カードゲームみたいなやつ   作:SIS

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この世に悪があるならば、それは その1

 

 

「俺んちで作戦会議しようぜ!」

 

 何の? と問い返す暇も無かった。

 

 その日は、ダン少年の提案により、彼のおうちにお邪魔する事になった。

 

 まあ、友達同士、お家にお邪魔するなんてごく普通の事である。別になんらおかしい事ではない。なんなら私の家が喫茶店になった以上、これまでダン少年が一方的に押しかけてきていたのだから、そろそろこっちから押しかけてもおかしくはない。

 

 おかしくはないが、それはそれとしてワクワクする。

 

 珍しく今日はハナちゃんの姿もなく、そわそわしながらダン少年の後に続いた私だったのだが、まあこの時にさっさと気が付けばよかったのだ。

 

 ダン少年の歩む道。それが、普段は私でも寄りつかないような金持ち住宅街にどんどん入り込んでいる事に、想像をふわふわさせていた私が我に返るのが遅れた。

 

 そして気が付いた時には、そんな住宅街でもひときわ大きな、家というより屋敷に案内されていたのである。

 

「これが俺んち!!」

 

「…………」

 

 ぽかーんと門を見上げる私の前に佇むのは、真っ白な大きな門。間違いなく前世の私の背丈より大きい。巨人が通るとしか思えない。

 

 その門の横に、小さな人間サイズの扉があって、ダン少年がそっちから手招きしている。

 

「ほら、こっちこっち」

 

「お、おぅ」

 

 圧倒されたまま、素直に招かれる私。いや、これは引き返した方がいいんじゃ……と我に返った時には、すでに背後で自動的に門がガシャン、と閉じた後だった。

 

「おぼっちゃま、お帰りなさいませ。そちらは、ご友人でいらっしゃいますか?」

 

「おう! 今度の町内大会の事で話しようと思って!」

 

「了解しました。逆巻トウマ様、どうぞよくいらっしゃいました。歓迎いたします」

 

 なんか玄関でお手伝いさんみたいなのと話してるダン少年。普段、女の人と話すときはちょっと緊張気味の彼が気安く話しているのを見ると、もう長い付き合いなのだろう。つまり生まれた時からお手伝いさんに世話されてる可能性あり。

 

 あとさらっと私の事把握してるじゃん?! 友人かどうかの確認は完全に形だけじゃん!

 

 人形のような笑顔で見守ってくるお手伝いさんに背筋を粟立たせながら、玄関で靴を脱ぐ。横でダン少年が元気よく靴を脱ぎ散らかしているのを見て、そっと靴を拾ってそろえて並べる。

 

「……ふむ。8点」

 

 背後でぼそりとお手伝いさんが呟く。何の点数!?

 

 ええい、慄いてばかりいないでダン少年の後を追わなければ。気分はすっかり無限迷宮に迷い込んだ冒険野郎の気分である。先導する妖精を見失ったら死。

 

 大理石のようなピカピカの石材で作られた玄関を抜けて、フローリングの床を歩く。勿論ワックスでピッカピカしていてゴミ一つ落ちてない。

 

 そっと覗き込むと、可愛げのないジト目が反射して映り込んでいた。

 

「……な、なあ。ダン少年、君の両親、何してる人なの……?」

 

「知らねー。めったに家に帰ってこないし。なんか世界中を回ってるとかで、いろんな言語のカードが郵送されてくる」

 

 まってまって、やめないか。情報の洪水をわっと浴びせかけてくるのは。

 

 な、なあ。ダン少年、もしかして社会的地位、えぐいぐらい高い所のお子さんなのではないか? 普通の小学校に通ってるのは何かのトラップなので?? いやまあ、小さいころから市井離れしてるとロクな大人にならないだろうけどさあ!

 

「んで、これが俺の部屋!」

 

「おぉう……」

 

 そうして案内された部屋は、大きさを除けば割と普通の部屋だった。

 

 小さな子供用の勉強机に、ベッド、本棚。本棚には学校の教科書の他に、カードゲームの指南書みたいなのがぎっちりと並んでいる。その中にいくつか、私も知らない言語で書かれた辞書みたいなのが並んでる。なんか革張りの立派な装飾のものが何冊も……魔導書? ははは、まさかね。

 

 そして壁際には棚があって……その中に、えぐいぐらいの量の金トロフィーが飾られている。●●年町内大会優勝、〇〇小学校2年生大会優勝、エトセトラエトセトラ。

 

 い、いや、強いんだろうと思ってたけど、すげえ実績だな……。

 

「た、たくさんトロフィーあるな……」

 

「ええー? 大した事ないよ、身内の御飯事みたいなデュエル大会の優勝トロフィーなんて、自慢する方が恥ずかしいって」

 

 そうかあ? 本当にそうかあ?

 

 困惑しつつもなおも部屋を見渡すと、先ほどの棚の上に無数の写真が飾ってある事に気が付いた。

 

 家族写真や、友人との写真。何やら仕立ての良い服に袖を通した異様に“上流階級”オーラを放つご両親との写真や、ハナちゃんと並んだ微笑ましい一枚。最近のものなのか、聖君やマスターと一緒に写っている写真もある。

 

 当然ながら、私の姿はそこにはない。

 

 ぼへーっと見ていると、慌ててダン少年が割って入ってきた。

 

「あ、あんま見るなよ、恥ずかしい!」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 流石に不躾が過ぎる。人の部屋にきてまず始めるのは物色では、流石に礼儀知らずの烙印を押されても仕方ない。

 

 謝って、床に正座する。対面でダン少年はどっかとあぐらをかくと、ばさばさとチラシを目の前に広げた。

 

 町内大会のご案内?

 

「そういう訳で、作戦会議だ! 二週間後にある町内大会、当然お前も参加してるよな! 俺もだ! けどさ、毎年参加してる俺から言わせてもらうと、この大会はレベルが低い! つまり、実質俺の相手になるのはさかまきトウマ、お前ひとりだ! 逆に言うと、そんな俺とお前が予選で潰しあったら大会が盛り上がらねー。という事で、どのブロックに参加するか事前に決めておいてさ、決勝戦でやりあおうぜ!」

 

 なるほど。

 

 何の作戦会議なのか知らずに連れてこられたが、そういう事か。

 

 しかしそれはそれで、問題が無くない?

 

「……それって談合試合にならない?」

 

「別に試合内容を操作する訳じゃないからいいだろー。大体、優勝候補がちゃんと決勝でぶつからない大会なんて塩塩の塩だぞ。とくにお前のデュエルは悪目立ちするからな、その後で試合させられるプレイヤーが可哀そうだろ」

 

「そりゃあそうかもしれないが」

 

 言いたい事は分からないでもないが……。そもそも、ダン少年は大事な事を忘れている。

 

「そもそも、私、その大会にエントリーしてないんだが」

 

「えっ」

 

「こないだまで住所不定国籍不明だった子供が、町内大会にエントリーできる訳ないでしょ」

 

 私のつっこみに、目を丸くするダン少年。

 

 しばし硬直した後、彼はがばぁ、と立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと相談してくる!」

 

「あ、おい」

 

 相談するって管理本部にか? たたたたたた、と走り出したダン少年の前で、がちゃり、と部屋の扉が開いた。

 

「おぼっちゃま、お客様。ジュースをお持ちしました……きゃっ」

 

「ご、ごめんっ、急いでるからまたあとで!」

 

 お盆を持ってきたお手伝いさんとあわや激突、という所で華麗なステップですり抜けるダン少年。無駄に高い身体能力を披露してとてててて、と走っていく彼を、同じくお盆からジュースの一滴も零さずに立て直したお手伝いさんが見送る。

 

「全く、そそっかしい方です。……さて」

 

 ぐるん、とやたらと非生物的な動きで首を巡らせたお手伝いさんが、じっとこちらを見つめてくる。私は思わずその場で佇まいを正した。

 

「ど、どうも、お邪魔してます……」

 

「いえいえ。お客様はどうぞお寛ぎください。……ふふふ、二人きりになれましたね?」

 

「ひぃっ」

 

 しとしとと足音を立てずに歩み寄ってくるお手伝いさん。彼女は私の背後にすっと回り込むと、肩越しにことん、とジュースのお盆を床に置いた。

 

 お盆の上には、二つのグラス。オレンジジュースと、レモンソーダ。グラスの中で、カラリ、と氷が崩れて音を立てた。

 

「ふふ。レモンソーダ、お好きでしたよね?」

 

「は、はひ……」

 

 耳元で囁く声に竦み上がる。言うまでもないが、レモンソーダが実はとても好きだとか、拘りがあるとか、誰にも話したことはない。

 

「いつも、おぼっちゃまと仲良くしてくれてありがとうございます。ふふ、本当に言葉通り感謝してるのですよ? いつもおぼっちゃまは楽しそうに貴方の事を話しますので。ハナちゃんと同じぐらいの割合で、トウマトウマって。ふふふ、ちょっとうらやましいというか、妬けてきます。出会って数か月の付き合いで、どうやったらあそこまで心に踏み込めるのか、秘訣を教えて欲しいですわ」

 

「さ、ささ、さあ……? そ、その、デュエルが強かったら、ですかね……?」

 

 じっとりとささやくお手伝いさんに、だらだら冷や汗が出てくる。

 

 どう考えても滅茶苦茶警戒されてるよこれ! いやそりゃそうだよ、つい先日まで住所も戸籍も親も居ない完全な不審人物だったものね私!! そりゃご家族からすれば怪しむに決まってるよ!!

 

「あ、あの、あのですね、私とダン少年は、あくまで健全な友人関係でして……」

 

「ふふ。そんなに怯えなくても……。勿論、唯の仲良い友人である事は、私達一同、存じ上げておりますわ。ところで。……どこまで、本気でいらっしゃいますので?」

 

「ど、どこまで、とは……」

 

 あかん。なんか冷や汗が脂汗に代わってきたぞぅ。

 

「私、ちょっと世の中の流行に疎いので。性別を偽って、肌を触れ合わせるスキンシップ、今の世代だと普通なのかしら、と思いまして。ねえ?」

 

「(ひぃいいいいーーーー!?)」

 

 怒ってる!

 

 滅茶苦茶怒ってるよ!!!

 

 そりゃあそうだよ、保護者から見たら純粋無垢なうちの子を弄ぶ小悪魔じゃん、私! そんなつもりは全くないんです!

 

「あああああ、あの、そのですね。べ、別に隠してるとかではなくって、はい。ハナちゃんを出し抜くつもりは全くないというか心底そういう気持ちはないっていうか……あくまで友達! 友達ですから! 気安いスキンシップ最高ですよね!」

 

 身の危険を感じてなんとか必死に誤解を解こうと言葉を重ねる。

 

 そういうつもりは全くないんだ、ダン少年を異性として見てないのは本当なんだ、精神的には同性なので! 信じて欲しい!!

 

 ましてや固定カップリングみたいな扱いのハナちゃんを出し抜こうだなんて、そんなとんでもない事は一切考えておりません!!

 

「……ふふ。まあ、ええ。わかっておりますよ。そういう事に、しておきます。ふふ……あくまでご友人と。ええ」

 

「(ガタガタブルブル)」

 

「おや、どうしました、そんなに震えて。クーラーがちょっと効きすぎましたかね……?」

 

 わざとらしく顔を見上げて嘯くお手伝いさん。その拍子にちょっと体が離れたので、私はもぞもぞと距離を空けた。

 

 クーラーから視線を戻したお手伝いさんは、じとりと横目で私を見るも、追求してくる様子はない。とりあえず、現状維持で納得してくれたか。

 

 ふぅ。首の皮一枚つながった気分。

 

「ああ、ところで」

 

「びくぅ」

 

「こんなものをお持ちしました。いかがですか?」

 

 そういってお手伝いさんがしれっと差し出してきたのは、分厚いアルバムだった。思わず反射的に受け取ってしまうと、すくっとお手伝いさんが身を起こした。

 

「よかったらお目を通し下さい。それでは、私は他に仕事がありますので、失礼しますわ」

 

「あ、えっ」

 

 そのまま、すすすすーと部屋から出ていくお手伝いさん。

 

 茫然と見送った私は、とりあえず手元に残されたアルバムに目を落とすと、ページをめくってみた。

 

 そこには……。

 

「あ、ダン少年の成長記録か。これは赤ちゃんの頃か、かわいいー」

 

 そう。それは、ダン少年の生まれてからの記録を残した家族写真だった。よちよち歩きの赤ん坊だが、間違いなく今の彼に通じるものがある。

 

 それが、ページをめくるにつれて少しずつ大きくなり、周りを囲む人も増えていく。3歳ぐらいの写真の中には、今より若いお手伝いさんの姿もあった。子供っぽい笑顔でにかっと笑っている様子からは、あのミステリアスな恐怖の化身にも子供っぽい時代があった事を伺わせる。

 

 あれだけこちらをビビらせといて一体何のつもりでこんなものを渡したのか。もしかして全部私の深読みで単純に友達として歓迎されているだけなのか?

 

 混乱しつつも、ページをめくる。

 

 どのページも、ダン少年に対する深い愛情が伝わってくる写真ばかりだ。撮影しているのはお父さんだろうか?

 

 だが、ページをめくるうちに、ある事に私は気が付き、顔をしかめた。

 

「おい……これは……」

 

 ダン少年の成長を愛でるどころではない。パラパラとページをめくり、写真に写っている人物を確認する。

 

 いずれも、時代の流れと共に皆年老い、あるいは成長していっている。

 

 同じ顔の人物など一人としていない。中心にいるダン少年も、同じ子供時代であっても着実に成長していっている。

 

 ただ。

 

 たった一人を除いては。

 

「……」

 

 私は顔を上げ、棚の写真を見る。

 

 そのうちの一枚。つい最近撮った物だと勘違いした一枚。だがこれは、アルバムを見る限り、大分前のものだという事が今は分かる。

 

 その異常性に気が付いてしまうと、もはや違和感しか感じない。

 

 これは……どういう事だ?

 

 内心、どうダン少年に話したものか悩む私。

 

 恐らく、お手伝いさんは気が付いていない。あれだけ私について調べ上げている人が、この異常さに気が付いたうえで接触を許しているはずがない。となると、やはり、そういう事なのか?

 

「……どうしたものかな」

 

 そこで、どたどたどた、と廊下を走る音が聞こえてきて、私はアルバムをぱたりと閉じた。そのままこそこそと本棚に紛れさせる。あとでお手伝いさんが気が付いて回収してくれるでしょ。

 

「戻ったぞー。管理本部に問い合わせたけど、マスターが書類をかいてくれればいけるって。よかったな!」

 

「良かったも何も私は出るつもりはなかったんだが」

 

「ええー! 出ろよ、つまんないだろ! 俺が!」

 

 わーわー喚くダン少年によって、一気に冷え込んでいた空気が暖かくなる。なんか彼と話していると色々深刻に考えるのが馬鹿らしくなってくる。

 

 そうだな。考えなしも駄目だが、最初から悪い方向に決めつけてしまうのもよくはない。やってみたら、案外うまくいくかもしれない、そういう展望だって必要な事だ。

 

 この件は……とりあえず、タイミングを計って切り出す事としよう。

 

 少なくとも今は、その話題のタイミングじゃない。

 

「でもさ、ハナちゃんも出たらお前の前提も崩れない?」

 

「えっ」

 

「考えてなかったか……」

 

 やっぱり考えが足りない所は年相応か。

 

 苦笑しつつ、私は気やすい同性の友人との貴重な時間を心から楽しむ事にした。

 

 なお、レモンソーダは滅茶苦茶美味しかったです。美味。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ここ数日は平和で穏やかな時間が流れている。

 

 ダークファイブだのなんだは、遠い国の見知らぬ紛争のようだった。

 

 それでも、現実にそれは確かに存在していて。

 

 ある日突然、その牙をむいてくるのだ。

 

 

 

「最後の一人から招待状が届いた。やっこさん、俺達全員を纏めて相手にするつもりらしい」

 

 喫茶店にやってきた岩田さんが見せた一枚の招待状。

 

 それを前に、私はその時がやってきたのだと確信したのだった。

 

 

 

 





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