人だかりの中、雄は歩みを止めた。
校門前の広場を囲むように生徒たちが集まり、まるで舞台の幕が上がる直前のような熱気が辺りを満たしていた。背中越しに視線を伸ばすと、運良く視界が開け、二人の姿が飛び込んでくる。
炎を思わせる薄紅の長髪。その気高さは、一目で周囲を圧倒する。手にした細剣型ルークスが朝日を反射して輝いていた。
華焔の魔女(グリューエンローゼ)――ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト。
そして彼女と向かい合うのは、黒髪でやや柔らかな雰囲気を纏った少年。まだどこかあどけなさを残しつつも、その眼には芯のある光が宿っている。
「不撓の証たる赤蓮の名の下に、我ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは汝天霧綾斗への決闘を申請する!」
凛とした声が空気を切り裂いた。怒りを含んだ口調に、観衆が一斉に息をのむ。
一方の綾斗は、困ったような苦笑を浮かべていた。状況を理解していないのか、それとも、ただ冷静なのか。言葉は交わせなくとも、雄には彼の落ち着きが異様なものに見えた。
「名前なんて聞いたことねーな」
「在名祭祀書に載ってねぇ。リスト外だよ」
「マジで? ってことは……持っても三十秒ってとこか?」
「いやいや、五秒だろ、五秒!華焔の魔女相手に素人が太刀打ちできるわけねーって!」
観衆の間で、ざわめきが賭けへと変わっていく。スマートデバイスを操作しながら、生徒たちは“新入りの少年”が何秒持ちこたえるかに興味を移していた。
そんな空気をよそに、綾斗が小さく呼びかけた。
「誰か……剣を貸してくれませんか?」
一瞬、静寂。だが、すぐに一振りの剣型ルークスが弧を描いて彼のもとへ飛んでくる。綾斗はそれを受け取り、大きくため息をついた。そして手にしたルークスを起動させた。
「……我、天霧綾斗は汝ユリスの決闘申請を受諾する」
綾斗は胸の校章に手をかざし、ため息混じりにつぶやく。受諾の証として、綾斗の校章が再び赤く煌いた。
その瞬間、観衆の熱気は一気に高まり、空気が張りつめたように変化した。
雄は一歩後ろからその様子を見つめていた。封牙に添えた手が、微かに熱を帯びる。だが今は、ただ静かに見守るだけだった。
「咲き誇れ――鋭槍の白炎花!」
ユリスが細剣を一閃させる。タクトのように振るわれた剣の軌道に、青白い炎が奔る。
その炎は空気を裂き、膨れ上がるように膨張したかと思うと、巨大な槍の姿を取った。まるでテッポウユリを模したその槍は、咆哮を上げるように唸りながら一直線に綾斗を貫かんと飛来する。
「――ッ!」
綾斗は構えた剣を盾のように掲げた。火花が飛び、風圧が舞い、青白い輝きが視界を焼く。身体ごと押し込まれるほどの衝撃の中で、彼は寸でのところで踏みとどまった。
「おお……!」
「リスト外のわりに、けっこうやるじゃん?」
「でも、次で終わりだろ」
周囲のギャラリーがざわつく中、ユリスは驚いたように眉を上げる。だがその表情はすぐに、冷静な光を取り戻した。
「ええっと、ユリスさん?そろそろ許してもらてないかな?」
綾斗は小さく頭を下げた。
「ユリスでいい。それは降伏の意思表示と受け取っていいのか?」
「そりゃあもう。そろそろ俺としては最初から闘いたくなんてなかったんだけど」
ユリスが片眉を上げ、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ま、それならそれで構わないが、その場合おまえは変質者として私に中までじっくり焼かれるか、やはり女子寮の自警団に突き出されるかのどちらかになるぞ?」
「…もうすこし頑張ってみようかな」
綾斗は引きつった笑みを浮かべながら剣を構えなおした。
細剣を高く掲げ、ユリスは凛とした声を上げる。
「咲き誇れ――六弁の爆焔花!」
その言葉と同時に、彼女の前に現れたのは一輪の巨大な火球。六つの花弁のように炎がうねり、空気が震える。
「やっべえ! 大技だ!」
「ちょ、冗談じゃねえぜ!」
「退避退避ー!」
観衆がざわつき、後退りしながら距離を取る。
火球が膨れ上がり、綾斗の目前で炸裂した。
「……天霧辰明流剣術初伝――〝貳蛟龍〟!」
爆炎が十字に裂かれ、炎の花弁が宙に舞う中、綾斗は無傷のまま立っていた。その刹那、その剣がユリスの校章を狙って振り下ろされようとした――その時だった。
「っ……!」
雄の視線が鋭く走る。次の瞬間、綾斗も同じ方向を見た。
観衆の一角、ギャラリーの中から――一本の光の矢が放たれた。
放たれた瞬間から、矢は一直線にユリスの背中を貫かんと突き進む。
「……!」
雄の姿が、空気の揺らぎとともにかき消えた。
次に彼の姿が現れたとき、すでに矢の前方――ユリスの背中と矢の軌道の間に立っていた。
光の矢がまっすぐ彼に迫る。が、雄は躊躇なくその掌を突き出し――
「っ!」
矢を、掴んだ。
衝撃と共にマナが爆ぜる。だが矢は砕かれ、光の粒子とともに霧散していく。
一方、綾斗も矢の存在に気づいていた。
「ユリス!」
雄の動きと同時に、綾斗はユリスへと飛び込み、抱きかかえるようにして地面へ伏せさせる。
「おまえ、なにを!」
咄嗟のことで反応が遅れたユリスは驚きの声を上げたが、すぐにその背後を、矢の残響が掠めて通り過ぎていった。
矢の痕跡だけが空間に滲み、ギャラリーからざわめきが漏れる。