獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~   作:お肉大好き

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地雷

「捕まえた!カブト虫だ!!」

「すごい!マックスは、虫捕りが、上手だね」

 

 マックスは得意げにカブト虫を空に掲げて検分すると、持ってきた木製の格子状の虫かごに捕まえた獲物を入れる。

 

 バーンシュタインさんの別荘での毎日は、僕にとっては楽園だった。

 学校で授業中に笑い者にされることもなければ、クラスの男子から傷つく言葉を投げつけられることもない。

 前世も含めて生まれてから見たこともない大自然の中を、マックスとともに虫取りや川遊び、夜には望遠鏡で天体観測をして遊ぶ。

 

 3食必ずおいしい食事が食べられるというのも素晴らしかった。

 学校では結構な頻度で持参した黒パンのサンドイッチがゴミ箱に捨てられていたんだよね。

 

 リュディガーさんも父と同じく、仕事があるのか別荘から去ってしまったけど、ベルノルトおばさんは雇い主の不在にも手を抜くことなく、獣人の僕にも手の込んだ料理を振舞ってくれる。

 マックスがいるからだろうけど。

 

 今は別荘近くの森林地帯を2人で探検しながら、木々に留まっているカブト虫やセミを探す。

 近くには川が流れているのか、湿気を伴った涼しい風がとても肌に気持ち良く、その場にいるだけでも心が澄んでいくようだ。

 

 そろそろお昼だろうか、僕たちは別荘に残ったヴァイスさんを困らせないために、昼食のために別荘に一旦戻るのだった。

 

 捕獲した虫は2人で話し合ったうえで逃がしてあげた。

 

 

 

 

 

 

 食堂に向かうと、2人で使うには大きすぎるテーブルの上にはリゾットとサラダ、スープとローストビーフが置かれていた。

 

 お米だ!

 

 転生してから縁のなかったリゾットというお米を使った料理は、尾てい骨から続く尻尾を自分で自覚できるほどに左右に振らせる力があった。

 

 いや~気分が舞い上がるね。

 前世で異世界転生小説を読んでいた時は「米米うるせーよ。転生したんだから現地の食事に順応しろよ」と思っていたけど、やっぱり長い間食べてない状態で、目の前に米を置かれると心惹かれるものがある。

 先達の転生者たちごめんなさい、あと海外で仕事をしていてお米を食べられない人たちごめんなさい。

 

 そんな懺悔も、席に座って真っ先にリゾットを手に取ったスプーンで口に運ぶとすぐに消えてしまう。

 オリーブオイルとシーフードの出汁のうま味が絡まり合った、少し芯の残ったお米の咀嚼は僕に多幸感をもたらした。

 

 今となっては味わえない、さまざまなおかずに合う柔らかい白米も捨てがたいが、コレはコレで転生した自分の中で米料理のスタンダードに認定してもいい。

 そう思えるくらいベルノルトさんの作ったリゾットは美味しかった。

 

 夢中でリゾットを食べ終わって久しぶりにお米を食べた幸福感が落ち着き、周囲に気を配る余裕が生まれると、そんな僕を不思議そうに見つめるマックスに気づく。

 

 ……そうだった。ここはナラカ世界のミッテルラントだった。

 

 お米を主食とする国の代表格であるヤシマは、ミッテルラントとは連日のように非難声明を飛ばし合う間柄だ。

 

 このリゾットに使われたお米の産地であろう、ミッテルラントの南にあるレムス王国も、大戦時に連合軍がノーメンディーに上陸した際に我が国を裏切っている(裏切りの代償としてミッテルラントは土中海を臨む港湾都市トリアストを占領、非アルバ系住民を追放したうえで接収している)。

 

 お米は敵性国家の食べ物なのだ。

 

 僕はただでさえこのミッテルラントで蛇蝎のごとく嫌われている。敵性文化に惹かれていると疑われるようなことは避けるべきだ。

 もう2度とお米は食べるべきではない、と決意をしたところで、ベルノルトさんがリゾットのお代わりをテーブルに置いてくれた。

 

 ……おいしく食べさせていただきました。

 

 

 

 

 

 午後は川遊びをした。

 

 靴を脱いで浅瀬に入り、ふざけてお互いに水を掛け合う。

 僕とマックスはそんな単純な遊びにはしゃいでいたが、遊びが進むにつれマックスは僕を見て黙り込むようになる。

 

「大丈夫?頭、痛いの?……うわっ!」

「セリカ!」

 

 僕は彼が心配になり、近づこうとすると川底にある穴に足を取られてしまい転びそうになる。

 

「っ!……?」

 

 次の瞬間やってくるであろう鋭利な痛みに身を縮めたが、底石に当たったにしては柔らかい、でもしっかりとした感触に包まれた。

 マックスが僕の下に体を投げ出して、僕をかばって下敷きになったのだ。

 彼は川の水でずぶ濡れになりながらも僕を抱きかかえて立ち上がった。

 左上腕部には川底の岩の角で引っ搔いたのか、大きな裂傷ができていた。

 

「マックス!血が……!」

「大丈夫さ、このくらい」

「大丈夫、じゃないよ。こっちに、来て」

 

 僕はマックスを川沿いの、大木の切り株くらいの大きさの岩に座らせると、大気中のマナを体に取り込み、人差し指と中指に集めたマナを集中させ、裂けた腕の部分にゆっくりと滑らせる。

 マックスの傷は塞がっていく。良かった、治せる程度のケガで。僕のせいで人が傷つくのはもう嫌だ。

 

 僕が小さく安堵してマックスを見ると、彼は驚いた顔で僕を見ている。

 

 しまった。魔術を使ってしまったことを、僕は今更後悔する。

 いじめの原因になるから人前で使うのは止めようっていう、アルとの約束を思い出す。

 

 マックスは僕を気味悪がって嫌いになるんじゃないか。

 そんな僕の危惧を、彼の感激した声がかき消した。

 

「セリカ!君も魔術が使えるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 濡れた服を着替えた後、僕たちは大人の背丈ほどもある藁の束がたくさん積み重なっている別荘の裏庭に来ていた。

 

 魔力を通す金属であるミスリルを芯に通した、頂点に空中で固定された青く輝く水晶をあしらった木製の魔法の杖を、立てた藁束に向けてマックスは意識を集中させた。

 

「無間の獄卒よ!極悪最下にその命の結末を示せ!!」

「!?っすごい!!初めて、見た!」

 

 5メートルほど離れた場所にある立てられた藁の束が突如高い黒焔をまとい燃え上がる。

 

 攻撃魔術は回復魔術と違い専用の杖が必要だ。

 集めた空気中のマナを、ミスリルを通して発動体である杖の先端にある魔水晶に集中させ、攻撃対象に向けて放つことで発動するらしい。

 説明を聞きながら首を傾げると、マックスはそんなことも知らずに回復魔術を使ったのか、と呆れていたけど。

 

 マックスは僕に杖を手渡す。

 

「さ、セリカもやってみなよ」

「う、うん。……むけんの、ごくそつ、よ!ごくあくっさいげ……」

「……君はまずアルバ語の練習をした方が良さそうだね」

 

 

 

 詠唱を練習して試してみたが攻撃魔法は発動しなかった。

 

 マックスの見立てでは、僕は攻撃魔法はからっきし、砂1粒ほどの才能すらない、とのことだ。

 えー。普通こういうときって「君にはこんな才能が!」ってなるとこじゃないの?

 落胆した僕の肩をマックスは慰めるようにさすってくれた。

 

 

 

 

 

 日が暮れて夕食の席に座る。

 今夜もたくさんのおいしそうな料理が並んでいた。

 

 内陸のバイネルン地方ではなかなか食べられない白身魚のムニエルを口に運ぶと、バターのコクと小麦粉に閉じ込められた白身魚のうま味が口いっぱいに広がる。

 複数の野菜を使ったサラダはシャキシャキとした食感で、採れたての野菜を使ったのだろう。

 市販のものとは違う、保存料の味がしない手作りの合わせドレッシングが絡めてある。

 

 そこまでは良かった。

 事の発端は僕が何気なく発した一声だった。

 

「あ~あ、こんなに、おいしいん、だったら、アルにも、食べさせて、あげた、かったなぁ」

 

「アル?いったい誰のこと?」

 

 同じく料理に舌鼓を打っていたマックスが問いかける。

 

 僕は投げかけられた問いに、「マックスはもう親しい友達だから本当の事を話していいか」と思い、素直に答えた。

 

 名前はアルベルトと言い、とってもハンサムな女の子にモテる同級生だということ。

 頭も良くて勉強の成績もよく、運動神経も抜群だということ。

 ケンカが強く学校で虐められている僕をいつも助けてくれること。

 アルは僕の自慢の友達だ。言葉につっかえながらも自分の口調に熱がこもるのを感じる。

 

「このあいだ、なんかは、5人、あい、て……に……」

 

 ふと鋭い視線を感じると、目の前のマックスはつり気味な細い目をさらに細めて僕を見ていた。

 

 優男風のイケメンのアルとは違い、マックスは迫力のある顔をした美丈夫タイプだ。

 そんな顔のマックスが顔を険しくすると、なんというか凄みがあった。

 

「っ!ごめん……私、何か、気に障ること、言った?」

「別に。セリカは悪くないよ」

 

 そう言って彼は食事中、黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、マックス!」

「マックス!ねえ!どうして、返事、してくれないの!?」

 

 僕は軽い駆け足で、食事を上品にしかし急いで終えて席を立った、速足で歩くマックスに追いすがる。

 マックスはしばらく僕を無視して歩いた後、振り返って言い放った。

 

「僕に話しかけないでくれるかな?しばらく君とは距離を置きたいんんだ」

 

 絶句した。

 

 そんな。

 

 父もリュディガーさんもいないこの別荘では、マックスは僕にとって絶対の存在だった。

 いまさらながらその彼からの厚意を喪失したことに気づく。

 

 これからどうやってこの広い屋敷で暮らせばいいのだろう。

 僕は視界に映る世界が暗くなったかのような錯覚を覚えた。




 誤字脱字を報告してくださった方ありがとうございました。

 また、これから誤字脱字を報告してくださる方にもあらかじめ御礼申し上げておきます。
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