咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第1章(SMC組編)
第1章 第1話:洋装の悪魔


 小さな扉が開くと同時に、店内の空気がわずかに揺れた。

 

 昼下がりの喫茶店『アルカナ』。

 

 常連もまばらな時間帯に、不釣り合いな足音が響いた。革靴のかつ、と硬い音。振り向いたチャイカの目に映ったのは、重厚な黒の軍服のような装いに身を包んだ少女。

 

 光の当たり方で赤とも紫ともつかない瞳が、鈍く光を反射する。フリルのついた高い襟と、細かく装飾の入った袖口。けれどその見た目以上に印象的だったのは、彼女が纏う“気配”だった。

 

 ――椎名唯華とは、また違う感じ。

 

 どこか空気が引っかかる。気づかないうちに爪を立てられていたような、無意識の嫌悪感。だが、理由ははっきりしない。ただ一つ確かなのは、こいつは“危険”だという直感だった。

 

 チャイカは眉をひそめ、無言のままカウンターの内側から声をかけた。

 

 「……あんた、見ない顔ね。ここは喫茶店だけど、うちで売ってるのは情報とコーヒーだけだ。冷やかしなら帰ってくれ」

 

 少女は、その言葉を聞いて、ふふ、と楽しげに笑った。

 

 「ううん、ちゃんとお客さんとして来たよ~? アイスコーヒー、お願い」

 

 チャイカはしばらく彼女を見つめたあと、鼻で小さく笑った。

 

 「……はいはい、アイスコーヒーね。」

 

 そう言って、手際よくコーヒーを注ぐ。その間も、少女はカウンターの席に腰を下ろし、まるで物語でも語るような調子で話し始めた。

 

 「ここ、ずっと気になってたんだよね。鳥たちがよく通り道にしてるからさ……」

 

 「鳥?」

 

 「うん、あの鳩も。チャイカさんのとこに、ちょこちょこ遊びに来てるんだよ? 知らなかった?」

 

 チャイカは、カランとグラスを置いた。そこには氷がいくつも浮かぶ、アイスコーヒー。

 

 「はいよ、冷たいのをどうぞ。口だけじゃなくて、身体も冷やしてもらいたいわね、あんたには」

 

 「ありがと~♪」

 

 れなは笑顔でグラスを手に取る。だが次の瞬間、チャイカの目が一瞬だけ細まった。

 

 ――コーヒーが、沸騰していた。

 

 ぐつぐつと、小さな泡を立てながら、氷など完全に溶けきっている。いや、それどころか、器の中の液体全体が煮えたぎっていた。蒸気が立ち上り、表面が揺らいでいる。

 

 チャイカは無言でカウンターに両肘をつき、じっと彼女を見た。

 

 「……へぇ。うちのアイスコーヒー、いつの間にホットどころか“湯”になったんだろうね」

 

 少女は、無邪気な笑顔で言った。

 

 「マジックだよ。コーヒー沸騰マジック。深く考えたら負けだよ?」

 

 「……まさかとは思うけど、ここで“実験”してるわけじゃないよね」

 

 「うーん、してると言えばしてるし、してないと言えばしてない?」

 

 肩をすくめる様子は無邪気そのもので、悪意があるのかないのか判断がつかない。けれど、チャイカは確信していた。

 

 この少女――どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか、まったく掴めない。

 

 「椎名唯華ちゃん、面白い子だよね~。うーん、でも、なんか……ちょっと重たい。憎しみとか痛みとか、ぐじゅぐじゅしたもんがいっぱい詰まってる。咲ちゃんも、ちょっと引っ張られすぎちゃったかな?」

 

 「……唯華のことをどうこう言うのは勝手だけど、下手なこと言って怒らせたら、あんたがどうなっても知らないわよ」

 

 「そしたら、どんな顔するか見てみたいなぁ。……咲ちゃんのほう」

 

 チャイカはふぅ、と長く息を吐いた。

 

 「ところで、あんた……学校は、年齢的にはあの二人と同じくらいなんじゃないの?」

 

 一瞬だけ視線を逸らし、次の瞬間にはニコリと笑っていた。

 

 「行ってないよ、学校。……だって、行っても退屈なんだもん」

 

 「そうかい。学校より死体のほうが面白い、って顔してるもんね」

 

 「そうそう、わかってるじゃん~」

 

 軽い調子で返すその顔に、善悪の感情はなかった。命の重さに対する感覚が、根本から違う。チャイカはそれを“嫌な気配”と呼んだ。

 

 そして次の瞬間。

 

 「……今、“嫌な気配だ”って思ったでしょ? “唯華のとは違う嫌さ”って、ちゃんと考えてたよね?」

 

 チャイカの目が、すっと細くなった。

 

 「……お喋りな鳥がいたもんだ」

 

 「ううん、鳥じゃないよ。ちょっとだけ、声が聞こえたの」

 

 少女は、ぐつぐつと煮えるコーヒーを口元に運び、平然とひと口すする。

 

 「でも、大丈夫。チャイカさんは面白いから、まだ“遊べる”と思うよ」

 

 「……ありがとよ、変な褒め方だな」

 

 チャイカは背後の棚から別のカップを取り出し、今度はしっかりと冷えたアイスコーヒーを注ぎながらぼやいた。

 

 「ほんと、変なのばっかり寄ってくるんだよなぁ、うちの店……」

 

 

 

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放課後の風が、校門前の歩道をそよそよと撫でていく。

 

 鞄を片手に、制服のリボンを少し緩めて歩く笹木咲は、いつも通りの日常に戻っていた。この前の霊騒ぎが嘘のように、空は晴れて、通学路には平和な音しかなかった。

 

 「ふぁ~……はよ帰ってポケモンしたいな……今日はガチで誰にも邪魔されたくないし……」

 

 そうぼやきながら角を曲がったそのときだった。

 

 「こんにちは~、笹木先輩っ♪」

 

 不意に、透き通った声が後ろから飛んできた。

 

 振り向けば、そこに立っていたのは――灰色のセーラー服に身を包んだ少女。整った黒髪、柔らかい笑み、深い赤の瞳。その制服は、咲にも見覚えがあった。

 

 ――由緒正しい、地元では名の知れたお嬢様学校の制服。

 

 「……は!? なんであの学校の奴が、こんなとこ来てんの?」

 

 咲は思わず立ち止まり、睨むように少女を見上げた。

 

 「あれぇ? ワタシ、そんなに変なとこに来ちゃった?」

 

 わざとらしく首を傾げ、口元に小さな笑みを浮かべてみせた。

 

 「ふーん……制服、見覚えあるわ。そんなええご身分の女が、わざわざうちらみたいな庶民の学校に顔出すなんて、貧乏人への嫌がらせかいな?」

 

 皮肉たっぷりに言い放つ笹木に、少女は何の動揺も見せず、微笑みながら「ううん、たまたま通りかかっただけだよ~?」と軽く受け流す。

 

 「それに、笹木先輩って噂で聞いてて。ほら、唯華先輩の仲良しさんでしょ? 一度お話してみたかったの♪」

 

 「……はぁ?」

 

 やけに馴れ馴れしい。笑顔の裏にあるものがまったく見えないのが、余計に気に入らない。笹木は短くため息をつくと、踵を返して歩き出した。

 

 「……知らんし。話すこともないし。んじゃな」

 

 それ以上かまってられない、と言わんばかりに足早に歩き出す咲。立っていた場所をすぐに後にし、住宅街の角をいくつか曲がる。

 

 ふう、とひと息ついて、ようやく静かになった通りを見渡したとき――

 

 「おつかれさまです、先輩♪」

 

 ――そこに、少女が立っていた。

 

 さっきまで咲が歩いていた道とは、明らかに逆方向。どう考えても先回りなどできないはずなのに、まるで最初からそこにいたかのように自然に、立っていた。

 

 「……っ、は!? なんで……!?」

 

 咲は足を止め、口を開けて呆然とする。

 

 少女は無邪気に微笑んだまま、制服のスカーフを指でくるくると弄びながら言う。

 

 「笹木先輩って、こういう道通るんだ~。ふふ、意外と普通だねぇ」

 

 その声は柔らかいのに、どこか底の見えない“興味”に満ちていた。

 

 「……アンタ、なにが目的なん?」

 

 咲が睨みつけると、片目を閉じてウインクして見せる。

 

 「内緒。先輩のこと、もう少し観察してからにするね♪」

 

 それだけ言って、すっと背を向けた。

 

 その背中が夕陽の中に溶けていくのを見ながら、咲は立ち尽くしたまま、腕の肌に立った鳥肌を静かにさすった。

 

 

 

 

 

 

喫茶店『アルカナ』のカウンターに、氷の溶けかけたアイスティーがふたつ。

 

 昼下がりの柔らかな陽が窓から差し込み、カップの影がじわりと木目に染みている。笹木咲は腕を組んでふんぞり返り、カウンター越しのチャイカをじろりと睨みつけていた。

 

 「なぁ、チャイカ。あんた、前に変なヤツ来たって言ってたやん」

 

 「……ああ。あの、なんかこう……空気の読み方を間違えてるっていうか、読み取った上で“わざと間違えてる”ような子か」

 

 チャイカはカウンターの下からふっと煙草を取り出すが、咲の前では火を点けるのをやめ、ただ指先で弄びながら続けた。

 

 「目の奥が……そうだな、"命を観察してる目"って言えば伝わるか? アレを持ってるヤツだった」

 

 「……わかる。うちも昨日会った……意味わからん」

 

 咲はカラン、と氷を鳴らしながら顔をしかめた。

 

 「どういう仕組みで動いてるのか全然わからんし、話も通じるようで通じへんし、笑ってるのに中身空っぽみたいやし……」

 

 「それな……なんていうか……“遊んでる”って感じだったな。こっちのリアクションを見てる余裕があるタイプね。しかも“霊的な理屈”じゃ説明つかないことばっか起きてたわ。」

 

 「例えば?」

 

 「アイスコーヒーが、出した直後にはもう煮立ってた」

 

 「…………は??」

 

 「“マジックです”って言ってたわね、本人は」

 

 咲は思わず頭を抱えた。

 

 「いやいやいやいや、そんな軽っ……え、マジで言ってんの?」

 

 「マジで言ってる。本人も、コーヒーも」

 

 「うちがされたんは……通学路で会ったはずのやつがな、角曲がったら先におったっていうやつや。しかも学校とは逆方向。幽霊の類かと思ったけど、触れるし、影もあるし、あれは……なんなんや……」

 

 チャイカは苦々しく眉をひそめた。

 

 「一応、生きてるってことでいいんだよな?」

 

 「たぶん…生きとる。少なくとも、うちの呪符も反応せんかったし、気配も霊って感じじゃなかった。けど、心臓掴まれるみたいな“感触”はあったな……見られてるだけで、体の奥がぞわぞわするっていうか」

 

 「うーん……説明がつかない現象が“何個か重なってる”ってところが、またややこしいな。こういうのは、だいたい誰かが後ろで糸引いてんだけど……今回は“本人”がその中心って感じだった」

 

 「わかる。だから、たぶん、あの子自身が何か“持ってる”やろな」

 

 ふたりとも、答えにたどり着かないまま沈黙が落ちた。

 

 冷めたティーを啜りながら、チャイカはぽつりと呟いた。

 

 「……で、結局そいつ、何者なんだよ?」

 

 笹木は「待ってました」と言わんばかりにふふん、と鼻を鳴らして答えた。

 

 「制服!見覚えあったで!!あれ、“黒曜崎女学園”のやつや!!」

 

 その言葉に、チャイカはぴくりと眉を上げた。

 

 「……一応、学校には行ってるのね」

 

 ため息混じりにそう言って、彼は煙草をくるくると指で回した。




SMC組初登場の章です。

世界観的な関係で、かなりSMC組はダークサイドな雰囲気に振ってます。
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