変わった少女がいる教室 作:鋼コーティングの硝子ハート
Dクラスには、途轍もない変わり者が二人いる。
一人は天上天下唯我独尊を地で行く、究極の自由人───高円寺六助。
そしてもう一人は、孤高というよりもボッチ。誰も縛らず、誰にも縛られず、常にふわふわしている少女───阿御鳥式。
彼女との初めての遭遇は高育に向かうバスの中であった。個人主義が募る現代の中で、なお異質。誰にも目を向けず、全てに無関心に、ただ不機嫌オーラを撒き散らしていた。
しかし、そんな彼女は。杖を突く老婆の存在に気付いたならば、自然に席を譲り渡していた。
最も善行とは遠いと思っていた存在の、善行。
そうして立った彼女は、まるで外界を拒絶するかのように目を閉じた。
次に出会ったのは、Dクラスだった。
他者に対して我関せずといった様子で本───罪と罰───を読む堀北鈴音の隣で、彼女も同様に本───所謂ライトノベルだろう───を読んでいた。
それは自己紹介中も変わらない。
教室を出ていくことこそなかったが、誰の自己紹介も聞かず、読書に没頭している。
順番が回ってきた時の言葉も、
『名前……阿御鳥、式。趣味は…………いろいろ? よろしく、ね』
という大変簡素なものだった。言葉に詰まったのは、きっと緊張からのものではないだろう。単純に喋り慣れていないから言葉が出てこない。そういう類のものだった。
同情のようなパラパラした拍手を気にも留めずに読書に没頭した彼女は、それからの学校生活でもやはりボッチだった。
堀北のように拒絶しているわけではない。彼女が話すときはいつだってぽやぁっとしていて、雰囲気もとても緩かった。
けれども、会話が長続きすることはない。ほんの数言で自然と終わる。そして、一度彼女に話しかけた人は櫛田以外は誰も二度と話しかけず、彼女も自分から誰かに話しかけることは一度としてなかった。
放課後にも、何度か阿御鳥を見かけたことがある。特に小柄な上に、純白の髪ももさもさしているから酷く目立つのだ。
ある時は、買い物袋を両手に抱えて歩いていた。またある時は、本を読みながらふらふら歩いていた。木の上でゲームをしていた時もあったし、何故か地面で寝ていた時もあった。ポイ捨てされたペットボトルを拾っている時もあった。
まるで掴みどころのない、浮遊しているような少女だ。
五月最初のホームルームでも、そう。茶柱先生による解き明かしの中、彼女はふて寝していた。高円寺でさえ愉快そうにして、クラス全体が阿鼻叫喚に包まれる中、彼女の反応は異質だった。
それは、この学校に対する夢を裏切られた嘆きではない。ただ、予想していたことが当然に起きたことに対する、憂鬱。
小テストも唯一の満点で、けれども他の成績優秀者のようにDクラスという不良品にカテゴライズされていることに対するショックは見受けられない。
机にべったり張り付いている様からして、どちらかといえば自己嫌悪しているように思われる。
そうして、今。放課後の指導室で、綾小路清隆は阿御鳥式と遭遇した。
◇
茶柱先生に促されて指導室に入って来た阿御鳥の目を見て、綾小路はぞっとした。彼女はいつも俯いているし、人と話すときも目を伏せている。
だから、綾小路は阿御鳥の目を見たことがなかった。
長い髪に隠された先。ちらりと覗く真紅の瞳は伽藍洞で───ぞっとするほど、何も映していなかった。
けれど、すぐにその瞳は閉ざされた。
「ごめん、なさい。それ……見えた」
テストの点数はプライベートなものだから、なるべく見ない方がいいという一般観念に従ったらしい。それで目を閉じるのもどうかと思うが。
「ああ、気にするな。見ても構わないものだ」
「それ、先生が言うんっスか」
だが、そのことを指摘する気にはならなかった。
「入試は満点、小テストも満点。凄まじいな。お前の学力は、既に高校生の域を超えている」
その言葉に、綾小路は隣から息を飲む音を聞いた。堀北だ。
彼女は入試は四位で、小テストも90点で同率二位に名を連ねていた。そんな彼女は学力を理由にDクラスに配属されたことを抗議していたが───目の前の小柄な少女は、学力においては明確に首位に君臨するのだ。
「だが、面接の結果は散々だな。ボランティア精神があるにも関わらず、コミュニケーション能力に欠け、協調性も低く、他者への関心も薄い。全く、このクラスには愉快な生徒が多い」
「…………あの。ボランティア、したこと……ない、よ?」
だが、阿御鳥の異常さはそれに留まらない。ボランティアをしたことがない。勿論ボランティア精神なんてない。
そんな言葉が、どうして迷わず老人にバスの席を譲り、ポイ捨てされたゴミを片付ける奉仕精神を持つ人から出てくるのだろうか。
だって、おかしいだろう。善行というものは、何らかの打算か相手への共感があって初めて発揮されるものだから。
だが、彼女は違う。その行動に打算はなければ、共感もなく、善意さえもない。伽藍堂なのだ。
ただ、規定された律に従い続けるだけ。それは、あまりに機械的だ。
「…………そうか。変なことを言って悪かったな。ところで、お前はこの学校の仕組みに気付いていたな? それといい加減目開けろ」
「ん。気付いてた、けど……目、開けていいか、分からない」
「…………もしオレの許可を求めているなら、開けていいぞ」
「ん」
「ならば、何故それを利用しなかった? お前ならばどうとでも出来ただろう」
「…………無価値、面倒、無駄、後悔に……推移」
「ほう? それはどういう意味だ」
「隠して、なくて。ただのコミュ障、と……判断。皆……気付くと、思った。授業態度、わざと。趣味の時間、のが……大切。けど、対処……いると思ったの、遅い。誰か、すでに……した。手遅れと、勘違い。後悔……してる」
たどたどしい説明だが、言っていることは簡単だ。
あの程度で秘匿する気があるなんて全く思わなかった。ただ説明が下手なだけで、皆気付いているものだと過大評価していた。授業態度が悪いのは、ポイントの減少を気にしないような気質なのだと勘違いしていた。
だから趣味に没頭していたけれども、途中でそうではないことに気付いた。けれども、今更授業態度を改善させるのは間に合わない。美味しいパイを取ろうにも、他に気付いているだろう少数が既に取り尽くしたと思い込んでいた。
要するに。
まさか誰も気付いていなかったとは夢にも思わなかったから、何もしなかったことを後悔している。
そう言っているのだ。
なんて、傲慢なのか。
「お前はAクラスに上がる気はない。そうだな?」
「ん」
「退学にされるなら、どうだ?」
「退学、しても……いい」
そして、ついには退学さえも恐れないとも言う。
「なるほど、想像以上だな。ま、話はこれだけだ。私はもう行く。そろそろ職員会議の始まる時間だ。ここは閉めるから三人とも出ろ」
「えっ…………? 待っ………………!」
そうして三人は廊下に放り出された。
茶柱先生がどうして綾小路を呼び出し、堀北と鉢合わせ。どうして阿御鳥が茶柱先生を訪ねに来たのかも分からないままに。
まず、阿御鳥が歩き出した。肩を落とし、とぼとぼと。
そして綾小路も寮まで帰ることにした。今は阿御鳥と接触する気にはならず、堀北とも一緒にいない方がいいと判断したから。
「待って」
そこに響く、呼び止める声。当然、立ち止まる者はいない。
「さっきの点数……本当に偶然なの? それにあなたも、一体何がしたいの?」
ならば、ついてくるのも当然なのだろう。
オリ主ちゃんはよく善行を積んでいる姿を見かけられるので、周囲からの好感度はそれなりに高かったりします。ただ社交性が皆無なのでオリ主ちゃんを嫌う人も少なくはない。