咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第5章 第6話:異物

 その夜。

 

 文化祭の疲れもあり、咲は布団に潜り込んだ途端、泥のように眠りに落ちた。

 

 そして――夢を見た。

 

 

 

 朝。

 

 秋晴れの空の下、制服に鞄を抱えて、いつもの通学路を歩く咲。

 

 「ふぁ~……今日もダルいなぁ……はよ文化祭休みほしかったわ……」

 

 目をこすりながら坂道を登っていると――前方に見慣れた後ろ姿を発見する。

 

 「……お?」

 

 急ぎ足で追いつくと、そこにいたのは、いつものようにのんびり歩く椎名唯華。

 

 だが――

 

 「あれ……? なんかおかしいぞ?」

 

 咲は思わず目を細めた。

 

 唯華が着ている制服が――

 

 いつもの新大阪第三高校の制服じゃない。

 

 「……なにそれ」

 

 灰色ベースの、シュッとしたデザインのセーラー服。胸元には深い藍色のスカーフ。

 

 まぎれもない、黒曜崎女学園の制服だった。

 

 「お前、お姉ちゃんの服、勝手に持ち出してどないしたんや!」

 

 咲がツッコミながら肩を叩くと、唯華はにやにや笑いながら振り向いた。

 

 「いやこれ、あてぃしの制服やし」

 

 「はぁあああああ!?!?!?」

 

 咲の顔が、まさにマンガのようにバゴン!!と驚きで引きつった。

 

 「う、うそやろ!? 待って、何、何? どゆこと!?うち、まだ寝とる!? 現実バグっとる!!?」

 

 手をバタバタさせながら、必死に周囲を見回すが、登校中の生徒たちはみんな普通に歩いている。

 

 冷や汗がじわじわと背筋を伝う。

 

 「え、うそ、転校!? 新大阪第三から黒曜崎女学園に!?なんで!? どうして!? 受験とかそんな真面目な話、椎名がするわけないやん!!」

 

 「……もう、こっちには来いひんからな~」

 

 唯華はそう言い残すと、ひらひら手を振りながら、咲とは逆方向――黒曜崎女学園の門へ向かって歩いていく。

 

 「ま、待てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 叫びながら手を伸ばした――その瞬間。

 

 

 

 「はっ!!!!」

 

 ガバッと布団の中から跳ね起きる咲。

 

 汗びっしょりの顔で、荒い息をつきながらあたりを見回す。

 

 (……夢やった……よかった……ほんまよかった……)

 

 心底ホッとしながら枕に顔を押しつけると、

 

 「……いや、あんな制服似合うわけないしな」

 

 一人で納得して、再び布団に潜り込んだ。文化祭後の夜は、まだまだ波乱含みのままだった。

 

 朝の光が町を淡く照らす中、咲は眠い目をこすりながら、いつもの道を学校へと向かっていた。

 

 「はぁ~……昨日、変な夢見たから寝不足や……」

 

 とぼとぼと歩きながら、ふと、前方に見慣れた髪色が揺れているのに気づく。

 

 「……ん?」

 

 近づいていくと、そこにいたのは――椎名唯華だった。

 

 だが、今日の唯華は――制服ではなく、私服姿。

 ラフなパーカーに、スカート。

 両手ポケットに突っ込みながら、だるそうに立っている。

 

 その瞬間、昨日見た夢の光景が脳裏に蘇る。

 

 (……まさか……!!)

 

 嫌な汗がじわりと額に滲み、咲は恐る恐る口を開いた。

 

 「……お前、まさか……私服の学校に転校したんじゃ……!?」

 

 心なしか、声が震えていた。

 

 だが、唯華は「は?」という顔で首をかしげた。

 

 「何言うとんねん。今日は文化祭後やし、学校休みやで?」

 

 「……あ」

 

 「うちも今日は暇やし、アルカナにでも行こか思てな~」

 

 唯華は特に気にも留めず、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 

 その様子を見て、咲はその場で項垂れた。

 

 「……良かった……転校とか、現実になってへんかったんやな……」

 

 「ほんま、朝からなにテンパっとんねん」

 

 「こっちは命かけて焦ってたんやぞ……」

 

 肩を落としながら、笹木は心の底からホッと息をついた。

 朝の空気は冷たかったが、心なしか、さっきより温かく感じた気がした。

 

 

 

 

 

 アルカナの店内――

 昼下がりの静かな時間帯、店内にはカウンター越しに漂う珈琲の香りと、微かなレコードの音だけが流れていた。

 

 そのカウンター席に、加賀美ハヤトが静かに腰掛けていた。

 

 向かいには、花畑チャイカが立っている。

 

 二人の間には、まるで何か見えない厚い幕が下りたかのような、張りつめた空気が漂っていた。

 

 チャイカはグラスを拭きながら、ふと低い声で言葉を投げた。

 

 「……随分と、悪どいことをしたのね」

 

 その言葉に、ハヤトは微笑んだ。穏やかな――だが、どこか冷たさを帯びた、不敵な笑みだった。

 

 「人生というのは、常に――どれだけ天に向かって羽ばたくことができるか、なんですよ」

 

 静かに、そして揺るぎない口調で語る。

 

 「飛べない者に価値がないのは、竜でも人間でも変わりません。

 欲しいものは、全て手に入れなければならない。

 気に入らないものは、壊さなければならない。

 ――さもなければ、私の命に意味などありません」

 

 その言葉には、迷いも悔いも一切なかった。

 

 チャイカは手を止め、ゆっくりとハヤトを見据える。

 

 「……そうして羽ばたいていけるのが、“天”ではなく“地獄”だったとしても?」

 

 一瞬の間。

 

 ハヤトはほんのわずかに目を細め――すぐに、口元に笑みを浮かべた。

 

 「構いませんよ」

 

 「……」

 

 「気に食わない天国で生きるよりも、自ら選んだ地獄を歩む方が――よほど、私の性に合っている」

 

 低く響くその声に、チャイカはただ黙って応えた。

 ふたりの間には、グラス越しに映る、誰にも触れられない“覚悟”だけが揺れていた。

 

 アルカナの扉が、ギィ……と音を立てて開く。午後の陽光に目を細めながら、加賀美ハヤトは静かに外へと一歩踏み出す――

 

 ――が。

 

 すぐ目の前に、誰かが立っていた。

 

 ラフな私服姿の少女―椎名唯華だった。

 

 ハヤトは足を止め、少し眉を上げる。

 

 「……失礼」

 

 そう言って、唯華を避けるように一歩横へずれようとした――そのときだった。

 

 唯華が、迷いなくハヤトの両腕をがしっと掴んだ。

 

 「……!」

 

 驚くハヤトの前で、唯華は――まるで叫ぶように声をあげた。

 

 「そんな悲観するようなこと、言うなや!!」

 

 「……」

 

 「夜見も、葉加瀬も――みんな、あんたに感謝しとるんやで!!」

 

 小さな身体で、必死に訴えかけるように。

 その言葉は、まっすぐだった。

 

 ハヤトは、しばらく無言で唯華を見下ろし、やがて静かに答えた。

 

 「……どこで、何を聞いたかは知りませんが」

 

 冷静に、しかし、どこか遠くを見つめるように言葉を紡ぐ。

 

 「私はただ、欲しいものを手に入れて、気に食わないものを壊しただけです」

 

 「……」

 

 「あなたが思っているほど、私は――善人じゃありませんよ」

 

 静かな、しかしはっきりとした言葉だった。

 

 唯華は、その言葉をしっかりと受け止めたかのように、ほんの少しだけ間を置いて、そっとハヤトの腕から手を離した。

 

 そして――

 

 消え入りそうな、けれど確かな声で呟く。

 

 「……あてぃしは何も知らん。

  ――知らんけど、あんたはきっと、人に誇れる立派なことをしたんや」

 

 その一言だけを残して、唯華は小さな背中を向け、

 アルカナの扉をくぐって中へと入っていった。

 

 ハヤトはその背中をしばし見送ると――

 ふう、と小さくため息を吐き、素の困ったような表情を浮かべる。

 

 「……こういうふうに言われるのが、一番困りますね……」

 

 そうぼやくと、ハヤトは再び、歩き出した。

 まるで何もなかったかのように。

 けれど、確かに――心に微かな波紋を残しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 午後の陽射しが傾き始めた頃――咲は、少し寄り道をした帰り道に、ようやくアルカナへと到着した。

 

 「ちょっと遅くなったな……」

 

 扉の前に立ち、手をかけたその瞬間――

 

 「ひあああああああああああっっ!!!!!」

 

 中から突然、唯華の悲鳴が轟く。

 

 「……うわっ!? な、なにごとや!?」

 

 咲は思わず慌てて扉を開ける。

 

 そこには、夜見と唯華がソファに並んで座り、大型モニターの前で何かをしていた    ――どうやらゲーム画面。

 

 唯華はコントローラーを持ったまま、顔を真っ青にして身を震わせ、

 隣で夜見がニッコニコと笑っている。

 

 「椎名先輩、霊能力者なのにホラーゲーム苦手なんですねぇ~?」

 

 「う、うるさいっ……!! これはあれや!! “霊”と“ゲームの霊”は別物なんや!!」

 

 「はいはい、負け惜しみ負け惜しみ~」

 

 完全に唯華をおもちゃにしている夜見を見て、咲は呆れたように手を腰に当てる。

 

 「おい夜見。黒曜崎なら今日は学校あるやろ。はよ行けや」

 

 「えぇ~? 今日はねぇ、学校なんにもないし、つまんないから行きたくな~い」

 

 「学校って“行きたい・行きたくない”で決めてええ場所ちゃうからな……」

 

 咲はため息をつきながら、カウンター近くの椅子にどかっと腰を下ろす。

 

 唯華はまだビクビクしている様子で、モニターから距離を取りながら弱々しく言った。

 

 「……も、もうやめようや……心臓に悪い……」

 

 すると夜見はケラケラと笑いながら、コントローラーを置いて振り向く。

 

 「この間“神通力”かけられたお返しだよ~」

 

 「……は?」

 

 その言葉に、咲の手がぴたりと止まる。

 

 「……今、なんて言うた……?」

 

 咲は、まさに“それ絶対聞き逃したらあかんやつ”という目つきで、唯華の方をじっと見る。

 

 唯華は、無言で視線を逸らし、ソファのクッションの方に体を向けた。

 

 咲は唖然としたまま、固まった。

 

 「……“神通力”て。……は? なに? それ、アニメの話? それとも……実話?」

 

 部屋の中に、なんとも言えない沈黙が流れる。

 

 そして――

 

 (……あれや……前に、ましろに……)

 

 以前、エレベーターを出るとき、何か霊的な力をかけられたような感覚があったあの瞬間。

 

 (……あれ、もしや、椎名も同じようなことできるんやないか……?)

 

 じわり、と背中に冷たい汗が滲む。

 

 咲はそっと、椎名唯華から微妙に距離を取ってみる。

 

 (……なんか知らんけど、距離置いとこ……)

 

 その様子を見た唯華は、何かを察したのか、わざとらしく夜見に抱きつきながら、ふざけた声をあげた。

 

 「うちら、化け物みたいな扱いされとる~~~!!」

 

 「うわ~椎名先輩泣かないで~泣かないで~」

 

 夜見も調子を合わせ、ふたりで抱き合いながら嘘泣きを始める。

 

 咲は困惑しつつも、微妙に目を逸らしていたが――

 その様子を見ていたカウンターのチャイカが、グラスを拭きながらぼそっと言った。

 

 「……あんたらの仲だから大丈夫だろうけど、あんまり怖がると、本気で傷つくぞ」

 

 「……わ、わかっとるわ……!」

 

 咲はぎこちなく返事し、しぶしぶと椎名の隣の席に戻る。

 

 「……もうちょい優しくしてや……」

 

 唯華は相変わらずふざけたまま、夜見と一緒に肩を組みながら笑っていた。

 

 咲は心の中で(うーん……人間関係って難しいわ……)と小さくため息をついていた。

 

 カウンター越しに、チャイカがグラスを拭きながらふっと笑った。

 

 「で、文化祭の方はどうだったんだ?」

 

 その問いに、笹木はソファにぐったりともたれかかりながら返す。

 

 「……いやぁ……文化祭はええとしてな……」

 

 チャイカが片眉を上げると、笹木はポケットから折りたたんだ食券を取り出して見せた。

 

 「「社」の店主から、また変な仕事受けてもうてん」

 

 「変な仕事?」

 

 「東京に行って、巷で「天下無双」って噂されとる情報屋とコンタクト取れたら、これ(1000円分の食券)の50倍の報酬出す、って言われたんや……」

 

 「は?」

 

 チャイカは思わずグラスを置き、額を押さえた。

 

 「……あいつも相当無茶ぶりするもんだな……」

 

 笹木は肩をすくめる。

 

 「せやろ……!? なんやねん、天下無双て……漫画のキャラか……?」

 

 チャイカは深く息をついて、少し真剣な表情になる。

 

 「「天下無双」はな……確かに捕まえることができれば、「社」にとっては相当魅力的な存在だろうが……」

 

 「……?」

 

 「あいつも、先日の「フリーの霊能力者」と同じ類だ。一度依頼を受けると二度と捕まらないことで有名だし、そもそも居場所を知る人間はまずいない」

 

 「…………」

 

 笹木は呆然とチャイカを見つめ、次の瞬間、机に突っ伏した。

 

 「……もうやめてくれ……どんどん話が現実離れしとる……」

 

 唯華と夜見はくすくす笑いながらポテトをつまみ、

 チャイカはやれやれと首を振りつつ、

 「……まあ、気負うなよ」と優しく声をかけた。

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