翌日の放課後、グラウンドに夕陽が差し込むころ。笹木咲は、自販機の前でストロー付きのフルーツミルクをちゅーっと吸っていた本間ひまわりを見つけ、思い切って声をかけた。
「なあ、ひまちゃ」
「ん~? あっ、咲ちゃんっ!」
ひまわりは笑顔で手を振る。咲はちょっとだけ目を逸らしながら、ぼそっと言った。
「……あの、文化祭の出し物、手伝ってもええで」
その瞬間、ひまわりの目がぱちくりと見開かれる。
「えっ!? 咲ちゃんが!? ホントに!? うそやん、うそちゃう!?」
「う、うそちゃうし……別に、あんたに頼まれたわけやないけど……まぁ流れでな……」
照れ隠しのように鼻をこする咲に、ひまわりはパァァッと顔を明るくして、手をぱんっと打った。
「えへへ~、やった~! でもそうだよね、咲ちゃんもアルカナでバイトしてるし、きっと頼りになるって思ってたんだ~!」
「……は?」
咲の口が半開きになる。
「……え? え、バイト? どこで?」
「え、アルカナ! だってチャイカさんと知り合いだし、昨日も普通にお店で話してたし……店の人ってことでしょ?」
「……いや、うちバイトしてへんし……!?」
「えっ、そうなの!? あれぇ!? でも、なんかすっごい“顔”やったからさ~……常連とかじゃない雰囲気だったし……なんなら“共同経営者”っぽかったよ?」
「どんな扱いやねん!!」
思わずツッコミながらも、咲はもう面倒くさくなって「……まぁ、そういうことにしといてもええわ」と誤魔化した。
ひまわりはあっけらかんと笑いながら、文化祭の話に戻る。
「でね、やりたいのは“カフェ”なんだけど……普通のメイド喫茶とかは他のクラスもやるし、せっかく“アルカナ枠”ってことで特別感出せたらいいなって思ってるんだよね~」
「なるほどな……まぁ、確かにただのカフェやったら、被るやろな」
咲が腕を組んで唸っていると、いつの間にかその後ろに椎名唯華が現れていた。
「……やったら、せっかくやし、“参加型”の怪談とかどう?」
「……椎名!? どっから湧いたん!?」
「いや、普通に今通りがかっただけやし。そんで聞こえたから入っただけ」
唯華は気だるげにポケットに手を突っ込みつつ、続けた。
「カフェの中で、お客さん同士が“怪談を語り合える”とか。“霊媒師の店”って設定にして、最後に“真の恐怖”が待ってるとか」
「……あっ、めっちゃ面白そう!」
ひまわりが目を輝かせる。
「“おかわり注文したら一回分の怪談チャンスが増える”とか、“限定メニューで椎名の霊符入りおみくじ付き”とかどう!?」
「やめろ! それただの呪いカフェになるやんけ!!」
咲は即座に反対するが、どこか否定しきれない興味が芽生えているのも事実だった。
椎名はにやりと笑って、ボソッと呟いた。
「咲の“実体験ベース”の話も入れたら、たぶんめっちゃウケると思うで」
「……やっぱり絶対変な仕事やらされる未来しか見えへん……!」
咲は再び頭を抱えながらも、内心では――ちょっとだけ、楽しみになり始めていた。
数日が経ち、文化祭の準備が本格化しはじめた放課後。
とある空き教室に、笹木咲・本間ひまわり・椎名唯華の三人が机を囲んで座っていた。机の上にはコピー用紙、ノートパソコン、お菓子のパンフレット、手書きのレイアウト案、そして――怖そうな装飾アイテムのカタログ。
「……んで、“怪談カフェ”やるのはええけど、そろそろ申込用紙出さんと、ガチで締切過ぎるで」
咲が肩肘をつきながらそう言うと、ひまわりが「うん、もう出してきたよ~!」と手を挙げて報告した。
「おっ、さすが。で、なんか言われたん?」
「うん、あのね、生徒会の樋口先輩が“せっかくなら和風にしてみたら?”って言ってくれてさ!」
ひまわりはニコニコと嬉しそうに語る。
「和風……って、あの和室っぽい感じにすんの?」
咲が顔をしかめる。
「うち、てっきりもっとこう……テーブルとソファとかで、暗くして、それっぽいBGM流す“夜のアルカナ”風のカフェ想像しとったんやけど……和風やと、なんか……お菓子とかが“生もの”になりそうやん。面倒くさそう……」
「そこな~!」
咲がわざと仰々しく肩を落とすのを見て、ひまわりは楽しげにくすくす笑った。
「大丈夫だよ~、咲ちゃん。怪談がメインなんだから、食べ物はサブでいいの! しかも、お菓子は別に作らなくても、業務用の和菓子セット買えばめっちゃ安く済むって、店長が教えてくれた!」
「……あんた、どこまで“情報屋”仕込みのノウハウ持っとんねん……」
呆れ半分、感心半分で呟く咲に、椎名はノートパソコンの画面をくるりと回しながら言った。
「和風にするなら、こういう“障子の張りぼて”とか“吊るし提灯”とか、ええ感じに演出できるんちゃう?」
「うわ……ガチやん……なにこれ“廃神社の一室”風とかあるん? こっわ……」
「せっかくやし、見た目も凝って“ほんまに何か出そうな空間”にしたいんや。来た人が“なんか変なの連れて帰ったかも……”ってなるくらいが理想」
「それはアカン! ギリで文化祭に収めような!?」
三人の会話はどこか噛み合っていないようで、けれど妙にテンポよく進んでいく。
咲は仕方なさそうにため息をつきつつも、テーブルの上に置かれた和紙のランチョンマット風の試作品を手に取り、じっと見つめた。
「……まあ、“非日常感”って意味では、和風ってアリやな。普段学校で見るような空間ちゃうし」
「でしょ~? “和の怪談”って、なんかこう……じっとり怖いっていうか、想像でゾワっとくるやつが多いし!」
ひまわりは満面の笑みで言いながら、ちゃっかり“お品書き案”の紙に
「●肝試し風 おしるこ」
「●呪われし三色団子」
など、妙な名前をつけ始めていた。
咲はそのメニューを覗き込み、頭を抱える。
「……もう、うちは“マトモ枠”で行くからな……“呪い団子”とか出さんからな……」
椎名はくすっと笑って、いたずらっぽく言った。
「じゃあ笹木は、“店内に現れる謎の霊媒師役”でもやる?」
「やらんっつってるやろがああああ!!」
夕陽が差し込む教室で、三人の文化祭準備は、着々と(騒がしく)進んでいた。
夕方の空が紫に染まり始めた頃。
和風怪談カフェの準備を進めていた笹木咲・本間ひまわり・椎名唯華の三人は、「やっぱ飲み物はプロに聞いた方がええやろ」という椎名の提案で、喫茶店『アルカナ』へと向かっていた。
「……うち、なんかもう“常連扱い”されてる気がするねんけど……」
咲がぼやきながら扉を開けると、カラン……とベルの音が鳴る。
夕暮れの光が差し込む店内には、ゆるやかなジャズが流れていた。そして、カウンターの中にいたのは、見慣れた背の高い店主――チャイカ。そしてその隣には――
銀と黒が混じったような長い髪。
陶器のように白い肌。
深紅の瞳に、ふわりと浮かぶ微笑。
――夜見れな。
「……っうわぁ……」
咲は足を止め、明らかに引きつった顔を見せた。
その隣で、ひまわりがぱっと目を見開く。
「えっ!? あっ! 夜見ちゃんだ~っ!!」
ぴょこんと軽く飛び跳ねるように手を振る。
「やっほ~! こないだのマジックショーすっごく面白かったよ~! あれ、どうやってやってたの!? 手紙のトリック、全然わかんなかった~!」
れなは、にこ、と穏やかに笑った。
「ふふっ、秘密だよ~。……笹木先輩も、こんにちは」
「……う、うぅ……こんにちは、ございます……」
咲は露骨に距離を取りながら、椎名の背後に身を半分隠した。椎名はそれを横目に見ながら、チャイカに声をかける。
「よっ、チャイカ。文化祭の出し物で和風カフェやることになってん。飲み物どうしよってなって、プロに聞きに来た」
チャイカはいつもの気だるげな雰囲気で、棚からマグを取りながら応じた。
「ほう、和風カフェね。確か前聞いた話だと怪談付きだったか。……じゃあ、飲み物もそれっぽいほうが雰囲気出るな」
「それっぽいって?」
「抹茶ラテ、ほうじ茶ミルク、黒糖ジンジャーソーダ……あと、昆布茶ベースのしょっぱい系も面白いかもな。“塩気で霊を払う”っていう演出で」
「はぇ~……なんか、アルカナって感じする~!」
ひまわりが感心したように声をあげる。
咲は「え、昆布茶でオシャレとかできるん……?」とつぶやきながらも、案外悪くない気がしていた。
その横で、夜見がふっと首をかしげる。
「……先輩て、文化祭とか、普通に出るんだね~。てっきり、ずっと部屋で寝てるのかと」
「どんな偏見やねん!!」
「ふふっ、冗談冗談♪」
れなの笑顔に、咲はぐぬぬと唸って顔を背けた。
チャイカがカウンターの奥から茶筅と抹茶の缶を取り出すと、咲と唯華は前のめりにカウンターに寄り、真剣な顔つきになった。
「ほな、まずは抹茶ラテやな。作り方、ちゃんと教えてな」
「よっしゃ、見とけよ。……まずは抹茶を少量のお湯で練る。それからミルクを温めて、フォームミルクを作って――混ぜるだけ。言うだけなら簡単なんだけどな」
「え、混ぜるだけなら楽勝やろ。咲、やってみぃや」
「なんでうちからやねん……」
ブツブツ言いながらも、咲は抹茶の粉をスプーンですくい、湯の入った茶碗に入れた。そして――
「よし、こうして……まぜまぜ……っと……」
……ぐちゃ。
「……あかん、なんか、ダマになってる!? てか、抹茶ってこんなドロドロやったっけ!? これ……練るっていうか、コンクリートやん!?」
「見てるだけで喉乾いてくるビジュアルやな……」
唯華も手を伸ばすが、泡立て器のフォームミルクづくりで見事にミルクを飛ばし、チャイカの袖に白い点々を残した。
「お、おっと……あ、あてぃしのせいちゃうで!? ミルクが悪い!」
「ミルクのせいにすんな。お前ら、ほんとに料理したことあるんか……?」
呆れるチャイカを尻目に、後ろでカウンター越しに見守っていた夜見れなが、くすくすと笑いながら声をかけた。
「ふふ、ふたりともがんばって~。……上手くできたら、れなが“ファンサ”してあげるよ?」
ピースとウインクを添えて、茶目っ気たっぷりに言うその声に、椎名が食いついた。
「うおっ!? まじ!? よっしゃ、やる気出てきた!! 見とれよ咲、あてぃしの完璧フォームを!!」
「は!? ちょっ……そんなんでやる気出るんか!?」
「そら出るやろ! 夜見のファンサは、貴重やで!」
「……うちは、絶対にいらん」
即答。
咲は一切の迷いなく、静かに、けれど断固たる口調で言い放った。
「れなのファンサとか、絶対裏でなんか呪いとか仕込まれてるやろ……目合った瞬間、謎の寒気来るやつやで……やめとけ椎名、魂抜かれるぞ」
「うっ……でも、でも……れな、めっちゃ可愛く笑ってるやん……」
「それが一番危ないんやって!!」
わちゃわちゃと騒ぎながらも、湯気の立つ茶碗の中では、抹茶が少しずつ、ほんの少しずつ、それらしい色と香りを纏い始めていた。
道のりは長い。けれど、文化祭の一杯に向けて、彼女たちの奮闘は、まだ始まったばかりだった。