唯華は画面を指でスクロールしながら、眉を寄せて分析を続ける。
「……そうでもない日もあるけど、
平日は昼3時以前、朝8時以降に返信してる日が
極端に少ないんやな」
夜見がソファに寝転びながら、
スマホをぽちぽち弄って口を挟む。
「それに、土日の写真はだいたい影の向きから
送信時刻と近い時間に撮られてるっぽいね~」
笹木は隣で腕を組み、
「いやいや、時刻なんて予約送信とかあるし、
アテにならんやろ……」と鋭くツッコむ。
だが夜見は肩をすくめ、
飄々とした口調で返した。
「予約送信使うと、
長い時間サーバーに残しとかないといけないから、
あんまり使わないんじゃないかな~?」
「……」
唯華は小さく指を鳴らし、
笑いながら推測を立てる。
「こいつ……学生かもしれんな」
だがすぐに、カウンター奥のチャイカが、
ふっと鼻で笑い、低い声で割り込む。
「そんなわけないだろ。
社が30年前に追ってたやつだぞ?」
「……」
「高齢者とかどうだ?
それなら法律関係の問題に厳格なのもうなずけるし、
デイサービスとかに通ってるなら、
その時間は家にいねえだろ」
「……おお」
唯華と夜見が「なるほど」と唸る。
だが、その場の空気が一瞬だけ静まったとき――
笹木は小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
「……この天下無双、
昔に社が追ってた奴と、
中身入れ替わっとるかもしれんな……」
「……!」
三人が一斉に笹木を見た。
「……ほう?」
チャイカがニヤリと口角を上げ、
唯華と夜見は顔を見合わせる。
新たな可能性が、ひそかに、しかし確かに――
場の空気をざわめかせていった。
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黒曜崎女学園・旧校舎――
昼下がりの古びた理科室。
棚に並ぶ薬瓶は色褪せ、壁の塗装は一部剥げ、窓枠の隙間からは小さな埃が舞い込んでくる。
そんな場所の一角に、最新式の超高性能分析装置や複雑なガラス器具がズラリと並んでいた。
その中央で、葉加瀬冬雪は白衣を羽織り、淡々と実験を進めていた。
その手元には、大学の専門研究室レベルで扱うような、複雑な化学薬品とデータ端末。
まるで周囲の古めかしさとは別世界のような光景だった。
「……ふむ、分子の反応速度が想定値を下回るな……ここの条件を……」
淡々と、冷たく、機械的に。
彼女の視線は端末の数値から一瞬も逸れない。
しかし――
背後から静かに聞こえる、
小さなため息混じりの声。
「……葉加瀬さん……授業にあまり出席しないのも、
暇さえあればこんな危ない薬品ばかり扱うのも、
そろそろどうかと思いますよ……」
振り返ると、そこには和服姿の優雅な担任教師。
だが、その表情には優雅さよりも、心配と叱責の色が滲んでいた。
葉加瀬は、ちらりとだけ視線を送ると――
すぐにまた実験に視線を戻し、
冷めた声で返した。
「……授業はつまらないし。
どうせ行っても幼稚な授業しか受けられないから、行かない」
「……」
「テストは全問正解してるし、文句ないでしょ」
カチリ、と器具を繋ぎ直す手が止まらない。
だが担任は、少し眉を寄せ、落ち着いた声で言葉を重ねた。
「……クラスで一緒に授業を受けることも、
社会性を学ぶ学習の一つですよ」
「……」
葉加瀬の指が、ふと止まった。
目元が少しだけ曇り、唇がわずかに固くなる。
だが何も答えず、
再び黙って実験に集中し直した。
理科室の時計の針が、カチリと音を立てる。
古い校舎の空気は、どこか重たく、
それでも葉加瀬の世界は、静かに淡々と進んでいった。
担任は優雅な立ち姿のまま、
古めかしい理科室の机にそっと手を添えた。
「……別に、葉加瀬さん。
知的な好奇心や探究心をとやかく言うわけではありません」
背後で器具を扱う葉加瀬は、眉ひとつ動かさない。
「頭が良いのは素晴らしいことですし、
大学や――お兄さんの会社で研究を手伝っていることだって、
本来なら校内でも表彰されるべきことなのですよ」
「……」
葉加瀬は、器具に注いだ液体の反応を冷たく観察しながら、少しだけうんざりした声で返した。
「……じゃあ、放っといてよ」
担任は困ったように微笑みを浮かべたが、
葉加瀬はもう意に介さず、
机に置いてあったコーラを手に取ると、
ラッパ飲みでゴクゴクと喉を鳴らした。
「……それにですね」
担任がふいに、意味ありげに声を落とした。
「3年の椎名さんのお母様が、あなたのことを大層心配していたのですよ」
「ぶふっ!!」
葉加瀬は飲んでいたコーラを盛大に吹き出し、
机の上にむせ込みながら身を乗り出した。
「な、なんで……!?な、なんで、あいつの親にまで伝わってんの!?!?」
「ふふ、私が聞きたいくらいです」
担任は涼しい顔で、口元に手を当て、くすっと笑ってみせた。
一方で葉加瀬は、心の中で(勘弁してよほんと……)と
頭を抱えるような気分になりながら、
机の端のタオルで口元を拭った。
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夕暮れの帰り道。
咲は、学校帰りの鞄を肩にかけ、
いつもの通学路をのんびり歩いていた。
(……はぁ、今日は何も事件なく終わるとええけど……)
そんなことをぼんやり考えながら裏路地に差しかかった瞬間――
「……え?」
急に、足元がふっと浮いた感覚。
視界がグルンと回転し、
何が起きたのか理解する暇もなく、
次の瞬間――
ドサッ。
「……っぐ!」
気がつくと、笹木は路上に押し倒され、上から銀髪の男がこちらを覆いかぶさるように抑えていた。
「……っ!?!?」
(え、え、え、なに!?!?!?)
驚きと恐怖で体が固まる。
その直後、背後で――
ガシャァァァン!!
キィィィィン!!
金属が激しくぶつかる音、
地面に何かが降り注ぐ音、
そして微かに漂う、鉄の焼けた匂いと煙。
「……あ~~……
危なっかしくて見てられねえ」
ようやく頭を上げたのは――
見覚えのある銀髪の青年、葛葉だった。
笹木は、はっと息を呑み、
半ば怒鳴るように叫ぶ。
「あ、あんたがやったんか!?」
だが葛葉は、面倒くさそうに首を振った。
「違ぇよ。お前、変な奴につけられてたから見に来ただけだ」
「……っ」
「先輩の友達を死なせるわけにはいかねぇしな」
そう言いながら、葛葉は無造作に笹木を起こし、服についた埃を軽く払ってやった。
笹木は状況が飲み込めず、
心臓をバクバクさせながら、
ただ呆然と葛葉の顔を見つめるしかなかった。
笹木は、ふらつきながらも葛葉に向き直り、思いつめたように顔を上げた。
「……ウチらが、天下無双のこと探しとったからか!?それとも……ウチ、最近変な奴とばっか付き合ってるし、それで変なとこから恨み買ったとか……!?」
早口に推理を重ねる笹木。
だが、葛葉は首を横に振り、
淡々とした声で否定した。
「違ぇよ。狙われてんのは、俺の方だろう」
「……え?」
「姿かたちも知らねぇ、適当な奴が――
『嫌な雰囲気がする高校生』を調べて、
たまたまターゲットにしたんだろ」
笹木は驚き、思わず問い詰める。
「そんな狙われるようなこと、したんか!?」
葛葉は、少しだけ乾いた笑みを浮かべ、まるで昔話を語るような口調で言った。
「あるところに――
一目見ただけで、その人間の嫌な気配を察することができる男がいる」
「……?」
「男に出会ったら最後。全ての闇を暴かれ、
最後にそいつは血が抜けたように滅びる」
「……」
「人は男を――『吸血鬼』と呼んだ」
一拍置き、葛葉はわずかに目を伏せ、諦めたような声で呟く。
「……それが、俺だ」
背を向け、手をひらひらと振りながら言葉を落とす。
「『アルカナ』でバイト続けるなら、もっと人通りの多い道を通りな。先輩はそうしてるぜ」
そのまま立ち去ろうとした――が、
笹木は咄嗟に後ろから手を伸ばし、
葛葉の腕をぐっと引き止めた。
「……そんなのおかしいやんか!!」
笹木の声は、珍しく強く、震えていた。
「悪い奴の闇を暴く、正義感の強い人間が――なんで命狙われなあかんねん!!」
「……」
葛葉はわずかに立ち止まり、
背中越しに笹木を見下ろし、
苦笑するような――けれど、どこか優しい目をした。
「ついてくるなって言ってんだろ」
葛葉が肩越しに軽く睨むように言うが――笹木は全く引かない。
「また命狙われるかもしれんやんか!一人で帰すわけいかんやろ!!」
「……はぁ……」
葛葉は、心底呆れたように手を頭に当てる。
だが、笹木はふと何か思いついたように、すっと表情を変えた。
「なあ、そんな凄いやつなら――天下無双のこともあっという間に調べられるんちゃうんか?」
「……」
葛葉は一瞬足を止め、思わず深くため息をついた。
「……店長、またその話してんのか……あの人の子供みたいな夢に付き合わなくていいぞ」
「……」
笹木は口を尖らせたが、葛葉は構わず歩き出す。
二人の背中が遠ざかる中――薄暗い路地裏。
さっきまで笹木が倒れていた地面は、今や血の海に染まっていた。
複数の男性たちが、無残に倒れ、誰も息をしていない。
その中央。
ただ一人、血のついたクナイを手に持つ、小柄な少女が立ち尽くしていた。
文化祭で体育館の出口に立っていた、あの制服の少女――だが、今の彼女の服は黒一色の、動きやすい戦闘用の装い。
微動だにせず、感情の読めない瞳で、静かに夜の風に身を晒していた。