「あー、とゆーわけで。こいつが特待転入生の天霧と桐谷だ。テキトーに仲良くしろよ」
実におざなりな紹介だった。教壇に立つ女性教師は、生徒たちに向けてぶっきらぼうにそう言い放った。
彼女の名は谷津崎匡子。一年三組の担任教師だ。
年齢不詳、化粧っ気のない素顔に鋭い目つき。まるで相手の心を見透かすかのような鋭利な視線は、生徒たちに“目を合わせてはいけない教師ランキング”で堂々の一位を誇っていた。
さらにその右手には、教師としてあるまじき物騒な代物——釘バットをしっかりと握っている。持ち物検査があれば即アウトのはずなのに、何故か校内では黙認されているのも謎である。
谷津崎は顎をくいっと持ち上げた。それが、次に自己紹介をしろという無言の命令だと理解するまでに、特に時間はかからなかった。
「ほら、さっさとしろ」
命令口調で促された綾斗は、小さくため息をつきながら一歩前へ出た。
「あ、はい……えー、天霧綾斗です。よろしく」
声に覇気はない。姿勢もどこか気だるげで、やる気があるのかないのか微妙な態度だった。形式上の挨拶というよりは、早く終わらせたいという本音がだだ漏れである。
しかし、それが逆に教室内に奇妙な静けさをもたらしていた。あまりに堂々としたそっけなさに、生徒たちは一瞬反応に困ったのだ。
谷津崎は、今度は視線だけで雄に目を向けた。言葉にせずとも、その無言の圧は明確だった。
「……桐ヶ谷雄です。よろしく」
短く、それだけ。まるで必要最低限の通信のような簡素な挨拶だったが、声には無駄のない重みがあった。
そんな二人の転入生を前に、生徒たちの反応は実に多様だった。ざわつく教室の空気の中、興味津々に前のめりになる者、無関心を装ってそっぽを向く者、じっと目を細めて探るように見つめる者、そして明らかに警戒心を露わにする者もいた。
「席は……ああ、ちょうどいいな。火遊び相手の隣が空いてるから、天霧はそいつの隣。桐谷はその後ろにでも座ってろ」
あまりにざっくりとした、そして生徒への配慮など一切感じられない決め方に、綾斗は一瞬目をぱちくりとさせた。
その時だった。
「……誰が火遊び相手ですかっ!」
机を勢いよく引いて立ち上がったのは、一人の少女だった。瞳には明確な怒りが宿っている。
少女の抗議の声は、教室中に響き渡った。周囲の生徒たちも一斉にその方へと視線を向ける中、谷津崎は一つ、面倒くさそうにため息をついた。
「お前以外に誰がいるんだ、リースフェルト。朝っぱらから派手にかましやがって。売られた方ならまだしも、こんな時期に冒頭の十二人が気軽にケンカふっかけてんじゃねぇぞ」
谷津崎の言葉に、ユリスはぐっと言葉を飲み込むと、悔しそうに唇をかみしめながら、しぶしぶ席に腰を下ろした。
その様子を気まずそうに見ていた綾斗と雄は、視線を交わしながら、それぞれ自分の席へと向かう。
「まさか同じクラスとはね」
綾斗がぽつりと呟くと、机に突っ伏したままのユリスが小さく答える。
「……笑えない冗談だ」
ユリスは額を机に押しつけたまま、大きくため息をついた。その肩はどこか力なく、周囲の視線を気にすることなく疲れを滲ませている。
綾斗はそんな彼女に穏やかな笑みを向けた。
「今朝はいろいろあったけど、これからよろしく」
その言葉に、ユリスはゆっくりと顔を上げると、低く静かな声で答えた。
「お前には借りができた。要請があれば一度だけ手を貸そう。だが、それ以外で馴れ合うつもりはない」
ユリスはそれっきりぷいっと顔をそむけ、綾斗の言葉にはそれ以上何も返さなかった。
「……振られたな」
そんな気の抜けた声が、後ろの席から聞こえてきた。
振り向くと、そこには人懐っこい笑みを浮かべた男子生徒がいた。やや茶色がかった髪を無造作に撫でつけたその少年は、ひょいと手を差し出してきた。
「ま、相手があのお姫様ならしかたないさ」
その手を握ると、彼は満面の笑顔で綾斗の手をぶんぶんと振った。
「おれは夜吹英士郎。お前さん達のルームメイトってことになってる」
「ルームメイトって、ああ、寮のか」
雄が横から反応する。
「そういうこと。うちは基本二人部屋なんだが、どういうわけか、俺らだけ三人部屋なんだよな」
「じゃあ、今まではそこを一人で使ってたの? 悪い、狭くなっちゃうね」
綾斗が申し訳なさそうに言うと、夜吹は両手を軽く振って否定するように笑った。
「いいってことよ。俺はにぎやかなほうが好きなんでね。静かすぎると、なんか逆に落ち着かなくてさ」
そう言いながら、今度は雄に向き直り、再び手を差し出す。その手を握り、握手を交わす二人。
「ルームメイトってのは初めてだから、いろいろ教えてもらえると助かる」
「おうよ、任せとけって!」
夜吹の明るい声が、教室の中に響いた。
「それにどうせ相部屋になるなら、面白いやつがいいと思ってな」
夜吹が冗談めかして肩をすくめる。
「いや、俺は別に面白くはないよ」
綾斗が少し困ったように言うと、夜吹は声をあげて笑った。
「またまた。転入初日から冒頭の十二人相手に決闘しでかしておいて、おまけにそのお姫様をあのギャラリーの中で押し倒したやつが、謙遜すんなって」
綾斗は弁解したかったが、すでにその噂と印象はクラス中に広まってしまっているらしい。
「それにお前さんもだよ、雄。急に現れては、どっかから飛んできた矢を掴むんだから。正直、綾斗より雄のほうが話題になってる」
「ふーん、そうか」
雄が素っ気なく答えると、夜吹はやや大げさに肩を落とした。
「そうかって。みんなお前を警戒してるんだよ。ただでさえ特待生ってだけで目立つのに、その他大勢が気づかなかった攻撃を、あのギャラリーの中からどうやって感知したのか、それにどうやってあの場に現れたのか。いろいろ憶測がたってるぞ」
「感知したのは綾斗だって一緒だろ」
「それはそうなんだが、こいつの場合、それよりお姫様を押し倒したことのほうが強く印象に残っているからな」
「……なんとかして誤解を解きたいんだけどね」
綾斗は苦笑いを浮かべながら、机に肘をついた。
ホームルームが終わるや否や、教室の一角にはちょっとした人だかりができていた。
「ねえねえ天霧君ってば、前の学校じゃなにかやってたの? こんな時期に転入なんて普通じゃないよね?」
「つーかどうしてまたお姫様相手に決闘するはめになったんだ? そのあたりの情報がぜんっぜん入ってこないんだよな」
「いやいや、それよりもあの熱烈なアプローチのほうが問題でしょ。なんなの? 決闘の最中に一目惚れしちゃったの?」
「待てよ、そんなくだらないことより、お姫様の攻略法だ、攻略法! どうやってかわしたんだ、あれ?」
「確かに、正直あれだけ持つとは思わなかった……」
綾斗の周囲では好奇と興奮の入り混じった声が飛び交っていた。彼に質問を浴びせる生徒たちの目は、興味津々といった様子で、矢継ぎ早に言葉が続く。
その一方で、少し離れた場所にいる数人のグループは、明らかに冷淡な空気を纏っていた。
「そんなのお姫様が手加減してたに決まってるだろう」
「まったくだ。身のこなしにしろ反応速度にしろ、凡庸の域を出ん。あれでは在名祭祀書入りも難しいだろうよ」
彼らは綾斗の戦いぶりを冷静に、そして批判的に評価していた。歓迎ムード一色というわけではなく、転入生に対する視線は、好奇、懐疑、羨望、警戒と、さまざまな感情が交錯していた。
「桐ケ谷君はなんでこの時期に転入してきたの?」
「なんであの攻撃を感知できたんだ?」
「それよりも、あの群衆の中からどうやってあそこに行ったんだ? 早すぎて見えなかったぞ」
「もしかして桐ケ谷君って、強い?」
雄のまわりにも自然と人垣ができていた。声の主たちは口々に疑問をぶつけてきたが、その口調には興味だけでなく、どこか探るような色が混じっていた。
こちらもかなりの質問攻めにあっていたが、雄は特に動じる様子もなく、淡々と応じていた。
「……あれだけでは何とも言えないな」
「そうだな、自作自演って可能性だってある」
「なんにせよ、ここのスカウトって見る目ないんじゃない?」
こちらも、別のグループからはそんな冷ややかな声も上がる。驚きよりも疑念、畏怖よりも嘲笑——それぞれの思惑が入り交じる中で、雄はただ静かに周囲の反応を見つめていた。