カードゲームみたいなやつ   作:SIS

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トウマ危うし! 危険な遊戯にとらわれて その2

 

 とまあ、そんな感じだったか。

 

 ヘルメットを脱いだ私は、ビルのガラスを鏡にしてちょいちょい、と髪を整える。

 

 本日着用しているのは紫色がベースのワンピースだ。半透明のレースやらフリルであしらわれているそれは、見ようによってはちょっと夜のお店のそれっぽいが、まあ着ている奴が着ている奴なので色気は皆無。むしろチンチクリンが無理に背伸びしているような印象もあって、四着あるドレスでは一番子供っぽいかもしれない。『悦楽』デッキに対応しており、カードに反応してフリルが透明になったり、フィギュアスケートの服みたいに地肌に見える感じの色合いに変化したり、色々とそれっぽいギミックがあるのだが、まあ今日はデュエルしに来てないので関係ないかな。

 

 髪を整えたら、ヴェールを取り出して頭に被る。中東の踊り子とかつけてるようなあれである。こっちも演出で透明化して顔が見えたり見えなかったりする。

 

 念入りに顔が見えないか確認していると、岩田さんは背後に立って私を見下ろしている。その視線は珍獣を見るそれである。

 

 なんだよ。

 

「いや、なんだ。お前ちゃんと女の子だったんだなあってな」

 

「訂正。私はちゃんとした女の子ではない、今まで通りの扱いを要求する」

 

「お、おぅ……?」

 

 きょとんとする岩田さん。まあ普通と逆の反応だとは思うが、私にもいろいろあるのだ。

 

「よし。さっさと中に入ろう、外は暑い」

 

「だな」

 

 ちなみに岩田さんはいつもと変わらず丸サングラスに黒いスーツの、どこぞのヤクザの若い衆、といった感じの恰好だ。さぞ暑いだろうね。

 

 自動ドアをくぐってTV局に入る。途端、冷房の効いたちょっと寒いぐらいの風が肌を撫でた。

 

 建物の中は、文字通り人でごった返していた。首から証明証をぶら下げた人が、ひっきりなしに往来している。私も受付で書類を手渡し、証明証をもらう。受付の中年のおばさんはなんかやたらと不愛想だった。まあそんなもんよね。

 

「あ、いたいた」

 

「おう、ちょっと遅れたが、まだ時刻前だよな?」

 

 入口をちょっとうろうろすると、探し人はすぐに見つかった。

 

 茉莉さんとハナちゃん、そしてハナちゃんのお母さんだ。娘と同じピンク髪の女性は、軽く会釈すると、しゃがみこんで私と視線を合わせてきた。

 

「こんにちは、ハナの母です。貴方がトウマちゃん? いつも娘から話は聞いてるわ。今日は娘の為にわざわざありがとうね」

 

「と、友達ですから」

 

 ちょっと緊張してどもりながら答えると、おばさんはにこにこしながら私の頭を優しく撫でてきた。

 

 リアルお母さんの手つき。なんだか優しくて、ちょっと胸に来る。

 

「ちょっとお母さん、恥ずかしいからやめてよー!」

 

「あらあら、嫉妬? 普段からトウマちゃんトウマちゃん言ってるものねー」

 

「そんなんじゃないもん! トウマちゃんはライバルだもん!」

 

 口でそういいつつ、ぎゅーっと私の腕を取るハナちゃん。

 

 これがモテ期という奴か。人気者はつらいね、なんちて。ははははは。

 

 と、そこで明らかにこちらを目指して歩いてくる人の気配に気が付き、私は佇まいを直した。

 

「おや、皆さんお揃いで」

 

 やってきたのは、恰幅の良いおじさんだ。ちょび髭をきっちり整え、仕立てのよいスーツに身を包んでいる所からしてもそこそこの上役のようだ。しかし、意識してみると喫茶店でなんどか見た事があるような気がする、その時はこんなパリパリのスーツを着込んではいなかったが。

 

 本当に喫茶店の常連だったか。世界は狭いな。

 

 ハナちゃんを庇うように前にでて、ぺこり、と頭を下げる。

 

「こんにちは。本日はよろしくお願いします」

 

「はい、こんにちは。トウマちゃんも、今日はよろしくね。あ、こちらが今日の皆さんの対応をする、黒田です。ほら、挨拶」

 

「どうも……黒田です……」

 

 おじさんの後ろには、熊みたいな温和な顔つきの、眼光だけが異様に強い男が控えている。ディレクターとかそのあたりだろうか。ひょろりと背の高いその男がぺこりと頭を下げると、ハナちゃんが怯えたようにぎゅっと私の腕を強く抱きしめた。まあこの年頃の子からすると年上の背の高い男は皆怖いよな、岩田さんは例外っぽいけど。

 

「…………」

 

 その岩田さんは、黒田さんを何やらサングラスの向こうから品定めするような視線を送っている。なんだろ、基本、誰にでも丁寧な対応をする岩田さんらしくもない。

 

「それでは、私は他の仕事もありますので、これで……」

 

「はい、それでは」

 

「では皆さん、どうぞこちらへ……」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 TV撮影はなかなか楽しいイベントだった。

 

 基本的には話に聞いていた通り。番組の司会進行をするお姉さんと一緒に、ハナちゃんがカメラの前で愛嬌を振りまいているのを、私は後ろから見守っているだけである。時折、カメラが私をフレームに入れようとしてくるので、それをそそそそ……と移動して見切れるように立ち位置を変える必要があるぐらいで、撮影はスムーズにすすんだ。

 

 2時間ほど休憩をはさみながら一通りの撮影が終わり、今は私達は待合室で休憩している。入口には『御堂様御一行』と看板があり、実質上の貸し切りだ。

 

「うーん、疲れたー」

 

「ご苦労様ですお嬢様。これを」

 

「ふふん、苦しゅうないー」

 

 私がストローを差したカルピスをそっと差し出すと、ハナちゃんはご満悦といった様子でそれに口をつける。

 

 控室にいるのは私とハナちゃんだけだ。ハナちゃんママと茉莉さんは、ちょっとお話があるとかで外に出ている。岩田さんは、なんか一人でテレビ局を見て回ってるらしい。知り合いでもいるのだろうか。

 

 何かあったら、私がハナちゃんを守らなければならない。しゅっしゅ、とシャドーボクシングをする私を、彼女は不思議そうに見ている。

 

「なぁに、ドローの練習?」

 

「似たようなもんだね。ハナちゃん、楽しかった?」

 

「うん!」

 

 ニコニコ笑顔のハナちゃん。報酬につられて付いてきたが、彼女の楽しい思い出の一助になったのなら私としても申し分はない。

 

 が、そこでハナちゃんはじっと私へ視線を送ってきた。なんだか思う所のある視線に、一人スパーリングを中断して向き直る。

 

「どうした?」

 

「んー。やっぱり、トウマちゃんも一緒に映ればよかったのに……」

 

「私が映ったら放送事故だよー」

 

 物理的にな。お茶の間の映像が突然ノイズと共に砂嵐になったりしたら目も当てられない。

 

 というかそもそも、映りたくない。今の醜態を全国放送だか地方放送だか知らないが不特定多数に目撃されてみろ、今度から街を歩けなくなる。

 

「顔隠してるじゃん」

 

「それでもやなの」

 

「ぶー……」

 

 ぷくぷく泡を吐き出して遊ぶハナちゃんの額に、苦笑いしてデコピン。食べ物で遊ばない。

 

 いやしかし、懐かしいな。昔も私はやっていたな。いつ頃からそういう事、しなくなったんだっけな……。

 

 目をバッテンにして額を押さえているハナちゃんを鑑賞していると、とんとん、とドアをノックする音がした。身構える私に、ドアを半開きにして顔を出してきたのは茉莉さんだ。

 

「ハナちゃん、ハナちゃん。ちょっと来てくれる? テレビ局の人が、お母さんと一緒に話がしたいって」

 

「わかった!」

 

「私は?」

 

 立ち上がって出ていくハナちゃんを見送って声をかけると、茉莉さんが首を横に振る。

 

「トウマちゃんはいいよー。というか、トウマちゃん、どうもテレビ局の人が熱い視線を向けてるみたいだから、本気で嫌なら出歩かない方がいいよ。スカウトマンがそこらの角に隠れて待機してる。一人で出歩いたが最後、デッキ作れるぐらい名刺を押し付けられるよ」

 

「うげえ」

 

 マジか。どうしてこんな普通顔のチンチクリンにそんな。年の割に落ち着いてるからか? だとしたら勘違いもいい所だ、中身がおっさんなだけで私は神童でもなんでもないぞ?

 

「わかった、絶対に出ない」

 

「あとでまた呼びに来るねー」

 

 そういって、ハナちゃんと茉莉さんは控室を後にした。

 

 一人になった私は、退屈になって控室の備品をがさごそと物色する。なんか色々とあるんだよね。

 

 トントン。

 

「ん?」

 

「御堂様のお部屋ですか? 頼まれた飲み物をもってきたのですが……」

 

 顔を出すのは、TV局の人だ。手にはジュースを二つ乗せたお盆がある。

 

「あれ。ジュースならもう受け取りましたけど」

 

「え? あ、すいません。入れ違いになったのかな……」

 

「いいですよ、ついでなんで貰います」

 

 持って帰らされる方も困るだろう。別にあって困る訳ではないし、私はお盆を受け取る。

 

「どうも、ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 ぺこりと頭を下げると、にこにこと係の人は頬を緩めて帰っていく。

 

 ここでもしスカウトとかされたら問答無用でドアをロック! するつもりだったが、本当に注文に応えただけの人らしい。まあ、飲食店でもないし、この手の要望がダブる事はよくある事だろう。

 

 お盆の上にはコップが二つ。

 

 カルピスと、アイスコーヒー。言うまでもなく私は黒い液体の満たされたカップを手に取った。さっきはハナちゃんの手前、たっぷり砂糖とミルクを入れて飲んだが、個人的にはストレートも好きなんだ。

 

 珈琲の香りを楽しんでから、ストローに口をつける。

 

「うん、ここの珈琲はなかなかよい豆をつか

 

 

 

 

◆◆

 

◆◆◆

 

 

 

 そして気が付くと、私は酩酊から意識を覚醒させる所だった。

 

「う…………?」

 

 意識が混濁している。それを自覚し、私はうっすらと目を開く。

 

 頭がガンガンする。それに躰の節々が痛い。どうやら、ベッドに寝かされているのではなく、何かに縛り付けられているらしい。

 

 目を開いてもぼやけて視界が定まらない。随分と時間をかけて、どうにか焦点を合わせた私の視界に入ってきたのは、無骨なコンクリートの灰色だった。

 

「こ、ここは……」

 

 喉もなんだかガラガラする。

 

 身動ぎしようとしても、戒めの痛みがかえってくるだけで動けない。辛うじて自由な首を巡らし、私は周囲を見渡した。

 

 どうやら、廃ビルだかなんだかの、打ち捨てられた部屋の一室のようだ。剥き出しのコンクリート壁は黒く汚れ、天井からぶら下がる照明は不規則に明滅を繰り返している。窓はなく、今が昼なのか夜なのかもわからない。

 

 床には得体の知れないゴミが転がっている。それを目で探りながら足元に目を向けた私は、うっと思わず呻きを上げた。

 

「なんだこれ……」

 

 現状、私はコンクリートの柱の一つに縛り付けられているようだ。その柱を中心に、床に異様な黒い模様が彫り込まれている。インクとかで書いたのではない、硬いコンクリートの床に、病的なまでに緻密な文様が刻み込まれている。円形を描くそれは、まるで悪魔召喚の魔法陣のようにも見えた。

 

 そして、その中央で縛り付けられている私。

 

 ぞっ、と背筋が泡立った。

 

「ひ……っ」

 

 生贄。

 

 その単語が脳に浮かび、喉が引き攣る。

 

 いくら毎晩悪夢に苛まれているとしても、現実での物理的な危害は話が違う。パニックに陥りかける自分を、なんとか深呼吸で落ち着かせる。

 

「ふぅ……すぅ……お、落ち着け。落ちつけ……。ここで騒いだりしたら、よくある映画の第一犠牲者まっしぐらだ。冷静に、冷静に……」

 

 跳ねる心臓の鼓動を意識して押さえ、私は他に情報を求めて部屋を見渡した。

 

「あ……」

 

 部屋の片隅に机。その上に無造作におかれたデッキを見て、私は声を上げた。あのデッキケースの色、あれは私のデッキだ。ドレスに合わせて持ち込んでいた『悦楽』デッキ。その横には、私の端末も置かれている。

 

 あれがあれば、茉莉さん達に連絡が取れる筈。

 

 私は戒めをほどこうともがいたが、残念ながらビクともしない。というかよく見たら、よくある荒縄ではなく、頑丈なベルトのようなもので拘束されているらしい。幾重にも巻き付けられていて私の力ではびくともしない。

 

「くそ……」

 

 駄目だ。やっぱり逃げ出せそうにはない。

 

 机の他には、めぼしいものはない。あとは、部屋の奥に扉が一つ。

 

 その扉のドアノブが、がちゃり、と音を立てた。思わず私は首をすくめてた。

 

 誰かが、入ってくる。

 

 ドアが開かれ、男物の靴が覗く。誘拐犯のご登場に、私は息を飲んだ。

 

 果たしてその正体は……。

 

「黒田、さん……?」

 

「…………」

 

 姿を表したのは、TV局に来た時に私達を案内してくれた人だ。まさか、この人が犯人?!

 

 驚愕する私に、黒田さんは沈黙したまま、爬虫類のような感情の無い視線を向けてくる。

 

「な、なんで、黒田さんが?! 私達、今日初めて顔を合わせましたよね。私を狙ったって事は、ハナちゃんは!? 彼女は無事なのか?!」

 

「…………」

 

「……答えろ、性犯罪者! もし彼女に手を出していたら、ただじゃすまさないぞ! どうなんだ!」

 

 沈黙を保ち続ける誘拐犯に、私は可能な限りドスの利いた声を張り上げて詰問する。拘束されてるとか、誘拐されてるとかは関係ない。こういう時、気持ちで負けたほうが負けだ。

 

 しかし、それでも相手は何も答えない。

 

 なんだ、といい加減私も違和感を覚えた所で、黒田さん……否、黒田はおもむろに自分の顔に手をかけると、それをめくり返すように力を込めた。

 

 否。

 

 実際に、顔の皮がぺりぺりと引きはがされている。その下から、色白なもう一つの顔が姿を現すのを見て、私は言葉を失った。

 

 沈黙する私の前で、男は引きはがした変装マスクをべしゃり、と床に投げ捨てる。

 

 マスクの下から出てきたのは、骨と皮しかない、骸骨のような男の顔だった。髪は綺麗にそりあげられ、目は濃い隈で彩られ、ぎょろぎょろと飛び出すかのように見開かれている。頬がげっそりと痩せ細り、唇は分厚い。

 

 およそ人間的な感情を伺わせない、爬虫類のような顔の男。ふぅ、と息を吐いたその視線が私を捕らえると、にたり、と唇が大きくつり上がった。

 

 思わず生理的嫌悪を覚えて肌が泡立つ。

 

 色欲、食欲、恋慕、尊敬、畏敬、狂信……そういった感情がぐちゃぐちゃに混ぜられた視線が、私の体を隅から隅まで嘗め回す。

 

「ひっ……」

 

「……うひひ。お初に、お目にかかります、高貴なるヒト。私は覚えて頂く、ような、名前ではございません……ひひ。ただ、偉大なる御方にかしずく、藁の一つだと、思って頂ければ……」

 

 そういって。

 

 狂信者は、にこり、と雑念の無い笑みを浮かべたのだった。

 




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