咲-saku- 【完結】   作:えいどら

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第6章 第6話:天下無双

 学校の空気が少しずつ色を変え始める。チグサを校舎に帰した後、周央サンゴ、北小路ヒスイ、そして笹木咲の三人は、学園の敷地を離れ、人気のない校舎裏手のガラス張りの休憩室へと向かっていた。

 

 周囲は静まり返っている。人の気配はなく、ガラス越しに夕陽が射し込み、床に橙色の影を落としていた。

 

 サンゴは無言のまま室内に入り、椅子にコトンと腰を下ろす。その所作は、まるでここが自分の居場所であるかのような自然さだった。

 

 「――とりあえず、答えられる範囲ならなんでも答えるよ」

 

 眼鏡の奥の瞳が、まっすぐに笹木を見据える。

 

 その静かな声音には、強さも優しさも、どこか感情を包んでいた。

 

 笹木は少しだけ息を飲んでから、口を開いた。

 

 「……ちょっと、友達呼んでもええか?」

 

 サンゴは一瞬だけ考え込むように視線を逸らし、やがて頷いた。

 

 「二、三人程度なら」

 

 その返答に、笹木はスマホを取り出し、すぐさま唯華に連絡を入れる。

 数コールの後、「すぐ来るわ!」という返信が返ってきた。

 

 スマホを伏せた後、笹木はサンゴに向き直り、しかし言葉をかけたのは――サンゴではなく、隣のヒスイだった。

 

 「……どっちかって言うと、うちの友達が“用がある”のは……たぶん、そっちの方やねんけどな」

 

 そう言って、ヒスイを指差す。

 

 サンゴが静かにそれを受け流す一方で、ヒスイは椅子の背にもたれて小さく舌打ちするような仕草を見せた。

 

 「ふぅん……」

 

 目を逸らしながら、つまらなさそうに鼻を鳴らす。

 まるで、期待していた舞台の主役から外された俳優のような顔。

 

 「別にいいけど…」

 

 ぼやきながらも、その態度にはどこか、慣れた諦念が混じっていた。

 

 夕陽がさらに傾き、ガラスに映る三人の影が伸びていく。その中で、何か大きな話が始まる前の、静かな“幕引きの前奏”のような空気が流れていた。

 

 夕陽がゆっくりと傾いていくなか、ガラス張りの休憩室には静寂が流れていた。

 

 まだ唯華は到着していない。

 けれど、笹木咲はもう待っていられなかった。

 

 「……じゃあ、訊くけどな」

 

 笹木は椅子の背にもたれながら、目の前にいる周央サンゴをまっすぐに見た。

 

 「なんで“天下無双”って、30年以上も前からいるって言われとんのに……お前、こんな高校生なんや?」

 

 その問いかけに、サンゴは微かに首を傾げた。

 

 けれど、先に反応したのは隣のヒスイだった。

 

 「……高校生っていうか、ンゴは中1だけどね」

 

 「……は?」

 

 笹木の顔が、完全に固まる。

 

 「はっ!? 中学生!? “天下無双”ってそんな幼かったんか!?!?」

 

 信じられない、というより、言葉が出ないといった表情だった。

 

 「やばいやろ……」

 

 ぶつぶつ言う笹木を横目に、サンゴは何の感情も浮かべず、淡々と話し始めた。

 

 「……昔、この“天下無双”という情報屋は、僕の祖父がやってた。

 だけど、彼はもう何年も前に――生命活動を維持できなくなった」

 

 「……亡くなったってことか?」

 

 笹木の問いかけに、サンゴは小さく頷く。

 

 「彼は確かに優秀だったらしい。でも、“天下無双”って名前自体は、そこまで有名ってわけでもなかった。

 だから、生きていようが死んでいようが、世間的には誰にも介されずに、ただ消えていくしかない……」

 

 ヒスイは壁に寄りかかりながら、無言で飴をコリッと噛んだ。

 

 サンゴは続ける。

 

 「でも……一部の人たちの間では実力だけは確かだったらしくて、

 その名前だけがどこかで囁かれてたみたい。

 で、誰かが売名がてらに使ってた。“天下無双”っていう看板を」

 

 「たまたま祖父の遺品の中に、いくつかのパスワードが残っててね。

 それで、正しい主と偽って“ログイン”できた。それだけ」

 

 サンゴは、まるで日常の雑談をするような口調で言う。

 

 「まさか、直に“会いに来るやつ”が出てくるなんて、思ってもみなかったけど」

 

 静かな声が、夕陽に染まった部屋の中でふわりと漂った。

 

 笹木は、言葉を失ったまま、サンゴとヒスイの顔を交互に見た。

 

 子どもみたいな年齢の彼女たちが、命や名前や“裏”の世界を当たり前のように話していることに――

 目の前の現実感がどこかぼやけて見えていた。

 

 ガラス越しの光が徐々に赤みを増し、休憩室の空気が静かに沈んでいく。周央サンゴは変わらず椅子に座り、脚を軽く組んだまま、咲に目を向けた。

 

 「……で、君は何か理由があって、“僕”を探してたんじゃないの?」

 

 その問いに、笹木は少しだけ視線を落とし、迷うように口を噤む。けれど、やがて覚悟を決めたように、正直に答えた。

 

 「……うちは、“社”の店主からな……『天下無双』とコンタクトが取れたら報酬をやるって、そう言われたんや」

 

 その言葉に、サンゴは驚いた様子も見せず、静かに目を伏せて思考を巡らせた。

 

 そして、数秒の沈黙の後――淡々とした口調で口を開く。

 

 「……なら、“天下無双”なら既にこの世にはいない、と伝えればいい」

 

 「え……?」

 

 「それで報酬はもらえるはずだよ。僕が協力できることは、恐らく何もない」

 

 その言葉は、突き放すようで、どこか哀しさを含んでいた。

 

 笹木が言葉を探す間に、サンゴは窓の外に目を向けながら、ぽつりと続ける。

 

 「……恐らく、“僕の本性”を知りたい人間は二種類いる」

 

 「二種類?」

 

 「一つ目は、ただの好奇心で首を突っ込む人間。

 もう一つは――先代の“天下無双”に恩義がある人間」

 

 サンゴはそこで一度、視線を戻して笹木をじっと見つめた。

 

 「好奇心だけのやつに、会ってやる義理なんてないよ……下着を覗きたいだけの痴漢と同じ。それは、興味本位で命に触れようとする、愚かな行動だ」

 

 静かな口調だったが、その言葉は鋭く、重く、胸に突き刺さった。

 

 「そしてもう一つ。……恩義がある人間。

 彼――先代が何をして、何を守って、何を託したのか。

 詳しくは僕にもわからない。だって彼は、もういないから」

 

 「……」

 

 「でもね、たぶん――本人と、その依頼主との間には、“二人にしか解らない何か”があったんだと思う。

 その何かを、ずっと忘れられずに、彼の背中を追いかけてる人間がいる。……君の依頼主も、きっとそういう人間だろう」

 

 サンゴの声は、どこか他人事のようでいて、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。

 

 ガラスの外、東京の街がゆっくりと夕闇に沈んでいく。

 その中で、笹木はただ黙って、サンゴの言葉の意味を反芻していた。

 

 沈黙がひとしきり流れた後――

 

 再び、周央サンゴが口を開いた。

 

 「……じゃあ、質問を変えるけどさ」

 

 足を組み直しながら、眼鏡越しに笹木を見つめる。

 

 「君はなんで、それを“受ける気”になったんだい?ヒスイだって――君のこと、止めただろうに」

 

 笹木は一瞬、目を逸らした。

 

 口元に手を添え、視線を宙に漂わせながら、何かを整理するように言葉を探す。長い沈黙が続く。

 

 やがて、ぽつりと――

 

 「……うちは、な」

 

 手を膝に置いて、ゆっくりとサンゴを見る。

 

 「気に入らん扱い受けてる人らを見ると、放っておかれへんのや。

 ほんまに、黙ってられへんのよ」

 

 「……」

 

 「“天下無双”。あんたのことも、最初は興味本位やったかもしれん。でも……もし、あんたがそんな扱い受けてるんやったら――うちは、やっぱり放っておけへんと思ったんや」

 

 空気が、ふと澄んだように静まる。

 

 サンゴは視線を外し、ガラスの向こうの街の灯を見つめながら、少しだけ肩を揺らした。

 

 「……気に入らない扱いを受けている人間なら、この世に五万といるよ」

 

 「……」

 

 「子供に限ったとしても、数はさほど変わらない。

 それこそ――あの世怜音女学院の東校舎を埋め尽くすほどにはね」

 

 その口ぶりは冷たく、突き放すような響きを持っていた。

 けれど、それ以上に、どこか痛みを隠しているような声でもあった。

 

 その言葉に――ヒスイが、にやりと笑う。

 

 「どの口がそれ言ってんのよ」

 

 サンゴの方を見ながら、からかうように言い放つ。

 

 「……ちょっと、黙っててよ……」

 

 サンゴはそう返したが、その声は小さく、どこか照れたような色を帯びていた。

 

 頬に手を当てて、視線を泳がせながら――

 その反応は、さっきまでのクールさとは打って変わって、年相応の少女の顔だった。

 

 そして――

 

 その様子を見ながら、笹木はふっと息を抜いた。

 

 (……思ってたより、“人間”やな)

 

 小さく照れた素振りを見せたあと、周央サンゴはまたすぐに表情を戻し、姿勢を正すように椅子にもたれた。そして、ふたたび静かに言葉を紡ぐ。

 

 「君が目の前に“すぴちゃん”や僕みたいな人を見て、助けたいと思うのは立派なことだと思うよ。

 でも、それで満足してしまうのなら――それはある種の偽善だとも思う」

 

 ヒスイは飴の棒を口から引き抜き、ちらとサンゴを見たが、特に口は挟まなかった。

 

 「この世界には、数えきれないほどの“気に入らない扱い”を受けている人がいる。だからもし、“全員を助けたい”という理想を本気で持つなら――もう政治家にでもなるしかないと思うよ」

 

 それはどこか皮肉めいていたが、サンゴの声は、冷静なままだった。

 

 「……じゃあ、君は」

 

 そう言ってサンゴは、眼鏡の奥からまっすぐに笹木を見た。

 

 「君はその“放っておけない”っていう矛先を、いったいどこに向けたいんだい?」

 

 静かに、だけど確実に胸に届く言葉だった。

 

 笹木は、口を開きかけて――そして、閉じた。

 

 「……」

 

 問いは、まっすぐだった。

 逃げ場のない正面からの質問。

 

 だからこそ、安易に答えることもできなかった。

 

 笹木はただ、口元に手をやり、視線を膝の上に落とす。

 (うちは……ほんまに、何をしたいんやろ……)

 

 自分でもよくわかっていない“感情”に、輪郭を与えようとするが、まだそれは霞の中にあった。

 

 休憩室に、ゆっくりと夕闇が降りてくる。沈黙が、かえって会話の余韻を深める。

 

 静けさの中、ガラス扉の向こうから軽い足音が響いた。

 

 「やっと来た……」

 

 笹木が振り返ると、ポシェットを乱雑に持ちながら、唯華が息を切らせて扉を開けてきた。

 

 「うわ、ここやったんかいな~……広っ……てか人おるやん、誰……」

 

 状況がつかめないまま中に入り、目の前に座る周央サンゴと、壁にもたれている北小路ヒスイを見て一瞬目を丸くする。

 

 その隣に立つ笹木が、唯華の耳元に顔を寄せ、小声でささやいた。

 

 「ええか、落ち着いて聞いてな――

 “天下無双”の正体、あれや。周央サンゴや。

 で、“社”が探してた方の“天下無双”はもう……この世におらん。

 それと……サンゴちゃん、年齢中1や」

 

 「……」

 

 唯華はしばらく無言のまま笹木を見つめたあと――

 「……ほとんど子供やんけ……」

 

 肩の力が抜けたように呆然とつぶやいた。

 

 目の前で、サンゴは表情を変えず椅子に座り続け、何も言わない。

 

 唯華は視線を横にずらし、壁際に立つヒスイに目を留めた。

 

 「……あんたも、中1なんか!?」

 

 ぐいっと手を取るように近寄る。

 

 だが――

 

 「……」

 

 ヒスイはその問いに答えず、少し顔を背けながらその手をすっと振り払った。

 

 「その前に」

 

 冷たい声で、けれど揺るぎなく静かに言い放つ。

 

 「あなたは、何か“他に用”があるんじゃない?」

 

 唯華は一瞬、目を細め――やがて、唇を噛んだ。

 

 そして、強く、まっすぐヒスイを見て言う。

 

 「……あんた、葉加瀬の何なんや?」

 

 「……」

 

 「どうして葉加瀬は、あんたのこと見て震えてたんや!あんた……葉加瀬の何なんや!?」

 

 空気が、一気に張り詰めた。

 

 その名を聞いた瞬間――ヒスイの目が、わずかに見開かれる……ことはなかった。

 

 「……は?」

 

 きょとんとした表情で、ヒスイは首をかしげる。

 

 「そんな名前の奴……知らないんだけど?」

 

 それは――嘘をついているとも、本気で言っているともつかない声だった。

 

 だが、そこには記憶のかけらも引っかかっていないような、無垢な空白があった。唯華は言葉を詰まらせ、笹木は隣でそっと息を飲んだ。

 

 「し、知ってるやろ!」

 

 唯華は声を少し上ずらせながら、ヒスイに詰め寄った。

 

 「あの、ほら、銀髪で、やけに頭よくて、実験とかが好きなやつ!

 あんた、絶対関わっとったやろ!?!」

 

 その勢いに、ヒスイはやや眉をひそめたものの――

 

 「……ああ……なんか知ってるかも……」

 

 と、ぼんやりした表情で目を泳がせながら答えた。

 

 ヒスイが記憶を手繰るようにしていると、サンゴが隣からふと首を傾げる。

 

 「僕も初めて聞く名前だな。……施設の子かい?」

 

 「……うん。ちょっと年上のやつだったら、たぶん……知ってるかも」

 

 ヒスイはそう答えるが、その口調はどこかあいまいで、まるで記憶に埃がかぶっているかのようだった。

 

 サンゴは頬に手を添え、軽く考えるような仕草をした後――静かに問いかける。

 

 「……で、何か恨まれるようなことでもしたのかい?」

 

 その言葉に、ヒスイの目がわずかに泳ぐ。

 

 「……そいつの薬、勝手に飲んだり……ちょっとお菓子取ったり……」

 

 「……」

 

 「した……かも……」

 

 視線を逸らし、声を小さくしながら言いにくそうに口にしたその姿に、唯華は思わず眉をしかめた。

 

 「……それ、まんまやん……葉加瀬が言ってたこと……」

 

 笹木がぽつりと呟くと、ヒスイはますますバツが悪そうに眉を寄せる。

 

 「仕方ないじゃん……」

 

 唇をとがらせ、足元の床を見ながら、呟くように言う。

 

 「施設だと……ご飯、少なかったし……

 私、まだ7歳だったし……」

 

 まるで“子供の悪戯”のような弁解に、室内の空気がふと和らいだようにも感じられた。

 

 唯華は複雑な顔で息をつき、サンゴは黙ってヒスイの横顔を見ていた。

 

 笹木だけが――

 ああ、やっぱりそういうことか、と納得するように、そっと目を伏せた。

 

 夕暮れの光が、ガラス越しに休憩室の床をやわらかく照らしている。

 

 少しの沈黙のあと――

 

 笹木咲は、目の前の周央サンゴに向かって、まっすぐに言葉を紡いだ。

 

 「……うちは、できることからしていきたい。

 身の丈以上のことはできへん。でも……

 “見ていられへん人ら”の助けになりたいって、本気で思っとる」

 

 その声には、どこか覚悟に近い強さがあった。

 

 サンゴは少し目を細め、背もたれに体重を預けながら口を開く。

 

 「……それなら、ソーシャルワーカーにでもなればいい。それにね、“できることから”って言葉は、都合のいい言い訳にもなるんだよ」

 

 「……」

 

 「逆に、何かに対して“できない”って言い切ってしまえば、それで終わり。その判断の“線引き”を間違えれば、簡単に命を落とすことだってあるんだ」

 

 冷静で、どこか鋭い警告のような声。

 

 だが、笹木はすぐに――そして静かに、言葉を返す。

 

 「……せやけど、それでもええと思う」

 

 サンゴが少し目を開いた。

 

 「気持ちだけで、十分やと思うんや。

 暖かい仲間がいて、相談できる相手がおって、

 ちょっと価値観とか物の捉え方が変でも、分かり合おうとしてくれる人がいる」

 

 「……」

 

 「そういう環境があるだけで――

 “世の中、まだ捨てたもんちゃうな”って、そいつが思える。

 それだけで、きっと、生きていける」

 

 その言葉には、誰かのことを思う真剣な優しさがあった。

 

 「だからうちは――

 それを守るために、生きていきたいって、思うんよ」

 

 部屋の中に、夕陽のオレンジが濃く差し込む。サンゴはしばらく黙ったまま、視線を泳がせ、そしてふと目を閉じた。

 

 「……」

 

 そして――ぽつりと。

 

 「確かにそれが、“身の丈”に合った答えかもね」

 

 その言葉は、皮肉も否定も含まない、静かな肯定だった。

 

 空気が少し、やわらかくなった気がした。

 

 サンゴの表情は相変わらずクールで無表情のままだったが――その頬にかすかに当たる夕陽が、どこか優しく見えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 笹木と唯華が帰った後の、ガラス張りの休憩室。

 

 沈んでいた夕陽はすっかり街の灯に取って代わられ、窓の外は仄暗く静かな夜の気配に包まれていた。

 

 その中、ぽつんと残されたのは――周央サンゴと北小路ヒスイのふたりだけ。

 

 しんとした沈黙。

 

 けれど次の瞬間――

 

 「……はーーーーーー!!!!!」

 

 サンゴがいきなり椅子をずずっと引き、眼鏡をバシッと外して机に突っ伏した。

 

 「な〜〜〜んでみんな!! おじいちゃンゴのことばっかり聞くんですかぁ〜〜〜!?!?!?!?!?」

 

 「……」

 

 「もうちょっとンゴのことも見てよぉぉぉぉ!!

 がんばって喋ったのに〜〜〜!! 全部“昔の人”の話で終わっちゃった〜〜〜〜!!!」

 

 サンゴは机に頬を押し付けたままジタバタと暴れ、突如としてそれまでの冷静な態度が完全に崩れ去っていた。

 

 ヒスイは壁にもたれながら、無表情のまま一言。

 

 「……メッキ剥がれてるぞ」

 

 「知っとるわァ!! ンゴのメッキなんて最初からボロボロや!!」

 

 ぷくーっと頬を膨らませながら、サンゴはくたっと椅子に倒れ込み、天井を見上げる。

 

 「はぁ〜……もういっそ改名しようかなぁ……」

 

 「は?」

 

 「『地元最強』とか、『平々凡々』とか……」

 

 「……“平々凡々”のくせにガラス張りの部屋で暴れるな」

 

 「ンゴは繊細なんだよォ……!!!」

 

 ヒスイは小さく笑うと、机の上に放置されたサンゴの眼鏡を手に取り、そっと彼女の前に置いた。

 

 「でもさ」

 

 「……んぇ?」

 

 「あいつ、ンゴに似てるよね。何でも首突っ込んで、自分より他人のこと気にしててさ」

 

 「……なにそれ!!はい!似てませんーー!!ンゴはもうちょっと賢いですぅぅ!!」

 

 わざとらしく大声を出し、サンゴは眼鏡をかけ直す。

 

 「なんか昔思い出して、ちょっと楽しかったかも」

 

 夜風が窓の外の枝葉を揺らし、二人の間に柔らかい静けさが流れた。

 

 どこかで、忘れていた何かを――少しだけ取り戻せたような、そんな時間だった。

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