カードゲームみたいなやつ   作:SIS

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この世に悪があるならば、それは その4

 

 

「ぐわあああ!!」

 

「決着ーーー!! この勝負、トウマ選手の勝利です!」

 

 私のモンスターのダイレクトアタックが通り、相手プレイヤーのライフが0になる。

 

 その結果を見届けて、私は思わずガッツポーズをした。

 

「よくやったぞ、お前!」

 

 相手プレイヤーにとどめを刺したモンスターを褒めたたえる。グロテスクな見た目だが、今はむしろその姿に愛嬌すら感じる。

 

 とにかく、これで私の勝利だ。私は拳を振り上げて、背後で見守っていたギャラリー達へと笑顔で振り返った。

 

 それが、勝者としてのふるまいだと思ったからだ。さらに言えば、ややこしいデッキを使いこなして勝利をつかんだ私に、きっとギャラリーは称賛の声を送ってくれると、そう私は無邪気に信じていた。

 

 だが。

 

 振り返った私を待ち受けていたのは、人々の侮蔑と軽蔑に満ちた冷たい視線だった。

 

 凍り付く私に、刃物のような言葉が飛ぶ。

 

「卑怯者」違う、私はルールに従って戦った。「冷血」違う、モンスター達を使いつぶしたのは戦術の一環であって、無駄死にさせた訳じゃない。「気持ち悪い」違う、彼らはそういうものだ、どうしてそれを否定しなければならない?「せこい手ばっかり使う」違う、私はカードの効果を最大限発揮しようと努めただけだ。

 

 

 

「悪逆デュエリスト」

 

「害悪」

 

「恥知らず」

 

 

 

 悪意に満ちた言葉が津波のように叩きつけられる。私は息が詰まるような錯覚を覚えて、一歩後ろに下がった。子供の私を取り囲むようにして、取り囲む観客たちの影が差す。

 

 拒絶に満ちた視線を避けるように、私は自分の影を見下ろした。

 

「え……」

 

 それは、人の形をしていなかった。

 

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った、幾重もの影。黒い闇の中に、いくつもの目が輝いている。その瞳が、超次元の彼方から届く視線が、私の瞳孔を通して脳へとつながってくる。

 

『御子よ』

 

『思うがままに望むがよい』

 

『お前が望むがままに、我らもまた望む』

 

『汝には、全てが許されている』

 

 その時理解したのだ。

 

 私には、何一つ許されてはいないのだという事を。

 

 望めば望む限り叶うのならば、かなえられたそれは望みと言えるのか。

 

 そこにあるのは願望ではない。果ての無い虚無、渇きだ。

 

 全能である事は全盲に等しい。この瞬間、私はあらゆる未来を投棄する事を宿命づけられたのだ。

 

 

 

 それを、忘れていたわけではない。

 

 ただ。ずっと見て見ぬふりをしていたのだ。こんな事実、直視していたら生きてはいけない。

 

 

 

 ああ。

 

 そして結局、そのツケをこうして払う事になる。

 

 なんと滑稽な事。なんと愚かな事。哀れで頭の足りない逆巻トウマ。望ましい未来など、願う事すら罪だと、お前は知っていたというのに。

 

 大切なものを抱えれば抱えるほど、その罪の重さは増すものだと、お前は分かっていたはずだったのに。

 

「……あ……ああ……あああ…………」

 

 這い上がろうと伸ばしていた手が地に落ちる。その拍子に、指に挟んでいた手札がぱらぱらと落ちる。

 

 冷たいコンクリートの上に這いつくばって、見開いた瞳から涙が零れる。その涙さえ、この世界にとっては汚水に等しい。

 

「ああ……あああ…………」

 

『……私は知っていた。この事を告げれば、きっと貴方は深く傷つくと。それをわかっていて、なおも私は口にした。貴方には、私を憎む権利と義務がある』

 

 涙で濡れる視線で、メタトロンを見上げる。

 

 36対の翼をもつ大天使。神の代行者にして、私に死を告げに来た死刑執行者。

 

 絶対たる正義の具現。

 

 その彼は。

 

「あ……」

 

 泣いていた。

 

 見開かれたままの、感情の無い青い瞳。その眼窩を伝う、一滴の透明なしずく。

 

『私は、見てきました。ダン少年の友人として、この世界の人々を。愚かでありながらも懸命に、明日を求めて生きる人々の姿を。時に大それた願いのために邪悪へ身をやつしながらも、ささやかな幸せを喜び、まだ見ぬ明日へ思いをはせる有り触れた人の生を。そして貴方の振る舞いを、営みを、同じ人の輪の中に紛れて、見てきました』

 

 神のごときもの。大いなる天使は、涙など流さない。

 

 その伝う雫は、一時人として生きた、火嶺聖という一人の少年そのものであった。

 

『貴方に、何の罪もない。一体何の咎があろうというのか。たまたま、貴方の魂が、世界を滅ぼす性質を秘めていたというだけの話。貴方の心は、振る舞いは、それとはいささかの関係もない。だからこそ……私は貴方を滅さなければならない。他ならぬ貴方の夢を守るために』

 

 メタトロンは、空を見上げる。四方へ聳え立つ光の壁によって阻まれた、夜の空を。その空に伸びる、光の柱。だが、それは全て同じではない。

 

 一本だけ、不完全なものがある。

 

『……戦況は、どうやら大きくダン君達に傾いたようです。もうじき、三魔公もろとも神谷は滅ぼされるでしょう。それによって、五芒星の浄化結界は完成する。サレンダーしなさい、逆巻トウマ。貴方がこれ以上苦しむ必要はない』

 

 メタトロンの促しに、地面に転がるデッキケースに目を向けた。

 

 サレンダー。

 

 デッキの上に、手を置く。これ以上、ドローしないという意思表示。

 

 それで、全てに決着がつく。この世界を脅かす、邪悪の大穴は消えてなくなる。

 

 マスターや、茉莉さん、ハナちゃん、岩田さん……ダン少年が、混沌に脅かされる事はなくなる。

 

 世は全てこともなし。それでいい。それがいい。

 

 力の入らない体を動かして、デッキケースへと手を伸ばす。

 

『それでいいのです。あとは、あちらの勝負がつくのを待つだけ。完全となった結界は、そのうちに捉えたすべての存在を、欠片も残さず昇滅させる事でしょう』

 

 浪々と語るメタトロン。

 

 だが、その言葉の蔭に、私は不審な響きを感じ取った。デッキへと伸ばす手が止まる。

 

 ……おかしい。その言い分では、まるで。

 

「お前は……?」

 

『……逆巻トウマ、貴方は……』

 

「……お前は、どうなる? 私は、てっきり……聖なる、結界だから……お前は無事ですむのかと。だけど、今の言い分は……まる、で……」

 

 必死で顔を上げて問いただす。

 

 彼は小さくうなずいて、しれっとその答えを口にした。

 

『勿論。私とて例外ではありません』

 

「な……っ!?」

 

『当然の道理でしょう。私が、貴方の命を奪うのならば。その対価として、私の存在を天秤に乗せなければ、最低限の摂理すらも通らない』

 

 淡々とどうでもいい事のように語る大天使。そんなはずはない、その言葉の節々には、確かな怒りのような熱が乗っているように感じる。

 

 それは、世界を滅ぼす邪神の御子である私への怒りか?

 

 それとも、そのような邪悪な存在と心中しなければならないという事への憤りか?

 

 いや、違う。

 

 彼の怒りは……。

 

『法を、正義を語りながら、貴方の命を奪う事でしか世界を救う事が叶わない。ああ、そのなんと罪深い事か。もしこの世に悪があるならば、それは私だ。貴方と共に、私も消える。そうしなければ、この世界に正しさなど存在しない』

 

 それは、慟哭だった。

 

 誰よりも正しく慈悲深いが故の、それ故の、自分自身に対する、果ての無い正しい怒りだった。

 

「……っ」

 

 投げ出されていた指に、力が入る。

 

 体の芯に、熱が灯る。

 

 

 

 それは。

 

 それだけは、断じて許容できない。

 

 

 

『逆巻トウマ……?』

 

「……ダメ、だ……」

 

 コンクリートの地面をひっかき、カードを拾い集める。膨らまない胸に必死に息を吸い込んで、ふらつく膝を立てて身を起こす。

 

 ぐらつく視界で、佇む大天使を睨みつける。

 

「それだけは……私は、許容できない……!」

 

『何を……言っているのです? 私は、貴方を理不尽にも消し去ろうとしている、敵ですよ?』

 

「違う!!」

 

 胸の奥に、理不尽への怒りが灯る。その熱が、四肢に行き渡り、身体を動かす活力となる。

 

 怒りは、すべてに勝る最も原始的なエネルギーだ。

 

「私が……私が、この世界にとって異物である事は、わかってた……! それに、ずっと見て見ぬふりをして……曖昧なままにしていたのが、私の罪……! だけど、その為に、正しい人が、優しい人が命を落とすのは、間違っている!」

 

『貴方は勘違いしている。私は命ではない。天使は人ではない。私は、メタトロンという存在の影でしかない。魂無き虚像。人と違い、死したとしてもただ消えるだけ』

 

「違う!!!」

 

 強く叫ぶ。

 

 だって、何故なら。

 

「君が死んだら、私は悲しい!!」

 

『……』

 

「悲しい事を止めようとするのは、そんな間違った事か!? 正しい人が命を落とすのは間違いではないのか? 答えろ、メタトロン……聖君!!」

 

 私の糾弾に、大天使は応えない。

 

 数秒の静寂の後に、彼は重々しく口を開いた。

 

『逆巻トウマ。貴方の言動は矛盾している。自らの消滅をよしとしながら、同じ道理で他者の消滅を拒絶する貴方の言動は破綻している』

 

「うるさい、私はいいんだよ」

 

 子供みたいに我が儘をいっている自覚はある。

 

 だけどそれでも。

 

 私の為に、彼が自分を犠牲にするのは間違っている。邪悪である私と違って、彼に命を捨てる理由は何一つない!

 

「ふ、ぐぅうう……!」

 

 デッキケースを拾い上げ、デュエル継続の意思を示す。そんな私を、メタトロンは変わらず、悲し気に見つめているだけだ。

 

『……いいでしょう。貴方の決意が変わらないというのなら、それはそれで。デュエルでもって貴方を下し、全てを終わらせましょう。これにて私のターンは終了。貴方のターンです』

 

「私の……ターン! ドロー!!」

 

 デッキトップからカードを引き、目を通す。

 

 だが……。

 

『無駄です。もはや貴方には、正常なゲームの進行も困難なはず』

 

「……のようだな」

 

 引いてきたカードの表面。イラストや効果が刻まれているはずのその面は、黒く変色し、蝕まれ、何がかかれているのか分かりはしない。

 

 手札に加えているカードも同じ有様だ。そもそも、デッキに並ぶカードの裏表紙も、黒く変色し、消滅しつつある。

 

 私の体も、デッキも、邪神の力の一部だ。本体との繋がりを断たれた事で、それらは消滅しつつある。

 

 だが、ひとつ疑問がある。

 

 最初に光の壁に隔離された時、四大デッキを構築するカードの大半は、瞬く間に消滅してしまった。残されたカードを拾い集めてこうしてデッキを作った訳だが、ではどうして、これらのカードはすぐに消滅しなかったのか?

 

 それに私の肉体もそうだ。邪神によって形作られたこの体、道理でいえば繋がりを断たれた瞬間に崩れ落ち、二度と立ち上がるどころか、デュエルなど不可能なはずだった。

 

 しかし現実に私は立ち上がってデュエルを継続し、カード達も朽ちながらも未だ確かに存在している。

 

 メタトロンは言った。

 

 私が、邪神の器であると。本来、人の身で受け止めきれない邪神の力を受け入れ、飲み干し、この世界に齎しかねない危険な存在であると。

 

 つまり。

 

 この消えないカード、朽ちない躰は、そうやって身に受けた邪神の力、それを私が飲み干し自分のものにした力なのではないか? すでに邪神の手元から離れてしまった力だからこそ、繋がりを断たれても即座に消滅しなかった、そう考えれば道理が通りはしないだろうか。

 

 しかしそうだとしても、こうして消えつつあるという事は、それだけでは足りないのだろう。この消滅の光の中でカードと肉体を維持するには、もっと強い力が必要だ。

 

 ここで一つ疑問がある。

 

 やたらと無駄に大きいという私の器。果たしてそれは、邪神の力にだけ適用されるのだろうか?

 

「……すぅーー……」

 

『? 逆巻トウマ、一体何を……?』

 

 深く息を吐き、しかし吸わずに止める。目を閉じて、自分の体を取り囲む力に集中する。

 

 霊感とか超感覚とかはさっぱり縁がない私だが、幸いにして今この空間は、私を消し去ろうとする力に満ちている。どんな鈍感でも、自らを攻撃してくる存在ぐらいは感じ取れるはずだ。

 

 その力を、身体の奥へと引きずり込むイメージ。

 

 来い。光だか闇だか知らないが、どうでもいいから私に力を貸せ! 拒否権は認めない!

 

『?! ばかな、この漂白の光の力を取り込んでいる!? そんな……あり得ない! 意味のある存在は、この力の中では存在できないはずだ!』

 

 だったら逆に都合がいい。意味の無いただの力という事は、どっちかというと無色に近いのか? ただ器にせっせと詰め込むだけならそっちのほうが簡単だ。

 

 お、なんかちょっと毛色の違う力も感じる。これはジェーンの使った力の残り香みたいなものか? 考えてみれば五か所の地点でダークファイブを倒した影響で反転した白の力がここに集まってる訳だから、逆説的にそれらの戦場ともつながっている訳か。今この場所は完全に隔離されてて邪神とも切り離されてるけど、こっちなら繋がっているのかも。あ、もしかしてパス辿れる?

 

 いけそういけそう。じゃあ、ついでに今あっちで戦ってる三魔公の力も分捕ろう。てかよく見たら融合して一体になってるじゃん、これじゃ三魔公じゃなくて一魔公でしょ。

 

 それに何か金ぴかに光り輝いてるデーモンスレイヤーと組み合ってるな、なんかピンチそうだしちょっとお力拝借。ダン少年、後始末よろしくー。

 

『な……ば……こ、ここまで法外な器だったとは……?!』

 

 よし。とりあえずたらふく力はため込んだ。

 

 目を開く。

 

 あとは、手にする朽ちかけの手札とデッキに、体内に満ちる力を注ぎ込む……!

 

 黒ずんだカードの表面が、バリバリとはがれていく。まるで脱皮するかのように焦げ付いた表皮が剥がれ落ちたその下から、白く輝く新しいカードがその姿を見せる。

 

 ルール的にどうなのか、とちょっと思うが、まあいいでしょ。カードを書き換えたんじゃなくて、一枚剥いだら下から出てきた、みたいな感じだし。ほら、あるでしょ、カードダスとかでのWレア。表面がシールになっててさ、剥がしたらその下から本当のレアカードが姿を表す奴。

 

「またせたな、聖君。こっちは準備完了だ。私に自覚させたのが仇になったな?」

 

『……いえ。これはこれで構わない。無抵抗の相手を殺すというのは聊かこちらも外聞が悪いというもの。相手が同等以上の力で挑んでくるというのなら是非も無し。ですが、寄せ集めの邪神デッキ如きで、この私に叶うとでも?』

 

「それはやってみてのお楽しみってところさ……さあ、いくぞ!」

 

 指を鳴らして、手札のカードを一枚、場に繰り出す。そのカードは……。

 

「私は“GI(グレイトインベーダー) スターマイン”を召喚!」

 

『悪魔デッキではないだと!?』

 

 私の場に現れたのは、真っ白な外皮を持つヒトデのようなクリーチャー。体表のところどころに青いブツブツのような結晶体を持つそのモンスターが、身体をくるくると回転させながら、聖君の天使兵達を睥睨する。

 

 邪神達が私の体を通して、自分たちの力を現実に進出させたのがあの四大デッキだというなら、その原理で似たようなことができないかと試してみたがドンピシャだ。これは、邪神達から取り込んだもの、今しがた取り込んだもの、そういったものを私というフィルターを通して具現化したものといえる。私の力だけで生み出した、いわば私の分身だ。

 

 それにしても、グレイトインベーダー……偉大なる侵略者、か。

 

 ふふふ、私の正体を考えると、まあそのまんまの名前だな。あくまで私は、この世界においては招かれざる客に過ぎないらしい。

 

 まあいい。その事を悩むのは今じゃない。

 

 大事なのは……これで、戦えるという事だ!

 

 






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