咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第5章 第7話:逆算

 チャイカは背中を向け、深いため息をつきながらぼやいた。

 

 「……そりゃあ、あいつにとっては悲願だろうが、何も女子高生に大金積んで頼まなくてもな……」

 

 カウンター越しに手を伸ばし、グラスを棚に戻しながら、振り向きもせずに言葉を続ける。

 

 「あいつもダメ元だろうし、別に無理して付き合うことないぞ」

 

 その言葉に、笹木はソファに沈み込み、眉間に皺を寄せて腕を組む。

 

 「……」

 

 だが、その沈黙をぶち破るように――

 

 「笹木、東京行かんのか!?!?」

 

 唯華が突然ガバッと立ち上がり、目を真ん丸にして笹木に詰め寄った。

 

 「……別に行かんなんて、まだ言うてへんやろ」

 

 笹木はやれやれと頭をかき、スッと立ち上がる。

 

 「……情報屋ってことはな、絶対に**「情報を受けてる元のサイトか電話窓口」**があるはずや」

 

 「お?」

 

 チャイカは少しだけ興味深そうに、グラス拭きの手を止めた。

 

 「……まあ、確かに、そりゃそうね」

 

 だがすぐに、チャイカはニヤッと笑って返す。

 

 「でもIPアドレスなんて狙えないわよ。さすがに匿名化されたサーバー使ってるに決まってるでしょ?」

 

 (こいつ、よう考えてるやん……)

 笹木の顔に小さな冷や汗が流れるが――

 

 次の瞬間、笹木はピシッと指を立て、

 自信ありげな表情を浮かべた。

 

 「そうやない」

 

 「……ほう?」

 

 チャイカがニヤリと口角を上げ、

 唯華は「え、なに? なに?」と目を輝かせる。

 

 「……なるほどな、笹木。あんた、何を思いついた?」

 

 アルカナの空気が、少しだけピリッと引き締まった。笹木の口元には、僅かながらも挑戦者の笑みが浮かんでいた。

 

 笹木は、ソファの背もたれに手をかけ、真剣な顔で話し続けた。

 

 「ええか、チャイカ。最初の相談を天下無双に送った人は大勢おるはずなんや」

 

 「……」

 

 「その内容や、実際の動きを追えれば――大体の居住区とか、普段どんな仕事しとるかくらいは割り出せるはずや」

 

 唯華は「おお……!」と感心したように身を乗り出し、

 チャイカは腕を組み、じっと聞き入っている。

 

 「それにや。「天下無双」から送られてきた写真とかあれば、

 その日の影の長さとか陰り方から、だいたいの地域が特定できる」

 

 「……なるほど、影か」

 

 チャイカがポツリと口にする。

 

 だが笹木はさらに言葉を重ね、口元にちょっとした悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 「それと、逆の発想もあるで」

 

 「逆?」

 

 「「こっちを調べろ」って依頼を、自演して出すんや」

 

 唯華は「えっ」と目を丸くする。

 

 「それなら、物理的に調べた痕跡は絶対に残るはずや。

 どっかに立ち寄ったとか、電話かけたとか、その時間帯に誰かが訪ねてきたとか――

 “誰が”“いつ”“何を”動かしたかが、嫌でも見えてくるやろ」

 

 「……」

 

 「そしたら、そこから割り出せるんや。直接会えなくても、絞り込むことくらいはできるはずやろ?」

 

 チャイカは少し目を見開き――やがて、くっと口角を上げた。

 

 「……やるじゃない、笹木」

 

 唯華は「かっこええやん!」と横でにこにこ笑い、

 夜見はソファの後ろからひょっこり顔を出して「なるほど~」と声を上げた。

 

 チャイカは腕を組み、少し顔をしかめながら言った。

 

 「でもな、笹木。さすがにそれだけの情報屋なら、定期的に引っ越してるだろう。

 一カ所に長居するようなタイプじゃないと思うぜ」

 

 「……」

 

 「それに――天下無双に仕事を依頼するのはいいが、値段は覚悟しておいた方がいい。安く済む相手じゃない」

 

 その言葉に、笹木は思わず「……そ、そっちは最後の手段やな……」と

 少しうろたえたように頬をかき、座り直す。

 

 だが、すぐに前のめりになり、なんとか食い下がるように声を上げた。

 

 「で、でもな! 引っ越しの件は大丈夫や!引っ越すにしても、業者を使うはずやろ?そしたら引っ越しの頻度が異様に高い家を探せばええんや!」

 

 チャイカは「ふーん」と鼻を鳴らし、

 じっと笹木を見据え、さらに問いかける。

 

 「……第一、他の客のメールをどうやって調べるつもりだ?」

 

 「……」

 

 笹木は一瞬、口を開きかけて――

 だが、次の言葉が出てこない。

 

 「それは……」

 

 黙り込んでしまった。

 

 チャイカはため息をつきながら、

 「……まぁ、詰めが甘いのは今に始まったことじゃないな」と、

 グラスをカウンターに戻した。

 

 笹木は机に突っ伏し、

 「うぐぐ……」と頭を抱え込んだ。

 

 唯華は、頭を抱える笹木を見かねたように、ふっと息をついて小さく笑った。

 

 「なあ、笹木。天下無双を特定しようとしたのって、あんたひとりだけやないんやないか?」

 

 「……へ?」

 

 「多分やけど、「天下無双」に仕事を依頼しようとしたやつは、他にも絶対おるやろ?」

 

 唯華は少し得意げに胸を張って続ける。

 

 「そいつらの依頼履歴と写真を共有できれば――あんたが言ってた方法、できるんちゃう?」

 

 「……!」

 

 笹木の目がぱっと見開かれる。

 

 だが、次の瞬間、現実的な問題に気づいて慌てる。

 

 「……ちょ、ちょっと待て、

 それ、報酬とかどうなるん!?

 ほとんど消し飛ぶんちゃうか……!?」

 

 唯華は「しゃーないやん」という顔で、肩をすくめて笑った。

 

 「……ほとんど残らんけど……もう諦めや。あてぃしがついてったるから、元は取れるやろ?」

 

 「……はあああぁぁぁ……」

 

 笹木は深く、深くため息をつき、机に突っ伏した。

 

だが、すぐに頭を上げ、カウンターのチャイカを見上げる。

 

 「なあ、チャイカ。「社」は天下無双のこと、

 前にも調べたんやろ?

 それなら、何か情報とかつかめてないんか?」

 

 チャイカはグラスを軽く回し、

 半分苦笑いのような顔で答えた。

 

 「……そんなもんがあったなら、もうとっくに渡してるだろうよ」

 

 「……」

 

 「東京内まで絞り込めた時点で、それ以上は無理って諦めたんだ」

 

 チャイカは肩をすくめ、淡々とした口調で言い添える。

 

 「だいたいな――

 あいつが必死に天下無双の背中を追ってたのは……

 30年以上前の話だぞ」

 

 「……えぇぇ……」

 

 笹木は再び机に突っ伏し、

 「結局、うち、あいつの馬鹿な昔話に付き合わされとるだけやないか……」と

 ぼやきながら、肩を震わせていた。

 

 唯華は横で「がんばれ、がんばれ」と小声で笑い、

 夜見は遠巻きから「こういうの、青春だよね~」と呑気に茶をすすっていた。

 

 ソファの背もたれに寄りかかっていた夜見れなが、ふっと思い出したように声を上げた。

 

 「……社長にハッキングしてもらえば?」

 

 「……はっ?」

 

 笹木は冷や汗をたらっと流し、顔を引きつらせた。

 

 「いやいやいやいや!

 それ犯罪やろ!?!?」

 

 夜見は特に気にした様子もなく、スマホをいじりながら抜けた声で答える。

 

 「前にもやってたことあるし、

 ちょっとだけなら大丈夫だよ~?」

 

 「あかん! 絶対あかん!!

 それ、“ちょっと”でもあかんやつや!!」

 

 笹木は心配そうに夜見に詰め寄り、両手をバタバタと振る。

 

 「ほんまにやめろよ!? 洒落にならんからな!?

 うちらが捕まったらどうす――」

 

 「……あ、手が滑っちゃった」

 

 「はぁ!?!?!?」

 

 夜見はにこにこと笑いながら、

 スマホの画面を笹木にちらっと見せた。

 

 画面には、

 「葉加瀬ちゃん~社長に頼んでみない?(ハートマーク)」

 というメッセージが、しっかりと送信済みになっていた。

 

 「や、やめろおおおおおおお!!!」

 

 笹木の絶叫が、アルカナの店内に響き渡った。

 

 チャイカは奥で肩を震わせ、

 唯華は「うわあ……」と顔を覆い、

 完全に見なかったことにしようとしていた。

 

 しばらくして――

 アルカナの扉が軽やかに開いた。

 

 入ってきたのは、スーツ姿の加賀美ハヤト。

 

 その整った笑顔のまま、肩にノートパソコンを抱えてカウンターへ進む。

 

 「まぁ、こんな怪しい奴に頼んでる連中だし、

 警察に訴えたりしませんって」

 

 あっさりとした口調で言いながら、

 ノートパソコンを開き、指を素早く動かし始める。

 

 「……え、なに、そんな簡単に分かるもんなん……?」

 

 笹木は思わず椅子から身を乗り出し、画面を覗き込む。

 

 加賀美は苦笑しながらも、手を止めずに答える。

 

 「こういう連中は、一般に出回るメールアドレスは使いませんよ。大手のサーバーで書き込みしたら、足がつきますのでね」

 

 パチパチとキーボードを叩き、いくつかのウィンドウを開き――

 数分後には、天下無双宛にメールを何通も送っているクライエントたちのサーバーに、

しっかりアクセスしていた。

 

 開かれたメールフォルダの中から、必要なデータをスムーズに抜き取ると、手慣れた様子でUSBメモリに情報を詰め込む。

 

 「これで十分でしょう」

 

 静かにUSBをカウンターに置き、

 軽く胸ポケットを叩いて立ち上がる。

 

 「助かったで、ほんま……」

 

 笹木がほっとしたように声をかける中、

 夜見がのんびりと笑いながら手を振る。

 

 「ありがと~後で会社の冷蔵庫のケーキ食べていいからね~」

 

 その言葉に、加賀美は一瞬肩をすくめ、

 軽く笑いながら店を後にしようとする。

 

 「……あれ、葉加瀬さんのでしょう……」

 

 ぼそっと呆れたように呟きながら、

 扉をそっと閉め、静かに去っていった。

 

 アルカナの中は、静けさと微妙な空気が残り、

 笹木は思わず「……ほんまに、大丈夫なんかいな……」と頭を抱えた。

 

 笹木は、USBにコピーされた内容をノートパソコンで眺めながら、罪悪感に胸がちくちくと痛むのを感じていた。

 

 画面には、天下無双に送られた過去の依頼メールがずらりと並ぶ。

 

 「……」

 

 試しにいくつか開いてみると――

 そこには失踪した飼い犬の捜索依頼や、

 昔の学生時代の友人を探してほしいという微笑ましい内容が並んでいた。

 

 (……なんや、こういうんもあるんか……)

 

 少し、胸の中が暖かくなる。

 

 だが――

 

 ページをさらにめくっていくと、

 失踪した高齢者の情報、

 近所で定期的に上がる悲鳴の原因究明、

 家庭内の異常な音の発生源の調査――

 一気に空気が重くなる内容が目立ち始めた。

 

 (……うわ……社会の闇やな、これ……)

 

 笹木は思わず息を呑む。

 

 だが最も胸を刺したのは、

 アイドルの居場所特定、

 逃げた配偶者の行方調査、

 「戻ってきてほしい」という名目の、

 明らかにDV被害者を追い詰めようとする依頼。

 

 「……最低」

 

 小さく、つぶやいてしまう。

 

 胸の奥がぎゅっと絞られるような、

 嫌な感覚が広がっていった。

 

 笹木は画面をそっと閉じ、

 頭を抱えながら深く息を吐いた。

 

 「……なあ、笹木」

 

 横で一緒に画面を覗き込んでいた椎名唯華が、ぽん、と笹木の肩を軽く叩いた。

 

 「これ見てみ」

 

 唯華が指さしたのは、

 胸糞が悪くなるような依頼内容――

 逃げた配偶者の捜索や、アイドルの居場所特定といった案件。

 

 (……見るだけで気分悪くなる……)

 

 笹木は思わず顔をしかめたが、

 唯華は落ち着いた表情で指を滑らせ、

 その先のメール内容を開いて見せた。

 

 「……?」

 

 よく見ると、気づく。

 

 すべての依頼が、即受理されているわけじゃない。

 

 中には――送ったまま放置されているものも混ざっている。

 

 (……あれ?)

 

 笹木が目を細め、次の瞬間――さらに驚いた。

 

 (……えっ、あの最悪な依頼にも、返信は返しとるんか……)

 

 一瞬、

 「ちょっとは良心あるんかもな」

 と期待しかけるが――

 

 (……ちょっと良心があると思ったウチがバカやった……)

 

 笹木は額に手を当てて、がっくりする。

 

 だが――

 横の唯華が、じっと画面を睨んだまま、ぽつりと言った。

 

「……なあ、笹木。

これ、返信までに時間めっちゃかかっとらん?」

 

「……え?」

 

 笹木が画面を再確認すると――

 他の依頼は即日~翌日に返信が来ているのに、

 例の“気持ち悪い案件”だけは、

  明らかに時間を置いて、引き延ばすように返信を繰り返していた。

 

しかも――

 

 「……あれ、土日とか、平日でも9時前とか、16時40分より後にしか返しとらん?」

 

 「……」

 

 カウンター奥で見ていたチャイカが、ふっと面白そうに口元を緩めた。

 

 「……なるほどね。ちょうど、女性相談支援センターの相談時間外に返信してるのね」

 

 椎名唯華が、ぽつりと呟いた。

 

 「……天下無双って、女なんちゃうか?」

 

 唯華は珍しく真剣な顔で、指を折りながら理由を並べ立てる。

 

 「だってさ、

 痴漢被害とか、DV関係とか、女性問題絡む話題になると、

 めっちゃ敏感に反応しとるやん?」

 

 「……」

 

 「それに、飼い犬探しとか、

 ほっこり系の話題とかも、

 返信めちゃ早いやろ?」

 

 「……あっ……」

 

 笹木の中で、

 「正体が掴めない、怖い雰囲気の情報屋」という

 当初のイメージが、

 一気にぐらりと揺らいだ。

 

 (……なんか……うち、ちょっと失礼な想像しとったかも……)

 

 申し訳ないような気持ちが、じわりとこみ上げる。

 

 だがそんな笹木を横目に――

 

 「ふーん……」

 

 唯華はニヤリと笑い、

 その隣で夜見がソファに座り込んで、スマホを構える。

 

 「返信来てる時間帯から逆算したら、

 普段どんな立ち回りしてるか、探れそうやん」

 

 「……!」

 

 唯華と夜見は、

 まるでちょっとした探偵ごっこのように、

 画面をにやにやと覗き込み始める。

 

 笹木は机に突っ伏しながら、

 「……はぁぁ……なんやうち、どんどん深みにはまっとる気がする……」

 と弱々しく嘆いた。

 

 カウンターのチャイカは、

 そんな三人を見て肩を震わせ、

 グラス越しにひっそり笑っていた。

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