の少年に促されて店内の奥に進むと、そこには1人の男性が横に長いソファに身を投げ出していた。
浅黒い肌。金色の筋が混じった黒髪。精悍な顔つき。細身だが鉄線を束ねたかのような引き締まった身体。
頭の上には、髪と同じ金と黒の配色をした丸みを帯びた3角形の耳が乗っており、尻の後ろからは白い尻尾が覗いていた。
「俺はリカオン族出身のバーデンというものだ。この店を取り仕切らせてもらっている。歓迎するよ、『癒しの獣姫』、セリカ・アーレンハイム。他の仲間も紹介させてくれ」
バーデンさんは片側の口角だけを上げる特徴的な笑みを浮かべると、私から見て右の方を、開いた手で指し示した。
「こいつはマンチカン族のミア。バーの接客をやってもらってるが、歌も上手いんだ」
「よろしくね。同じ獣人の女の子同士仲良くしようね」
カウンターの奥から、愛嬌の良さそうな、可愛らしい容姿の20代半ばの女性が出てくる。
彼女の頭の上には、獣人にしては小さな薄焦げ茶色の獣耳が載っていた。
続いてバーデンは左の方に手をやる。
店のテーブル席に座り、パソコンのキーボードを打っている長耳族の男性がこちらに厳しい視線を向けた。
「長耳族のライトマイヤーだ。難しいことは全部こいつに押し付けている」
「お噂はかねがね。セリカ・アーレンハイム」
「そして後ろにいるのがディンゴ族の料理人、ケンタローだ。こいつにヤシマ料理を作らせたら天下一品だぞ」
「ケンタロー・ミナミノだ。忘れても構わないぞ」
ケンタローは私に軽く頭を下げた。
「あとは雑用係をしている、お嬢ちゃんと同じコルサック族のフィンだ」
「さっきはありがとうお姉さん。騙してごめんね」
「以上がここにいるメンバーだ。……歓迎しよう、首輪付きのセリカ・アーレンハイム。そしてようこそ、互助組織
バーデンはソファに座ったまま、先ほどと同じシニカルな笑顔を浮かべて両手を広げた。
そのままテーブル席に座らされ、ミアさんに出されたレモンスカッシュを飲んでいると、長耳族のライトマイヤーさんが前の席に座って、私と向かい合った。
彼はこちらを睨むように値踏みしながら、話の口火を切り出した。
「堕天使事件でのご活躍は知れ渡っていますよ。……あの事件の犠牲者の中には長耳族も含まれていた。まずは事件解決の一端を担ってくださったことに感謝の意を述べさせてもらいましょう」
「いえ、私は何もできませんでした」
「謙遜はよしなさい。1人の人間の命を救ったことは誇るべきことです」
ライトマイヤーさんは僕を諭した後、言葉を繋いだ。
「本題に移らせてもらいます。……単刀直入に言いましょう。貴女にその首輪をつけたバーンシュタイン家が、ラインホルト作戦に協力したことを知っていますか?」
「え……?バーンシュタイン家とラインホルト作戦、何の関係があるんですか?」
ラインホルト作戦。
大戦時に狂帝ヴァルヘルム3世と帝国宰相ルドルフ・ヒスターの政権下で行われた、東方民族の絶滅政策だ。
この計画は、王族にして秘密警察の全国指導者であったラインホルト・フォン・ガイドリヒの立案、指揮で行われた。
国内でひしめき合ったアルバ人の生存領域を拡大するため、東方征服後に現地住民を虐殺したのだ。
犠牲者になったのは主にスリャーグ人だが、長耳族や”劣等種族”こと獣人もその中に含まれる。
だが実行したのは、ガイドリヒが秘密警察官や現地のアルバ帝国協力者を集めて設立した「殺戮部隊」のはずだ。
バーンシュタイン家と何の関係があるのだろう。正直目の前の長耳族の男性が言っていることがよくわからなかった。
「清廉潔白な国防軍。この言説を信じ切っているのですね。……いや、貴女はバーンシュタインの手の内にいたから仕方ないのかもしれませんが」
「フリードリヒ・フォン・バーンシュタイン元帥……当時は大将でしたか、は東方軍事作戦に従事している際、虐殺対象者の輸送、財産の略奪などで、殺戮部隊に協力しているのですよ」
「そんなこと……」
……ないとは言えなかった。
世界大戦中だ。何が起こっても不思議ではないだろう。
「でも、バーンシュタイン将軍はヴァルヘルム3世とヒスターに対する武力革命に尽力したではないですか。結果として多くの獣人や長耳族を救ったのでは?それに軍人は命令には逆らえないはず」
「……貴女はあくまでバーンシュタイン、いやマクシミリアン坊やの肩を持つのですね」
ライトマイヤーさんは小さくため息をついた後、子供に言い聞かせるように私に言った。
「バーンシュタイン家から恩を受けている。確かにその負い目はあるでしょう。しかし、もう少し獣人全体のことも考えてください。貴女に獣人としての矜持はないのですか?過去の同胞の犠牲を悼む気持ちも持ち合わせていませんか?」
「……ライトマイヤーさん、貴方のおっしゃることが事実だったとしても、私のマクシミリアン様への忠誠は変わりません」
「貴女はマクシミリアン坊やに盲目になっている!もう少し冷静に」
「そこまでだ、ライトマイヤー。あまり別嬪さんを虐めるものじゃないぜ」
バーデンさんがさらに言葉を続けようとするライトマイヤーさんに待ったをかける。
ライトマイヤーさんは不満げな表情をしたもののそれに従った。
「それに もうお迎えが来たようだ」
「セリカ!勝手にどこをほっつき歩いていたんだ!」
店のドアが乱暴に開かれると、愛しのご主人様が私の名前を呼んでくれた。
彼のそばには3人のバーンシュタイン派閥の人たちも付き従っていた。
「このままを愛してくれるのに~♪私はいつも取り引きばかり~♪」
ミアさんの心地よいソプラノボイスをBGMに、私とマクシミリアン様は同じテーブルの斜め向かいに座っていた。
他の3人も周囲を警戒しながら出されたドリンクを恐る恐るすすっている。
マクシミリアン様が口を開く。
「あいつらに何か吹き込まれたか?」
”貴女に獣人としての矜持はないのですか?過去の同胞の犠牲を悼む気持ちも持ち合わせていませんか?”
コンラートさんの問いかけが頭をかすめる。
でも、私にとってはマクシミリアン様がすべてだった。
私は首を横にふり、答えた。
「いえ、ただ獣人と長耳族の互助組織に誘われただけですよ」
私たちが「しばらく待ってくれ」というバーデンさんの言う通りにしていると、ケンタローさんが料理をテーブルに持ってきてくれた。
ほっけの塩焼きとアジフライの定食だった。
遅れて他の3人にもそれぞれ別の定食が振舞われる。
「うわぁ」
自分の尻尾が左右に揺れるのを感じる。
「いただきます」
私は箸を手に取った。
背骨を取ろうとする時点で、油の乗った身の感触が伝わってくる。
小骨を丁寧に取り白身を口に運ぶと、ほろほろとした食感が口の中に広がった。
茶碗に載ったご飯にも手を付ける
やわらかいご飯に魚の油が絡んで、口内に楽しい食感が広がる。
きゅうりの浅漬けとたくわんを箸で取り、噛む。
魚の油が、コリコリとした野菜のさわやかな風味でリセットされる。
味噌汁を飲む。油揚げともやしが入っていた。
塩辛いだけの味噌汁でなく、煮干しと思われる出汁の風味がしっかりと効いている。
やっぱり定食だよね。
会席料理も連れて行ってもらったことがあるけど、皿の上げ下げが激しくて気を遣ってしまうんだよね。
マクシミリアン様は、尻尾を振りながら箸を使いこなして定食を食べる私に驚いている様子だった。
彼は料理に箸をつけていなかった。
警戒しているのかもしれない。
私が毒見のために、彼に出された料理にも少しづつ箸をつける。
アジフライも、ふっくらとしたアジがサクサクの衣に包まれていておいしかった。
仲良く食事をする私たちを、ライトマイヤーさんは少し呆れた様子で眺めていた。
翌日、私とマクシミリアン様は、学校の昼休みに教師に呼ばれて会議室まで来ていた。
大きなテーブルに書類を広げて椅子に座っている教師は、私たちにも椅子を勧めてから話をはじめる。
「今日来てもらったのは、アーレンハイムくんの今後についてだ。来年度から新しく、航空魔導師のサポートを目的とした、魔導支援科が開設されるのは知っているね」
「はい、存じ上げております」
教師の確認に私は頷く。
「君にはその魔導支援科に編入してもらいたい。生傷の絶えない彼らには、癒しの獣姫の力が必要だろう」
「待ってください、先生」
自分が必要とされるのなら、とその提案を真面目に考えだしたところで、マクシミリアン様が待ったをかける。
「魔術実践科に所属しているのに、急に転科なんて言われてもセリカは困ると思います。それに、彼女は私の付き人です」
「……このことは、君の御父上の意向でもあるのだよ。バーンシュタインくん」
「父の、ですか?」
マクシミリアン様は驚いた様子で教師に確認した。
私の魔導支援科への転入はご当主のリュディガー様の意志でもあるという。
「わかりました。その話、お受けいたします」
「セリカ!」
「ご当主様のご意向に逆らうことはできません。それに大丈夫ですよ、マクシミリアン様。科別授業の時以外は、今まで通りご一緒いたします」
「……」
煩雑な手続きはすでに済ませていたらしく、後は私が1枚の書類にサインするだけだった。
来年度からは、メルゲンたち航空魔導師と一緒にいることが多くなるのかもしれない。
その日の放課後、繁華街のホテルに腕を掴まれて連れてこられた私は、暴力的にマクシミリアン様に犯された。
私はよがり狂った。