咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第5章 第11話:07:00 AM

 笹木がうっすらと目を開けると、見慣れた天井が視界に広がっていた。

 制服のままベッドに横たわっている自分に気づき、頭を起こす。

 

 「……ん……夢でも見てたんか……?」

 

 朦朧とした意識の中で、体をゆっくり起こし、部屋の壁にかかった時計を見る――

 

 午前7時。

 

 「え、朝……?」

 

 首を傾げながら扉を開け、廊下に出ると――

 

 「やっと起きた!!」

 

 母親の声が炸裂する。心配そうに駆け寄ってきて、笹木の肩をがっしり掴む。

 

 「どこか痛いとこないか!? 熱とかないか!?あんた、おとんは『寝てるだけや』って言うたけど、それでもおかんはずっと心配してたんやで!?」

 

 「……いやいや、そんな大げさな……ウチ、そんな寝てへんやろ……」

 

 そう面倒くさそうに言い返した瞬間――

 

 「あんた、丸二日寝てたんやで!!」

 

 「……は?」

 

 血の気がサッと引く。ポケットからスマホを取り出し、ロックを開くと――

 

 表示された日付は、確かに“翌々日”になっていた。

 

 「う、うせやろ……」

 

 思わず呟いたあと、混乱しながら制服の前をはだけていく。

 

 「……とりあえず、これ脱がな……」

 

 パチン、パチンとボタンを外し始めたその時――

 

 「ちょっ!? ここで脱いだらあかんて!!」

 

 母親が慌てて部屋のドアを閉め、咲を押し戻すように部屋に引っ張り込む。

 

 「ほら、あんた運んできた友達、制服見とったけど……あれ、どこで知り合ったん?あんなん、ええとこのお嬢やろ!?椎名さんもエラいとこの子やのに、あんた、はしたないことせんときや!!」

 

 「……戻った途端これかいな……」

 

 笹木は制服の襟を半分脱いだまま、盛大にため息をついた。

 

 

 部屋着に着替え、ようやく落ち着きを取り戻した笹木は、手に持っていたクタクタの制服のワイシャツとスカートを洗濯機に放り込んだ。

 

 「制服もボロボロやなぁ……」

 

 洗剤を入れようとしたところで――

 

 ――ピンポーン。

 

 チャイムの音が鳴り響く。

 

 「……宅配かなんかか……?」

 

 笹木は特に気にも留めず、「おかんが出るやろ」と背を向けたが――

 

 リビングから聞こえてきたのは、

 電話の受話器を手に持ち、

 どこかに真剣な口調で連絡している母の声。

 

 (誰も出る気配、ない……)

 

 「……しゃーなしやな」

 

 笹木はだるそうにスリッパを引きずり、玄関へ。

 

 ガチャッ――と扉を開けると、

 そこにいたのは――

 

 「しゃしゃぁ!!」

 

 「許せねえぇ!!一体誰がこんなことをぉ!!」

 

 ――椎名唯華だった。

 

 「うおっ……」

 

 叫びながら勢いよく飛びついてくる唯華に、笹木はよろめきながら思わず後ずさる。

 

 「ちょっ、椎名っ……!?お前なぁ……!」

 

 唯華は、涙目……に見えなくもないが、顔は明らかに笑っており、ふざけ半分の様子。

 

 「見舞いに来たんやでぇ~?うちが咲の代わりに犯人ぶん殴ってくるわ!!」

 

 ぎゅぅぅっと笹木に抱きついたまま、ぴったりくっついて離れない。

 

 「……お前、本気なんか冗談なんか分からんわ……」

 

 反応に困った笹木は、結局、そのまま唯華にされるがまま抱きつかれながら、呆れ顔でため息をついた。

 

 「……どいて」

 

 ――カチャッと音もなく、玄関の扉がもう一枚、無言で開いた。

 

 そこに立っていたのは、私服姿の――葉加瀬冬雪。

 

 「わっ!? はかせ!? いつからおったんや!?」

 

 驚く唯華を無言でつかまえ、ヒョイッと笹木から引きはがす。

 

 「ちょ、咲!ノックくらいし――」

 

 「……はい、飲んで」

 

 葉加瀬は笹木の言葉を無視して、無言でスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。

 

 「……は?」

 

 「飲め」

 

 ごくり。

 

 笹木が戸惑いながらもドリンクを飲み始めた瞬間――葉加瀬の動きが変わった。

 

 ポケットからスマホと機器を取り出し、手際よく意識レベルの確認に入る。

 

 「氏名は?」

 

 「え、ささきさ――」

 

 「今日の西暦、日付、曜日」

 

 「に、20XXねん……9がつ……あれ、今日……水曜……?」

 

 「反応正常。次」

 

 葉加瀬は手際よく、スマホアプリと外部機器でバイタルサインを測定。

 体温、脈拍、血中酸素飽和度、血圧――すべてチェック。

 続けて、外傷や火傷の確認も行い、服の下や首筋などを

 素早く、だが乱暴にはせずに目視確認。

 

 「……異常なし」

 

 次に瞳を覗き込み、対光反射の確認。

 ペンライトで片方ずつ光を当てて瞳孔の反応を見る。

 

 「目、動かす。上、下、左、右」

 

 「え、えぇ……こう?」

 

 「顔、四肢、知覚の麻痺なし。ろれつ、記憶、理解、すべて正常。……意識レベルも問題なし」

 

 葉加瀬は、一息ついたように小さく頷いた。

 

 そして、最後に――強い口調で笹木に言い渡した。

 

 「……すぐに病院に行って」

 

 「……へ?」

 

 「尿検査、血液検査、心電図の検査ができるとこ。理由聞かれたら、こう答えて」

 

 葉加瀬は真っ直ぐ目を見て言った。

 

 「『友達の家で壊れたコンセントに触って気絶した』って」

 

 言葉にこもった冷静で鋭い圧に、笹木も唯華も――息をのんだ。

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 「そろそろ休ませた方が良いって言ったの、椎名先輩じゃ~ん」

 

 夜見が、笹木のベッドに腰を下ろしながら、無邪気な笑顔で言い放つ。

 

 その横で、机に肘をつきながら書類を見ていた葉加瀬冬雪が、小さくため息を吐いた。

 

 「……確かに、そろそろ無理にでも休ませろとは言ってたけどさ。まさか電撃で気絶させるとは思ってなかったよ……」

 

 呆れたように言いながら、背もたれに寄りかかり、頭を軽く振る。

 

 「……電気ショックで眠らせるなんて、ドラマでよく見るけどなぁ」

 

 「そんなに……マズいんか?」

 

 唯華がキッチンから顔を出しながらのんきに尋ねたその瞬間――

 

 「心不全で最悪死ぬけど」

 

 葉加瀬の即答に、部屋の空気が一瞬止まる。

 

 「ひ、ひぃぃ……っ!!」

 

 唯華は声にならない悲鳴を上げ、その場に凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 おかん、もっと病人なんやから大事にせえや…

 

 そんなぼやきを胸に抱えながら、咲は一人で帰宅した。

 

 玄関の扉を開けて、靴を脱ぎながら「ただいま」と小さく呟く。返事はない。やっぱり、誰か寝とるんやろな――そう思ってリビングの扉をそっと開けたその瞬間。

 

 「……はあ?」

 

 視界に飛び込んできたのは、床に並んでごろ寝している椎名唯華と夜見れなだった。

 二人は毛布にくるまって、ぴったりとくっついて眠っている。唯華の腕には夜見の頭が収まっており、その表情はどこか満足げで、いつになく穏やかだった。

 

 「……こいつら、なんのカップルムーブやねん……」

 呆れた声を漏らしつつ、笹木の視線はすぐ近くに座っている葉加瀬冬雪に移る。

 

 葉加瀬はというと、二人の隣に陣取り、コントローラー片手に黙々とゲームに没頭していた。

 「よし……ここのバグは直ってない……やっぱ公式、手抜いてんな……」

 独りごちるその口調は、あまりに日常すぎて逆に非日常感を強調していた。

 

 「なんやこいつら……」

 笹木は心底あきれた顔でぽつりと呟きながら、キッチンへ向かう。

 ポットのスイッチを押して、湯が沸くのを待ちながらふとリビングを振り返る。

 

 唯華が寝返りを打ち、夜見に顔をうずめるようにしている。

 夜見は……起きてるのか起きていないのか、微動だにせず、ただ静かに息をしていた。

 

 「なんやねんこの空気……百合百合しいのと、無感情ロボしかおらんやん……」

 

 ポットがコポコポと音を立てはじめる。

 笹木はマグカップを取り出し、インスタントの紅茶を入れると、ひと息ついてからソファにどさっと座った。

 

 「……まあ、誰も死んでへんだけマシか」

 

 ほんの少し微笑みながら、カップを口元に運ぶ。湯気の向こう、唯華の髪に夜見の黒髪が混ざるのをぼんやりと眺めていた。

 

 しばらくして。

 

 静けさの中、ゲームの効果音がひときわ鋭く響く。

 葉加瀬冬雪がコントローラーを操作する手を止めることなく、ふいに言った。

 

 「ちゃんと尿検査と血液検査してきた? 心電図はどうだった? 結果いつ出る?」

 

 視線は画面のまま。声色も抑揚のない、いつも通りの無表情。

 

 「……え? あ、ああ……一週間後やて」

 笹木はカップの湯気越しに目を丸くする。

 「心電図は……まあ、別に異常は言われんかったけど」

 

 「ふーん」

 葉加瀬はゲームの中で敵を撃退しながら、ぽつりと続ける。

 

 「血液検査は時間かかるからね。……社長の会社行って、私が検査した方が良かったかも」

 

 「えぇ……」

 コーヒーを淹れていた笹木は手を止め、じわりと葉加瀬を振り返る。

 「……あんた、何でもできるんやな……」

 

 その声には、少しだけ呆れと、ほんの少しの尊敬が混ざっていた。

 

 コーヒーが静かにドリップされていく音だけが、リビングに満ちる。

 唯華と夜見は相変わらずくっついたまま微動だにせず、時折どちらかが寝息を立てるだけ。

 

 葉加瀬は、しばらく黙ったままゲームを進めていたが、不意に淡々と口を開いた。

 

 「まあ、大丈夫でしょ」

 

 その一言に、笹木は少しだけ口元を緩めた。

 

 「……なんか今日のあんた……普通やな」

 

 「まあ――強いて言うなら」

 

 唐突に、葉加瀬がぽつりと呟いた。

 

 「ここまでおんぶに抱っこされてる椎名ママの友達、死なせると……目覚めが悪いからね」

 

 「……うわぁ」

 コーヒーを注ぎながら、笹木は思わず眉をひそめる。

 「そんなん理由なん……」

 

 葉加瀬は返事をせず、淡々とゲームの中で次のステージに進んでいた。

 

 しばしの沈黙のあと――

 笹木は、思い切ったように口を開く。

 

 「……なあ、葉加瀬」

 「ん?」

 

 「“潮留あずさ”のこと…なんやけど」

 「……」

 

 ゲームのBGMだけが響くリビングで、葉加瀬はふと指を止めた。

 だが、次の瞬間には何事もなかったかのように操作を再開しながら、あっさりと答える。

 

 「……解剖でもしたんじゃない? 赤ん坊の方」

 

 「……やっぱりそういうと思ったわ……」

 笹木は額を押さえながら、静かにため息を吐いた。

 

 「ちょっとは濁すとか、ないんか……」

 

 「無いね。事実の方が、情報としての価値がある」

 葉加瀬の声は平坦だったが、その目元には微かな苛立ちが浮かんでいた。

 

 「てかさ」

 彼女はふいに、コントローラーを置いた。

 

 「私、8歳くらいの頃から夜見のこと知ってるんだけど」

 「……え?」

 

 「なのにさ、“どこの誰とも知らない奴の生き返り”とか言われんの、正直――不愉快すぎるわ」

 

 珍しく、感情がにじむ言い方だった。

 それまでと違い、どこか刺のある言葉の選び方。

 

 笹木は、しばらく口を閉じてから、素直に言った。

 

 「……そーなんか、悪かったな」

 

 静かな謝罪に、葉加瀬は少しだけ顔をそらし、「……別に」とだけ、ぽつりと息を漏らした。

 

 「……じゃあ、なんで……」

 

 笹木は小さく呟きながら、マグカップを持ち上げる。

 自分用に淹れたコーヒーは、まだ湯気を立てていた。

 一口すすって、はふっと息を吐く。

 

 ――ほんまに、ようわからんわ。

 

 そのとき、不意に毛布の中でゴソゴソと動く気配がした。

 

 「……ん~……ふぁ……」

 もぞもぞと起き上がってきたのは、夜見れな。

 

 銀黒の長い髪をボサボサのまま、目元をこすりながら笹木の方へ顔を向け、

 眠たげな声でぼやいた。

 

 「笹木せんぱい……ご飯連れてって~……」

 「……はぁ?」

 

 目をぱちぱちさせる笹木の反応も待たずに、夜見はそのままソファに転がり込む。

 

 そして――その背後で。

 

 「……しゃしゃあ……うちにもご飯食べさせてや……」

 

 毛布の中から、椎名唯華がぬぅっと顔を出した。

 ぐしゃぐしゃの前髪、目元に残る涙のあと。明らかにまだ半分寝ている。

 

 「うっわ……こいつら……」

 笹木はカップを置いて、ぐっと額に手を当てる。

 「なんでうちが保護者みたいになってんねん……」

 

 だが、そんな彼女に夜見が目を細めて優しく囁く。

 

 「まぁまぁ……笹木先輩も、お腹空いてるんじゃない?」

 

 「……っ」

 

 その言葉に、笹木はふと口を閉じ、自分の腹に意識を向ける。

 ――ぐぅぅぅ……

 

 タイミング悪く響いた腹の音に、笹木の肩がぴくりと跳ねた。

 

 「……うるさいわ」

 小声でぼやきながらも、立ち上がって財布を取りに部屋へ向かうその背中は、どこか諦めにも似た頼もしさをにじませていた。

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