変わった少女がいる教室   作:鋼コーティングの硝子ハート

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おもしろい人がいた、おかしな人達もいた

「阿御鳥さん……だよね?」

 

 入学式から二日。いつも通り椅子に座って本を読んでいたら、誰かに私の名前を呼ばれた。

 

 顔を上げたら、正面には大きな胸があった。目線の高さは絶望的に合っていないらしい。

 

 それに気付いたのか、推定少女の方が屈んだことで目が合ってしまった。金髪の少女だった。

 

「同じクラスの櫛田だよ。覚えてくれてるかな?」

 

「多分…………?」

 

 誰だろうか。少なくとも話した記憶はない。でも、人の輪の中でよく見かけたような……気がする。

 

「そっか、覚えてないんだね。私たち、ここに来るバスに一緒に乗ってて、その時から話してみたいと思ってたの。颯爽とお婆さんに席を譲ったの、かっこよかったよ!」

 

「………………?」

 

 つい、ぽかんとした表情をしてしまう。確かに一昨日はバスに乗っていた。けれど、お婆さんに席を譲ったりなんてしていたっけ? 確かあの時はバスに乗ってからずっと座っていて、それで───。

 

「あっ」

 

 そういえば、譲っていた。

 

「もしかして、忘れてたの? 阿御鳥さんって、面白い人なんだね」

 

「おもしろい…………?」

 

 おもしろい。それは、愉快という意味だろうか。それとも、不思議という意味だろうか。あるいは、嘲笑だろうか。

 

 目が合っている。表情の全てを観察できる。

 人は無意識を操れない。微表情は誤魔化せない。

 

 対人経験が少なくとも、記憶して、統計して、パターン化して。それにいくらかの学術的知識も加えれば、頭が勝手に人の感情を読み取るようになる。読み取ってしまう。

 

 彼女は私との会話を面倒に思っている。

 彼女は私のコミュ力を嘲っている。

 彼女は私という人間を奇妙に思っている。

 

 義務感、承認欲求、嘲笑、不信。

 

 それでも、彼女は私に好意的だ。

 

 まあ、誰もが持つ多面性に過ぎない。

 

「ね、連絡先交換してくれないかな? 私、クラスの皆と仲良くなりたいの。もちろん、阿御鳥さんとも」

 

「いいよ。けど……やり方、知らない」

 

 学校から端末は与えられているけれども、私はそれで連絡先を交換したことはない。アプリなのか、メールなのか、電話番号なのか、何を使うのかも知らない。

 

 知らないけど、その辺りは櫛田……さん? 氏、女史……殿? がやってくれた。

 

「改めてよろしくね、阿御鳥さん」

 

 そうして、手を差し出された。意図が掴めず、しばらく戸惑っていたけれども。

 

「うん、よろしく……ね」

 

 気付いてからは、すぐに手を握った。人に触れるのは、久しぶりかもしれない。

 

 何となく、自分の手を見つめた。小さい手だ。彼女の手より小さい。まだ、人肌の温度が残っている。

 

 少し、愉快な気分になった。

 

 

 それにしても。後ろ姿を、目で追っていれば分かる。

 

 誰にでも話しかけられて、笑顔を向けられて。

 

 あの気質で。クラスの皆と仲良くするという目標を、見事に成し遂げようとしている姿は。

 

 

 やっぱり、面白い。

 

 

 

 

 

      ◇

 

 

 

 

 

 入学式から一週間。私は相変わらず、自分の席で一人本を読んでいた。ツァラトゥストラはかく語りき。

 まあ、順調にボッチ街道を驀進している。もしかしたら、連絡先の登録数が0じゃなくなったから道から外れているかもしれないけれど。あと、あれから時々櫛田御に話しかけられるし。

 

 今日は水泳の授業がある。今までプールを見たこともないから、少しだけ楽しみ。

 

 それと一部の男子が奇行をし出した。巨乳ランキングとか作って、女子の胸の大きさで賭け事をしている。公序良俗に反している気がする。

 けれどもあんまりにも奇異な行いだから、どこに行き着くのかちょっと興味がある。

 

 そのせいで、あまり本の内容にも集中できない。

 

 参加者はかなり多い。賭け金は一口1000ポイントらしい。胸の大きさは見た目で何となく分かりそうではあるけれども、胴元は儲かるのだろうか。

 

 それにしても、彼らは自分達に向けられる絶対零度の視線に気付いているのだろうか。私はその辺りの機微には疎いし、ちんちくりんだから尚更よく分からないけれども。人によっては嫌悪されても仕方ない所業だと、一般論から考察する。

 たしか、彼女が欲しいとか大声で言っていた人が何人かいた気がするけれども。彼等も参加しているのだろうか。

 

 価値観の差、短絡的思考、悪ノリ、信念。いろいろあるのだろうけど、やっぱり人の感情は分かっても、思考までは分からない。

 

 相互理解は困難なり。

 

 

 

 ◇

 

 

  

 体育が始まる前。

 

 ボッチだから、さっさと着替えてさっさとプールに行ったら誰もいなかった。見られることに頓着せず、誰とも話さず、RTAもかくやとばかりに動いたら男子よりも速くなるらしい。

 

 水に手を入れてぱちゃぱちゃしてみる。温かい。

 人体に合わせて調節された水温、波のない水面、鼻につく塩素臭。すごく、プールって感じがする。

 

 

……………………。

 

 

 それにしても、誰も来ない。何か間違えたのかもと、不安になってきた。ボッチの弊害だ。

 

 とりあえず、すみっこの方で体育座りして待っていることにした。

 

 そしたら、赤髪の人が最初に来て、そのすぐ後に男子の集団がやってきた。

 

 何故か私は気付かれていない。

 

 女子はまだなのかとか言っている人がいる。周囲を見渡している人もいる。

 

 気付かれた。

 

 子供体型らしい。

 

 むべなるかな。

 

 

 その数分後、遅れて女子がやってきて。さらにしばらく後にようやくやって来たマッチョな先生が集合をかけた。

 

 見学者は16人。周囲の言動から鑑みるに、賭けの主要な人物も見学らしい。一体どうするのだろうか。

 それはそうとて、このクラス、やけに巨乳が多い。

 

 その後は準備体操をして、実力を見るために一度泳げと言われたが、やはり私は泳げなかった。じたばたと犬掻きをした後に沈んだ。鼻に水が入って痛い。 

 

 とは言え、40人───26人もいれば、泳げないのは私だけではないようだ。

 

 先生もおっしゃった。「とりあえずほとんどの者が泳げるようだな」と。

 ついでに、競争して最下位には補習を受けさせるという無情な言葉も賜った。

 

 作戦を練らなければ、私は補習を受けることになりそうだ。

 歩くのと、泳ぐの。速いのは、どちらだろうか。

 

 

 

 何であれ、私は必至に足掻いた。短い腕で水を掻き分け、痩身矮躯が波に流されぬよう、懸命に歩いた。

 それは正しく矮小な人間と大いなる水との闘争。例えプールという人工の産物にまで貶されても、自然の化身であることに相違なし。

 只人は、どうしようもなく大海に翻弄されるしかない。

 

 それでも、私は見事最下位の名誉から逃げ切った。全霊を注ぎ、体力気力を使い果たして、それでもプールに打ち勝った。

 

 けれども、補習からは逃げ切れなかった。

 

 

 泳がなければならなかったらしい。

 

 

 むべなるかな。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 学校が終わって、私は買い物をしてから帰途についた。4月はまだ夜が早いから、もう夕日が出ている。

 

 私は節約するためになるべく自炊している。

 

 あまり食事にお金をかけたくないけれども、カップ麺や六枚切り食パン一食一枚みたいな食生活は味気なくて精神に負担がかかるから好ましくない。

 

 だから、間を取って自炊。

 

 無料で貰える食べ物も多いし、かなり節約にはなっている。

 

 削れる出費は、なるべく削っていきたい。

 

「はぁ……」

 

 でも、自分のためだけに作る食事は面倒臭くて仕方がない。ポイントが無限にあるならば、もっと買い食いしていただろう。

 

 それでも、趣味に使えるお金は残さないといけないから、時間でお金を買うしかない。

 

 来月貰えるポイントがいくらか分からないから、趣味のためでさえ軽々しく使えないし。最近でも、合鍵を作られないようにするためにかなり出費してしまったし。

 

 お金が欲しい。切実に。

 

 夕日があんまりにも赤いから、写真に撮れば売れるだろうか。




原作でも「とりあえずほとんどの者が泳げるようだな」という発言はあったので、多分全く泳げない人もいるでしょう。だから、競泳で競歩が行われる可能性は十分にあるはず()
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