咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第4章 第2話:出し物

 「……うち、何勝手に妄想してんねや……」

 

 咲は再び歩き出す。自分の影が、夕暮れのアスファルトに長く伸びていた。

 

 (想像でビビってても、しゃーないやん。椎名に聞きたいことがあったら、ちゃんと聞けばええ)

 

 足取りが、少しずつ元に戻る。

 

 (あいつがどれだけ重いもん背負ってても、たぶん、うちはそれを笑わせることくらいしかできへんしな)

 

 目指す喫茶店『アルカナ』の看板が、夕陽の向こうにぼんやりと現れていた。

 

 咲は深く息を吸い込み、再び前を向いた。

 

夕陽がオレンジ色に街を染める中、笹木咲は喫茶店『アルカナ』の前に立ち止まった。

 

 重厚な木製のドア、その真ん中にぶら下がる札が、さりげなく視界に入る。

 

 ――“CLOSED”

 

 「……は? 閉まってるやんけ」

 

 思わず声に出してしまった。

 

 ガラス越しに中を覗けば、店内には明かりが灯り、カウンター奥にはチャイカらしき大柄な影が動いている。完全に“営業終了後”というわけではなさそうだった。

 

 (……裏口から誰か出てきたとか、じゃないよな?)

 

 半信半疑で、咲はそっと扉に手をかける……が、迷いがよぎる。開ける前に、ふと壁に耳を寄せてみた。

 

 店内から漏れてくるのは、やや低めのチャイカの声。そして、その合間に――

 

 「……うそやろ……?」

 

 咲の口元がぽかんと開いた。

 

 聞き覚えのある、明るく、透き通った、少し鼻にかかった声――本間ひまわり。

 

 「ひまちゃ……?」

 

 あの、真面目で素直で、テンションが高くて、昼間は学校の中庭でスナック菓子配ってるような、“陽の者代表”が、よりにもよって“アルカナ”にいる。

 

 「な、なんで……あいつが、こんなアングラなとこに……?」

 

 耳をそばだてるが、言葉の輪郭は掴めない。けれど、軽口を叩いている雰囲気ではない。ひまわりの声も、いつものような元気さがなく、どこか張りつめたような調子だった。

 

 「……まさか、ひまちゃが裏で……“そういう”仕事を……?」

 

 思考が変な方向に転がりかけた咲は、慌てて首を振った。

 

 (ないないない! 絶対ないって! あの子が裏社会の何かとか、無理あるやろ!)

 

 けれど、確かに聞こえた。あれは間違いなくひまわりの声だった。しかも、何かを相談しているような、あるいは、打ち明け話のような――そんな、重たい空気。

 

 「……これ、開けてええんかな……?」

 

 咲は扉の取っ手に手をかけたまま、動けなくなっていた。チャイカが閉店の札をかけたままにしてるということは、つまり、「部外者立ち入り禁止」的な空気なのかもしれない。無理やり入っていい雰囲気では、ない。

 

 「ん~~~……でも、気になるぅ~~~~~……!」

 

 足をじたばたさせながら悩んでいると、その背後から――

 

 「……なに、突っ立ってんの」

 

 背筋に走る寒気とともに、後ろからぬっと現れたのは、椎名唯華だった。

 

 制服の上から薄手のカーディガンを羽織り、いつもの気怠げな目で咲をじっと見ている。

 

 「え、えっ!? 椎名!? え、なんで……いや、うちはその、あの……」

 

 動揺する咲をよそに、唯華は「“CLOSED”」の札に視線をやると、ぼそっと呟いた。

 

 「チャイカんとこ、また札かけっぱなしやんけ……」

 

 それだけ言って、ためらいもなく取っ手を引いた。

 

 ――カラン。

 

 ベルが鳴る。

 

 「ちょっ!? おい椎名!! 今、閉まってるって札出てたって!! 空気読もや! な!? 常識人になろ!? うちは今、それで悩んでてんて!!」

 

 「じゃあ開けてええか聞いてみればええやん」

 

 「うちが!? いや、そうやけど、でもタイミングとか空気とかあるやろ!! それに、ひまちゃおるっぽいんやけど!? それが一番驚きなんやけど!?」

 

 「……は? ほんひま? なんであいつおんの」

 

 「うちが聞きたいねん!!」

 

 扉の奥からは、チャイカの「おー、唯華か」という声と、それに続く少し小さくなったひまわりの声が微かに聞こえる。

 

 「……入るで」

 

 「お、おいっ……!」

 

 唯華の後を追いながら、咲は覚悟を決めてアルカナの店内へと足を踏み入れた。

 

 彼女が見たのは、本間ひまわりがチャイカの前に座り、真剣な眼差しで何かを語っているという、普段とはまるで違う空気の光景だった。

 

 扉のベルが控えめに鳴る。

 笹木咲と椎名唯華が揃って喫茶店『アルカナ』に入ると、カウンター席にいた本間ひまわりがぱっと顔を上げた。

 

 「あっ……えっ!? 咲ちゃん!? しぃしぃも!? え、えええ!? なんでっ!?」

 

 あからさまに驚いた表情で目を丸くするひまわり。彼女の前には、チャイカが無言でコーヒーをかき混ぜている。

 

 咲は腕を組み、ひまわりを指さすようにして言った。

 

 「うちの台詞やっちゅーねん! なにしてんねん、ひまちゃ!! てか、なんでこんな店に……あんた、文化祭の委員とかやっとる健全女子やろ!? アルカナってそういうとこちゃうで!? ここアングラ専門店やで!?」

 

 「えぇ~……そんな言い方しなくてもぉ~……!」

 

 ひまわりは困ったように笑いながら頬をかき、チャイカに一度視線を向けてから、説明を始めた。

 

 「実はね? あの……うちのバイト先の店長さんが、ちょっと変わった知り合いに文化祭手伝ってもらえないか~って話をしてて……それで、チャイカさんにお願いに来てたの」

 

 「文化祭を……手伝ってもらう……って?」

 

 咲が眉をひそめて繰り返すと、チャイカが口を開いた。

 

 「ああ、こいつ。実は前にうちとメールでやり取りしてた“情報屋”のアシスタントだよ。団地の件でちょっと調べものしてもらってたやつ。覚えてるだろ?」

 

 「……はぁ!? ひまちゃが!?」

 

 「正確には、ひまわりのバイト先の店長がその“情報屋”で、こいつが手伝ってたって形だけどな。まあ、メール打ってたのはこの子だったみたいだし、実質半分は彼女」

 

 チャイカは面倒くさそうに指でマグカップの縁をなぞりながら、続けた。

 

 「で、報酬をちょっと値切ってな。その代わり、“おたくの生徒の文化祭、手伝わせてもらう”っていう条件付きになった。まあ、こっちとしても面白そうだし、それで手を打った」

 

 「は、はあああああ!?」

 

 咲は両手で頭を抱えた。

 

 「いやいやいやいや、どこが!? どこが“情報屋のバイトしてます”って顔してるん!? いつも眩しいくらいピカピカな顔で話してる陽キャが、裏で団地の調査しとったん!? うっそやろ……」

 

 「へへ……なんか、ごめんねぇ……」

 

 ひまわりは照れ笑いを浮かべながら、グラスの水をちゅーっと吸った。

 

 咲は口を開けたまま呆然とし、それを横目で見ていた唯華が、ぼそっと呟く。

 

 「……まぁ、うちらも人のこと言えんやろ」

 

 「それは、そうやけども!!」

 

 咲が再びツッコミを入れかけたところで、ひまわりが急に時計を見て「あっ」と声を上げた。

 

 「やばっ……もうこんな時間!? ごめん、今日はもう帰らなきゃっ」

 

 そう言って、ひまわりは鞄を肩にかけ、慌ただしく椅子から立ち上がる。

 

 「じゃ、また学校でねっ!」

 

 笑顔で手を振りながら、店のドアを開けてぱたぱたと出ていく。

 

 咲と椎名、そしてチャイカだけが残された静かな店内に、扉のベルが、カラン……とやけに澄んだ音を響かせた。

 

 咲は呆けたまま、ぽつりと呟く。

 

 「……どの世界線の本間ひまわりやねん……」 

 

 唯華はスツールに座りながら、抹茶ラテの空きカップを指先で回しつつ。

 

 「……多分、ぜんぶ正解なんやろな。あいつも、うちらも」

 

 チャイカはふっと鼻で笑い、マグカップをカウンターにトンと置いた。

 

 「まったく、最近は“普通の顔した変なやつ”ばっか寄ってくるな。うちの店にも、学校にも」

 

 ひまわりが去ったあと、喫茶店『アルカナ』の店内には、落ち着いた静けさが戻っていた。

 

 夕暮れの光がステンドグラス越しに差し込み、カウンターの上に色の混じった影を落としている。

 

 チャイカは一口コーヒーをすすりながら、ふと咲に目をやった。

 

 「――同じ学校なんだし、せっかくだから、あんたが文化祭手伝ってみるってのはどうかしら?」

 

 「……は?」

 

 咲は硬直したまま、ゆっくりとチャイカを見た。

 

 その瞬間、すかさず椎名が口を挟む。

 

 「ええやん。最近“アルカナの霊媒師”とか言うて、変な噂も立ってるし。クラスで“実は呪符で結界張れるらしい”とかバレバレやで」

 

 「うっ……うるさいわ!」

 

 咲は即座に頭を抱え、椅子の背にのけぞった。

 

 「絶対にイヤやからな!? うちは! 文化祭でなんか“変な仕事”やらされるのが一番イヤなんや!!」

 

 その叫びに、チャイカはくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

 「何をそんなに警戒してんだ。いいじゃないか、“文化祭の霊媒師”……どうせなら、客の未来でも見てやれば?」

 

 「絶対、“霊符で悪霊退治体験コーナー”とか、“憑依された咲ちゃんを救え!”とか、そんなん企画されるに決まってるやん!? しかもたぶんガチで何か起きるし!!」

 

 「実際、起きるだろうな」

 

 「おい!! さらっと肯定すなぁ!!」

 

 咲はもはや机に突っ伏し、顔をうめながら唸るように叫ぶ。

 

 「……もう、そういうのは全部椎名にやらせてくれよぉ……こっちは一般人代表として平和に文化祭を過ごしたいんや……」

 

 「いやいや、うちが文化祭で霊媒師とかやったら絶対あかんやろ。“呪力が強すぎて客に幻見せた”とかなるで。むしろ咲がちょうどええやん」

 

 「そういう“ちょうどええ”の一番腹立つ!!」

 

 そのやりとりに、チャイカがふうっと笑いながら煙草の箱を指でつつく。

 

 「青春なんて、今しかできないんだからよ……やっときなさいよ、咲ちゃん。あんたみたいな奴が意外と、そういうのに一番向いてるわよ。」

 

 「……また適当なこと言うて……」

 

 「いや、マジで言ってるんだけどね」

 

 チャイカは軽く片眉を上げて、いつになく真っ直ぐな視線を咲に向ける。

 

 「変な連中に囲まれて、変な店に出入りして、気づけば“当たり前”がズレ始めてる。……でもな、それでも“祭”は、祭だ。みんなでワイワイして、くだらないことして、疲れて帰って寝る。それを逃したら、案外、後で悔しくなるわよ」

 

 咲は、突っ伏したまま、ぼそりと呟いた。

 

 「……それっぽいこと言われても、うちがやらされるの絶対“心霊迷路”の生き人形役とかやで……」

 

 唯華はその背中をぺし、と軽く叩きながら、

 

 「まぁ、そのときはあてぃしが“助けに来る勇者”やったるわ」

 

 「椎名だけは絶対信用できへんわ!!」

 

 カウンターの奥で、チャイカが「こりゃ面白くなりそうだ」と口角を吊り上げた。

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