それに伴い、いつまでも匿名なのもいけないと思い、匿名状態を解除しました。これにつきまして、ルーキーランキングに乗るものと知らなかったため、結果的にランキング荒しになってしまった事、申し訳ありませんでした。
恐らく不愉快に思われる方もいらっしゃると思います。
それでも、もしよろしけれれば、これからも本作をどうぞよろしくお願いします。
旧前書き:勢いで書いた試作品なんですが、そこそこ気に入ってるので、物は試しに公開してみます。
そのうち本連載するかもしれません。その時はよろしく。
悪逆デュエリスト
この世には、三つの力がある。
権力。
金。
そして、カードゲームの強さだ。
残念ながら冗談ではない。
カードゲームに強ければ、社会権力や大富豪に顔を並べる事が出来る、それが今、私の生きる世界なのだ。
そして幸か不幸か、私はどうやら、この世界では結構、やれる方らしい。
「これでターンエンド! ははは、貴様の快進撃もこれで終わりだ!」
いつもは買い物客でごった返す街の広場は今、小さな戦場と化していた。
カードゲームの対戦風景。道行く人は足を止めて、サーカスでも見るように試合の様子を見守っている。だが、その視線は「そろそろ終わりか」「勝負は決まったな」という感じの平淡なものだった。
私と対面するプレイヤーは、黒いシャツを着た大柄の男。彼の前には、屈強な鬼型のモンスターがその巨体を見せびらかすように佇んでいる。それも一体ではなく、二体、三体と同じパワータイプのモンスターが肩を並べている。
巨大なモンスターが居並ぶ様は壮観だ。迂闊にダイレクトアタックを許せば、それだけで勝負を決めてしまう、それだけの威圧感がある。
それに対して、対戦相手である所の私は貧相なものである。
場にはモンスターの一匹もなく、さらに私の体格は貧相なものだ。身長150cm未満の貧相な背丈に、女なのか男なのか見た目からはっきりしないやせっぽちの黒い長髪。衣服も洗濯を繰り返してくたくたの灰色のシャツとズボンとみすぼらしい。おまけに、腰まで長く伸びた髪の毛も特に手入れしてないから荒れ気味だ。
プレイヤーが屈強かどうかなどカードゲームの腕前とは関係ないが、ルールとかをよく知らない人間からすれば、もうビジュアルの時点で勝負は決まっているように見えるだろう。
別に、それはどうでもいい。
他人にどう見られようと、気にするような事ではない。
どのみち私の外見にどのような印象を抱いたところで、ゲームが終わった時、彼らの視線は侮蔑のそれに変わっているのだから。
「貴様のターンだ、チビ助! だが、たった1ターンで俺のキングオークをどうにかする事など出来はしまい。無駄だと思うが、せいぜい最後まで足掻いて見せるんだな!」
「……私のターン。ドロー」
カードを引き、それに目を通さず私は手札に加えた。
何故ならば、すでに勝負は決まっているからだ。
「私は場に伏せていたトリックカード、“疫病感染”を発動」
「何だと!?」
「このカードは、場に伏せてから5ターン以上が経過し、かつ、相手の場に同じモンスターが3ターン以上存在した場合にのみ発動できる。この場合の対象は、貴方の場にいるドレッドオークです」
私は相手の場にいるモンスターの一体を指さす。
それは相手の第二ターンに召喚された、いわゆる速攻アタッカーの一体だ。私が壁として出した弱小モンスターを打ちのめし悦に浸っていたでっぷり太った小鬼のようなモンスターが、今は肌を青紫に染めて苦し気な表情で膝をつく。その体から、明らかに体によくなさそうな瘴気が溢れだし、相手の場のモンスターを包み込んだ。
「このカードは発動時、場のモンスター全てを疫病に感染させる。よって、貴方の場のモンスターは全て弱体化する」
「お、俺のオーク軍団が!? お前、その為にわざと雑魚モンスターを出して壁に……!?」
苦しそうに呻いて膝をつく自慢のモンスター軍団に、男が悲しそうな声を上げる。モンスター達は、苦悶の表情のまま、自分達の主人に助けを求めるような視線を向けた。
安心してほしい。その苦しみは長く続かない。
「続けてトリックカード、“感染爆発”を発動。これは疫病に感染したモンスターを全て破壊し、それに応じたダメージを相手に与える」
「な……っ!?」
疫病に感染していたモンスター達の体が、風船のように膨れ上がる。最後に断末魔の声を上げて、爆発四散するモンスター達。その爆風を浴びて、男が背後によろめいた。表示される相手のライフが一気に減少する。
「俺のモンスター達が!? き、貴様! 正面からバトルで打倒するのではなく、そんな卑怯な手段で……っ! 恥を知れ!」
顔を真っ赤にしてどなる男に同意するように、周囲の観客たちがどよめいた。
「え、えげつねえ……」
「これを使うから自分の場にモンスター出さずにいいようにやられてたのか」
「……私のターンは終わっていない」
観客たちの言葉は、どちらかというと私に対する批判の色が強い。
じっとりとした視線を浴びながら、私は次の伏せ札を起動した。
「三枚目のトリックカード、“立ち上がる感染者”を発動。このカードは、場に伏せてから5ターンが経過し、かつ、二枚以上の“疫病”アイコンを持つトリックカードを発動したターンにのみ発動できる。これにより、“疫病”のログを持つトラッシュのモンスターカードを、可能な限り、持ち主以外のプレイヤーの場に特殊召喚する。私のトラッシュに疫病ログを持つモンスターはいない、よって私の場にのみ貴方のモンスターが特殊召喚される」
「な……なにぃ!?」
オーバーリアクションで驚愕する男の目の前で、先ほど感染爆発で破壊されたモンスター達が次々と場に召喚される。
それらは皆、肌は爛れ、朽ちはて、内臓や骨を露にした見るも無残な腐乱死体のような有様だった。目は白く濁り、かつての勇壮さは消え失せ、退廃的な威圧感に満ちている。
かつての強力な手ごまであったそれらを前にして、男が怯んだように後ずさった。
「お……俺のモンスター達が……」
「……バトル」
ずしん。疫病ゾンビと化したモンスター達が、己の主人に躙り寄る。男が悲鳴のような声を上げた。
「き、キングオーク! ドレッドオーク! ブレイブオーク! 皆、俺の事が分からないのか!? 頼む、皆正気に戻ってくれ……!」
「モンスター達でダイレクトアタック」
「う、うわああああ!?」
疫病ゾンビ達の攻撃で、男のライフがゼロになる。
その瞬間、モンスター達の姿は消滅し、地面に倒れる男だけが残された。
私は手元の端末を確認し、勝利によってポイントが入っているのを確認した。
これで今日の稼ぎは終了だ。
ショックのあまり気を失っている男をちらりと見て、私は踵を返した。男に声はかけない、私にも敗者にかける情けというものはある。
そう思って場を離れる私の耳に、観客たちのひそひそ話が微かに耳に入ってくる。
「ひ、ひでぇ……相手のモンスターを醜悪な姿に変えてけしかけるなんて、慈悲の心とか持ち合わせていないので……?」
「結局自分の手は汚さずかよ、卑怯者……」
「そ、その。大丈夫ですか、対戦相手の方……?」
背後から忍び寄ってくるひそひそ声。背中をザクザクと刺されるような気持ちをひしひしと浴びながら、私はこの場を後にした。
人呼んで、悪逆デュエリスト。
それが私、逆巻トウマの通り名だ。
◆◆
「まーた派手にやったみたいだね」
行きつけの喫茶店のテーブルで突っ伏していた私に、軽薄な呼び声がかかる。
だるく顔を上げると、若いマスターがテーブルに一杯のコーヒーを置くところだった。
「……頼んでない」
「これは奢りさ。誰にも勝利を称えられない孤独なデュエリストに、勝利の一杯という奴さ」
綺麗にひげをそり、容姿端麗なマスターが茶目っ気たっぷりのウィンクをくれる。
女性客なら心臓バクバク間違いなしのそのリアクションにも私は大した感慨を覚えず、代わりにすんすんと鼻を鳴らしてコーヒーの香りを味わった。
「……キリマンジャロ?」
「正解。酸味が効いた味わいが気分転換にいいと思ってね」
「ふーん」
感慨もなくうなずき、コーヒーを口にする。
キリマンジャロ特有の、きりっとした味わい。カフェインが染みわたり、頭が冴えてくる。
「それにしても、耳が早いね。さっきプレイしてきたばかりだけど」
「また派手にやったみたいだからねえ。噂というものは病のように広がるものさ」
今回疫病デッキを使った事まで知れ渡っているらしい。まあ、あんなデッキを使うのはそれこそ、このあたりだと私だけだ。
「はは。その顔を見ると、また観客に何か言われたのかい? 普通のビートダウン使えばいいのに」
「出来たらそうしてる」
そうだ。
そもそも私だって、叶う事なら普通のビートダウンデッキが使いたい。
あんな二つも三つも条件があるような絡め手を使わないと戦えないデッキなんて、本来私の好みではない。さっきの試合だって、最初の手札に“疫病感染”と“立ち上がる感染者”を引けたのでそれでやりあう事にしたが、その為にはほぼ一方的に相手に殴られる必要がある。相手が受け身の私に違和感を覚えたらその時点で終了なので、ずっとばれないか心臓バクバクだった。
正直言うが、こうがーっとでて、わーっと相手と殴り合えるシンプルなカードの方が、私だって好きなのだ。
だが、そういうカードをもっていないのだから仕方ない。
私は懐に目を向け、ぽんぽん、と衣服の上からデッキケースを叩いた。その手ごたえは一つではない。
「手に入らないから仕方ない」
この世界では、カードとプレイヤーは、運命的な絆で結ばれているとかいう話がある。カードそのものは市販パックに一定割合で封入されているが、購入した人によってその結果は別のパックを買ったと思う程極端に分かれている。つまりはまあ、私がどれだけビートダウンを望んでカードを買い集めても、そういったカードは手に入らないのだ。
じゃあシングル買いすればいいと思うかもしれないが、考えてほしい。カードゲームの強さが権力や富と並ぶ世界で、シングル販売されているカードがどれぐらいの価値があるのか。
正直いうと、今の稼ぎでは10年かかって一枚買えるかどうかである。仮にそうやって手に入れても、運命で結ばれていないカードなんてデッキの底に沈んで手札には加わらないという事が容易に想像できる。
詰みという奴である。
それでいて、懐には四種類ものデッキがあるのだから、なんかもう、色々と諦めるには十分だった。
「そうか……。まあ、なんだかんだで、勝利は勝利さ。気にする事はないさ」
「勝ってる間はね。水に落ちた犬は死ぬまで叩け、ともいうよ」
「そんな乱暴なことわざあったか……?」
本気で困惑したようなマスターの顔に、僅かに留飲が下がる。コーヒーのカップを空にして、私は席を立った。
「ご馳走様、マスター。今日はもう帰って休む事にするよ」
「お疲れ様」
マスターにばいばい、と手を振って、私は家へと帰った。
私の家は、公営アパートの一角にある。
市民権も戸籍もない私だが、この狂った世界ではカードデッキさえ持っていればなんとかなる。実際この公営アパートも、デュエリスト向けに公開されているものだ。
私の部屋は712号室。
住宅キー代わりにデッキケースを読み込ませて、ガチャリと開いたドアから部屋に入る。
明かりをつけると、がらん、としたベッドも何もないほぼ空き家の部屋が露になる。靴を適当に脱ぎ捨て、私はフローリングの一角にごろりと横になった。
「……ベッド欲しいな……」
残念ながら、今の所ベッドも布団も満足には買えない。喫茶店だって、ほとんどマスターの奢りで通っているようなものだ、申し訳ない。
散財している訳ではない。
ただ、着の身着のままどころか、自分の肉体すら失ってこの世界に辿り着いた私に、元手など一円もなかったというだけだ。
「…………」
脱ぎ散らかした上着と、その横に転がされているデッキケースに目を向ける。
恐らく誰に話しても信じてはもらえないだろう。
私が、元は30歳を軽く超えた大人の男であり、こことは違う世界で生きていた、などといっても。
そこは、カードゲームが三大権力の一つだなんてイカレタ世界ではなく、無慈悲な資本主義の支配する世界だった。私はその世界の底辺に近い所で、ひぃひぃ言いながら日々を過ごしていた。カードゲームにはまっていた事もあったが、対戦相手がおらず、毎日の仕事に追われる内に机にしまい込んで、それきりだ。
それが、何の不幸か、カードゲームが全てを支配する狂った世界にやってきた挙句、肉体年齢や性別まで訳わからない事になってしまうとは、人生というのは分からないにも程がある。
このデッキケースは、この世界で気が付いた時から手にしていたものだ。
もしこのデッキすらなければ、私は早々にこの街の片隅で野垂れ死んでいたに違いない。その点については感謝している。
「……夕飯前に、もう一稼ぎするか」
デッキケースを手にし、内容を吟味する。
さっきは疫病デッキを使ったが、これはやはり受けが悪い。かといって、まっとうなビートダウンデッキは手持ちには存在しない。
少し考えた上で、私は別のデッキを懐にしまい込んだ。
「次はこれでいくか」
私はぽんぽん、と上着の上からデッキケースを優しくタッチし、部屋を後にした。
繁華街にいけば、対戦相手ならいくらでも見つかるだろう。
◆◆
夕刻の繁華街は、活気に満ちていた。
買い物する奥さん、仕事帰りのサラリーマン、塾に向かう学生。
忘れがちだが、この世界でカードゲームは全てを支配する一方で、それだけで完結していない。普通の経済活動や政治も行われている。
それらとカードゲームが同じ比重で語られているのがまあイカレてるのは間違いないのだが。
小走りのサラリーマンにぶつからないようひょいと避けつつ、人込みを縫うように歩いていく。
「ん」
遠くで、カードゲームのエフェクト音らしきものが聞こえてくる。それを頼りに、私は現場へ向かった。
たどり着いたのは、家電量販店の前。丸い芝地に植木が植えられ、周囲を囲むようにベンチが置かれている。
そのちょっとした休憩場で、しかしたったいま戦いが終わったようだ。
茶髪の軽薄そうなあんちゃんが膝をつく前で、金髪の偉丈夫が仁王立ちしている。周囲の観客も多く、拍手や歓声が飛んでいる。よほどいい勝負だったらしい。
この空気を壊すのは嫌だな、と思いつつ様子を伺った私は、見覚えのある対戦相手の顔にげっと眉を顰めた。
「……エンペラーかよ」
皇帝。勿論本名ではない、彼の通り名だ。
いついかなる時も威風堂々、正々堂々と正面から相手を叩き潰すプレイスタイルが見ごたえのある、ランカーデュエリストだ。
王道のビートダウンを繰り広げる彼のスタイルは私から見ても好ましいが、同時に妬ましさも覚えてしまう。
彼を見ると、自分のみすぼらしさを思い知らされるような、そんな気持ちになってしまう。
「……やめよ」
いろんな意味で私がでしゃばる状況ではない。
ここでの稼ぎは諦め、私は踵を返した。その時だ。
「そこの少女! 君もデュエリストかな?」
「……げ」
朗々と響く声。一瞬聞き間違えであってくれと思ったが、振り返った先、エンペラーの強い視線ははっきりとこちらを捉えていた。
彼がこっちに歩いてくるとモーゼのように観衆が分かれ、私はそこから取り残された。
まっすぐ歩いてくるエンペラーが、逃げ損ねた私の前までやってくる。
「対戦相手を探しているのかい? よろしければ、私と一戦どうかな?」
「それは……」
「やめた方がいいぜ皇帝!!」
対戦の申し込み。答えあぐねていると、観衆からヤジが飛んだ。
「そいつは、悪逆デュエリスト、逆巻トウマだ! 戦ってもロクな事にならないぜ!」
「! 君が……?」
観衆の言葉にはっとしたように皇帝が私を見る。どうやら、悪逆デュエリストの名前は、彼の耳にも届いているらしい。
諦めたように、私はため息を吐いた。
「……そういう事。悪いけど皇帝、あんたの相手に私は相応しくはない。もっと適切な相手を探すんだね」
「いや、それならなおさらの事。噂に聞く策略家、是非一度戦ってみたかったところだ」
「ええ……?」
正気かコイツ、という気持ちを込めて見返すが、皇帝の碧眼は本気と書いてマジだった。
「むしろこちらから申し込みたいところだ。噂の戦術、是非一度体験させていただきたい!」
「……いいよ。だけどどうなっても知らないよ……?」
こうなっては仕方ない。
私は大人しくデッキを取り出すと、シャカシャカ、とケースを振って見せた。
「合意とみてよろしいですね?」
不意に轟いた声に顔を上げる。
家電量販店の屋根の上に、誰かが居る。太陽を背にしたその人物はとう、と屋根から跳躍すると、私と皇帝の間に割って入った。
ぴしっと決めた黒いスーツに赤いリボン。目元を隠すサングラス。
ランカーとデュエルを始めるとどこからともなく現れる公式のレフェリーだ。さっきの男の時は出てこなかったが、あいつはランカーじゃなかったし。
『このデュエル、公式レフェリーのこの私、猿渡が仕切らせていただきます。よろしいですかな?』
「問題はない」
「異存はないよ」
唐突なレフェリーの登場に困惑する人間はいない。この世界ではこれが当たり前なのだ。
『それでは、2分間の準備時間を用意します。それぞれ、デッキの確認をお願いします!』
『ルールは一本先取のデュエル形式。特別ルールはなし。お互いによろしいですね!』
ルールは極めてオーソドックス。試合も一本取った方が勝ち。シンプルでいい。
『コイントスにより、先攻はトウマ氏に決定しました。先攻はドローがありません! 五枚の手札を引いてください』
最初に引いた五枚の手札に目を通す。
……今回の戦術は決まった。
「私は、“跳躍する狂信者”を召喚してターン終了」
私の場に、自分の脚を化け物のそれに差し替えた邪教の信者が現れる。いっちゃった目をした彼はきひひひ、と笑いながら、手にした巨大なチェーンソーをぶんぶんと振り回し、周囲を威嚇した。
観客から忽ちざわざわと声があがる。
「なんて醜悪なモンスターなんだ……」
「昼間に使っていたのと毛色が違うな」
「雑な手術跡だ、素人仕事だな」
一部変な意見もあるが、概ね評判はよくはない。私も正直、こいつは目がどこ見てるのか分からないので苦手である。
対して、皇帝は一切の動揺も見せない。流石にランカーだけあって、いろんなモンスターを見てきているのだろう。
「私のターン、ドロー。……私は、白銀の騎士を召喚する。これでターンエンド」
光と共に、全身をプラチナの鎧で固めた守護騎士が召喚される。騎士はその場で両足を踏ん張ると、様子を窺うように盾を構えた。
『白銀の騎士……ステータスに優れる代わり、相手プレイヤーに直接攻撃できないブロッカーですね! 相手モンスターには攻撃する事ができますが、ここは無難に様子見するようです!』
慎重な事で結構だ。だが、残念ながら、こちらは一般的なタクティクスに付き合うつもりはない。
何故ならば。
このデッキのテーマは“狂騒”。戦術のセオリーなどくそくらえだ。
「私のターン。……バトル! 跳躍する狂信者で白銀の騎士に攻撃!」
『おおっと!? どうした事だ、トウマ氏、ステータスに勝る相手に攻撃を仕掛けたぞ!?』
自殺同然の展開にレフェリーが驚愕の声を上げる。皇帝も、一瞬困惑を見せたが、すぐにその理由を察した。
「馬鹿な?! いや、そうか、そのモンスターは」
「そう。跳躍する狂信者は、可能であれば必ず攻撃しなければならない」
けけけけ、と声を上げて狂信者が白銀の騎士に襲い掛かる。唸りを上げるチェーンソーの騒音に、しかし騎士は動じる様子も見せず、人外の勢いでとびかかってきた狂信者を一刀のもとに切り捨てた。
上半身と下半身に分かたれた狂信者が、鮮血をまき散らしながら地面に転がる。ぴくぴく、と末期の痙攣が、どす黒い血を地面に塗り広げた。
それを待っていた。私は素早く、次の行動に移る。
「自分モンスターが戦闘破壊された事で、私はマジックカード“血の祭壇”を発動」
『おおっとこれは……自分のモンスターが破壊された時に、デッキから後続を召喚する魔法カードか? しかし、白銀の騎士のステータスはかなり高い! 下手なモンスターでは追撃にもならないぞ?!』
私の場に、骨で組まれた寺院のようなものが出現する。その中から現れるのは、長い後頭部をもった真っ赤な悪魔。悪魔は手にした剣を振りかざし、白銀の騎士へと襲い掛かった。
「この悪魔も、可能な限り戦闘しなければならないルールを持つ」
「だが、白銀の騎士の方がステータスは上だ! 返り討ちにしろ!」
言葉通りに、襲い掛かった悪魔が騎士によって返り討ちに合う。白銀の騎士の鎧が血に塗れ、断末魔の声を上げて消滅する悪魔。再び広場の地面が、鮮血で汚される。
「……血の祭壇の効果は1ターンに一度しか発動できない。私はこれでターン終了」
『これは一体どういう事だ?! 無駄にモンスターを自爆特攻させるトウマ氏の戦術が分からない?! ここで皇帝にターンが回るが、トウマ氏の場にはモンスターが居ない。これではダイレクトアタック確定だあ!』
「私のターン、ドロー! ……私は、場に錬鉄の騎士を召喚!」
今度は、鈍い鉄色の全身鎧の騎士が召喚される。騎士はずらりと剣を引き抜き、攻撃の構えを見せた。
「バトル! 錬鉄の騎士で、相手プレイヤーに直接攻撃!」
「……反応するカードはないよ。受ける」
騎士の一撃を、敢えて受ける。物理的な接触はないが、真に迫った騎士の斬撃は、ちょっと肝が冷えた。
「これで君のライフは削った。私はこれでターンエンド……」
「いいや。まだ皇帝のバトルシーンは終わらないよ?」
『ははは、トウマ氏。白銀の騎士はブロッカーなので、攻撃は……』
ご丁寧に説明してくれるレフェリーに、私は引き攣ったような笑みを浮かべて見せた。
だから、言ったのに。
酷いことに、なるって。
「うん。だから、いるでしょう。“場にモンスターが”」
「何……!? ど、どうした、白銀の騎士! やめろ!?」
攻撃権の無い白銀の騎士が動き出す。彼は剣を振りかぶり、有ろう事か隣に立つ錬鉄の騎士へと襲い掛かった。
味方からの不意打ちにより、消滅する錬鉄の騎士。白銀の騎士は血で汚れた兜の下で、眼光を輝かせている。
『これはどうした事だ、皇帝のモンスターが同士討ちだ! 白銀の騎士の目が怪しく輝いているぞぉ、これは、まさか!?』
「そう。“鮮血のレッサーデーモン”の効果。このモンスターと戦闘したモンスターは血に酔い、血に溺れ、毎ターン必ず戦闘しなければならなくなる。必ず、ね」
「なんだと……?!」
そう。
そのテキストに、“味方モンスター”と戦ってはいけない、だなんて書いてはいない。
周囲の観客がざわついた。
「そ、そりゃ、仲間と戦っちゃいけない、なんて書いてはないけど……」
「お、おかしいだろアイツ! だって、その言葉の通りだと、複数のモンスターを並べたら、同士討ち始めるって事じゃねえか!?」
「まともじゃない……!」
はい、おっしゃる通りです。大体事実なので、言い返す気にもならない。
私もまともじゃないと思う。だけど手持ちのデッキだと、これが一番ビートダウンできるデッキなのです。はい。
皇帝もさぞドン引きしているだろうな。そう思って向けた視線に帰ってくるのは、きらきらとした青い瞳だった。
「……面白い!」
「え」
思わず素で首を引いてしまう。逆にドン引きする私に、何やら皇帝はテンションが上がっているようだった。
「低ステータス、デメリットとしか思えない効果を逆手に取ったのか! 一時的に相手にリードを取られるも、立ち回り次第で取り返せる、素晴らしいタクティクスだ! これは俄然、やる気が出てきたぞ! 流石だ!」
「あ、ど、どうも……」
なんて前向きな人なんだ。これがランカーデュエリストというものか。
感心しながらも、しかし手心を与える理由にはならない。私も晩御飯がかかっているのだ。
「ここで、“血の祭壇”の効果を発動。私はデッキから、“鮮血のレッサーデーモン”を特殊召喚する」
「?! 相手のターン、相手のモンスターが破壊されても効果を発揮するのか?!」
『おおっと、ここで血の祭壇が後続モンスターを呼び出す。だが、今は皇帝のバトルシーンだ。攻撃宣言を行う権利は皇帝が持っているが、皇帝の場のモンスターは全て攻撃済み! 戦闘は発生しなーい!』
そう。だからここでモンスターを召喚するのは、次ターン以降の布石、と考えるのが普通。しかし。
「うん。でも安心して。この効果で召喚されたモンスターは、ターン終了時に自滅する」
私が言うが早いか、呼び出されたレッサーデーモンは自分の腹に剣をぶっ刺して自害する。その様子を目の当たりにした観客から悲鳴があがった。
「な、なんだこいつ!?」
「何のために出てきたんだよ……」
「くっそ悪逆デュエリストめ、自分のモンスターを何だと思ってやがる!」
一通り、私への悪態。そして。
「負けるな皇帝! 悪逆デュエリストをぶちのめせ!」
「あんな奴デュエリストの風上にもおけねえ、とっちめてやれ!」
流れるように皇帝への応援、私へのディスリに変わる。
いやあ、嫌われてるなあ、私。仕方ないけど。
『こ、これは一体……。トウマ氏のタクティクスが、全く理解できないー! 彼女の狙いは一体?!』
「私のターン、ドロー。……私は手札から、“鮮血のソードデーモン”を召喚する」
再び、後頭部の長く伸びた悪魔が現れる。ただ先ほどまでより、ちょっと装備や体格が強そう。いわゆる上位互換モンスターである。
ステータスを確認したのであろう、皇帝が目を見開いた。
「馬鹿な、そのステータスのモンスターをノーコストで召喚だと!?」
「勿論そんな訳はないです。このモンスターは、場に鮮血カウンターが3つ以上乗っている時にしか召喚できない」
「鮮血カウンター……そうか、そういう事か!?」
ここで初めて、皇帝が広場にまき散らされた血に目を向ける。
そう、これはただの演出じゃない。このデッキの重要な要素だ。
「モンスターが死ねば死ぬほど強化されるデッキという事か!?」
「正確にはちょっと違う。より流血する事で、このデッキは強化される」
一応、訂正しておく。ここを曖昧にしておくと後で揉めるからね。
「バトル。鮮血のソードデーモンで、白銀の騎士に攻撃」
ずしん、ずしんと歩み寄ったソードデーモンが剣を振り上げる。あわや、一刀両断というところで皇帝が動いた。
「させん! トリックカード、“勝利の武勲”を発動! このカードは、相手モンスターを一体以上破壊している自分モンスターに発動できる! それにより、手札のそのモンスターと同じシンボルを持つ上位レベルのモンスターと、存在を入れ替える! 私は、手札の“金剛騎士”と場の白銀の騎士を交換!」
ひゅいん、と白銀の騎士がその場から消え去り、代わりに全身を輝くダイヤモンドの鎧で覆った騎士が出現する。代わりに、ソードデーモンの攻撃は対象を見失って空を切る。
『おっと、皇帝、ここで巧みなタクティクスを見せた! この場合、ソードデーモンが攻撃対象として宣言したのは“白銀の騎士”なので、それが居なくなった事で自動的に攻撃は不発となる! 一体のモンスターがバトルシーンで行える攻撃宣言は原則一回! ルール上では巻き戻しが無いので、これで攻撃は不発だ! 皇帝、素晴らしいタクティクス! 攻撃を回避しつつ、戦力を強化したぞ!』
一般的にはサクリファイスエスケープと言われる戦術だ。脳筋気味な気のあるこの世界で、なかなか巧みな事をする。
「なるほど、上手い。でも残念。このデッキの特性をまだ把握してないね」
攻撃宣言を終了したにも拘らず、ソードデーモンが動き出す。その視線は、金剛騎士に向けられている。
「まさか……しかし、攻撃宣言は一度のはず!」
「“鮮血のソードデーモン”は、可能な限り攻撃しなければならない、だけではなく。“必ず全てのモンスター”に攻撃しなければならない特性を持つ」
動き出したソードデーモンの一撃が金剛騎士を切り裂く。ダイヤモンドが砕け散り、金剛騎士は一刀の元に血の染みと化した。
ゲハハハハ、とソードデーモンが勝利に哄笑し、観客がドン引く。
『まさかの無差別攻撃能力持ち! ソードデーモンの追撃から、逃れる事は出来なかった! さらにモンスターが破壊された事で、トウマ氏の魔法カードも発動するぞ!』
「お、おい、つまりそれって……」
観客の予想通りの事が起きる。
相手モンスターを戦闘破壊した事で、血の祭壇が発動。私の場に、“鮮血のハンタードッグ”が召喚される。犬というのは名ばかりの、歩く魚みたいな怪物……場に顕れたそれを、振り返ったソードデーモンが見下ろした。
キュウン、という断末魔と共に、鮮血が飛び散る。効果の説明に例外なし。味方のハンタードッグすら、ソードデーモンの獲物でしかないのだ。
当然観客はドン引きである。
「あ、ああ……」
「味方であってもお構いなしかよ……」
『これは、鮮血カウンターを貯めるための意図的な戦術か?! しかし無慈悲、あまりにも無慈悲!! 今の所、戦況はトウマ氏に有利だ! ソードデーモンをどうにかしない限り、どれだけモンスターを並べても無意味だぞ! どうする皇帝!』
血に染まる広場。
もはや青い芝は真っ赤に染まっている。それを見下ろす皇帝が、深刻そうに眉を顰めた。
「……なんだ。何が狙いだ……?」
「ふふ、なんでしょうね。これでターン終了、です」
「……私のターン。ドロー!!」
カードを引いた皇帝が、それを数秒、確かめるようにのぞき込む。
何かいいのを引いたな。
「……私は、魔法カード“報復の宣言”を発動! 直前の相手のターンで自分のモンスターが破壊されていた場合、より上位のモンスターを手札から特殊召喚する! 現れろ、“白檀の近衛騎士”!」
皇帝の言葉と共に、大仰な鎧をまとった騎士型モンスターが召喚される。ソードデーモンすら上回る体躯を誇るそのモンスターは、間違いなく最上位クラス。皇帝の切り札とみていいだろう。
王道のビートダウンだ。敵と戦い倒されながらも、より強いモンスターを召喚して押し切る。私もそういうデッキが使いたかった。
『来たーー! 皇帝のエースモンスターだ! しかもこれは特殊召喚、皇帝にはまだ通常の召喚権が残っている!!』
「さらに私は手札から“列火の騎士”を召喚。バトル! 近衛騎士で、ソードデーモンを攻撃!!」
砦のような巨大騎士が、のっそりと動き出す。それを見て、ソードデーモンも正面から切りかかる。
二つの刃がぶつかり合い、しかし一方が一方的に押し負けた。
頭から股間まで、一刀両断に切り捨てられるソードデーモン。真っ二つになった体から、噴水のように鮮血が吹き上がった。
『一刀両断! 悪魔が騎士の前に敗れ去った! 状況は一変、皇帝有利な展開だ!』
「……“血の祭壇”の効果を発動。私は、跳躍する狂信者を特殊召喚」
「ぬるい! 列火の騎士で跳躍する狂信者を攻撃!」
ぴょーんと現れた狂信者を、真っ赤に燃える鎧の騎士が切り捨てる。ずばあ、と血が噴き出し、列火の騎士の鎧を染める。
が、それは端から真っ赤な炎によって焼き尽くされた。剣の血を払う騎士の鎧には、血の染み一つない。
「列火の騎士はその炎で鎧に触れるものを焼き尽くす! デバフは無効だ!」
「すげえ、流石皇帝だ!」
「汚い手段にも対抗策はばっちりだな!」
観客が盛り上がって歓声を上げる。エンペラーコールがあがり、場は完全に相手のものだ。
そんな中で、私はアウェー感を味わいながらも、小さく微笑んだ。
一時の勝機など、簡単に崩れるもの。
仕込みは、終わった。
「私のターンは終了だ」
「……では、私のターン、ですね」
カードを引くも、私はその中身を検めずに手札に加える。それを見た皇帝が、ぴくり、と眉を顰めた。
「この状況で引いたカードを確かめない。何のつもりだ? 降参か?」
「いいえ。もう、勝負は決まっているからです」
「私の、勝ちだ」
ごぽり、と。
広場を汚す、血が泡立った。
『な、なんだ? 演出と思われたフィールドの血糊に、何か変化が起きているぞ?!』
「私のデッキのエースモンスターをご紹介しましょう。このモンスターは我儘な奴でね、鮮血カウンターが10個も必要なんです」
笑いながら、皇帝に説明する。
「流石、皇帝。この短いターン数でカウンターが揃うとは思いませんでした。が、それが貴方の首を絞めた訳です」
「……鮮血カウンターが10個? おかしい、数が合わない」
流石である、頭脳も明晰だ。これまで倒されたモンスターの数は8。数が合わない。
「鮮血のソードデーモンは倒された時、カウンターが二つ乗る。数はあってるよ」
「だが、それでも、倒されたモンスターは8、カウンターは全部で9のはず……いや、まさか!?」
ようやく気が付いたようだ。
そう。
私は、はっきりと言ったよ。
より流血する事で、このデッキは強化される。
「まさか……プレイヤーの血も含むという事か!」
「ご名答。さあ、鮮血カウンターは揃った。地獄の底からおいでませ、真鍮の悪魔よ。顕れ出でよ……“鮮血大公ドラクシス”」
血の池が爆発したように吹き上がり、その中から巨大な悪魔が姿を現す。
筋骨隆々とした、非人間的なまでの筋肉質な肉体。頭部に聳える巨大な山羊の角。翼は黒い皮膜を張り巡らせ、大木の幹のように太い骨身を屋根のように広げている。体は真鍮の鎧によって覆われ、手には巨大な大斧が、まるで片手持ちのナイフのように右手と左手に握られている。ふぅん、と吹き出す鼻息は、濃厚な硫黄のそれであった。
ぎょろり、と四角い瞳孔が皇帝を見据え、近衛騎士がその間に挟まるように身構えた。
『出たぁー!? これが、トウマ氏の切り札なのか?! そのパラメーターは……なんという事でしょう、皇帝の切り札である白檀の近衛騎士を大幅に上回っている! なんという事だ!』
「……鮮血大公ドラクシスの効果発動。このモンスターは、場の全てのモンスターとプレイヤーに同時攻撃する」
「なっ!?」
皇帝が余裕を失って瞑目する。彼ならいい加減察しているだろう、このプレイヤーというのは、使い手である逆巻トウマも含んでいると。
ぐははは、と笑いながら、ドラクシスが大斧を両手に構え、その場で回転した。
「血獄大旋回」
「ぐ、うぉおおお!?」
『おわああ!? 迫力満点の一撃、レフェリーも思わず退避ー!?』
血の竜巻と化したドラクシスが、場のモンスターばかりかプレイヤーも巻き込んで吹き荒れる。
近衛騎士も紅蓮騎士もまとめて粉砕されて血の染みとなり、私と皇帝も大斧に両断される。物理的な干渉はないが、巨大な刃物が自分の体を通り抜けていくのはいつもぞっとする。
「ぐっ、ば、馬鹿な! 私のモンスター達が! だが、まだライフは残されている。逆転は……」
「そんなもの、無いよ。ドラクシスの第二の効果発動。戦闘破壊したモンスターのプレイヤーに、その数に比例したダメージを与える」
「なっ!?」
血の竜巻が内部から打ち砕かれ、翼を広げた悪魔が姿を現す。ドラクシスは両手を大きく振りかぶり、手にした巨大な斧を皇帝めがけて投擲した。
投擲された斧は人の倍以上の大きさがある。そんなものが二つ、足元へと突き刺さり、思わず皇帝は両腕で体をかばった。
「ぬぅううう!?」
『決着ぅーーーー!! なんと! 新進気鋭のランカーデュエリスト、皇帝を下して勝利したのは悪名高き“悪逆デュエリスト”逆巻トウマ! だが、非道でもそのデュエルタクティクスは確かなものだった! 観客の皆さん、必死に戦った二人のデュエリストに、どうか拍手をお願いします! それでは、また!』
勝負が決し、モンスター達の姿が消えていく。広場を染めていた血の赤も、きれいさっぱり元に戻る。
用事は済んだ、とばかりに、レフェリーは素早く走って街角へと姿を消した。いつもの事ながら、見事な逃げ足である。
後には、いささか白けたような空気の私達が残される。レフェリーの言葉に反し、響く拍手はまばらなものだ。
その中を歩いて、私は皇帝の元まで近づくと、膝をついている彼に手を伸ばした。
「ん。よいデュエルだった」
「ああ……ありがとう」
彼は一瞬あっけにとられたような目をするが、素直に私の手をとった。大きくてがっちりした、大人の指だ。
それをひっぱって引き起こすが、正直必要なかったかもしれない。私よりも頭三つ以上高い皇帝を見上げながら、そう思った。
「流石の腕前だった。私の完敗だ……敗因は何だったと思う?」
「ふ。私のような外れ者に慎重に出過ぎたね。最初からガンガンいってたら、ドラクシスの全体攻撃に耐えるリソースが足りなくて、詰んでいたのは私の方」
「なるほど。良い経験が積めたよ」
す、と皇帝が含むところのないさわやかな笑顔で右手を差しだしてくる。
「デュエルをすれば皆友達。友人の言葉だが、私もそう思う。それとも、嫌かな?」
「ううん、そんな事はない」
いい言葉だと思う。本当に、そうならばとても素晴らしい事だ。
私は小さくうなずき返し、彼と握手をかわそうとして。
こつん、と頭に何かがぶつかったのを感じた。
見下ろすと、足元に何かがころころと転がっている。それは、丸めた紙のようだった。
首を巡らし、観客へと目を向ける。一人の男が、何かを投擲したような体勢でこちらを睨みつけていた。
「この疫病神め!!」
「…………」
「皇帝は、あと少しでランク昇格戦だったんだ! それを……お前みたいな低ランカーに負けたせいで、また遠のいた! どうしてくれるんだ!」
観客の糾弾をきっかけに、周囲にも否定的なざわめきが走り、広がっていく。
ああ、怒りや悲しみの、なんと伝播しやすい事よ。
「そうだ、そうだ……! あんなデュエリストの風上にも置けないような戦い方……!」
「卑怯者め、マイナー戦術をいいことに……!」
やれやれ、と私は肩を落とした。まあ、彼らの言いたい事も分かる。
というかランク昇格戦を控えていたのか。それは悪い事をした。
投げつけられるゴミ達。甘んじてそれを浴びている私をかばうように、皇帝が前へと割って入った。
「や、やめないか君たち!」
「いや、いいよ、皇帝。ごめんね、今回、握手はなしだ」
「しかし……!」
そっと皇帝を押しのけるようにして、その場を離れる。
ショックを受けたような顔で私を見下ろす彼に、出来る限り取り繕ったへたくそな笑顔を浮かべて見せる。ちゃんと笑えてるといいのだけど。
「いつもの事、気にしない。それより、ランク昇格戦、邪魔しちゃって御免ね。まあでも君なら、すぐにまた挑めるでしょ」
「あ……ああ! 必ず!」
「じゃあ、頑張ってね。また、握手は次の機会に」
次、という言葉に、皇帝はあっけにとられた顔をして、優しい顔で頷いた。なるほど、そんな顔も出来るのか。
ファンが放っておかない訳だ。
それきり私は振り返る事なく、勝者としての傲慢さで、そのまま広場を後にした。
しかし、ああ。この様子だと、素直にアパートに戻ったら熱心なファンをお招きしそうだな。出来る限り遠回りして、家に帰るとしよう。
「ふふ。今日は、何を食べようかな……」
そう。
私は気にしていない。
気にしていないったら、いないのだ。
ふふ。
「あれが、“悪逆デュエリスト”、逆巻トウマ……」
「あれ。そういえば、皇帝の本名、なんだったっけ。……ま、いっか」
●主人公:逆巻トウマ
自分をまともだと思っている狂人枠。現状だと理不尽に虐げられているようだが、ちゃんとそれなりに悪逆呼ばわりされるような事をやっている。
ちなみに女体化した事で女性特有の生理痛に怯えているのだが、一向にそれらしきものがやってこないので首をかしげている。
闇の聖母。
●四大デッキ
邪神達が見出した御子の元に遣わした自らの端末。互いに主導権を巡って押し合いへし合いしているので、今の所ちょっかいをかける余裕がない。
おかげで他のカードは弾かれて近づく事もできない。
バブみが欲しい。