獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~   作:お肉大好き

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初見

「ねえ、どこに、行くの?」

「とても心が落ち着けるいい場所だよ」

 

 レンタカーの助手席に座り街を眺めながら問いかけても、僕の父であるゲラルドははぐらかして答えない。

 

 朝とも言えない薄暗い暁の時間に父に起こされると、音を立てないように注意されながら簡単な身支度だけさせられて、レンタカー業者の車庫に連れられた。

 

 後部座席に置いてある僕のリュックサックには、最低限の下着と服の替えと、コップと歯ブラシ、それとアルバ語の学習のために読んでいる小説程度しか入っていない。

 

 ニューゲンブルク市を離れ、徐々にビルや建物が少なくなっていき畑が多くなっていく景色の移ろいを眺めながら、僕の不安は増していくのだった。

 

 

 

 

 

 左右に広葉樹の広がる坂道をレンタカーは走っていく。

 道路標識から推測するに、バイネルン州の南にあるオルブス山脈に向かっているようだ。

 

 途中、高速道路(アウトバーン)のサービスエリアで簡単な食事とトイレ、車への給油を済ませただけで、父はひたすら車を走らせている。

 

 そういえば前日の夜にトイレで用を足すために父の書斎の前を通ると、深刻そうな声で折り畳み式の携帯電話で誰かと話している父の声を聴いた。

 

 ……どこかの施設に預けられるのかもしれない。

 父にとっては仕事と母の生活へのサポートだけで大変なのに、僕という重荷も抱える事に耐えられなくなったのだろうか。

 

 移動中に覚悟だけはできるだけ固めておいた方がいいだろう。

 僕は新しく生まれてから今までの人生で両親にしてもらったことを数え上げつつ、新生活に向けてそれらと決別する意思を固めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ。長い間車に乗せてごめんね、セリカ」

 

 森の中を貫くしっかりした造りの自動車道の左右に、大きな別荘らしき建物が点々と存在する区画。

 着いた場所はレンガ造りで3階建ての、部屋がたくさんあるのが外から見てもわかるほどの規模の屋敷だった。

 

 父と僕が車庫に停めた車から出ると、清廉な雰囲気の30代くらいの黒のスーツを着た男性が、優美な所作で腰を曲げて出迎えてくれた。

 

 自らをダニエル・ヴァイスと名乗った男性に案内され屋敷の玄関に入る。

 玄関には上品そうな、しかし凛とした緊張感を放つ40代くらいの上品な私服の男性が待っていて、父の姿を見て両手を広げて喜んだ素振りを見せると、父と固く握手した。

 

 そして僕の姿を見て納得と驚きを半分ずつ混ぜ合わしたような表情を浮かべると、僕を屋敷の一室に案内した。

 

「私たちはこれから話し合うことがあるから、ここであの子と待っていてくれないかな?何かあったら大広間にいるから呼んでくれればいいよ」

 

 父はそう言うと男性とともにドアを閉めて去ってしまった。

 

 広い部屋だ。

 大きなベッドや趣味の良い、素人目から見ても価値があるとわかる家具が置かれている。

 

 部屋の照明は点いていなかった。

 カーテンはすべて閉められており、その布地越しに届くわずかな日光だけが部屋を照らす。

 

 わずかな明るさが室内を照らす中で、1番薄暗い隅に1人の男の子が抱えた膝に頭をうずめて座っていた。

 彼からは重い空気が漂っており、その重さが室内全体に伝播しているかのようだった。

 

 何もすることがない僕はそこで立っているままでいるわけにもいかず、その子の隣まで歩くとできるだけ優しい声で問いかけた。

 

「ねえ、ここで、一緒に、座って、いても、いい?」

 

 その子は1度だけ顔を上げ僕を一瞥した後、再び膝に顔を当てる。

 

 僕は了承を得たと勝手に解釈して彼の隣に同じくワンピースのスカートを押さえながら体育すわりをした。

 

 ……。

 

 何もない時間が流れる。

 僕は前世で待機時間が長い仕事をやっていたせいか、「何もしない」事に対して耐性があるのかもしれない。

 そうして座りながら、今頃学校ではもう1時限目が始まっているかな、アルはどうしているかな、と考えていると、隣の男の子が話しかけてきた。

 

「君は僕に何も言わないの?」

「え?何か、言って、欲しかったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど。……っ!」

 

 彼はそう言って顔を上げると、驚いた表情で僕を見る。

 

 ……ああ、そうか。はじめて僕をまともに見たのか。そりゃ驚くよね獣人なんて。僕自身の事を忘れていたよ。

 クラスの男子みたいに僕に罵声や嘲笑を浴びせるんだろうか。それとも面白がって僕の獣耳や尻尾を無理矢理強い力で引っ張るんだろうか。

 

 そう身構えた僕に対して、しかし彼は何もせず、ただ再び顔を膝にうずめる。そして小さい声で呟いた。

 

「君、ここに居てもいいよ」

 

 今まで一緒に座る許可が下りていなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま太陽が高く昇る時間まで時間だけが過ぎていく。

 

 男の子に対する印象は悪くなかった。

 学校で散々男子たちに格好の狩りの対象にされていた僕には、ただ隣で座っているだけで何もしてこない彼の態度はとても好ましく思えた。

 

 きゅ~。

 

 静寂が満たす室内に間抜けな音が響く。

 僕のお腹が鳴ってしまったようだ。

 隣の男の子は僕の方を見てあきれたような表情を浮かべた後、小さなため息をついて立ち上がり、座っている僕に手を差し伸べた。

 

「お昼ご飯を食べに行こう。君、お腹すいているんでしょ?」

 

 

 

 男の子に案内されて入った食堂には、大きくて長いテーブルに1人あたり7皿はあるんじゃないかと見られる食事が並んでいた。

 

 椅子に座って父と話をしていた迫力のある男性(リュディガー・フォン・バーンシュタインというお名前らしい)は、僕を連れて歩いてきた男の子を見て一瞬驚いたような表情を浮かべた後、嬉しそうに男の子と僕にそれぞれの席に座るよう促した。

 

 僕の席は尻尾が背もたれに押し潰されないように、という配慮がされたのか、丸椅子だった。

 

 リュディガーさんと父、男の子と僕がそれぞれ隣り合うような席順で座る。

 席に座ると、目の前には輪切りにされた大きくて白いバケット(僕の家は黒パンしか出ない)、香草の匂いが鼻をくすぐる油が滴るグリルチキン、たくさんの種類の野菜を使ったサラダ、シンプルだけど上品な出汁の香りがするスープなどが並んでいた。

 

 はた目から見ても僕が物欲しそうな顔をしているのを察したのか、リュディガーさんが食事を始めようか、と言ってくれた。

 

 僕はいただきます、と言いながらグリルチキンをナイフで切り分けてフォークで口に運ぶと、鶏肉とは思えないほど柔らかいお肉から、ジュワッとうま味を伴った油が口の中に広がる。

 他の料理も今まで食べたことのないほど美味しかった。いつも食事を作ってくれる母親には悪いけど。

 

 そうして僕が食事に手を付けて舌鼓を打っていると、リュディガーさんはなぜか僕に興味をもったようで、微笑みながら名前や年齢、普段何をして過ごしているかなどを質問した。

 

 僕は食べる事に気を取られながらも、聞かれた質問に答えていった。

 普段は公園で友達と遊んでいると答えた。

 虐めを受けている僕をかばってケガをした友達を、魔術で治療している、とは初対面の相手には言えなかった。

 

 リュディガーさんは、言葉につっかえながら話す僕に辛抱強く相づちを打ちながら聞いてくれた。

 

 食事中にふと、隣の席から視線を感じて横を見ると、男の子と視線が合った。目をそらされる。

 

 食事を終えようとするとき、リュディガーさんに「これからも息子と仲良くしてあげて欲しい」と言われた。

 僕はただ彼の隣に座っていただけだけどね。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えると男の子は自室に戻ると、再び元のように膝を抱えて座り込む。

 僕も当然のように隣に座った。今回は持ってきた小説を持参してだが。

 

 彼の周りのずっしりとした空気は、午前よりも軽くなっているように思える。

 

 座りながら小説を読んでいると、横から視線を感じる頻度が多くなっていく。

 視線を合わせてもまた目を逸らされるだけなので反応しないけど。

 

 やがて、男の子は久しぶりに人と話した時に起こる特有のかすれ声で、こちらを向いて僕に向かって問いかけた。

 

「君、何読んでるの?」

「フォルマン・フェッセの、『(わだち)の上』、だよ」

「……嫌な本読んでいるんだね」

 

 憮然とした顔で言い放った後、どこか自嘲気味に笑みを浮かべた。

 その後彼はふと思いついたかのように僕に尋ねた。

 

「……というか、君、本を読めるんだ。その言葉遣いだから文字も読めないかと思ってた」

「なっ、本くらい、読めるよぉ」

 

 今のはちょっとむっとしたなぁ。

 

 僕の表情の変化が面白かったのか彼は軽く笑ったあと、少し真面目な顔をして呟いた。

 

「マクシミリアン」

「え?」

「僕の名前だよ。僕だけが君の名前を知っているんじゃ不公平だろ。来なよ、この屋敷を案内してあげる」

 

 立ち上がって僕の手を掴むと、強引に僕を立たせて腕を引っ張る。

 さっきまであんなに落ち込んでいたのに!

 

 

 

 屋敷中を男の子に手を引かれて歩きながら、客間から始まり、各階のトイレと浴場の位置、ビリヤード台のある遊戯室、食堂、大広間や来賓室を紹介してくれた。

 

 途中来賓室で父とリュディガーさんが談笑しているのと出会う。

 リュディガーさんは僕の手を取るマクシミリアンくんを見て、本当に嬉しそうにしていた。

 

 一通り屋内を見終わった僕たちは、遊戯室でビリヤードすることになった。

 

 結果は僕の惨敗。

 マクシミリアンくんから「君は不器用なんだね」という言葉をたまわった。ぐぬぬぬ。

 

 それにしても、彼は僕がビリヤードの練習をしている途中、ボールを狙ってキューを構える僕の方を見てさっと視線を逸らしていた。

 いったい何だったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になると父が帰っていった。屋敷に僕を残して。母が心配なのだろう。

 

「自然豊かな環境を楽しんでね。1カ月後には迎えに来るから」と言い残して

 

 いったい僕にどうしろというのだろう。

 途方に暮れる僕の手を再び取ってくれたマクシミリアン君に導かれるまま、食堂で夕食を食べた。

 

 ベルノルトさんという女性の作ってくれた料理は昼にも増して豪華だったが、これからのこの屋敷での生活に不安を覚えた僕には味がよくわからなくなってしまっていた。

 

 その後、ヴァイスさんに促されるまま歯磨きと入浴を終えると、僕に割り当てられた、マクシミリアンくんのものと比べると小さく質素な部屋に案内された。

 やることのない僕はそのままベッドに寝転がる。

 

 ……。

 家から遠く離れたからなのか、落ち着かずに眠れない。

 

 僕は部屋を抜け出し、屋敷を探検することにした。

 




正しくはヘルマン・ヘッセ作の『車輪の下』です
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