獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~   作:お肉大好き

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同治

 バーンシュタインさんの別荘を探検していると、遊戯室に人の気配がした。

 

 入口からそっと覗いてみると、月明かりが差し込む窓の下に、室内照明も点けないままマクシミリアンくんが昼間と同じように膝を抱えて座っていた。

 はじめに出会った時とは違って、頭は膝に押し当てずに前を向いていたが。

 

 僕は慣れたかのように隣に腰をおろす。

 

「勝手に隣に座ることと言い、食事を物欲しそうに見ていたことと言い、君は見た目と違って図々しい奴なんだね」

「……まあ、それくらいしか、取り柄が、無い、からさ」

 

 そう、あれだけ学校の男子に存在を否定される言葉を投げつけられていても、このナラカにしがみついているのだから。

 

 ……。

 そのまま昼と同じように何もしない時間を過ごす。

 虫や鳥の鳴き声さえしない静寂があたりを包んだ。

 

「……ねえ、耳と尻尾を触ってもいい?」

「……うん、いいよ。でも、優しく、してね」

 

 遠慮がちに尋ねたマクシミリアンくんの方に、僕は頭を横に傾け尻尾を差し出した。

 

 僕の許可を得たマクシミリアンくんは獣耳に指を伸ばすと、軽く耳の外側を先端から付け根へ撫でた。

 その動作を幾度か繰り返したのち、今度は獣耳の内側に親指で触れ、他の4つの指で外側から獣耳に触れると、押しはさみながら指を滑らせていく。

 

 その動作を繰り返しながら、尻尾に反対の手を伸ばすと、指で梳かすかのように尻尾にも手を滑らせた。

 

「いたっ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 耳を撫でる指に力が入っていたのか、僕は獣耳に痛みを覚えたが、僕の抗議に軽く謝罪をして力を緩めただけで彼の手は止まることはない。

 彼は1時間ほど様々な趣向や工夫を凝らして、僕の獣耳と尻尾をいじくりまわした。

 

「ありがとう。君の獣耳と尻尾は触っていて気持ち良くなるね」

「そう……ありが、とう?」

 

 お礼を言われたが、僕が何か釈然しないものを感じながら返事をした。

 

 彼はしばらく余韻に浸っていたが、壁に背を当てて座り直すと、前を向き虚空を眺めた。

 

「……母さんが死んだんだ」

 

 僕は何も答えられなかった。

 前世でも今世でも母親の死を経験していない僕には、かける言葉が見つからなかった。

 

「それからさ。僕がこんなに駄目になってしまったのは。……おかしいよね。男なのに。栄誉あるバーンシュタイン家の直系なのに。君が来る前は指一本動かせられなかったんだ」

 

 おかしくないよ。お母さんが死んで辛いのは不思議な事じゃないよ。

 

「勉強をたくさんしなきゃいけないのに。体をもっと鍛えなくちゃいけないのに。強い男にならなきゃいけないのに。しっかりしなきゃ。頑張らなきゃ」

 

 そんなに自分を追い詰めないで。

 

「なのに!体が固まって動けないんだ!!僕は、100万の連合軍をモルヌの戦いで打ち破り偉大な祖国(Faterland)を救った大英雄、フリードリヒ・フォン・バーンシュタインの子孫なのに!!」

 

 大切な人を亡くしたときに肩書きは関係ないんだよ。

 

「僕は!!『轍の上』のハンス以上の失敗作だ!!こんな僕なんて価値がない!!いっそいなくなってしまえ」僕はマクシミリアンくんを力の限り抱きしめる。

 

 彼は驚いたのかそれから先の言葉を口にすることはなかった。

 

「つらかった……よね。苦し、かった……よね。それでも、必死に、我慢……してたん、だよね」

 

 彼の背中を撫でる。氷のように固まった体を溶かすように。

 ……アルが僕にしてくれたみたいに。

 

「でも、もう、頑張らなくて、いいんだよ。ほら、ここには、……1匹の、獣人しか、いないよ。だから、一緒に泣こう?」

 

「う……うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 マクシミリアンくんは僕を強く抱きしめながら、声を上げてひたすら泣き続ける。

 

 僕は彼の100分の1でも彼の痛みを共有できることを願いながら、同じく彼を抱きしめ続けた。

 触れあっている体から彼の悲しみが僕にも流れてきて、僕も自然と涙を流す。

 

 マクシミリアンくんの泣き声が小さくなっていった後も、彼は僕の体に加える力を緩めることはなかった。

 僕も彼の体を離すことはしなかった。

 

 そのまま夜が明けるまで、僕たちは抱きしめ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから僕たちはそれぞれの部屋に戻った。

 マクシミリアンくんは眠そうにしていたけど、その足取りは力強いものだった。

 

 僕は部屋に着くと、日が昇るのも構わず眠気に任せて寝てしまった。

 だって徹夜だったし。

 

 体を揺り動かされる感覚にぼんやりと目を開けると、ベッドのすぐ横でマクシミリアンくんが僕の肩を揺らしていた。

 きゅ~っと僕の腹の虫が鳴くと、彼はあきれた様子で、だけど嬉しそうに僕の手を強く引っ張ると食堂まで連れて行った。

 

 そこでマクシミリアンくんは食事中に料理を食べるのもそこそこに、父親であるリュディガーさんの存在を忘れたんじゃないかと思う勢いで僕を質問攻めにした。

 

 どこに住んでいるのか、好きな食べ物や、他にどんな本を読んでいるのか。

 

 あたふたとしながら言葉に詰まっていると、「ゆっくり質問してあげなさい」とリュディガーさんが助け舟を出してくれた。

 たどたどしく答えたのち、雑談の作法として尋ねられた質問を相手にも返した方がいいだろうと、「普段は、どこに、住んで、いるの?」と問いかけるとマクシミリアンくんは急に不機嫌になった。

 

「マックス」

「え?」

「さては君、僕の名前が言えないだろう?これから僕のことをマックスって呼んでいいよ。……あとついでに言っておくけど、自分のことを『1匹』なんて言わない方がいいよ」

「うん……あり、がとう。マックス」

 

 僕の事を1人の人間として見てくれていることに嬉しくなって、しばらく忘れていた笑みが自然とこぼれる。

 

 そんな僕とマックスをリュディガーさんは満足げな表情で深くうなづきながら見ていた。

 

 

 

「さあ、午後は外で遊ぼう!心配しなくても僕が虫取りのやり方を教えてあげるよ!」

 

 虫取りカゴを肩にかけ網を片手に持ちながら、マックスに手を引かれて屋敷の外に出る。

 僕は期待から胸が躍るのを押さえながら、彼の導きに身を任せた。

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