咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第6章 第3話:東京

 夜の東京。

 

 湿った路面にネオンの灯りが反射し、街の喧騒が遠くでぼんやりと響いていた。

 

 とあるビルの裏手。

 街灯の届かぬ細い路地に、無地のワゴン型の車がひっそりと停まっている。

 

 そのスライドドアが、ギィィ、と静かに開いた。

 

 「……疲れた~……」

 

 制服姿の少女――北小路ヒスイが、スニーカーのつま先を地面に下ろしながら、重たげに車内へ滑り込んだ。

 

 ワゴンの後部座席にどさりと身を投げ出し、背もたれにぐったりと寄りかかる。

 

 運転席には、同じ制服を着た黒髪の高校生。

 鋭い印象の眼鏡の奥から、ちらとルームミラー越しに視線を向けてくる。

 

 「私さー、専門は斥候なんだけど?」

 

 ヒスイがぼやく。

 

 「なのにさ、なんでシューターやらされてんの。アスカにやらせなよ、ああいうのは……」

 

 「はいはい」

 

 運転席の黒髪は、手元の端末を確認しながら、半ば聞き流すように答える。

 

 「今回は斥候やらせたでしょ。……で、何の話?」

 

 「大阪の話に決まってんじゃん!」

 

 ヒスイがすかさず返す。

 目元にじわりと疲労がにじんだまま、テンションだけが妙に高い。

 

 「伊ノ渦とかその仲間とかさ! 私、むっちゃくちゃシューターやったんだけど! 全弾私よ!? 何あれ、狩りじゃん!!」

 

 後部座席で膝を抱えながら叫ぶように言う姿に、黒髪の少女は小さくため息をつく。

 

 「……ちょうどその時、現場の工作員が全員出払ってたんだから、仕方ないでしょ。

 第一、嫌なら“関西旅行”になんて行くな」

 

 「うわぁー、それ言う!? マジで言う!?」

 

 ヒスイは思いきり座席に顔をうずめた後、むくりと顔だけ上げて睨むように言った。

 

 「ついでにたこ焼き食べて帰ってきたけど、全然気分転換になってないからね!? こっちはこっちで命懸けなんですけど!?」

 

 「知るか。次の報告までにデータまとめといてよ、あんたのログだけすっごい量あるんだから」

 

 「……はーい」

 

 ヒスイは気怠そうに答えながら、再び椅子にだらりと沈み込んだ。

 

 ワゴンの中に、エアコンの低い音と、キーボードを叩く電子音が交錯する。

 

 ――しばらくして。

 

 ワゴン車のスライドドアが、ふたたびゆっくりと開いた。

 カツ、カツ――と音を立てて、無言で乗り込んできたのは、もう一人の少女。

 

 制服はヒスイたちと同じ――白と紺を基調とした、あの印象的な制服。

 長い銀髪をひとまとめにして、右肩には黒いガンケースを背負っている。

 

 「……ただいま」

 

 彼女――セイラは、後部座席にライフルのケースを静かに置くと、そのままヒスイの隣に腰を下ろした。

 

 「大阪、どうだった?」

 

 振り返らず、ただ小さく尋ねる声。

 けれど、返ってくるのは――長い、ため息だけ。

 

 「……ふぅぅ~~……」

 

 ヒスイは座席の背にもたれ、天井を見たまま一切言葉を返さなかった。

 

 セイラは「なるほど」と小さく笑って、それ以上は何も聞かなかった。

 

 そのまま車内に、微妙に湿った沈黙が流れる。

 

 やがて、運転席の黒髪の少女がちらりと後ろを見てから、セイラに声をかける。

 

 「夕飯、何か食べて帰る? こっち、深夜でもやってる定食屋ならあるよ」

 

 「魚なら食べる。脂っこいのは無理」

 

 「……じゃあ焼きサバ定食にしとく?」

 

 「悪くない」

 

 ヒスイはそのやりとりを、隣で無言のまま横目で見ていた。

 会話は穏やかなのに――どこか、歪に整いすぎている。

 

 そんな中、運転席の少女のインカムから、かすかに無線のノイズが響いた。

 

 「……」

 

 彼女はすぐさま小声で応答し、短くやり取りを交わす。

 

 やがて、無線を切ったあと、ぽつりと――まるで事務処理のように言い放つ。

 

 「……もう全員殺したのね。

 なら――さっさと帰ってきて」

 

 言葉に、何の感情もなかった。

 

 命令された“誰か”が、どこかで命を奪ってきたことを、まるで日常の一幕のように受け入れている。

 

 ヒスイは、それを聞いても、もう驚かない。

 ただまたひとつ、ため息をついた。

 

 「はぁ……もうちょっとマシな仕事回してくんないかなぁ……」

 

 その呟きだけが、静かなワゴン車の中にぽつりと響いた。

 

 

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 朝の光がまだ柔らかく、東京への高速道路は穏やかに流れていた。

 

 チャイカが運転する黒のワゴン車は、淡々とアスファルトを走り続けている。

 助手席では、咲がタブレットを手に、何やら真剣な表情で画面を睨んでいた。

 

 「これや……“世怜音女学院”」

 

 画面には、白と金を基調としたクラシカルなデザインのホームページ。その中に映るのは、まるで旧宮家の邸宅のような重厚な学舎の写真だった。

 

 「めっちゃ古風な建物やな……」

 スクロールしながら、笹木はふとある記述に目を留める。

 

 >「※東校舎への入学・転入には、関係者からの推薦が必要です。」

 

 「……これ、どういう意味やろ……」

 

 思わず声に出し、画面を見つめる笹木の眉が寄る。文字の背後から、じわりと漂ってくる“普通ではない”気配に、胸の奥がざわめいた。

 

 「え、なにそれ……?」

 

 後部座席から覗き込んでいた唯華が、顔を近づけてきた。

 

 「そんな注意書きしてる学校、見たことあらへんけど……」

 

 「うん……なんか、物々しいなあ」

 

 夜見も隣で髪をかき上げながら、ちらと画面を覗く。その時、運転席のチャイカがルームミラー越しに淡々と口を挟んだ。

 

 「知られてないだけで、意外とあるぞ。そういう学校」

 

 「えっ、ほんまに?」

 

 唯華が驚いた声を上げると、チャイカはブレーキを踏まずに続けた。

 

 「新大阪にはないが、難波まで行けば何か所かある。」

 

 「……なるほどな……」

 

 「ただ、そういうのは普通、学校ごと囲うのが基本だ。こうして“推薦枠の東校舎”と、“通常入試の西校舎”が混在してるのは――かなり珍しい」

 

 「ってことは……一般人と、そうじゃない人が、混ざってるってことか」

 

 笹木はタブレットを指でトントンと叩きながら、考え込んだ。

 

 (“あいつ”が、仮にこの東校舎に通ってるとしたら……)

 

 車窓の向こう、朝日が高層ビル群に反射してきらめく。その光とは裏腹に、笹木の心には、ますます濃い影が射し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 東京都心の中心地――駅からすぐの高層ビルの一角にある、そのホテルは、明らかに学生が気軽に泊まるには不釣り合いな格式を備えていた。

 

 白いクロスが張られたベッド、ガラス張りのバスルーム、天井まで届く窓からは東京タワーがちらりと見える。

 

 「……これ、ほんまにホテルなんか?」

 

 ベッドに腰を下ろした笹木咲が、どこか落ち着かなさげに天井を見上げる。

 

 「わ~、めっちゃ広いなぁ……テレビのリモコンどれやろ~……」

 夜見れなはすでにソファに体を預け、リラックスモード全開。

 

 「なに言うてんの、ここくらいが基準やで」

 椎名唯華が得意げに窓辺でポーズを決めながら振り返った。

 

 「選んだんうちやし! 旅先のホテルは“勝負”やで? 泊まるところがしょぼかったら気分も落ちるしな!」

 

 「……いや、気分の問題ちゃうねん。財布の話や……」

 

 笹木が軽く呆れながらも、ちゃぶ台代わりのガラスのローテーブルにタブレットを置く。

 

 「チャイカは……?」

 

 「『ガキどものお守りなんてしてられない』ってさ。

 知り合いのとこ寄ってるらしいでー。帰る時は連絡しろって」

 

 唯華が気楽に答えると、笹木はひとつ深く頷いた。

 

 「……結局、うちら三人ってことか」

 

 「まーでも気楽でええやん?」

 

 唯華はすでにクッションを抱えてくつろぎモード。

 

 笹木は姿勢を正し、タブレットを開いたまま思案顔を見せる。

 

 「うちは思うんやけどな。

 アンケート装って、世怜音女学院の生徒集めてみたらどや?」

 

 「……アンケート?」

 

 「せや。“地域教育活動調査”とか“生徒の生活環境調査”とか、それっぽく装ってさ。

 ついでに“部活やってるか”とか“趣味で情報収集してるか”とか、それとなく聞いて――

 東校舎について知ってる子、おらんか探るんよ」

 

 「……う~ん」

 

 夜見が髪をかき上げながら、けだるそうに言う。

 

 「そもそも今、長期の連休でしょ? その学園も休みじゃないの?」

 

 「うっ……」

 

 笹木が一瞬たじろぐが――すかさず唯華が応援に入る。

 

 「でもさ、部活帰りの奴くらいなら捕まるやろ! 特に吹奏楽部とか美術部とか、休日活動多いやつな」

 

 「たしかに、それはあるな……」

 

 笹木は再び画面に目を戻し、メモアプリに項目を打ち込む。

 

 「とりあえず、駅周辺で生徒の動線張って、調査に協力してくれそうな子がいたら声かけてみよか」

 

 夜見は小さく笑ってアイスティーをひと口すする。

 

 ホテルの高級感あふれる静寂の中、学生三人の情報戦が、ゆっくりと幕を開けていく。

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