獣人少女転生譚 ~あるいは美しい獣に撃ち堕とされた男たちの話~ 作:お肉大好き
1ヶ月続いた僕の楽園生活は、リュディガーさんと父が相次いで別荘に到着したことで終焉を迎えた。
父は昼食の席でリュディガーさんと談笑したのもそこそこに、ニューゲンブルク市のアパートに僕を連れて帰ることになった。
見送りに来てくれた、別荘の持ち主であるリュディガーさん、洗濯や掃除などの世話をしてくれたヴァイスさんと、おいしい料理を提供し続けてくれたベルノルトおばさんにそれぞれ深く頭を下げて礼を言った後、マックスの前に立つ。
マックスは相変わらず姿勢よく背筋を伸ばして立っていた。瞳は少し潤んでいたけど。
今生最後の別れとなるかもしれないから、マックスを強く抱きしめる。
「もう、さよなら、だね、マックス。ありがとう、楽しかった。もう、無理して、溜め込まない、でね」
「……セリカ」
マックスは僕の背中に腕を回してくれた。
しばらく抱きしめ合った後、名残惜しくも離れると、父が運転席で待つレンタカーの助手席に乗り込む。
車が発進し、助手席から後ろを向くと、マックスがいつまでも僕の事を見送ってくれていた。
『セリカ!……よかった、無事で』
『お母さん……。ごめんね、心配かけて』
家に帰ると、母が僕を抱きしめて出迎えてくれた。
母から肌越しに伝わってくる僕に対しての熱に、僕って母から愛されているんだな、と実感する。
豪華な別荘でマックスと遊ぶことも楽しかったけど、やっぱり僕を想ってくれる両親がいるこのアパートが一番のすみかのように思えた。
家族でくつろぐ中、旅の疲れがあるだろうから、明日の学校も休みにしようという話になる。
その日の夜はぐっすり眠れた。久しぶりの自室のベッドである。
翌日も家でゆっくりすごした後、学校が終わる夕方に僕はあと1人心に引っかかっている人に会うためアパートから出かけた。
いつもの公園の、中心エリアから離れた片隅。
そこの低木の裏に僕は座って、アルを待つ。
僕のこと忘れていないかな、大丈夫かな。僕がいなかった分学校では穏やかに過ごせていたんだろうか。別荘での楽しかった生活についても話したい。そうだ、マックスことも話そう。
僕がアルに尋ねること、話すことを思い浮かべていると、人の足音が近づいてきた。
しかし、足音は複数で、しかも聞こえた声はアルのものではなかった。
「ほんとにここにカブト虫がいたのかよ。見間違いじゃないのかぁ?」
「ええー、だから、本当にいたんだって」
声の主たちは低木に回り込んでくる。
そして、座っている僕を見つけると、一瞬驚いた後、すぐに獲物を狙うか鷹の如く眼光を光らせた。
「おい、こんなところにセリカがいるぜ!」
「こんな草むらの陰に隠れているなんて笑えるぜ!動物にはお似合いだな!」
「保健所に駆除されそうになって隠れてたんじゃないの~?」
彼ら4人は自然と連携して僕を取り囲む立ち位置に着きながら、彼らは何がおかしいのか、ケタケタと天を仰ぎながら笑った。
まずい、逃げられない。
焦燥する僕をよそに、僕を嘲笑う1人が僕の左の獣耳に視線をやると、手を伸ばしてきた。
「色気づいてアクセサリーなんてつけてやんの!獣人のくせに生意気だな!」
瞬く間に力任せに奪い取られる。それはマックスから貰った大切なものなのに!
「返して!」
僕は立ち上がりイヤーカフを取り返そうとするが、愉快そうに笑いながら男子は手を高く掲げてそれを阻む。
高いところにあるイヤーカフを取り返そうと跳ねていると、僕の足が強く彼の足を踏んでしまった。
「っ!痛てぇな!なんで畜生に足を踏まれなきゃいけないんだ!」
「いたっ!」
男子が僕を強い力で突き飛ばす。
僕は尻もちをついて後ろに倒れた。
僕を突き飛ばした男子は、何かを閃いたかのような表情をした後、ニタリと口角を上げて僕を見下した。
「そんなに欲しけりゃ返してやるよ」
彼はクリップ型をしているイヤーカフの閉じた両端を両手の指で掴み、力任せに外側に力を加える。
金属製の、しかしあまり厚くないイヤーカフは、中心でポッキリと折れてしまった。
男子は今までイヤーカフだった折れた金属片を、僕に投げつけた。
「ほらよ!返してやるよ!」
「ああ……ああ……」
イヤーカフを壊された瞬間、マックスとの思い出まで壊れたような気がした。
絶望する僕の表情が面白いのか、男子たちは腹を抱えて大笑いした後、しかし彼らの笑い声は不自然に止んでいく。
彼らの視線の先は僕の下半身に集中していった。
尻から後ろに倒れたときに、スカートがめくれあがって露わになった獣人用の下着に。
ゴクリ、と喉の鳴る音が聞こえた気がした。
「……なあ、ちょうどいい機会だから、獣人の体がどうなっているか脱がせて確かめねえか?」
「……いいね、それ。賛成」
男子の1人が無言で、低木を背にして後ろに手をついて倒れこんでいた態勢の僕の両腕を無理やり掴むと、今までよりも広い、しかし低木に隠れていて外からは見えない原っぱに僕を引きずり倒した。
すると別の2人の男子たちが僕の前後から両腕と両足をそれぞれ地面に抑え込もうとした。
え!?なになになになになになに!?怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
「やだ……!やめて!!」
手足を拘束しようとする彼らに僕は手足を必死に振り回すことで抵抗する。
「バタバタ動くんじゃねぇ!!」
「ぐぇ!!」
男子の1人が僕のお腹にこぶしを叩きつける。
僕は腹の痛みと、殴られたという恐怖で動けなくなる。
下腹部に不快なぬくもりが広がった。
「ぎゃははははっ!!こいつ漏らしやがったぜ!!」
「所構わずに漏らすなんて、見た目どころか中身まで畜生だな!!」
僕が動かなくなったのを確認したのか、手足の拘束が強くなり、完全に地面に縫い付けられてしまった。
1人の手が伸びて来て、ワンピースの肩ひもが破かれる。
さらに手が次々と伸びて、ビーッビーッ、という音とともに、ワンピースがところどころ引き裂かれていく。
身を乗り出して僕に覆いかぶさってきた男子の手が、わずかに膨らんだ乳房を撫でまわしながら、僕の頬を舌で舐めた。
「ここにアルベルトはいない!いないんだ!!だから、俺たちを、俺を見ろ!!」
ニタニタと笑いながら、でもどこか必死そうにその男子が言った。
横からはカチャカチャとベルトを外すような音が聞こえる。
僕はもはや、抵抗する気も起きずにニヤケ面をした男子たちの奥に映る空を見つめた。
どうして僕は
惨めさと悔しさで涙が流れる。
こんなことなら、
この世界に生まれてはじめて、自分の出生を呪おうとしたその時。
「警察の方々!!こっちです!!」
大気を震わす大声が響き渡った。
「……っ!!やべぇ!逃げろ!!」
その声に一瞬固まった後、男子たちはベルトを締め直しながらその場から逃げ出す。
低木の裏から姿を見せたのは、マックスだった。
「起き上がって……。ほら、これを着ろ」
僕を上半身を助け起こすと、脱いだ自分の上着を着せてくれる。マックスはシャツ1枚になって少し寒そうな格好になってしまった。
……怖かった。
「怖かった……!すごく、怖かったよぉ!」
僕は下着と太ももに尿がまとわりついているのにも構わず、マックスに抱き着いた。
マックスは何も言わすに抱き返して、背中を優しくさすってくれた。
僕は上半身のマックスの上着、下半身にワンピースだった何かを巻き付けて、アパートへの帰路につく。
途中、好奇と侮蔑、そして先ほど知った異性からの好色の視線に晒されながら、マックスに肩を腕で支えられながら歩いた。
カギで玄関の扉を開ける。
リビングに入ると、父、母とリュディガーさんがいた。
『セリカ!!なんて格好しているの!!』
母が駆け寄ってくる。そしてキッっとマックスを睨むと、両腕でマックスの両肩を突き飛ばす。
女性とはいえ大人の力。マックスは後ろに吹き飛ばされる。
さらに詰め寄ろうとする母の前に僕は両手を広げて立ち塞がった。
手で押さえていたワンピースが落ちて、尿まみれの下着を履いた惨めな姿が露わになるが構うものか。
僕を助けてくれたマックスへの、いわれのない母の誤解を解かなければ。
『お母さん、違うの!!マックスは、私を、助けて、くれたの!!』
それで母は少し冷静になったのか、マックスに詰めよるのを止めて、僕を抱きしめる。
『セリカ……!セリカ……!』
母の嗚咽が響いた。
「そんな事が……」
父が少し後ろによろめいた。
母がマックスに深く頭を下げて謝罪して、僕が新しい服に着替えた後、今までの経緯をすべて話した。
学校でいつも虐められていること。
アルが助けてくれていたこと。
そのアルに会おうといつもの場所で待っていたら、彼らと出くわし輪姦されかけたこと。
母は話を聴いているうちにまた小さく自分が苦しんでいるかのように泣き始めた。
父とリュディガーさんはただ黙って聴いてくれた。
……。
リビングに沈黙が圧し掛かる。
誰も声を発しない中、マックスが声を発した。
「父さん、セリカをうちの学校に通わせることはできないかな?」
「ベランデンブルク魔術学院にか?しかし、通うには……」
「セリカは回復魔術が使えます!マナを扱えるのだから、通う資格は十分にある。彼女の生活と勉強の面倒は僕が見ます!だから、どうか……」
マックスはリュディガーさんに強い勢いで頭を下げた。
その様子を見て、ふと父が優しく口を開く。
「セリカ、君はどうしたい?もちろん自分で決められないなら答えなくていいよ」
「……私は、もう、あの学校、行きたくない。……ベランデン、ブルクに、行く」
もうあいつらがいる所に行くのは耐えられなかった。
さらに言えば、ボロボロの状態で帰った僕をたくさんの人が見ていた。きっと噂になっているだろう。
正直ニューゲンブルクの街を歩くのも嫌だった。
しかし、ここはナラカ世界。
歩みを止めていると、他の人間に騙され搾り取られることは明らかだった。
少しでも生きる力を獲得しなきゃならない。
「わかった。魔術学院への入学手続きはこちらの方でやっておくよ」
「すまん、頼む」
父がリュディガーさんに静かに頭を下げる。
落ち着いた母が紅茶を淹れてリビングに戻ってくると、雑談がはじまった。
この場にいる大人たちは、少しでもこの場を和ませようと穏やかに談笑する。
マックスとリュディガーさんは、執事のヴァイスさんの運転で、僕たちがニューゲンブルクへ出立した翌日に、ミッテルラントの首都ベランデンブルクへの帰路についたそうだ。
その途中、マックスが僕に最後に一目会いたいと、ニューゲンブルクに立ち寄ることにしたようだ。
そして、家にいない僕を探しにマックスは単身街中を探し回ってくれたらしい。
なぜ僕が公園の低木の裏にいるのがわかったのかと問うと、イヤーカフに探知魔術がかけられていたこと、それが壊れたことで不安になって急いで探してくれたことも話してくれた。
……なんだかペット扱いされていたようで微妙な気分になったけど、そのおかげで助かったのは事実だ。
「本当に、ありがとう」
僕ははじめてマックスに頭を下げて礼を言った。
リュディガーさんとマックスが玄関の戸をくぐる。
今日はもう遅くなったから、ヴァイスさんとベルノルトさんを入れた4人で近くに宿を取ることにしたそうだ。
僕にはあらためて遣いをやって、ベランデンブルグに連れて行ってくれるらしい。
帰り際、見送るために玄関に立った僕に、マックスは強い決意をこもった眼差しを向けた。
「これからは、僕がセリカを守るから」
誤字報告ありがとうございました。