カードゲームみたいなやつ   作:SIS

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超々古代からの刺客 その2

 

 

 病院の、清潔な白いベッドに横たわる、茉莉さんとハナちゃん。

 

 傍から見ても、それはただ、眠っているだけのように見えた。

 

「外傷とか、そういうのは何もないらしい。ただ、目覚めないんだ」

 

 言葉もなく立ち尽くす私に、ベッド横で椅子に座ったままのマスターはそう説明されてきた。その顔は、一晩で酷く痩せこけてしまったように見える。

 

 昨晩。連絡を受けてからすぐに病院に向かった私だが、流石に身内ですらない部外者を病室にいれてくれるほど病院も甘くはなかった。一晩眠れない夜を過ごし、病院の扉が開くと同時におしかけた私を待っていたのが、これだった。

 

「……どうして」

 

「昨晩はね、ハナちゃんが習い事で遅くなるからって、たまたま近くにいた茉莉が迎えにいったんだ。それでハナちゃん家に二人で向かう途中で、何かあったらしい。付近の住民が、道端で倒れてる二人を見つけて救急車を呼んでくれた」

 

 そしてそれからずっと目覚めない。

 

 哀しい事だが、突然の病気やケガで意識を失い、そのまま……というのはそう、珍しい話でもない。哀しい事だが、何億と存在する人間の中ではありふれた悲劇だ。

 

 だが、これはそうではない事ははっきりと分かる。

 

「原因」

 

「見当もつかない、って。脳波も正常、脈拍も弱いけど安定している。それなのに、どうしても意識が回復しない。何でだろうね」

 

 つまり。

 

 これが視えているのは私だけか、あるいはごく少数という事か。

 

 普段から仲良くしている知り合い同士だからなのか、同じ病院で隣り合わせに並べられた二人のベッド。今も穏やかに眠る二人の周囲に、得体の知れない黒い靄が纏わりついている。それは今も、二人から生きていく上で必要な何かを少しずつ吸い上げては、どこかへ送っているように見えた。

 

 そっと手を伸ばして靄に触れる。するとそれは忽ちのうちに私の体に吸い込まれて消失する。あるいはこれで、と思ったが、消滅するのは一時的なもので、手を離した途端に再び湧きだしてくる。恐らく、この靄そのものをどれだけ排除しても解決にはならない。もっと根本的な原因……靄を生み出している根源そのものを排除しなければ、恐らく二人は目を覚まさない。

 

 靄を吸い込んだ右手に目を向ける。

 

 違和感はない。倦怠感や、何かを吸われる感じもない。大海に、泥水を一滴落としたようなものだ。少なくとも私にとっては、この靄は無害以下の代物らしい。

 

 でも、二人にとっては猛毒と同じものだ。そして、それを払う手段を、私は持たない。

 

「ダン少年と。岩田さんは」

 

「……二人の通った道を調べにいってる。ダン君は、この件にダークファイブが絡んでる、と思っているみたい。岩田さんは岩田さんで、何か思う所があるみたい」

 

 成程。

 

 この間の展示会の騒ぎだって異常な出来事だった。立て続けに異常な事が起きれば、繋がりがあると考えるのは自然な事だ。

 

 理論的な考えですらある。

 

 それを、受け入れられるかどうかは別として。

 

 そしてマスターは、恐らく受け入れ難い方だったのだろう。

 

 首を巡らせると、ベッドの横に高そうな花が活けてある。岩田さんは、こういうのマメな人だよな。

 

 飾ってあるのは、ガーベラの花かな。花言葉は、確か、前進とか、元気とか……希望、とか。

 

 ふふ。

 

「了解した。……マスターは、二人の傍にいてやってくれ」

 

「……トウマちゃん?」

 

「私は、少し外に出てくる。薄情ものですまない」

 

 そういって踵を返し、病室から出ようとする……その瞬間、マスターが私の肩を掴んだ。

 

 思ったよりも強い力で掴まれて、若干の痛みを感じる。機械的に振り返ると、自分でも思わぬ行動だったのだろう、マスターは動揺と共にすぐに手を離してくれた。

 

「ご、ごめん。痛かった?」

 

「いや。……身内がこんな事になったんだ、冷静でいろというほうが暴言だ。気にすることはない」

 

「いや、その。そうじゃなくて……」

 

 おずおずと遥か年下の小娘の機嫌をうかがうように、マスターは屈みこんで私と視線を合わせた。

 

「トウマちゃんこそ、大丈夫?」

 

「何が」

 

「……今から、人でも殺しに行こうかって顔をしてるよ」

 

 言われて、自分の頬をぺたぺたと触る。

 

 別に。

 

 私は、いつも通りだ。

 

「何も変わらない。私は、私だ」

 

「……そう。でも、無理はしないでね」

 

「ああ」

 

 頷いて病室を後にする。だが、病院を去る事なく、私は最上階からぐるり、と病室を覗いて回る。

 

 まだニュースにはなっていない。だが、犠牲者がハナちゃんと茉莉さんだけ、というのも考えづらい。いや、考えたくはない。

 

 そうおもって見て回ったのだが……正直、想像以上の被害が出ているようだ。

 

 並ぶ病室からあふれ出す、黒い靄。これが全部犠牲者のそれだとすると、既に20人を越える被害が出ている事になる。ニュースになるどころか、これだとパニックを恐れて逆に箝口令が出ていてもおかしくはない。

 

「……」

 

 脚を止めて、病院の廊下から街を見下ろす。

 

 街は潜む脅威などないかのようにいつも通りの姿だ。老若男女問わず人々が忙しなく行き交い、無責任な謳い文句が街頭に響いている。

 

 見た所、犠牲者は皆若い女性だ。そして街をみれば、その年頃の女性などそれこそいくらでもいる。

 

 茉莉さんとハナちゃんが巻き込まれたのは、はたして本当に偶然なのだろうか。

 

 そのまま私は病院を後にした。

 

 

 

 その後、私は街中を練り歩いた。

 

 途中でダン少年や岩田さんの姿を見かけたが、声をかけたり情報交換する事はしなかった。むしろ逆に彼らをさけるように、裏路地を中心に不審な人物の姿を探す。

 

 行き止まりの広場。

 

 猫の集会場。

 

 不法投棄されたゴミの山。

 

 知っている怪しげな所は全て顔を出した。

 

 だが、どこにも非日常を思わせる怪異の名残さえ見つからなかった。

 

 

 

 公営アパートの自室に戻ってくる頃には、すっかり日は傾いていた。

 

 私はシャワーを浴びると、念入りに体を清め、髪を梳いた。男物の服は洗濯機に放り込み、押し入れを開く。

 

 中には、茉莉さんの作ってくれた四着のドレスが、変わらず異様な存在感を放っている。その中から、『鮮血』に対応した白いドレスを選んで袖を通す。

 

 風呂場の鏡を頼りに、茉莉さんから貰った化粧品を広げる。おっかなびっくり、控えめに頬へ化粧を施すと、これで少しは見れたものになったのではないだろうか。

 

「……よし」

 

 変な所が無いか、再度鏡でチェックする。

 

 これでどこからどう見ても、私はちょっと世間知らずな女の子、といった格好だ。悪名高い悪逆デュエリストであるとは、誰も思わないだろう。

 

「よし」

 

 探して駄目なら囮作戦だ。

 

 相手は、明らかに女子を狙い撃ちにしている。私も肉体的なくくりでは女子だが、基本的に男っぽい恰好だ。そのせいでターゲットから逸れたのかもしれない。

 

 この姿なら、むしろ丁度良い獲物として目立つはず。

 

 勿論、マスターやダン少年、岩田さんには内緒だ。絶対に止められる。それでも、私がやらないと駄目なのだ。

 

 大丈夫。仮に私でどうにもならない相手だったとしても、ダイイングメッセージを残すぐらいはできるはずだ。

 

「……頑張ろう」

 

 鏡の前で小さくガッツポーズをし、私はアパートの自室を後にする。

 

 向かうは、夜の街。

 

 得体の知れない狩猟者の犇めく狩場。だが今夜ばかりはその立場が逆であると、知らしめてやろう。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 白いワンピースを羽織り、夜の街を歩く私。途中で夜中出歩く子供をとがめるような視線もあるが、それを振り切って一路、人気のない方を目指す。

 

 向かうのは住宅地近隣だ。

 

 日中であれば人の姿が絶えない通学路。日の沈んだ今では、猫一匹見当たらない。

 

 シンと静まり返った闇の中、コツコツと私の足音だけが響く。

 

 やがて小さな公園にたどり着くと、私はその真ん中で足を止めた。

 

 遠くで、車が走り去る音。錆の浮いたジャングルジム、煉瓦でできた広場。消えかけての明滅する電灯の明かり。

 

 闇にも深度というものがある。まだ人の世であるこのあたりは、月明かりと電灯に照らされ、うっすらと明るい。公園の外、すぐ隣の歩道橋の影が、長く伸びて私の影を隠している。

 

 空には、煌々と煌めく赤い月。

 

 こんな夜は、争いにはちょうどいい。

 

 私は一人、夜闇の中で俯いたまま、さきほどからずっと後をつけてきている気配に声をかけた。

 

「出てこい。……面倒な話は抜きだ」

 

「なんだ、バレてたのか」

 

 振り返る私の前に、足音もなく一つの人影が歩み出てくる。輝く月の光が、その茶色い長髪を夜闇に浮かび上がらせた。

 

「やっほー、逆巻トウマ。……貴方、女だったのね。そんな恰好するまで分からなかったわ」

 

「……やはり、お前か」

 

 定良 ジェーン。聖君が道案内をした、異邦人の少女。

 

 なんとなく、予感があった。

 

「んー? 何の事かな?」

 

「面倒な話は抜きだ、といったはずだ、ジェーン。最近の連続女性昏睡事件……犯人はお前だな」

 

「ふひひひひ、だから何の事かわからないって。見ての通り、私はか弱い女の子。そんな恐ろしい事なんて、とてもとても……」

 

 ふざけるジェーンに、私は無言でデッキを取り出してセット、展開する。

 

 悪いが、今日の私は機嫌が悪い。パフォーマンスに付き合ってやれる余裕はない。

 

「言ったぞ、ジェーン。面倒ごとは、無しだと」

 

「……っ!!」

 

 私の敵意に、ぶわ、と髪を逆立ててジェーンが腰を落とす。月の光にきらめく金色の瞳が、獣のように鋭い視線で私を見返す。

 

「ふ、ふふっ! すごいな、本気でゾクッ! としちゃった。それが貴方の本気なんだ」

 

「……」

 

 ようやく、そのつもりになったらしい彼女は、見せつけるように自らのデッキを取り出す。そのカード達が、何か禍々しい力を秘めているのを見て取って、私は確信を深めた。

 

 彼女は、恐らく私と同類……何か常識外の力をもった存在だ。その力で、人々の意識を奪って回ったのだ。恐らくは、闇のデュエルで。

 

 油断はできない。

 

 茉莉さんは間違いなく腕利きだった。その彼女をも獲物にしたという事は、ジェーンもまた並大抵の実力者ではないという事である。

 

 勿論、そんな事は私の敵意を何ら減じるものではないが。

 

 いざデュエル、という所で、私は一つ問いかけを投げつけた。

 

 それは、今。聞いておかなければならない事だ。

 

「今しか聞けないだろうから聞いておく。……ハナちゃんと茉莉さんを襲ったのは、私の関係者だったからか?」

 

「あん?」

 

「私を引きずり出すつもりで、二人を巻き込んだのかと聞いている」

 

 デッキを握りしめる指に力が入る。

 

 もし。

 

 もしそうなら私は……。

 

「……は、ははっ。残念、とんだ勘違い。私はただ、良質な生命エネルギーを求めていただけよ。あの二人は、他よりも質が良かったから襲った、それだけ。今日だって、珍しいにおいをする獲物がいたんで追いかけてみたら、とんだ藪蛇。見た目があれで中身が貴方って、詐欺でしょ」

 

「そうか」

 

 少しだけ、安心する。何に安心したのかもわからないまま。

 

「まあいい。……勝負だ」

 

「いいわよ」

 

 

 

 

 

「合意とみてよろしいですね?」

 

 

 

 

 

 二人そろって、はじかれた様にバックステップ。横に振り返った先、歩道橋の上に佇む人影があった。

 

「とぅっ!!」

 

 その人影は高さ5mを越える歩道橋から跳躍すると、空中できりもみ回転しながら落下してくる。流石にそれは、と見守る前で、地面にたたきつけられるかと思われたその体が空中で停止する。

 

 現れたのは、スーツ姿のレフェリーが一人。その背中には、ドローンが二機張り付いてふよふよとその体を支えている。

 

「このデュエル、公式レフェリーの大稲田が承りました! ルールに従って楽しくデュエル! あと、終わったら帰りなさいよ君たち!」

 

「……ちょっと、どうするのよ?」

 

「……しょうがない、ここまで来たらやるぞ」

 

 さっきまでの緊張感は消し飛び、お互い半目で意思確認する。

 

 多分、レフェリーは純粋たる大人としての責任感で声をかけたのだ。デュエルを無理やり中断させる事もできたが、それでは見えないところでまた始めるかもしれない。それなら、一度きっちり試合をした上で、家に帰らせる。そんな所だろう。

 

 申し訳ないが、その大人としての良識ある対応が、彼自身に凶となったわけだが。

 

 さて、どうするか。間違いなく闇のゲームになるが、何。レフェリーがいるというのは私にとっては都合がいい話だ。職務にまじめなだけのレフェリーには悪いが、巻き込まれてもらおう。

 

『それでは、逆巻トウマ選手と、定良ジェーン選手の試合を開始します! 両者、いざ尋常に……』

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

 




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