死が勇者/魔王を別つまで   作:マキナM

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01話 再開する運命

 仰いだ果てに蒼穹はなく、天の彼方から降り注ぐ注ぐ星々の輝きも、ここにはない。

 では無明なのか、と言えばそうではない。

 世界の中心――中天に輝く巨大な光体は複数の神性が混交した神体であり、覚醒と微睡を繰り返すことで昼夜の概念を生み出していた。

 この世界は内側に閉じている。

 いわば球体の裏側で、それゆえ地平線もなければ水平線もない。

 天球が眠りについて月へと変じた夜の世界では、人の営みが星明りのように輝いている。

 そして天球が目覚めて太陽へと変じた昼の世界を仰げば、容易く世界の全容を見渡すことができるだろう。

 

 大陸と化した死せる巨神の大地(アウルゲルミル)の傍を、大陸を背負った大亀(アクバーラ)が横切っていく。

 海底トンネルと化した世界蛇(ヨルムンガンド)の骸を跨いで、海洋(オケアノス)を渡っている様を。

 七つの世界が焼け落ちた九界樹(ユグドラシル)の付近では、落城した大殿堂(ヴァルハラ)が高空を漂う様を

 

 この世界の名はアガルタ。

 地球という惑星の表層で信仰され、(わすれ)られていった遍く神秘と幻想が終着する最果ての裏層郷(ユートピア)。まつろわぬ神々に辿り着く最後の楽園。

 だがそうした絶対的な存在も時代の変革と共に一柱(ひとり)、また一柱(ひとり)と姿を隠し、現存する神はもう数えるほどにも存在しない。

 

 すべては千年前。

 魔王と勇者が相討ったその日を契機にして。

 

「んっん~~……!」

 

 曲げていた身体を反り返して伸びる。

 石碑を磨き、草を刈る作業は腰に響く。

 

「ううむ、あーしのような美少女が石碑を磨くバイトとか。ウェイトレスとして酒場のオッサンども相手してチップ稼いだ方が高かったりしないかな?」

 

 

 若い青年だ。痩せこけているわけでも、顔色が悪いわけでもない。

 少女より幾つか年上だとして、どう高く見積もっても二十歳にも届くまい。

 だというのにひどく枯れている。容姿云々以前に、青年には生命としての“(はな)”がなかった。

 物腰は柔和だが、どこか病床の老人めいた感が否めない。

 夜に溶け込む黒髪の下、深く昏い光を帯びた青い瞳は冥府を彷徨う人魂めいてさえいた。

 安楽椅子でうたた寝していたら、そのままポックリ逝ってしまいそうな風体だ。

 もっとも、その役職を鑑みれば、それはある程度仕方がないのかもしれない。

 

 墓守。

 杖を突いている。歩くことすら億劫そうで、歩調もだいぶ緩慢だ。

 

 

 

「うっはぁ、やっぱ寝てやがったよこの人。しかも慰霊碑に寄りかかってとか、無礼過ぎる」

 

 

「……死体みたいに静かに寝てるから心臓に悪いわ、この人」

 

「おはろー、管理人のユートさーん。若い女の子に墓掃除を頼んで自分だけぐーすかぴーとは偉いご身分ですね」

 

「頼まれていたエリア、終わったんですけど。そちらのご進捗はいかがっすかねー?」

「ああ……」

「バイト代、おなしゃす」

 

「うーん典型的な夜型人間。やっぱ霊園の管理人って夜の見回りとかもするんです?」

 

「よく霊園の管理人なんてなれましたね」

「ああ、学園長の紹介でね」

「なるほど、つまりコネと」

「そういうことだね」

 

 

「そうか、入学式は明日か」

「二つ名付きの一〇八勇士。果ては最高位の十二勇将。」

「あたしはガウェイン子族の主流三家のうち●家の枝かなー確か」

 

 そんな古(とお)い時代(かこ)へ想いを馳せていた男は後頭部をぽかりとはたかれ、茫洋としていた意識を地上へと引き戻した。

 背後を振り返る。魔導灯(ランタン)の光に照らされた両者は、なんとも対照的な印象を与える。

 

「いきなり突然立ち止まって、今は夜回りの途中でしょうに。はやく終わらせて帰ろうよ」

 一人は女。真夏の空模様を思わせる闊達そうな少女である。

 肩口で切りそろえられた赤毛は火のように明るく闇夜に映えて、瑞々しい精気に溢れた鳶色の瞳は肥沃な大地を思わせる。

 いかにも元気なおてんば娘といった風情で――だからだろうか。

「一言も着いてきてとは言ってないよ」

 

「だって、お兄さんがもしなにかに遭遇したらどうするんですか? 明後日から学生生活を送る身としては、早々そういう事件(イベント)を起こされると困るわけですよ」

「……僕がここを管理するようになってから結構経つけれど、君の言うような存在に遭遇したことは一度もない」

 青年は魔導灯の光を周囲に向け、過去の英霊の名前が刻まれた石碑を照らしだす。

 見渡せば、広大な芝生の上に同様の石碑が等間隔で並んでいる。

 ここは霊園。とはいえ、石碑の下に骸はない。

 此処は千年前に活躍した戦士たちの魂を慰霊する記念墓碑だ。彼らの骸は戦場で消え果てて、土の下には骨の一片だってありはしない。

 

 

「……ぼくってそれほど頼りない?」

「頼りないっていうか、目を離した隙に死んじゃいそう」

「君が来る以前から、僕はこの霊園を管理していたんだけどなぁ」

男は困ったような顔を浮かべた。もとが弱々しい雰囲気だけに、そんな表情を浮かべるとより一層老人のように見えてしまう。そんなだから、少女はこの儚げな青年を放っておけなかったのだ。

勿論、理由は他にもあるけれど。

「だから夜回りが終わるまで護衛してあげます。あ、お礼はパンケーキでいいよ」

 頭頂からぴょんと生えたアホ毛を揺らし、豊かな胸を反らして軽口を叩く少女に。青年は穏やかで声で急所を突いた。

「ルナリア、怖いなら宿舎に帰っていいんだよ」

「は? なに? 怖い? いやいや怖いだなんてまさかそんなアハハ、私は単に夜回りに付き合って少しでもバイト代を稼ごうっていう魂胆なだけで、決して夜の学園が怖いだなんて毛ほども思ってないですナイナイ」

「君くらいの年なら、幽霊を怖がるなんて普通のことだ」

「だだ誰がゆゆ幽霊が怖いって!? 名誉棄損で訴えないけど示談金としてパンケーキもう一週間追加かっ!」

 その必死な否定こそが怖がっている証拠そのものだ。

「君も明日から学生だ。宿舎までの帰り道が怖いなら付き合うから、温かいミルク――は、切らしていたか。じゃあ珈琲でも飲んで学生生活に備えなさい」

「だからどうして私が怖がっている前提で話を進めるのかな? まあ? 私を口実に夜回りを早めに切り上げたいというその浅ましい気持ちを汲んであげてもいいですけれど――」

「あ」

「ちょ私の後ろを見てなにやめて怒るぞコラー!」

「あそこ」

 茂みのある方角を指した瞬間、ルナリアは目にも止まらぬ速さでユートの背後へと回り込んでから彼を押し出し、何かあったら囮にする構えをとりながら顔を覗かせた。

「あそこに……なにっ? なにもないでしょ――ないよね?」

 

 

「いや、待っ」

 

 

 

夜の風が渦を巻き、淡い光が泡のように浮かびはじめて霊園を仄かに照らしはじめた。

その中心に一糸纏わぬ女の裸体がうっすらと浮かび上がる。

「まさか……精霊を介した転移術?」

 ユートは僅かに目を瞠る。現代では精なる契り(フェアリーテイル)を結んだ者は途絶えて久しく、現在ではまずお目にかかれるものではない。

ゆえに、その術理を知らぬ者の目には、この世ならざる幽霊(もの)としか思えない。

異なる風が流れを察した時には、ユートの目の前をルナリアが走り去っていた。

逃走ではない。あれだけ幽霊の存在に慄いていた少女は、先の発言を翻すことなく勇敢に――あるいは無謀にも姿を紡いでいくなにかに挑みかからんとしていた。

「ルナリア……!?」

 制止の声は間に合わない。彼女が駆ける速度は風より速く、渦巻く風の帳に触れる一歩手前で大地を蹴っていた。地面が抉れるほどの衝撃。

「……?」

 猛然と迫る気配に気づいたのか、実像を結んでいく少女の姿をした何かが振り返り、視線が重なる。幻想的な紫の双眸(ひとみ)は、この世のものとは思えないほどに妖(うつく)しい。

 

を受けたルナリアは意識を甘い痺れに襲われて、

「先手必殺――っ!」

 それを振り抜くように横回転。独楽のような旋回から放たれた鋭い蹴撃は風の帳と光の膜を突き破り、少女の側頭部を的確に打ちぬいた。

すぱん、と大気を打ちぬく風切り音。

蹴り飛ばされた勢いのまま、こちらに向かって芝生の上を転がってくるなにか。

 ユートの足元で慣性なくし、仰向けに転がるそれはどう見ても、

「……きゅぅ」

 ちゃんとした実体をもった人間なのでした。

 

 胸に刻印された青白い紋様だけが、少女の由来を語っていた。

 

 

 

 

【記憶喪失】

 

 不審者――もとい素性の知れぬ被害者を抱え、華麗なハイキックを見舞った加害者を引き摺って

宿舎に戻って間もなく、少女は目を覚ました。

 

「生憎とミルクを切らしていてね。飲めないなら別のものに替えるけど」

ユートが差し出したカップを素直に受け取った少女は、口をつけることもなく湯気をたてる黒い水面を見下ろしたまま動かない。

 目覚めてからすでに幾らか時を経ているが、少女は未だに一音とて発していない。

 その傍ではルナリアが叱られた大型犬のような面持ちで座っている。

何か言いたいことがあるらしいが、唇は波打つばかりで音にも声にもならず、これまた一言も発さない。

 蹴り飛ばしたことを謝りたいのか、何者なのかと問い質したいのか。

 あるいは単に、少女があまりにも美しいから気後れしているのか。

「こ、れは?」

「見ての通り、珈琲だけど」

「こー、ひー」

 絵本の世界から飛び出てきたような幻想的な風貌をした少女は、風貌に似つかわしい可憐な声で言った。

 

 

 だが何よりも目を引くのは、右側頭部から生える角のような枝だろう。

森人(エルン)と呼ばれる人族が有する種族的特徴であり、彼らは余程のことがない限り人界に姿を現さない希少種だ。

 

 

「……飲まないの?」

「のむ?」

 喜怒哀楽のいずれも匂わせない声音は、ただ純粋に疑問だけを浮かべていた。

「珈琲なんだけど、嫌なら別のにするけど」

「こーひー」

 少女はオウム返しに呟いてからコップの中身に視線を戻した。

そうして歯がゆくなるほどの時を要してからゆっくりと呷り、

「んこっふぁ」

盛大に噴いた。

「うわ顔面事故ってる事故ってる、絵面ヤバい!」

ルナリアが大慌てで少女の顔をハンカチで拭う。妖精のような美少女が鼻から黒い液体が噴き出す様はどう言い繕っても酷い。

「ほらチーンて! 鼻かんで!」

 ぷーん、とハンカチを揺らして鼻をかませてルナリアは少女の顔から汚れを拭いとる。

 

 

 

「ここはどこなのですか」

「アルビオン学園の敷地内にある霊園で、その宿舎だ。それで、君は何者なのかな」

「なにもの、とは」

 さらりと音がしそうな髪を揺らして少女は小首を傾げた。

「わたし……わたしは何者なのでしょう?」

 ユートは無言でルナリアを見た。

「うぅ……だってあんな登場の仕方をしたら、そりゃ幽霊かなんかだって思うじゃない」

 そして言い訳を並べはじめた。

 

「なにか思い出せることはない? 名前とか」

「なまえ」

 やがて唇を震わせて、言葉を紡いだ。

「ミルディ、と。そして――」

 思い出したように。あるいは、読み上げるような色のない声で、

「標(しるべ)」

この世界でも一部の貴種だけに与えられた単語を発していた。

 

 

 

 

「はい。困りましたね」

 他人事のように、身の上の大事をミルディは言った。

 

 

「たしかユートも森人(エルン)の血が混じっているんだよね?」

「え?」

「えっ?」

「……ああいや、その通りだけど」

 そういえばそんな設定だったか(・・・・・・)と頷いてみせた途端、森人の少女は興味深そうな眼差しをユートに向けた。

 異邦で偶然出会えた同胞を見るような、縋るような眼差し。

 

 

閉じていた蕾が花開く。目にした誰をも虜にしてしまうのではと思えるほどに可憐な微笑みだった。

 

 訥々と語り始めた。抑揚がない声は絵本を読み上げるようで、子守歌の響きがした。

 時刻的にもルナリアも眠そうな顔をして、船を漕いでいたのは出だしまで。

「…………」

ミルディの話を聞くにつれてルナリアの眦が吊り上げっていく。

彼女は生まれてからずっと、人里離れた森の中で師と仰ぐ自然僧に育てられたと言う。ただこの師が相当なろくでなしなのだ。

聞こえる話がいずれも酷い。

下手をすれば死んでいる。むしろよくここまで五体満足で辿り着けたなと感心させられる。

当人は特になんとも思っていない様に語るので、それをどうこう感じる感情さえろくに育まなかったのかという憤りに変わる。人形のように見えたのも当然だった。

「――そして最後に師はこう仰いました」

 喉の調子を確かめるように咳を一つ挟んだ後、

「“うんうん。君も十分育ったし、子育ても飽きた。君と同じ天の貴種がアルビオンという箱庭にたくさんいるから、今からそこで面倒を見てもらいなさい”――と」

「むぅっかぁああああああああ――ッ!」

我慢の限界を超えたルナリアの噴火にミルディはびくりと肩を竦ませた。

ルナリアは自らの豊満な胸に埋めるようにしてミルディの頭をかき抱き、わしわしと亜麻色の髪をしきりに撫でつける。

「辛かったね、頑張ったね、寂しかったでしょ。でももう大丈夫、これから私が守ってあげるからぁぁ!」

 幽霊が怖いのに心配だからと同行したように、彼女は他人を放って置けない人情家なのだった。そんな彼女にこのような辛い境遇で育ち、異国も同然の土地にようやく一人でたどり着いたようなもの。

 深夜で誰もおらず、途方に暮れていたところをハイキックをかまされたのだ。

「くぅぅっ、そのド腐れが目の前にいたらいっちょ私の渾身の尻(ケツ)キックで二度と飲み食いも排泄も出来ない体にしてやるのに……!」

「ルナリア、その台詞はちょっとどうかと思う」

「お排泄できないお体にしてやりますわっ!」

「いや言い方ではなく」

ルナリアの母性本能はかつてないほどに刺激されたらしく、生き別れた妹でも見るような温かな眼差しと情を向けていた。

一方、されるがままのミルディは変わらず無表情なものの、纏う雰囲気は困惑の相を浮かべている。ルナリアの言動に対してというより、ああいうスキンシップ自体が人生初なのかもしれない。

「私のことはルナリアお姉ちゃんって呼んでいいからねっ」

「なぜでしょう?」

 

 

「手続きはどうする?」

 聞いた限り、ミルディは文明圏とは無縁の環境で育っている。

 最低限の入学資格は有しているとはいえ、慈善活動で運営されている孤児院ではない。

相当の入学金に難解な試験に実技に身元を証明する書類の諸々……

 

 

 

「どうにかできない?」

「君はただの用務員に何を言っているんだ?」

「学園長と親しいじゃん!」

「確かに君を預けてきたのは彼だけども……」

 

 

「……ああ、分かった、分かったよ。とりあえず学園長に相談してみよう」

「やった!」

 ルナリアの中では確定事項となっているらしい。

 学園長。

 何故ならユートに限らず、誰もがこの世で一番借りを作りたくないであろう怪人物であろうから。

 

 

【御披露目】

 

後日。入学式を控えた早朝。

「ふぉぉおおおっ!」

霊園の出入り口に隣接した小さな宿舎から、黄色い奇声が迸った。

「似合う! 似合うよミルディっ!」

「左様ですか」

 ミルディの周りをくるくると回りながらはしゃぐルナリア。そのまま抱えて高い高いでもしかねない勢いだ。

 

「先輩もそんな面倒くさい書類は一先ずおいて、ほらこれ見てよ可愛いでしょ!」

 部屋の隅に備え付けられた木製の机に向かっていたユートは、

少女の身元を証明する人物蘭の項に自らの名前を署名し終えてからペンを置き、

ルナリアに袖を引かれてを見た。

 

 衣装は実用性を重視しつつも、白を基調とした布地が軍服特有の重(くら)さを払拭し、青と金の縁取り(ライン)が〇〇を演出して舞踏会でも通じる見事な逸品に仕上げている。

似合っている。確かに可愛らしい。だが着せられている感は否めないとユートは思った。

森人とは自然に寄り添う人種である。あるがままを是とし、古きを愛する森人の少女に、最先端の衣装というのはどうなのだろう――なんて思いつつも、

 

スカートを手で捌き、ぴんと屹立する少女の晴れ姿を一瞥してユートは頷いた。

「とても似合っている」

「それだけ?」

 彼にしてみれば最上位の賛辞を述べた筈だが、親バカならぬ姉バカを発揮しているルナリアからしてはえらく不服なものに聴こえたらしい。

「これはもう在学中は学園一の美少女(ミス・アルビオン)は確実だね。男どもが蜜に群がる羽虫みたいに寄ってくるに違いない。そしたら先輩は保護者として(・・・・・・)心配じゃない? ねえミルディ」

「そうなのですか、お父様(・・・)」

 ユートは困った風に眉を落とした。

「僕は君の身元か記憶のどちらかが判明するまでの仮初の保証人であって、養父ですらないんだ。だから、僕のことを父と呼ぶ必要はないんだ」

 

 言うと、こくりと素直な頷きを示すミルディ。

 

「では、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか」

「好きに呼んでくれて構わないよ」

 

 また一つ、ミルディはこくりと頷いた。

 

「はい、分かりました。お父様(・・・)」

 

 ますます困った様子で沈黙するユートに、堪えきれぬとばかりにルナリアは肩を震わせた。

 

「……いけませんか?」

 

 顔は無表情。声は平坦。けれど、樹木のような雰囲気に湿るような寂しさが揺らがせて、

 

「わたくしは、お父様と呼びたいのですが」

 

 今の彼女には名前以外なにも持ち合わせていない。寄る辺がない。

安心して寄りかかれる止り木を求めているのかもしれない。そうした思考が脳裏を過ぎってしまえば、ユートとしてもあまり強くは言いたくない。

 外見だけで判断するなら『兄』や『叔父』といった呼称の方が余程らしい(・・・)だろうに、何故よりにもよって『父』なのか。

まさかこのような陰気な男に、父性を見出したと?

 

 少女のいじらしい態度に、ルナリアが羨むような声で助け舟を出した。

 

「なんたって今のミルディは、ミルディ・標・アーガミーなんだから。ねえ?」

 

 うんともすんとも言わず、けれどこくりと小さく頷いて肯定の意を示すミルディ。

 彼女がユートを父と呼び、彼と同じ姓を名乗ることになった経緯は、学園長に彼女の処遇を求めたことから始まった。

 ミルディには身元を明かす品もなければ、手掛かりとなる家名もない。

 あるのは本当に自分のものかも怪しい名前と、天孫の末裔であることを示す冠字と聖痕のみ。

 

“ならばコトは簡単だ。少女が訪れてもおかしくない身の上であればよい”

 

 学園長はそう言って、第一発見者であるユートの姓を身元不明の少女の名前に付け足し、身元保証人の立場に据えてしまったのだ。

 あくまで学籍上だけのもの。法的根拠など何もない、ハリボテでしかない記号。

 

“株分けして惜しむような家名ではあるまい”

 

 そういう意味ではない。ていうか、お前分かってやっているだろう――と無言の訴えを視線に乗せても、学園長はカラカラと笑うばかりで取り合ってはくれなかった。

 あの怪人は学園長という最上位に座していながら、“面白ければ是(よし)!”と断ずる極めつけの愉快犯だ。

 それでも学園長で、こちらはしがない用務員。

 立場は天地ほどに離れているのに加えて、頼った側でもある。

 何を言われたところで、肯定する以外の返答など最初から持ち合わせていなかったのだ。

 そんなこんなで学籍上の娘となった少女の晴れ姿を視界に収める。

 

 とはいえ、入学式を直前に控えての飛び入り参加だ。万事滞りなく――とは運ばない。

 まず彼女が住まうはずの女子寮は満室だった。そのため女子寮に空きができるまでは、この狭いオンボロ宿舎が彼女の住まいとなる。

 学費に関しては、放課後の手伝いで賄う手筈となっており、その指導役は当然保護者の務めであるとしてユートの下に付かされた。

 

 出ていったミルディが扉を開けて戻ってきた。

 

「どうかしたの?」

 

 忘れ物でもしたかと視線を投げれば、彼女はユートに一礼

 

「それでは、行ってきます」

「――――」

 

 記憶の中の彼女とは似ても似つかぬはずなのに。

 遠い故郷に置いてきた、もう顔も覚えていない■■と、少女の姿が重なって見えた。

 ミルディは動かない。いや、待っているのか。

 

「――――、ああ。いってらっしゃい」

「はい」

 

 

【通学路】

 

 

 

「足を止めてどうしたの」

 ミルディ、と。己の名前(もの)かも怪しい音の羅列を耳にして振り返る。

「そうやってぼんやりするところ親に似たのかな?」

「お父様も?」

「うん。ユートさんって、暇さえあればぼんやりと空を眺めているからね。あの人はそのままぽっくり逝きそうで見ていて不安になるけど、ミルディもすぅって消えちゃいそうで別の意味で不安になるよ」

 浮世離れしているからね、と言ってルナリアはミルディの手を取った。

消えてしまわないように、はぐれないように。

 

 言われて辺りを見渡し、ミルディはようやく気付いた。自分が衆目を集めていることに。

「ルナリア。大勢がこちらを見ています」

「だね。森人が珍しいってのが半分で、あとミルディが超絶美人なのが半分かな」

「そうなのですか」

 

 

「ここにいる皆様は、ルナリアと同じ貴い生まれなのですね?」

「ミルディもそうだけど――まあ、そうだね。これから通う学園の生徒はみんな天孫族なの。元を辿れば同じ源流だから、まあここにいる全員、遠い親戚とも言えるかな」

 

「んじゃミルディ、ここで問題(おさらい)です」

「天孫の十三人の名前、言える?」

この世界における貴族とは、天孫十三子族(アーク・サーティーン)の流れを汲む家系を指す。

 

「アルトリウス、竜

ガウェイン、炎

ガレス、鏡

アグラヴェイン、秤

ユーウェイン、牙

ディナダン、祭

ランスロット、湖

ガラハッド、杯

トリスタン、弓

ラモラック、槍

パーシヴァル、聖

ケイ

ベディヴィエール、

モードレッド(・・・・・・)――で、合っていますか?」

 

「惜しい」

「ていうか十四人だし、最後に挙げたモードレッドなんて天孫はいないよ」

「……そう、でしたか?」

「そうだよ。モードレッドさんはどっからやってきたの?」

 

 言われてみれば、そうだったかもしれないとミルディは頷いた。自分の名前すら定かですらないのに、どうして知らぬ人物の名がぽっと浮かんだのだろう?

 

「ちなみに天孫って言ったように、先の十三人は始祖アサガミのお孫さんだね」

「その上の世代――天子様は始祖アサガミと神妃イグレインの間に生まれた三姉妹といえば?」

「聖女モルゴース。巫女エレイン。王女アルトリア」

「正解っ!」

 

「天孫までは全員汎人(ヒュム)だけだったらしいけど、それ以降は獣人(ガウル)や鬼人(アジュラ)に小人(ファム)と、他の人種との間にも種が撒かれて、今じゃこうして人種の見本市みたいな感じになったわけ。もしかしたらミルディと同じ森人(エルン)もいるかもしれないね」

 

「十三人の天孫の末裔――それがログレス王国を治める天孫十三子族(わたしたち)ってわけ」

 

白亜の殿堂。若人たちが集い学ぶ園としては些か以上に広大かつ物々しい造形(つくり)と言えたが、来歴を考えれば当然と言えた。

白亜の学園(アルビオン)は城塞都市

絶滅に危機にまで追いやられた人類に残された最後の砦であり、時の大魔術師マーリンが天穹(エデン)の東より勇者を招いた三大聖地の一つでもあるのだ。

 

普通の学び舎であるはずもなく、その広大さ都市と呼んでも差し支えない規模である

 

  

彼の始祖が神妃イグレインとの間に授かった三姉妹が産んだ、十三の天孫。そこから枝別れた血脈こそが≪天孫十三氏族≫であり、この学園に集う生徒たちはいずれかの流れを汲んだ≪天孫族≫なのだ。

 

 

「ルナリアはどうして学園に入ったのか」

「聞きたい?」

「私の名を、世界に刻むため」

「始祖アサガミや、彼と共に戦った七英雄。そして私たちの祖である十三人の天孫みたいに、後世までずぅっと人々の記憶に残るような勇士になりたいの」

 

 誰が相手であろうと譲らぬ強い思いが宿っていた。嘘も照れもない。本気の本気。

それを目指すのだと目を見る間でもなく言葉が真実を告げている。

 だからこそ――

 

「――ふはっ」

 

 その夢を一笑する存在など、無視できるはずもない。

 笑い声はすぐ傍から。

 ルナリアが振り返ったすぐ先で、一人の青年が喉を鳴らしているのが見えた。

 鋭い犬歯を剥いて笑う様は獲物を前にした肉食獣のようで、事実、彼は獣の因子を有していた。

 狼の毛並みを思わせる色素の薄い黒髪に混じって、イヌ科の動物特有の獣耳を生やし、腰の後ろからは髪色と同様の獣尾が揺れている。

 獣人(ガウル)の生徒は他にも散見された、彼ほど強く野性を感じさせる獣人はいなかった。

 餓えた魔狼――そんな物々しい印象を抱かせる青年に対して、ルナリアは臆すどころか挑むような態度で相対した。

 

「あんた今、私のこと笑った?」

 

 ミルディの位置からはルナリアの表情は伺えない。

 

「ああ悪ぃ悪ぃ、聞き流しても良かったんだが、流石に――くっ」

 

笑うつもりはなかったのだと言いながら、男は嘲弄にしかならない台詞を口にした。

 

「いい冗談だったぜ、投げ銭いるか? あー歴史に名を刻む芸人にならなれるかもなァ。道化師(ディナダン)の首席ロードでも狙ってみたらどうだい。いい線いくと俺は思うが」

 

 ミルディが目をしばたたいた次の瞬間には、男の顔面が跳ね上がっていた。

 地上から天空へ、逆しまに走る稲妻のような蹴りが青年の顎をカチ上げていた。

 

「あ、ごっめーん。獣の臭いがちょっとキツくて思わず払っちゃった」

 

 速く、鋭く、なにより瞬きの間に放たれた蹴撃は奇術のようで、

 亀裂が走り、その威力は頭が飛んで然るべきものであっただろう。

 

「――、やるじゃねぇか」

 

 にも拘わらず男は笑っていた。

 口端から血を流しているが、それだけだ。顎を打ちぬかれたというのに、身体にブレは僅かにも見受けられない。恐るべき体幹の太さと強度と言えよう。

 やられたらやり返す。特にこうした手合いはそれが顕著だろう。

 そう思われていただけに、男は手を上げるような真似はみせなかったのは意外だった。

 

「やられっぱなし?」

「なんだ喧嘩売って欲しいのか? 生憎と手弱女(おんな)に蹴られたくらいで腹ァ立てるほど柔じゃねえ」

 

 親指で血を拭う。血はもう止まっていた。

 

「っと──ま、ちと効いたがね。ベイルゥ・咢・イアルヴァーンズだ。てめぇは?」

「……ルナリア・灯・ローヴェスタージャ。ユーウェインの主流筋が~」

「はっ、抜かせお転婆」

 

 一触即発の空気はとうに霧散していた。もしやこれが普通の挨拶なのか、いや、周囲の様子からして違うだろう。

 

「そんで、あー……そこのえらい別嬪なお嬢ちゃんは?」

「ミルディ・標・アーガミーと申します。これからよろしくお願いいたします」

 

 水を向けられたミルディは、挨拶文を読み上げるようにつらつらと言葉を並べたてた。

 

「アーガミー? 聞いたことねぇな、どこの枝だ」

 

 枝。つまり十二子族のいずれの血脈かを問うているのだろう。

 アーガミーの姓は天孫のいずれの血を汲むものではないと彼女の保護者は言っていたが、それを告げてもいいのかどうか。

 

「はいそこまで。私の目が黒いうちはあんたみたいな野蛮人を近づかせないから。番が欲しいなら他で漁ってちょうだい」

 

 素直に答えようとしたところを、会話を遮断するようにルナリアが出た。

 

「んじゃテメェの目ン玉引っこ抜いちまえば、俺はそのお嬢ちゃんを浚ってもいいわけか」

「やってみなさい。その前にあんたの尻尾引き千切って口に突っ込んであげるから」

 

 と、思えば一触即発の空気が再び始まっていた。

 

「仲がよろしいのですね」

「「どこがよ(だ)っ!」」

 

 一触即発。もはや〇ではすまされない事態となり、

 

 刹那、熱狂は絶対零度に凍てついた。

 恐る恐る振り返り、彼女らは見た。

 落ちる影さえ麗(おそろ)しい、悪魔の如き女の姿を。

 

 月の雫で濡らしたように淡い光を帯びた白髪の下、魔性の美貌がこの馬鹿騒ぎを睥睨していた。純白の肌は雪花のごとく穢れ一つなく輝いて、結晶化した氷海を思わせる青い瞳が視界に映るすべての者の背筋を凍てつかせる。

 麗らかな陽射に暖められた並木通りが、まるで雪原と化したかのような冷たい痺れはきっと錯覚ではないのだろう。

 あれは高嶺の花どころではない彼岸(ひがん)の大輪。下手に触れようものなら命はなく、命を賭しても肌に触れることさえ能うかどうか。

 そんな別世界とでもいうべきモノが、静寂の中を悠然と通り過ぎていく。

 それに合わせて流れる凍てつく魔力。地を這い広がる力の波は、おそらく常態として垂れ流しているものか。それだけでも破格の濃度で、常人ならば浴びるだけで昏倒しかねない。

 

 並木通りで主役を演じていた二人も、アレの前では氷像のように固まるしかない。

 比べるまでもなく格が違う。狼と鷲が睨み合っていたところに竜が現れたようなものだ。黙って道を譲るしかない。そして、

 

「おはようございます」

 

 そんな竜の進路に、ひょっこりと顔を突き出す子兎が一羽。

 

「ちょっ、ミルディぃぃ――ッ!?」

「おい、アレ死んだんじゃねえか?」

 

 外野の絶叫に構うことなく、ミルディは十戒のように開けた道を塞ぐように。

 認めて足を止めた。手にした紙面に落としていた視線を持ち上げる。途端、少女の身を苛む冷気が強まった。

 

 そんなことにも構わず、ミルディは魔女の瞳をじっと見つめた。

 違いをあげるなら温度だろう。

 あの人は冥府を彷徨う人魂のような、昏く淀んだ青さ。

 対して、彼女の瞳は澄んでいて、強い意志を宿した光はさながら高温で燃える青い炎のよう。

 氷の中に封じられても消えることのない、高温で燃える焔が宿っている。

 同じ色彩でも、こうまで印象が違うモノなのかとミルディは魔女の瞳の熱に感動を抱いた。

 

「なんだ貴様」

「お揃いです」

「なに?」

「お父様と、同じ色です」

 

 美貌に僅かな困惑の相を浮かべた魔女は、自らの髪をあらためるように白魚の指で梳き、異なる色彩をした少女に言った。

 

「貴様とその父親はずいぶん違うようだな」

「養子にしていただきました」

「そうか」

「はい」

 

 まるで意味のない会話。道を聞かれたからと答えるような気軽さ、気安さ。

 

「それで、用向きは?」

「地図の向きが間違っております」

 

 びしり、と指を立ててミルディが指摘した途端、周囲から声にならない悲鳴があがった。

 

「…………」

 

 魔女は少々不愉快そうに眉を顰めたものの、手にしていた紙切れ――地図の向きをくるりと回した。

 

「いえ。もう一度右に回してください」

「こうか」

「はい。それが正しい向きになります」

「礼を言う」

「それほどでもありません。あなたも新入生なのですか?」

「そうだが」

「ミルディ・標・アーガミーです」

 

 これからよろしくお願いします、と差し出されたミルディの手と顔を見比べた後、魔女は僅かにほくそ笑んだ。

 

「逆だ」

「逆とは、なにがでしょう?」

「友好を結びたいなら、右手を出すものだ。左手は非礼だ。貴様の育ちではどうかは知らんが、少なくともここではそうせよ」

「これは失礼しました」

 

 ミルディは左手を引っ込めて右手を差し出した。魔女はまたも手と顔を見比べ、観念したかのように吐息を吐くと右手を差し出し、友誼を結ぶ握手を交わす。

 氷のように冷たく見えた白い手も、触れてみればとても温かく、ずっと握っていたいと思えるほどに柔らかかった。

 

「ミルディ・標(しるべ)・アーガミーです」

「ルキア・結(むすび)・グウィンフィヴァル」

 

 そのままぶんぶんと上下に二回。それ以上は付き合う気はないと払われたが構わない。

 

「これで友達ですね」

「好きに思え」

「よければ一緒に大聖堂まで――」

 

 いきませんか、という台詞はドップラー効果を伴いながら遠のいていった。

 

「うちのが迷惑をかけましたぁ――ッ!」

 

 連れに抱えられて強制的に引き離されていくミルディに一瞥をくれることもなく、ルキアは悠然と歩きはじめた。

 

「なんてことをするのですか」

「いやそれこっちの台詞だから!?」

 

 横ではベイルゥが汗を流していた。

 

 

 他の生徒たちが進む方向とは異なる方角に向かって歩いていた。

 ――霊園があったと記憶しておりますが。

 

  

「知らない人に声をかけちゃダメでしょっ!」

 

「大したタマだ」

 ベイルゥの言葉は本気の賛辞だった。

「で、どうよ」

「どうって、何が」

「アレを越えるくらいじゃねえと、歴史に名前なんて刻めねえぞ」

「……うっさい」

「てめっ、脛蹴んじゃねえ! やんのかコラァ!」

「」

 

 

「それだと私は誰一人として友好を結ぶことができなくなりますが」

「いやいや。明らかに声をかけちゃいけない類でしょあれは」

「ですが」

「ですがもなにも」

「とても寂しそうに、見えましたので」

そう、独りで世界に向かい合っているようで。

それもまた、彼女が父と仰ぐ青年に似ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆主席の祝辞と魔王の宣言

 

「で、だ」

 

「なんで俺ァてめぇ等の隣に座らにゃならねぇんだ」

「なら他所にいけよ(わん)ころ」

「んだとコラ。上等じゃねえか、ぶっ飛ばすぞ」

「なんだコラ。こっちの台詞だ、蹴っ飛ばすぞ」

 

 

『諸君、こんにちは』

 

 些か若いように思えるが、

 

 

「……あの子たちは、今頃入学式かな」

 用務員として雇われたユートは、さっそくその職務に就いていた。

 ゴミ掃除。誰の目にも留まることなく、日陰で不要な塵屑(モノ)を淡々と片付け、処分する。

 嫌ではないし苦でもない。むしろこういう細々とした裏方こそ自分の天職とさえ思っていた。支払われる給金は薄給もいいとこだが、飢えるほどでもない。

 

 落ち葉やポイ捨てされたゴミを分類別に分け、口を縛って積み上げる。花壇の手入れの他に入学式が終われば講堂の片付けもある。

 

 

「それにしてもアサガミの子孫、かぁ」

 

「変な話だ、だって――」

「おい」

 

 風が流れた。

 

 腕章からして二年生だろう。別に出歩いているのは不思議ではないが、注目される理由が分からない。

 

 

 

「貴様」

 

 白黎の魔女(グインフィヴァル)と渾名された孤高の大輪。

「……何故、何故だ――何故、貴様が此処にいる……?」

「失礼ですが何処かで遇いましたか?」

 白い雪のような少女は限界まで目を瞠ったまま硬直していた。

 

 

 それは殺意と呼ばれるものだった。

「私を、忘れたと言うのか?」

 

「ならば思い出せ。始祖――いいや」

 

「勇者アサガミ!」

 千年。

 千年だ。

 千年という途方もない年月を経て、もはや誰も呼ぶものがいない筈の、遠い歴史に埋もれた真名を叫ばれて、かつてアサガミの名で呼ばれた墓守の青年は、今度こそ顔を強張らせた。

 

 

 

 

 

 

「――総員、整列。これより訓示を行う」

 

 

 初めての共同作業として一糸乱れず整列する。

 生徒たちの軍事的練度によるものではない。

 誘導、あるいは命令。

 おそらく言葉が通じぬ異国人とて、反射的に背筋を正すだろう。

 

 喧噪の途絶えた大講堂へ唯一響く足音は、静謐ながら力強い。

 誰もが見上げた視線の先、始祖を模した荘厳なステンドグラスを背に現れた少年は王者のごとく蒼穹の外套を翻す。

 立ち並ぶ新入生しんぺいを眼下の視界に収めながら、確かな王聖を滲ませて微笑みながら頷いた。

 

 見ているだけで緊張が走り、意識が引き締められる。

 

 如何なる無頼漢であろうと従わずにはいられない。

 気配が違う、〇が違う。背負った名はあまりに高く貴き

 

 子供と侮るなかれ、彼こそ国の頂点のひとつ。十三の席を坐する資格を持つ真なる末裔。

「はじめまして皆さん、生徒会長のアルトリウスです」

 

 

 

 

 九の齢で後継者(アルトリウス)の席次に並び、たった一年で主席(ロード)に着いた史上最年少の記録保持者(レコードホルダー)。

だからこその聖十児(アスカロン)。

そして、始祖アサガミの生まれ変わりとも囁かれている稀代の神童。

 

 あれが、首席ロードの一人。

 ログレス帝国は十三の領に別れ、

 

 その人なのだ。

 

 並の筈がない。

「如何なる苦境に置かれているのか、理解と誇りを求めるからこそ、あなた方にはしばしの間、私の言葉にどうかお付き合いしてもらいたい」

  

「魔王の再来と目される六人に対し、始祖の再臨は未だ確認されていません」

 

 

 

「ただ救いを求めて崇める――民草ならばそれで良いでしょう。だがあなた方は違う」

「天穹の聖血を継ぐ同胞たちよ。尊き始祖の末裔」

 

 

「未来の勇士たちよ。

 

「千年の午睡は終わり、今こそ確と目覚めましょう。私たちの手で真なる千年帝国を築きあげ、来る始祖を迎えることこそが、救世の大恩に報いる唯一無二の孝行であると私は思います。だから皆さん、どうか喜んでください、そして誇って欲しい。天の尖兵となる栄誉を」

 

「これから三年。どう過ごすかは自由です。恋に燃え、遊びに耽るのも良いでしょう。喧嘩するのも構いません。あなた達に希うことはたった一つ――始祖の御前で誇れる己であれ」

 

 

共感を求める継承者の言葉に対し、整列している生徒たちの間で波紋のように肯定する意思が広がっていく。

抑えきれず武者震いをした者もいれば、感極まって涙する者さえいた。

右隣のルナリアは無意識に握り拳を形作り、その隣ではベイルゥが上等と吼えるように笑みを浮かべている。

 

「この中から共に天孫の名を継ぐ後継者が誕生することを、心の底から願っています」

 

「共に天穹に至りましょう。そして――」

 大聖堂が揺れた。

 

 もはやそれは、戦略級と評してもなんら不足のない極大魔術陣。

 

 魔術的な防御層が幾重にも張られた大聖堂の壁が、許容量を遥かに超えた魔力の波濤で瞬時に融解。

 

 

 

 魔力のまの字も感じない、土に汚れた作業服を着た陰鬱な青年が――

「ユートさんんん!?」

 ルナリアが悲鳴のような声でその人物の名を叫んだ。

 ユート・アーガミーが、よりにもよってこの国の頂点に等しい少年の元まで転がってきたのだ。

 極刑級の無礼だろう。

 

 アルトリウスはぱちくりと目を丸めて、目の前の青年へと掌をかざした。その手には並の術師では生涯掛けても練り上げることは適わぬ超密度の魔力が込められている。食らえば魔力をもたない人間など塵も残らない。

 それを躊躇なく放った。魔力塊はユートのすぐ傍を通りすぎ、先の大聖堂の防護壁を破壊した魔力に向けて。

 

「あの人は……!」

「」

 

「なんだ貴様は」

「どうも、はじめまして。先代からアルトリウスの号を拝命した者です」

 

 

「そうか分かった、後ろの男を出せ」

「――む」

 そんなぞんざいな扱いなどかつて受けたことなどなかったのだろう。あまりに無礼な物言いにアルトリウスは一瞬、年相応の顔を僅かに覗かせたものの、瞬きのうちに竜の字に相応しい覇気でもって魔女に相対する。

 

人位を極めた至高の座だ。小国の王ならば臣下の如く跪いて出迎えねばならない最高位。

 

 

「待ってください」

「貴女が首席入学者でしたか。でしたらちょうどいい」

 

 

「――いいだろう」

 

 救いようがない愚人どもを睥睨するように視線を滑らし、口火を切った。

「聴け、雑魚ども」

 中指立ててファックユー。

 

 

「貴様らいつまで先祖の風下に甘んじているつもりだ?」

 更なる衝撃を衝きつけた。

「天孫? 三貴姫? 始祖? 甘えるな、勇者を神聖視するのも大概にしておけよごく潰しども」

「孝行がなんだと眠たい戯言は聞こえたが、子が親にできる真の孝行などこの世に一つ」

「始祖(おや)を超越(こえ)ろ――それが出来ない限り、貴様らは何処までいっても過去の栄華に照らされるだけ影でしかない」

 なんて暴論、なんて極論。

 

その物言いは、宣戦布告にも等しい宣誓

 

 千年もの間親元から離れられなかったごく潰し共

 

 

道化の学園長と首席と会話

 

 円卓に並ぶ資格を有した主席ロードの一人。

 事実上、この学園の二大巨頭が顔を合わせていた。

 教師と生徒という明確な上下関係も、その肩書を前にすればどれ程の意味があろう。

 脇役どころか端役である。

 

「どうだった?」

貴様もそこの連中

「流石のオレも主席ロードが」

 

「ま、先の暴言からして退学と共に異端審問に掛けられるだろうが」

「なぜですか?」

「何故もなにも、ぴーちくぱーちく騒いでいた通りよ」

「侮辱? おかしいですね、私の耳には激励に聴こえましたが」

「なっ」

 

「では退学には」

「しませんよ。むしろ残ってもらわないと困ります。どうしてそんなことに?」

 

 

 

「それで、どうだった」

「実に素晴らしい」

「あの人の言葉には、熱がありました」

 

「ただ読み上げるだけの私の言葉では、とても敵いません」

「良かったではないか」

「?」

「アルトリウス。貴殿はオレと同じくこの国の最高位に立つ十三人の一人だが、同時に学生でもある。学生の本分とは何か? 遊(まな)ぶことだよ。それを経験しない限り、どれほど強かろう大人には成れん」

「貴殿はまだまだ子供だよ。さあ、喜んで学ぶといい」

 

「なるほど、含蓄のある言葉ですね」

「さもあらん。なにせオレは道化(ディナダン)だ。誰も侵せぬ聖域に土足に踏み入り、好き勝手にいちゃもんをつける。初代のディナダンがそうであるように」

 極一部の者だけが知ることだが、天孫の十三子は一度、国家(いえ)を割った壮絶なお家騒動をやらかしている。

 家の規模は当時から最大の国家であり、争う当人たちが揮う力は災害そのもの。

 伝え聞くところによれば、またもや人類存亡の危機に直面したというのだから凄まじい。

 そんな天変地異(かぞくげんか)を収めたのが当時のディナダンなのだった。

 他の兄弟たちがいずれも無双の力を有していたのに対し、彼は何一つとして才を持ち合わせていない出涸らしだった。

 

 彼方と此方に割れた当時の家族全員――三姫子と他の兄弟姉妹を一堂に介して和解の場を設けたが、それでも収まらぬ火種を前に、初代(ディナダン)は自らの首を掻き切って鎮火させたという。

 実子の命を捨てた訴えに母であった聖女モルゴースは悲嘆し、兄弟(ディナダン)をそれほどまでに追い込んでいた事を心から悔いた兄弟姉妹は和解したという。

さて、ここで気になることが一つ。

「如何なる不和があったのでしょう?」

「さあ? オレも知らん。キノコとタケノコのどちらが美味いかで争ったのではないか?」

「それは一大事ですね」

 ふざけているのか、本気で言っているのか。

ともあれ、これがディナダンだ。

 最高位たる二人が知らぬということは、この世の誰も知らぬということ。

真相は遥かな過去に埋葬されて、どこを掘り返そうとも見当たらない。

 

 

「貴方がなにを考えているのかまるで読めません。これが年季の差というものでしょうか」

「単になにも考えておらんだけよ。オレは脊髄でしか語れん阿呆でな。下らぬ企てもなければ、隠すような裏もない」

 

「こんど娼館にいくか? 奢るぞ」

「大変興味深いお誘いですが、生憎と清貧を心掛けているのでお断りしておきましょう」

 

「愉快愉快、まったくこの世は面白い。そうは思いませんかな、なあ始祖殿よ?」

 仰ぎ、偶像に呼びかける。言葉は慇懃ながらも語りかける口調は友人にむける親愛を帯びて。

 

 

 

 

 

ネタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間に展開される幾つもの術式。火砲。「火線敷(ヒート・ウェイブ)」

 空間を埋め尽くす魔術陣。空間に描かれる複雑怪奇な幾何学模様。

「レッツ・ダンスマカブル」

 誘導弾、起爆弾、貫通、地雷。

 

 

 

「こちらも行くぞ」

「――ッ!?」

 突如として、エヴァンジェリンの背後から無数の術式陣が展開した。

「無詠唱で、それもこの数……!?」

 一斉点火。

 斬り落とせる数でもないし距離でもない。

 即座に踏み込みを切り返し、真横に飛んで火球の弾幕から逃れ出た。

 

 

「寄れば御せる――そう思っているな?」

 迫る〇の足に合わせて、エヴァンジェリンもまた踏み込んでいた。速度はそれほどのものでもない。だがまさに虚を衝くタイミング。

 歩調を乱され、剣を振るテンポを外れた。顎を撃ちぬく魔弾。

「未熟」

 

「勝てると思ったか、届くと考えたか? ――戯けが。その程度、此処には腐るほど転がっているぞ」

 

「児戯であろうと、」

 

「立て」

「立って、挑め」

「勇者を語るならば無理を貫け。あらゆる困難を踏破し、常識を斬り伏せ、不可能を成せ。それが出来ずに――なあ、おい」

 

 

 

 

決して速いわけではない。だが巧い、九死に一生とでもいうべき際どさで回避を続ける。

「ならばこれはどうだ?」

 逃げ場のない絨毯爆撃。

 指を鳴らすと共に魔法陣が連結し、

 アリーナ全域を射程に収めた極大魔法陣だ。

「弾けろ」

 不発に終わる。

 効果を発揮する直前に剣先が魔法陣の一部を切り裂いたのだ。そこには魔法陣の要所であり、僅かでも欠ければ術式そのものが瓦解して暴発する。

 当時になかった術式という術理で、彼女が編み出した創作魔法陣を初見で潰された。

 驚きなどない。勇者ならばこの程度は出来て当然のこと。

 展開し、発動しなかった魔力を用いて〇をなす。

「」

 

 

 

 

 

「継承せよ、我が血盟。」

「大いなる十神法(グレイテスト・テンカウント)」

「一番、二番、七番」

 

「情報の保存」 

 

 

 

 

 黒太子

「どう思うかね、≪劫剣≫」

紅蓮に燃える長髪を靡かした青年が立っている。

グワルマフィ家は聖ガウェインの本流であり、いずれ源流たるガウェインの名を継ぐ最有力候補と名高い学園最高と目される剣士は厳かに口を開いた。

「強い」

 

 

 

 

 

 

 

 栄えある〇に入学が適った。

 

 学園というより城塞だった。

 選ばれた人種のみが通うことが出来る。

 

 

紹介されて、まず連想したのは枯れ木だった。

細くて脆く、病に侵され、実ることなく根本から腐り果てた病んだ枯れ木。

 年は十七か八。どれだけ高く見積もっても二十歳には届くまい。だというのに若者特有の溌剌とした活力や生気が微塵も感じられず、黒く濁った瞳は瑪瑙のように腐ったまま凝り固まっているかのようで、ともすれば次の瞬間には事切れてしまいそうな冷たい儚さがあった。

 

 

 

 

「すこし、宜しいですかな」

 覇気を纏った声に

「なんでしょうか、学園長。いまは土の手入れで忙しいのですが」

 

「確かに一介の雑用に敬語を使うというのは些か奇異に映るやもしれん。だがこれでも崩しているつもりなのだ。膝を折らないだけ大目に見ていただきたい」

 

 

「知ってどうするつもりなの?」

「いや、別段なにも?」

 初めてユートは顔をあげて、胡乱な半眼をディナダンに向けた。

「そんな怖い目をしてくれるな。私は何もしないし、何を言わん。ただ確信を得たかっただけのこと」

「そうとも。楽しければなんでもいいのだ。笑う門には福来る――フハハハハ、天穹の格言」

 

「転生した魔王がこれからどうするのか、我らが始祖はどうするのか。ああ、考えるだけでワクワクが止まらん。平和な日常はいつまで続く? 明日か? 明後日か? ああそれとも今にでも終わるのか? 溜まらんなぁ。私は特等席から眺めさせてもらうとしよう」

「君のような人間が学園長っていうのは、世も末だな」

刹那主義者だ。たとえこの瞬間に自分が死んでも構わないと本気で考えている。きっと首だけになっても世の中すべて笑って見送るだろう。

「然り、世は末法。約束された千年はとうに過ぎ去った。安穏の日々はいずれ必ず崩れ去る。火種はすでに消しようがない。戦火は満ち満ち、動乱の波は止まらない。そんな未来が待ち受けているからこそ、私のようなものが後進の背を押すのだよ」

「その果てに、貴殿の妄執が晴れる日を願っている」

 

 

 

 

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