闇之刃   作:紳爾零士

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それは恋人でも兄妹でもない・壱

「…お主に免許皆伝を言い伝える。」

 

桜の下。

花は枯れ、ただひたすらに雪が降る。新雪の積もる石畳の上で目の前の老父を一目見て、口元の緩みを隠しながら頭を下げた。

 

それもまた夢と知らずに。

 

「剣の道は1日にしてならずだ。」

 

立ち去った老父はひたすらにそう言っていた。

俺は自分が何者かすらも覚えていない。死の瞬間、その一瞬のみを覚えているだけだ。ただ…そう、ただ一度“死んだ”というその一瞬だけ。

 

…悲しくもなく、つらくもない。

 

言わば、転生というのだろう。

その言葉でしか言い表せないほど…だが、陳腐だ。ここで生きていたというその実感が湧かない。

 

「はっ!!やぁ!!」

 

握る竹刀に力が入る。

日々の日課を忘るるべからず。老父の教えは俺と…彼女を格段に成長させた。厳しくも優しい父を失った2人はその日、人目を憚らず泣いたのを覚えている。今の彼女も俺も決して一人前などではない。

 

「はぁ!!」

 

一辺倒に振るわれる竹刀は裁くのが容易である。

体に熱が籠る。冷静にならねば、ここで負けるのは俺だ。

 

力は負けぬが速度は負ける。彼女の剣戟はいつだって綺麗で華やかだ。

 

「やってるわね。」

 

「紫。」

 

何やら縁側が騒がしい。ふと横目で見ればそこには八雲紫の姿があった。この場の長…俺の使える主人の良き友人なりて、面倒を起こす張本人である…とも言える。

 

「よそ見厳禁ッ!!」

 

「していない。」

 

苦し紛れの突きは下から跳ね上げる。

振るわれた筋力は剣を弾き、相手の体すらも跳ね上げる。

 

「うわっ!?」

 

空間に飛び上がる少女。

華奢な身体が空に浮き上がる。人ではないが、石畳に頭打っては怪我じゃ済まない。飛び上がった彼女を俺は剣を捨てて、受け止める。

 

「おっと。」

 

…世に言うお姫様抱っこの状態。お互いの顔がよくわかる。汗ばんだ白髪と潤んだ瞳、紅潮した頬。運動後にもかかわらず酷く変わらぬ果実の匂い。

 

「ごめん。強くやり過ぎたな。」

 

「えへへ。本当に強いね。」

 

少女は笑いながら、俺の頬に手を伸ばす。

太陽のようなキラキラとした笑顔は昔っから変わらない。例え、俺がどこの誰であろうとこの白玉楼の人間であることは変わらないのだ。

 

「そこまでそこまで。」

 

紫様の声を聞き、ふと我に帰る。

少女を地面に下ろし、そのまま縁側へと近づく。

 

「紫様、ご無沙汰で。」

 

呆れた顔の紫様とほのかに頬を赤らめた我が主人。そのたおやかな笑みは懐の深さを知れるだろう。

 

「…その手はなんなのよ。全く。」

 

ため息を吐く紫様。

 

「ほんとですよ。墨兎ったら、まだ子供扱いしてくるんですよ!!」

 

「子ども扱いとかじゃないです。妖夢は転ぶので。」

 

お互いを考えてのことだ。

ぎゅっと握られた手がそれを物語っている。妖夢の膨れた面がその幼さを感じさせる。

 

「墨兎だって、どっかに勝手に行く癖に!!」

 

「…それはノーコメントだ。」

 

この一手は手痛い。

どれだけ生きていようと1人で歩き出した暁にはその晩は野宿しかないだろう。場所を覚える能力が等しく皆無なんだから。

 

「墨兎、妖夢。鍛錬ご苦労様。お腹が減ったわ。そろそろご飯にしてちょうだい。」

 

「「わかりました。」」

 

主人の腹の虫がその命令の合図である。

その前に汗を拭きたいところだが、主人の命より大事なものはない。

 

「いこっ。墨兎。」

 

「ああ。」

 

お互いに引っ張る形で白玉楼の玄関へ入っていく。引き戸を開けて玄関先で草鞋を脱ぐ。木の廊下を足袋で歩き、厨房へと入っていく。

 

「ほら。」

 

俺の手には乾いたタオル。

割烹着を着る前に妖夢の汗だけでも拭っておかねばならない。短い髪をかき分けて、その首筋を優しく拭う。

 

「もぅっ。また子ども扱いして。」

 

「昔は爺さんにやってもらってたんだから。これぐらい俺にやらせろ。」

 

脇や腹はまた後でだ。

風船のように膨れる妖夢の面に呆れつつも身支度を整え、調理を進める。

 

「…エッチ。」

 

「…。」

 

流し目で見られつつも、包丁を狂わせないように一寸の迷いもなく、沢庵を調節する。妖夢は味噌汁。かまどには米…あとは魚と卵焼きか。妖夢に任せれば何とでもなる。

 

「墨兎ぉ。」

 

「ん。」

 

少し器に盛られた味噌汁が目の前にくる。

小さな手に受けられた器と小首をかしげる妖夢。その味噌汁を俺は飲む。要は味見だ。

 

「美味いじゃねえか。」

 

「そう?ちょっと味薄かったかも。」

 

「心配すんな。ちゃんと美味いから。」

 

むむむっと眉間に皺を寄せる妖夢。

よほど自分のものの出来に信用が入っていない様子だ。どうせ、我が主人、幽々子様も手放しで誉めるだろう。

 

「こんな美味かったら毎日飲んでいたいくらいだぜ。」

 

「何言ってるのよ。毎日食べて毎日飲んでるでしょ?」

 

「それもそうか。」

 

などと話しながらも着々と物事を進めていく。

昔から妖夢と俺は2人で1人前だった。爺さんから…そう話されてきたから。だからこそ、2人が離れるなんて考えたことはない。2人ともだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飯の片付けを終え、少し縁側に座る。

仕事の多さは妖夢よりも控えめだ。なにせ、この顔は人前には出せない。片目無し人間なんて昔は言われた。眼帯なんて洒落たものを紫様から頂いてからは無くなったが、それでも外に出ることを禁止されている。

 

幽々子様曰く、俺に何かあったら妖夢が泣くらしい。悲しいかな、嬉しいかな。まぁ、なんだ。少し自分が恥ずかしい。

 

「だーれだ。」

 

「もう準備はいいのか?妖夢。」

 

こうして少し暇をもらい、2人で縁側に座る。

決まって妖夢の席は俺の横。双子のように育った俺たちはお互いを求め、探す。どんなに離れても。

 

「お買い物に行く前に一休み。」

 

ハツラツとした笑顔の妖夢に少し微笑んでやる。

どちらかと言わず、ぎゅっと握られる手。細い指の所々にタコができている。俺の指だってそうだろう。

 

「墨兎は強いよねえ。男の子だから?」

 

「関係ない。努力ならお前の方がしてるだろう。」

 

「えへへ。…でも幽々子様をお守りするためにはもっと強くならなくちゃ。」

 

なんというか。まさに忠犬という言葉が似合う。…いや、それは俺もか。俺だって、幽々子様をお守りする…その為だけにここまで鍛えてきたのに。

 

「ねえ、墨兎。」

 

「…なんだ。」

 

こんこんと降る雪。

ぼんやりとなるその一雫を見ながら、しきりに妖夢の方を見る。

 

「私たちって兄妹でも友達でもないよね。なんなのかな?」

 

「急にどうした。なんだっていいだろ。」

 

いつの間にか、妖夢の肩が俺の肩と触れる。

硬い俺の体としなやかな妖夢の身体。昔は同じ背丈だったのに見える景色も変わった。ただそれだけ。

 

「なんだっていい…かぁ。」

 

「そう。一緒に居られりゃそれでいい。」

 

「へへ。それもそっか。」

 

バタンと俺の膝の上に寝転がる妖夢。ふんわりと上がったワンピースのスカートで向こうは大惨事だろう。また…妖夢の甘えん坊が始まった。これで子供扱いするなってのは無理な話だろうが。

 

「墨兎の膝硬いよぉ。」

 

「当たり前だ。」

 

ゴロゴロしながらそう言う妖夢。

…痛いんだが。

 

「刀を持った真剣なお前は何処行ったんだよ。」

 

「んー?…毎日修行じゃあ疲れちゃうでしょー?」

 

…爺さんに叱られても知らねえ。

下からこちらを向く妖夢の髪を優しく撫でる。

 

「前髪。乱れてんぞ?」

 

「そりゃこんだけゴロゴロしたらなるでしょが。あうっ。」

 

「ならないようにしなさい。」

 

…少し人差し指で小突いてやった。こういうの、気にしないところあるからなぁ…と。因みに俺も気にしない。実際、2人で寝癖で立ってることもあるくらいだ。

 

「お夕飯、何にしよっか。」

 

「何だっていいだろ。それに聞くなら幽々子様だ。」

 

「ええ?幽々子様、なんだって美味しいって食べちゃうもん。それなら墨兎の好きなもの、作ってもいいかなぁって。」

 

「好きなものつったって…お前が作るものなんだっていいだろ。」

 

「えぇ…困るなぁ…。」

 

困ると言いながら笑っている。

 

「そろそろ買い出しの時間じゃねえの?」

 

「退いてほしい?」

 

「どっちでも。間に合うなら。」

 

柔らかな妖夢の髪が太ももを撫ぜる。昔、長髪にしようかと悩んでいた時期もあった。本人曰く、可愛いけど前が見えないからやめるとのこと。短い方も十分可愛いと言ったら喜んでたっけ。

 

「じゃっ、いこっ。」

 

「りょーかい。」

 

膝から飛び上がる妖夢を見て、俺の口元も自然と緩む。自然にぎゅっと握られる手。にっこりと微笑む買い物カゴを持った妖夢に連れられて白玉楼を出た。

 

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