午後の中央駅前。人の流れもすっかり落ち着き、アンケート用紙の残りもわずかになっていた。
咲は、日が傾きかけた空を見上げながら、肩の力を抜いてひと息つく。
「……もう今日はホテル帰るか……」
声に出すというより、ため息のように心でつぶやいたその瞬間――
「――見つけたああああっ!!!」
突風のような勢いで、鮮やかな蒼髪の短髪の少女がこちらに突進してきた。
制服は見慣れた世怜音女学院のもの。だがその動きは、学院の気品などまるで気にしていない元気一閃。
「えっ……ちょっ……」
次の瞬間には、少女の手ががっしりと笹木の腕を掴んでいた。
「やっと見つけたーっ! 君がアンケート配ってた高校生でしょ!? 世怜音の“東校舎”に興味あるって!」
「な、なんやねん、いきなり……!」
困惑する笹木を前に、少女はそのままペコリとお辞儀しながら元気よく名乗る。
「西園チグサ! 世怜音女学院・西校舎所属の高校二年っ!」
「え、あ、はい……」
「でねでねっ、お願いがあるのっ!」
チグサは勢いそのままに手を合わせ、笹木の目の前に乗り出してきた。
「頼むから、東校舎に一緒に忍び込んでほしいのっ!!」
「……っ、」
笹木はその言葉に、即座に内心が凍りついた。
(殺し屋がいるかもしれん高校に、忍び込む……!? ぜ、絶対無理や……)
だが、そう思っても――もちろん口には出せない。
「いや、その……うちは人探しで忙しいから……無理や……」
「人探し?」
「そいつがな……列浜で仕事したって言うから、この辺に探しに来たんやけど……」
笹木が曖昧にぼかしながら話すと――
「列浜!?!?」
チグサが、まさに“食い気味”で反応した。
「私、ちょうど列浜行ったよ! 友達に頼まれて! 駅周辺で、なんか写真撮らされたのっ!」
「……嘘やろ……?」
笹木の口から、思わず本音が漏れる。
それは、偶然か。それとも必然か。
けれど確かに、“点”が少しずつ繋がり始めていた。
「え……お前、列浜で写真撮ったって……」
笹木は一瞬、まさかとは思いながらも、その可能性を頭の片隅で否定しきれなかった。
(でも……そんな偶然あるかいな……)
内心で苦笑しつつ、少しだけ鼻で笑ってみせる。
「……う、うちが探してるやつな……ほんっまに全然見つからんのやで?」
言葉を選ぶように、小声で続ける。
「“天下無双”なんて、名前つけられてて……足取り掴めてる奴なんか、誰もおらへんのや。アンタじゃムリやろ?」
軽く煽るつもりだった。
けれど、チグサの表情が――ぱた、と真顔に変わった。
「……ああ。やっぱりンゴのことだ」
「……え?」
笹木の頭が、瞬時に真っ白になる。
「ねえっ!」
チグサは、今度は躊躇なく一歩踏み込んでくる。
「じゃあ、ンゴに会わせてあげるから! だから……お願い!!
手伝って! 一緒に東校舎に入って!!」
その目は、さっきまでの元気で人懐っこい雰囲気とは違っていた。
真剣で、何かを背負っているような、必死な訴え。
笹木は言葉を失ったまま、ほんの一歩後ずさる。
(……え、え、マジで……?)
まさか――
この蒼髪の少女が、“天下無双”に繋がる鍵を握っているなんて。
返事が喉まで出かかったが、すぐには答えられなかった。
そのくらい、“ンゴに会わせてあげる”という一言が――
笹木にとっては重すぎた。
夜。
高層ホテルの窓の外には、東京の街明かりが宝石のようにきらめいていた。
笹木咲は、肩にかけたバッグをベッド脇に下ろし、ため息まじりに部屋へと入る。
「天下無双」「ンゴ」「殺し屋の友達」……あらゆる名前が頭の中を巡っていた。
(……結局、何がどう繋がってんねん……)
考えても考えても、点と点が線にならず、頭がもやもやする。
だが――そんな思考は、入室と同時に吹き飛んだ。
「なあ!! お前のキーチェーンについてる鍵、くれたりせんか!?」
ガバッと立ち上がって駆け寄ってきた唯華が、真剣な顔でそう言い放った。
「……は?」
笹木は目を瞬かせ、思わずバッグの中のキーチェーンに目をやる。
「……あんたも……」
唇を引き結びながら、ぽつりと口を開いた。
「……もしかして、あの黒髪ロングの先輩に頼まれたんか?」
唯華が「はぁ?」と首を傾げる。
「……いや、何の話やねん」
まったく覚えのないような表情だ。
それを見ていた夜見が、ソファに寝転んだまま軽く手を上げて補足する。
「巫女服みたいな人に頼まれたんだよ〜。“主様”が探してる大事な鍵だから、見つけたなら譲ってほしいって」
「巫女服……?」
笹木の脳裏に、昼間の月ノ美兎の姿が浮かんだが、どう考えても“巫女服”ではなかった。
つまり――別人。
笹木と唯華は、ふと顔を見合わせ、無言のまま手元のキーチェーンを見る。
ぶら下がっている、同じ形の古びた鍵。
ぴたり、と。
二人の動きが止まった。
室内の空気が、一気に冷たくなる。
「……これ、まさか……」
「……なんなんやろな、マジで……」
互いに冗談でもごまかせない、直感に近い“異常”を感じていた。
この鍵が何なのか。
なぜ別々の人物が、同じように「それを譲ってほしい」と頼んでくるのか。
その答えは、まだどこにもなかった。
だが――この鍵をめぐる何かが、確実に動いていることだけは、全員の肌に感じ取れていた。
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夜の東京。
細い路地にある古びたもんじゃ焼き屋。香ばしいソースの香りと鉄板の音が、下町の空気に馴染んでいた。
「……これ、やっぱ東京のが味濃いな」
鉄板を前に、笹木咲はコテで焼き上がったもんじゃをすくいながら呟く。
唯華と夜見は、その隣で瓶ラムネを開けながらのんびり構えている。
そんな和やかな時間の中、ふと笹木がつぶやいた。
「……なあ、鍵って……コピーキーとかじゃあかんのやろか」
隣に座っていた唯華が、焼きそばの箸を止めたまま、即答する。
「良いわけないやろ。大事な鍵って言われてるんやで? コピーなんかでええなら、そもそも言ってこんて」
「だよね〜」
夜見も、お好み焼きにマヨネーズをかけながら、軽い口調で続ける。
「なんかさ、そういう雰囲気じゃなかったしね。“本物じゃなきゃ意味がない”って感じだったよ、あの巫女服の人」
「……はぁ~」
笹木は鉄板の熱を浴びながら、スマホを取り出す。
昼間、美兎にもらった連絡先のメモを開き、短くメッセージを打つ。
>「あの鍵って……コピーじゃあかんのかな?」
送信。数秒後に、ぽつりと返ってきた返信。
>「ちょっと考えさせてください。」
その文面は、丁寧だけど、どこか迷っているような、含みのある返事だった。
(……やっぱ、何かあるんやな……)
スマホを伏せたそのとき、唯華がラベルの剥がれた瓶ラムネをくるくる回しながら聞いてくる。
「で、そっちはどうなんや。“天下無双”は」
笹木はしばらく黙っていたが、やがてそっとポーチから一枚の封筒を取り出した。
表には何も書かれていない。
「……これ、お願いします……」
「……え?」
唯華が封筒を受け取って、ゆっくりと開ける。
中から出てきたのは、折りたたまれた手書きのメモ。
いくつかの人名、行動予定、そして――一文。
>「万が一、うちが戻らなかったら、これをおかんに渡してほしい」
「……はああああああああ!?!?!?!?!?」
唯華はその場で立ち上がりそうな勢いで声を上げた。
「何があったんや!!? なんで遺書みたいなもん用意しとんねん!!」
「いや……ちょっと、危ない橋渡るかもって思ってな……」
「こわ!!」
夜見は目を丸くしてから、面白がるように笑い出す。
「えー、じゃあ笹木先輩が帰ってこなかったら、唯華ちゃんが泣きながらこの手紙届けるの? エモすぎない?」
「やかましいわ!! エモさ要らんねん!!!」
もんじゃの香ばしい匂いの中で、空気は笑いながらも――どこか緊張感を孕んでいた。