咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第6章 第4話:月ノ美兎

 東京の朝は都会の喧騒に包まれながらも、どこか澄んだ風が吹いていた。

 

 中央駅前のロータリーでは、制服姿の高校生たちがちらほらと集まり、改札口へと吸い込まれていく。

 

 その中に、アンケート用紙を手にした笹木咲の姿があった。

 

 「……お願いします~。学生生活に関するアンケートです~……」

 

 自分で作った、やや簡素な印刷用紙。

 “進学支援活動の一環として”という表紙の体裁を整え、質問は趣味や通学状況、部活動に関する項目を中心にしてある。

 最後に――さりげなく「校舎の印象について」という項目を入れた。

 

 (……さて、どこまで食いついてくれるかやな)

 

 声をかけて数名の学生――どうやらこの辺の都立高校「東港共立学園」の生徒たち――が素直に答えてくれる中、笹木はある制服の二人組に目を留めた。

 

 ――白と青を基調にした、華美すぎず、気品を帯びた制服。間違いない。世怜音女学院の生徒だ。

 

 「すみません、少しだけお時間いいですか?」

 

 そう声をかけると、二人は目を見合わせてから、小さく頷いた。

 

 「全然いいですよ~」

 

 ふわりとした笑顔で答えたのは、茶髪の巻き髪をポニーテールにした明るい少女。

 隣には、控えめな黒髪のロングヘアの少女が並ぶ。

 

 アンケートを書きながら、笹木はなるべく自然に話しかける。

 

 「世怜女って、校舎が分かれてるんですよね? あの……“東の校舎”って、やっぱり別なんですか?」

 

 その言葉に、二人の動きが一瞬だけ止まる。

 

 「……うん、あるのは知ってるけど……」

 

 茶髪の少女が、少し首をかしげて言った。

 

 「でも、そっちはよく分かんないかなぁ……。教室も棟も完全に別やし、あっちの人たちと会うこともないし」

 

 黒髪の方が、茶髪の少女の袖をつついて言う。

 

 「鈴明は何か知ってる?」

 

 「ん~……逢ったことな~い。名前も知らないし、そもそも見かけないよ? でも確かに“いる”とは聞くけど……うーん、不思議だね」

 

 そう言いながらも二人は、まるで「自分たちもよくわかっていない」ことを自然に受け入れているようだった。

 

 笹木は内心で、彼女たちの反応が“本当に知らない”のか、それとも“知らされていない”のかを測りかねていた。

 

 「ご協力、ありがとうございました~」

 

 ぺこりと頭を下げると、二人の生徒はにこやかに手を振り、そのまま駅の構内へと消えていった。

 

 「……知らん、か」

 

 笹木はアンケート用紙を抱えたまま、立ち止まって空を見上げる。

 

 (でも、校舎の存在を知ってて、中身を誰も知らんって……おかしいやろ)

 

 確かに「東の校舎」は存在している。

 

 だが、そこに通っている“誰か”は、まるで幽霊のように姿を現さない。

 

 そして――自分に銃を突きつけてきたあいつも、確かに“世怜女”だった。

 

 笹木の中で、疑念が静かに、しかし確実に広がっていく。

 

 アンケート用紙を手に、笹木咲は駅前のロータリーを移動していた。

 人通りはまばらになり、配布ペースも少し落ち着いてきた頃――

 

 ふと、改札を抜けてくる一人の少女が目に留まった。

 

 白と黒を基調とした、ややレトロな印象の制服に身を包み、きちんと揃えた前髪に知的な黒縁メガネ。

 何より――その姿には、見覚えがあった。

 

 「……え!? ええっ!? なんでアンタここにおるん!?」

 

 思わず声が出た。

 少女――月ノ美兎は、驚いた様子で立ち止まり、こちらを見つめる。

 

 「えっ……あれ? 以前どこかで……逢いましたっけ?」

 

 やや首を傾げながら、記憶を探るような丁寧な口調。

 

 「いやいやいや、新大阪第三高校の文化祭や!樋口先輩と一緒にステージ上がってたやろ! うち、客席から見とったんやで!」

 

 「あっ……! なるほど、それで!」

 

 美兎は手を合わせて笑い、ようやく思い出した様子。

 

 「楓ちゃんと同じ高校の方だったんですね!

 ってことは……えっ、関西から来られたんですか!?」

 

 「そうやけど……うん、まあ……せやな」

 

 笹木が苦笑混じりに返すと、美兎は目をぱちくりさせながら、ほんのり驚いたように言った。

 

 「うわぁ~……関東まで来て、アンケート調査ですか? 何だか大変ですね……」

 

 「まあな……色々あるんよ、うちらも」

 

 その素直な同情に、笹木は思わず肩の力を抜いた。

 不思議なことに、彼女と話していると、少しだけ張り詰めていた気持ちが緩む。

 

 「……あっ、わたくし、月ノ美兎っていいます。どうぞよろしくお願いします」

 

 きちんとお辞儀をしたあと、丁寧にアンケート用紙を受け取る。

 

 用紙を手にしたまま、美兎は読みながらすぐにボールペンを走らせ始める。

 

 「えっと、通学方法……はい、徒歩と電車……

 好きな教科……これは、倫理学ですかね……」

 

 小声でつぶやきながら書き込むその姿に、笹木は「変わってんなこの人……」と苦笑しつつも、なぜか安心感を覚えるのだった。

 

 アンケートへの記入を終えた月ノ美兎は、にこやかに顔を上げると、軽く手を合わせた。

 

 「書けました~。ご協力できて良かったです!」

 

 「助かるわ、ありがとうな」

 

 笹木が受け取ろうとすると、美兎はふと、思いついたように言った。

 

 「……あの、良かったら――

 蒼林市立総合学園にも声かけてみましょうか? 私の通ってる学校なんですけど、結構生徒数も多いですし」

 

 「……いや、それはええ……」

 

 笹木はすぐに手を振った。

 

 (先輩の友達相手に隠し事できる気せぇへん……)

 

 その一瞬の判断で、必要以上に深いところに踏み込まれないよう距離を取る。

 だが、美兎は特に気を悪くした様子もなく、変わらず微笑んだまま頷いた。

 

 「……もしかして、“誰かを探してる”んですか?」

 

 「えっ」

 

 「雰囲気で、なんとなく」

 

 美兎は、気まずさもなくあっさりと核心に近い部分を言い当ててくる。

 

 笹木は一瞬躊躇ったが、もう隠しきれる相手じゃないと判断して、素直に言った。

 

 「……まあ、そんな感じや。

 ちょっと気になる人がおってな。そいつのこと、探してんねん」

 

 内容の詳細はぼかしたまま。

 

 だが美兎は頷くだけで深く詮索はしなかった。

 

 「それなら……アンケートの結果は、あとでちゃんと公開した方がいいですよ?」

 

 「……は?」

 

 「変に伏せてたりすると、あとで“陰謀論者”とか“変な団体”とかに間違われるので。“私は怪しい者じゃありません”っていう“証拠”を残しておくの、大事です!」

 

 その口調は、ふわっとしていながらも、どこか本気だった。

 

 「……なんか、説得力あるな……」

 

 「ふふっ、失礼ですねぇ」

 

 と、美兎が軽く笑いながら、アンケート用紙を渡して立ち上がろうとしたその時だった。

 

 彼女の視線がふと、笹木の服のポケット付近――ぶら下がったキーチェーンに止まる。

 

 「……えっ、それ……!」

 

 「ん?」

 

 笹木が視線を落とす。

 そこには、以前ましろから預かった、あの古びた鍵がぶら下がっていた。

 

 次の瞬間、美兎がまるで反射的にその鍵に手を伸ばす。

 

 「これ、どこで拾ったんですか!?」

 

 その声には、それまでの和やかな雰囲気から一転するほどの、明確な驚きが含まれていた。

 

 「探してたんですよ――これ!!」

 

 思わず鍵を手に取った彼女の指が、微かに震えている。

 

 「え、えぇ……? いや、それ……もらったんやけど……」

 

 笹木は咄嗟に言葉を失った。

 

 まさか、ここで――こんな反応が返ってくるとは。ただの偶然なのか、それとも――?

 

 街の喧騒の中、ほんの一瞬だけ、空気が静まり返る。

 

(……どうしよ)

 

 美兎に鍵を返すべきなのか、それともまだ持っておくべきなのか。

 確かに彼女は驚いていたし、探していたと言った。けれど――本当に彼女に返しても大丈夫なのか?

 

 考え込む笹木の視線を感じ取ったのか、美兎は鍵をそっと手から離し、笹木の手元に戻した。

 

 「……すみません、急に取り乱しちゃって」

 

 「いや……ええけど……」

 

 鍵をポケットにしまいながらも、まだ判断がつかない笹木。

 

 美兎は少し沈黙したあと、ふと声を柔らかくした。

 

 「……東京には、あとどれくらい滞在されますか?」

 

 「ん? ああ……3日間くらいやと思う。用事済んだら帰るつもりやし」

 

 その答えに、美兎はなぜか微妙な顔をして、ほんの少しだけ視線を落とした。

 

 「……そっか。じゃあ――連絡先、教えておきますね」

 

 「え?」

 

 「帰る前に連絡ください。

 ……もし、私が間に合わなかったら……楓ちゃんに、頼んでおきますので」

 

 そう言って、美兎は制服のポケットから紙とペンを取り出し、丁寧な字で連絡先を書いて手渡してきた。彼女は一礼して、人混みの中に紛れて歩き去っていった。

 

 手の中のメモとポケットの中の鍵を交互に見つめ、思わずひとつため息をついた。

 

 (……なんなんや、ほんまに……)

 

 けれどその胸の奥に、得体の知れない何かが――確かに、ざわりと芽生えていた。

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