死が勇者/魔王を別つまで   作:マキナM

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終幕

戦死者の名前が記されている。英霊たち。彼の戦友。

名前の大半は知らない。言葉を交わしたこともなければ、顔を付き合わせたこともない無名の英霊たち。けれど紛れもない、そして掛け替えのない仲間たち。

 なのに、そこにはあるべき名前がひとつだけ欠けている。

当たり前だ、なぜなら彼は死んでなどいないから。

いずれ再臨すると信じられる、始まりにして未来の王だから。

 夜をここで過ごすのが、ユートの日課だった。

 祈るわけでもなく、ぼんやりと慰霊碑を見つめる。そして夜が明けると共に踵を返す。

 けれど今夜は、先客がいた。

 

月に照らされた慰霊碑を前に、ひとりの少女が立っている。

夜風にさらわれた黒髪が〇〇のように広がり、落ちる。

 夜にも明るい空色の瞳は、忘れてしまったはずの青空を思い出させる。

「貴様は死にたいのか」

 迂遠を好まない彼女らしい単刀直入(ストレート)な言葉に、かつて勇者と謳われた男は静かに頷いた。

「ああ、死にたい。死にたい、死にたいと今も思っている」

 

「あの丘で朽ち果てたかった。二度目の生なんてこれっぽっちも欲しくなかった。それを求めるには、僕はあまりにも殺し過ぎた」

「後悔しているのか」

「――まさか」

 否と告げる声に弱さはない。それだけはあってはならないと断ずるように。

「それを抱けば、あの時代に生きた全てに対する侮辱になる」

 

「そう、悔いはないんだ、納得している。たとえ人々(みんな)に求められて剣を握ったとしても、剣を振るい続けたのは僕の意思だから」

 知ったことではないと渡された剣を放り出さなかった時点で、命を奪った責任の所在は己にある。

 

罪だと目を背ける暇も、死の重みに嘆くゆとりもなかった。閃光のような日々だったのだ。

 振り返っている暇はなく、寝ても覚めても殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けた。

 もはや当時、何を思って殺していたのかさえ思い出せない。いや、そもそもなにも考えていなかったのかもしれないが。

 ただ、必死だったのは覚えている。

 

 当時ならば違ったかもしれない。

 戦友たちと帰還し、日常を送りながら積み上げた死を振り返り、苦しみながらも消化して、見失った生きる理由をもう一度見つけることが出来たかもしれない。

 だがそれはもう叶わない。

 みな死んだ。死に絶えて誰一人として残っていない。何もかもが歴史の層に埋もれている。

「だからこそ、こうして生き恥を晒している己が許せない」

 己だけが、なんの因果か死の運命から外れてしまった。

「きっと普通は……普通なら、二度目の生を得たことを喜ぶべきなのかもしれない」

「世界を救った救世主なのだからと、その報いを求めて然るべきなのかもしれない」

 

「そう思えない自分は、やっぱり残骸なんだろう。壊れているんだ、まともじゃない」

 血に慣れるほど弱くはなれなかったし、死を呑み込めるほど強くもなれなかった。

 

 

「救いが欲しいよ、終りたい」

 

「目を閉じれば、今でもあの黄昏の丘が見える。きっとあそこが僕のいるべき場所で、眠りにつけた唯一の機会だったんだ」

 

「私もまた、あの黄昏の丘に囚われている」

「寝ても覚めても貴様の顔ばかり浮かんで忘れられない。胸に突き刺さる刃の熱さがいつまで経っても消えてくれない」

 

 

「だから。同じ遺物として、私が引導を渡してやろう」

 魔王は俯く勇者の頬を持ち上げた。

「私は此処に宣誓する」

 

「私は貴様のために生きよう」

 だから、と

「貴様は私のために死ぬのだ」

 

彼女にとって、とっておきの決め台詞であったらしい。

 

「いずれ必ず、いつか必ず、私が貴様を殺す。だから勇者よ、私に殺されるその時まで、死ぬことは許さない」

 告げる言葉は殺意一色なのに、響く音色は愛の告白にも似た甘い微熱を孕んでいた。

「だから死ねないと言ったじゃないか」

「うるさい、誓え」

 ほんのりと桃色に染まった頬は怒りによるものなのか。

 

「私は貴様のために生きる」

「僕は貴女のために死のう」

「「死が二人を分かつまで」」

 

「我が仇敵、我が運命、我が勇者よ」

 

「せいぜい短い余生を楽しむがいい勇者よ。ふふっ、今際の際で死にたくないと生を渇望する貴様の顔が目に浮かぶぞ」

 破顔した少女は謳うように離れていく。それこそ抑えていないと思わずくるくると踊りだしてしまいそうなくらいに浮かれていた。

 

「……そうか。ああ、それなら」

 終わりを迎えるその日まで、少しは前を向こうか。

 前だけを見て、閃光のように駆け続けたあの頃のように。

 

 

地獄のような物語(せい)に幕を引く、奇跡のような終幕(ねむり)を求めているから。

 

 

 

 

 

 そして、そんな生涯の誓いを交わす二人を遠目から見つめる影もまた――

「……お父様」

 ミルディ・標・アーガミー。

 寄る辺を持たず、過去を失くした娘。

 

 

 抱き着く少女。

「……ミルディ?」

「お父様は」

 

「お父様は、いなくなったりしませんよね」

「……聞いていたの?」

「いいえ、いいえ。お二人の会話は、なにひとつ」

 ですが、と泣くように。

「お父様が、このまま消えてしまうような気がして……」

「」

 きっとそれまでは続くのだろう。続いてしまうのだろう。

 頭を撫でようとして、それが罪深いと感じて引っ込める。

穢れた死者(じぶん)と共にいることで、眩しい生者(かのじょ)を汚しているような気がして。

「だってこんなに温かいのに」

 それを罪深いと、思うことこそ罪深いのだと彼は気付いた。

 

 

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