怒りと悲しみの日   作:suiru

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一章

 時は二十数年前にさかのぼる。タイタスが聖火騎士団に所属する騎士として鍛錬を重ねていた頃である。

「今日もこんな時間まで居残り練習か? ご苦労なことだな、タイタス君!」

 聖堂内の食堂で、食卓についたタイタスが食前の祈りを捧げ終わり、匙を手に取った瞬間だった。騒々しい足音と共に男が食堂に入ってくると、荒っぽく彼の目の前の椅子に腰かけながらそう言った。この男もタイタスと同じ聖火騎士団に所属する年若い騎士である。

 誰よりも遅く鍛錬を終え、誰もいない食堂で静かに祈りを捧げてから食事をとる。そしてその後は書物を読み、心地よい疲労感と共に眠りにつく。それがタイタスの日課であり、彼の心が安らぐ一時でもあった。平穏を破ったこの同僚と言うべき男の存在をタイタスは煩わしく思った。

 加えてタイタスは日頃からこの同僚のことを快く思っていなかった。短絡的な言動と刹那的な生き方が顕著で、酒と女に目がない。それは人間が果たすべき役割に背を向け、堕落と放縦の奴隷に成り下がっているかにタイタスには見てとれた。

 タイタスは今夜も酒気を帯びて微かに赤くなっている同僚の顔を一瞥した後、視線をスープ皿に戻して何事もなかったかのように匙を口に運び始めた。

「何の用だ」

「心配して様子を見に来てやったのさ。協調を重んじる聖火騎士団の中で孤立しているお前のことを」

 彼の淡々とした態度を少しも意に介さず、同僚はせせら笑ってまくし立てる。

「酒が飲めない訳でもないのに付き合いが悪い。修道女たちの間ではお前の噂で持ち切りだってのに、当の本人は女に見向きもしない。まったく人生を損してるな。俺がお前なら女を毎晩取っ替え引っ替えしながら酒場に入り浸ってるよ」

 タイタスは眉一つ動かさずに食事を続けている。

「俺は心配してるんだよ。修道女たちがお前にのぼせ上がってる裏で、お前が教会を否定するような思想に染まってるって陰口を叩いてるやつが大勢いる」

 食事をしている彼の手が止まった。

「過激な主張をしている神学者の論文を読み漁っているんだって? 中でもお前が御執心なのは……なんていったかな。ク、ク――」

「クルツ氏のことか」

 タイタスは前を向いて初めてまともに同僚の顔を見た。うすら笑いを浮かべたままの彼の瞳には、隙あらば相手を貶めてやろうという悪意が潜んでいる。

「そうだ。教会にも目をつけられている神学者らしいじゃないか。なにせ信仰において教会は不要だとあちこち説いて回ってるんだからな。そんなやつに心酔していたら、お前まで異端扱いされちまうぞ」

「俺は教会が不要だとは思っていない。彼が教会の強権的姿勢に異議を唱えている点を評価しているんだ」

 落ち着き払っているタイタスだが、同僚に向けられている眼差しは獣のように鋭い。

「教会とは本来、神と人間を繋げる仲介者にとどまる存在だ。悩める者がいれば寄り添い、聖火の導きに従いながら最善を尽くす。しかし今の教会には……まるで自らが神に成り代わったかのように信者に服従を強いる者たちがいる。教会の栄光のために人間の尊厳や幸福を踏みにじる聖職者がいる。教会の品位を損なう流言が広まっているのが、教会が人々の信用を失い始めている証拠だ」

 そして彼は汚物を嗅いだかのように顔をしかめた。

「今日は……教会が若い娘を軟禁し、無数の男たちに手籠めにさせているというありもしない醜聞まで耳にした。これ以上教会の名誉がむやみに傷つけられる様子を黙って見てはいられない」

「御高説、どうも。それで? お前の話とクルツはどう関係してくるんだ?」

 同僚は退屈そうに腕を組みながら先を促す。

「クルツ氏の批判は確かに度が過ぎているが、的を得ている部分も大いにある。教会は彼をただ排除するのではなく、自らを省みてかつての謙虚さを取り戻すべきだ。彼のように教会へ警鐘を鳴らす者を次々と遠ざけていけば、組織はますます頑なになり過ちに気づけなくなる」

「聖火教会に忠誠を誓った騎士の発言とは思えないな」

「俺は教会を敬愛しているからこそ、変化を望んでいる。思考を停止して奉仕することだけが誠意ではないはずだ。お前は俺に不用意なことを言わせて揚げ足を取りたいようだが、無駄なことだ」

 興醒めと言わんばかりに、同僚が鼻を鳴らす。

「俺たちは剣が振えてなんぼだ。小賢しい講釈を垂れたところで何の徳にもならない」

「お前がそう思うなら話はここまでだ。もう出て行ってくれ」

「俺も一つ、警鐘とやらを鳴らしてやるよ。長い物には巻かれろってね」

 立ち上がった同僚が吐き捨てるように言った。

「今に後悔することになる……憐れなタイタス君に神の御加護を!」

 彼が食堂を出た後すぐ、タイタスは食事を再開した。彼が飲みかけていたスープはすっかり冷めてしまっていた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
睨み合うタイタスと同僚……突然インド映画のようにダンスバトルが始まって和解できればよかったのですがそんなこともなく剣呑な雰囲気のまま終わってしまいました。
オリキャラまで出して果たしてどうなっていくのか。
暑さが厳しくなってきたので、体調を崩されませんよう御自愛ください。
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