獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
ニューゲンブルク市のマンション。
アルベルト・メルゲンはリビングのソファに座り、コンビニエンスストアで買ってきた化学調味料の味しかしない黒パンのサンドイッチを、わざとらしい甘さしかない濃縮還元のジュースで流し込んでいた。
いつもの公園の低木群から帰宅したのち、リビングのテーブルの上に置かれていた紙幣で買ったものだ。
母親はいつもどこかに行ってるのか、自宅にはいない。
父親はもう何年もリール工業地帯に単身赴任中だ。
別に生活に困っているわけではない。
1人部屋を与えられているし、書置きを残せばたいてい欲しい物を買う金はテーブルに置かれている。
家具も電化製品も一通り揃ってるし、なんなら歴史を感じさせる小洒落た調度品すらある。
ただ、この家には愛情という、あるべきはずのものが無かった。
満足感をまったく感じない食事を終えたのち、天井を見上げながら夢中になっている女の子の獣耳と尻尾の感覚を思い出す。
あの上質の毛皮を触れたかのようにフワフワを感じさせる一方で、ちゃんと血が通っていて生きてる弾力を感じさせる生物の耳。
フサフサとボリュームがあるように見えるが、触れるとサラサラと指が通り抜けてしまう肌触りの良い尻尾。撫でるとそのサラサラ感と生き物の持つぬくもりとが同時に味わえる。
たまらなかった。
あれらに触れて数時間経ってもいまだに消えない多幸感もそうだが、それを学校にいる生徒たちの中で、自分だけが彼女に触れることが許されている、という優越感がたまらなかった。
耳と尻尾だけじゃない。セリカ自身も魅力的だった。
他には見られない、少し黄がかった銀髪。顔は整っていて、垂れ目の中にある珍しい金色の瞳には視線を引き付けられずにはいられない。
右目の横にある泣きぼくろも涙を流しているようで庇護欲と加虐心をそそる。
すらりと伸びた手足は肉付きも良く、胸と尻は10歳とは思えないほどの丸みをすでにおびている
何より本人からあふれ出る目に見えない波のようなものに触れると、理由もないのにたちまち幸せな気分になってしまう。
アルベルトは天井を見上げ、セリカがいなかったら味わえなかっただろう幸せな感覚に身を委ねながら、ふと初等学校に入ったころのセリカに思いを巡らせた。
初等部に入ったころのセリカは、今のように俯きがちに下を向いているような女の子ではなかった。
男子に混じって野球やサッカー、鬼ごっこやかくれんぼを泥土まみれになるのを構わず遊ぶ。
言葉がうまく話せなかったのを男子たちがからかっていたのは事実だが、口下手な分相手の話にうなずきながら耳を傾けてくれるセリカを本当に嫌っている男の子などいなかった。
知恵をつけて言葉で男子を圧倒する他の女子と比べれば、どちらを好むようになるかは自明の理。
可愛くて自分の話を寄り添って聴いてくれて、男の遊びに付き合ってくれる女の子を嫌う男などいるものか。
男の子と仲が良い事を妬む女子グループには仲間はずれにはされていたけど、男子たちとは仲が良く決して孤立していたわけではなかった。
……気に入らなかった。
セリカが他の男子に笑いかけているのが。
セリカに他の男子の手が触れるのが。
お前たちはいいだろう。一緒に誕生日を祝ってくれる両親がいるのだから。
お前たちはいいだろう。家に帰ればお帰りと迎えてくれる人がいるのだから。
だから、
別に大したことはしていない。
ただ、仲の良い、3人の学年の違う男子たちに「セリカがアルバ人の男子はみんな粗暴で幼稚だから嫌いだ、と言っていた」と彼女が言ってもいないことを吹き込んだだけだ。
1度だけ母親の気まぐれで連れられた仏道教会では、これを「両舌」という十悪の中の1つの罪だと教えていた。
この「両舌」は思ってもみないほど効果を生んだ。
「セリカが言ったとされる悪口」はすぐに学校中の男子たちに伝わり、まだ幼い彼らは話の真偽を検証することなく簡単にそれを信じた。
自分が嫌われていると思い込んだ男子たちは、それでもセリカの反応が欲しいからか苛烈に彼女の言葉遣いの稚拙さをあげつらうようになった。
そこで仕上げとして、彼女に絡んでいる男子をボコボコに殴って打ち負かせていけばいいだけだ。
自分がケンカに負けたと、自身の男としてのプライドから認められない男子はこう考える。
「セリカが自分の悪口を言ったから、正当な仕返しとしてセリカの言葉の拙さをからかっただけなのに殴られた」
「セリカのせいで殴られた」
「セリカが悪い」
「セリカが悪いから、自分には彼女を責める権利がある」
男子たちは彼女を陰湿な方法で虐めるようになった。
セリカは孤立した。
「ごめん……、私の、せいで……ごめん」
セリカを虐めていた男子たちにつけられた傷を治してもらった後、俺と彼女は向かい合わせに抱き合っていた。
セリカが先生に相談すると言い出したときは焦って大きな声で制止してしまったが、なんとかうまく誤魔化せたようだ。
俺を抱きしめながら泣くセリカの背中を撫でながら、口角が上がるのを止めることができない自覚がある。
今この瞬間は、彼女は俺の事だけを気遣ってくれる。
今この瞬間は、彼女は俺の事だけを考えてくれている。
俺が今全身で味わっている、本気で抱きしめれば折れそうな儚い体躯の触感と、彼女から発せられる穏やかな幸福そのものが原因で、俺の心は今までの人生の中でこの上なく満たされていた。
それにしても。
セリカの回復魔法、正確には回復魔術か、は日に日に腕を上げている。
最初は擦り傷を治す程度だったのが、今では顔の内出血や痛みそのものを治療できてしまっている。
俺は彼女に「いじめの原因が増えるから黙っておこう。俺も秘密にしておくからさ」と言い含めている。
精神的に追い詰められた彼女は簡単に騙されてくれて、彼女が魔術を使えることは2人だけの秘密になっている。
彼女が魔術を扱える事が知られたら、尊敬されていじめは止むだろう。
それでは困るのだ。
まして、魔術学院に進学でもされたら一緒にいられなくなるではないか。
セリカという幸せの塊をいっそう強く抱きしめることで、俺は暗い未来地図をかき消した。
俺がやったことは十悪という罪だと仏道の説法では言っていたが、十悪がなんだと言うのだろう、仏道がなんだと言うのだろう。
ナラカを見ればいい。
我が生国ミッテルラントは戦争に勝ち続け、数多の他国の人間を殺害し、非アルバ系住民を追放して、エウロパ大陸の中央を占有して繁栄しているじゃないか。
今ナラカで1番隆盛している、廃仏令を徹底したヤシマはどうだ?
東南エイジアの国々を搾取しながら、武力と策略で他国の土地に勝手に造った幡州国という傀儡国に多数のヤシマ人を送り込み、その支配領域を拡大しているじゃないか。
結局モノを言うのは力と謀略だ。
そんなことはナラカでは保育園に通う幼児でも知っている。
俺は1度しか聞いたことのない仏法とやらに