――わたしは
あるいは、神代の終わりを……。
乾いた大地、吹き荒れる烈風。大気は焼けるように熱い。
それら全てが神代の残滓。かつて
空前の――願わくは絶後であって欲しいと誰もが希う絶滅の大戦。
有翼の
「」
英雄である。
多くの戦場を駆け抜け、一騎当千を成し、万夫不当を果たてきた英雄豪傑。
人類から生まれた奇跡の結晶。比類なきものたち。
単騎で戦線を覆す。
だがそんな英雄たちを容易く超越する怪物が、この戦場にはいた。
魔神。零落せし神。墜ちた精霊。
一柱で国を滅ぼし、幾多数多の英雄を葬ってきた天災が如き荒ぶる神威。
だが此度、この戦場において、英雄も魔神も、戦の趨勢を決するもの存在ではなかった。
これほどの大戦。
これほどの規模の
ここまでやって、これほど戦って――それでも、彼らが戦場に及ぼす影響は天秤を僅かに揺らすことだけ。傾けるには到底至らない。
何故か――天秤を拮抗させている最重の要が、どちらの秤にも残っているからだ。
爆発する魔力。一帯が消し飛ぶ。戦場に生まれた空白。しかし死者の数は規模に比べて少ない。その周辺には誰もいなかった。
そこは英雄でさえ即死する致死圏。魔神であろうと安易には近寄れぬ極限の鉄火場。
「――ようやくだ、魔王」
皮膚の裏側では神々に寵愛された加護と魔神に憎悪された呪詛が混沌と入り混じり、生物から逸脱しつつある
「……長かった。ここに来るまで、君に辿り着くまで、本当に長く、戦場を彷徨った」
光背負う者、絶望を翻す翼、先駆ける流星――その後塵を拝する人々から斯く謳われた勇者の姿も、いまや血に煙る剣を引き摺る幽鬼そのもの。
蒼炎を灯す双眸に映る真紅の影が、勇者の再起に剣を構える。
片や蒼穹。神魔悉くを屠り去った光輝の刃、人々に勇者と畏敬される極限の英雄。
片や紅蓮。幾多もの魔神を従えし魔性の頂、人々に魔王と畏怖される究極の怪物。
決着の丘に立つ最強の人魔、人と魔の永き趨勢を決する一撃が交差する。
先手を打った天剣が魔王の心臓を突き刺し、血に染まる骸の丘に縫いつけた。
後手に回った呪詛が勇者の心身を侵し尽し、生命を死の谷底へと縛りつけた。
ずるりと魔王の体は崩れ落ちた。
馬乗りになった勇者は、更に剣を埋めていく。
勇者は祈るように膝を折り、魔王の胸を貫いた剣に杖にして、
駆け寄ってくる戦友たちの姿を一瞥した。
「終わる……これで、終わる。ようやく、終われる」
必死に唇を閉ざし、叫び出そうとする己を抑えて、呼吸を詰まらせながら、彼はようやく到達した終点に俯いて、吐き出した。
「苦しいだけの肩書も、重すぎた期待も、長かったこの旅路も、全部、全て――これで、ようやく、ようやく……」
声にならない声で、彼は叶えられた望みに悲喜する。
「ようやく――心置きなく、死ねる」
そう、本当に長い旅路だった。
だから彼は最期に、何も遺さぬよう、何も残らぬように、と。
万感の想いを籠めて一息ついて――柄をきつく握りしめていた両手を緩める。
それが、勇者の最期。
趨勢は決した。
冷たくなった亡骸に泣き付く女性は、貴き血を継ぐ亡国の姫だった。
失意の底で泣き崩れる貴き乙女の
それが何を意味するか、分からない彼女ではなかったろうに。
それでも願ってしまった。
姫の覚悟を、魔術師は試した。
魔術師の企みに、姫は応じた。
この結末を覆せるのなら、何を代償にしても構わないと。
「では確認だ。君の愛は君の物ではなくなるし、その想いが報われることはなく、その祈りを彼が聞き届けることもない」
――それでも、君は願うのかい?
僅かな沈黙があった。
冷たい骸となった勇者の頬を撫でる乙女の横顔には、悲痛な恐れ。そして、深い慈愛が宿っていた。
「構わない。元より国に……いいや、彼に捧げた身だ」
女の決意を言祝いで、魔術師は滔々と語り始めた。
それは、千年を
そして、千年も
「それでは。千年の果てで、また会おう」
これは、
もはや、誰も知らない舞台裏。
……わたしは
あるいは、伝説の始まりを――。